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しっぽや(No.145~157)

ナリの服を借りた俺を見たモッチーは
「似合ってんじゃん
 そっかー、ナリよりソシオの方が華奢なんだ」
そんな言葉を口にする。
「私は短期バイトでガテン系もやってたことあるからね
 占い師って職業のせいで細く見てもらえてるだけだよ
 モッチー、ソシオは本当に初めて乗るんだから練習は超安全運転でお願いね」
ナリに釘を刺され
「初めて乗る奴をビビらすようなマネしねーって」
モッチーは苦笑していた。
「行くか」
「うん!」
差し出された手を握り、俺達は部屋から駐車場に向かっていった。

モッチーのバイクは黒くて大きくて、ピカピカだった。
「格好いい、モッチーみたい」
彼は黒い革ジャンを着ているし背が高いのでバイクのような印象だな、と改めて気が付いた。
「色々カスタマイズしてあるんだぜ
 他の奴らには『ベタ過ぎる』って言われるけど、基本は『黒』で格好良く決めたいじゃん
 黒って好きな色だしな」
モッチーは得意そうにヘヘッと笑った。

バイクに跨がったモッチーの後ろに、俺も恐る恐る乗ってみた。
「最初は強く抱きついてきても良いからな
 こっちもそのつもりで走るよ
 慣れてきたら体重移動を俺に併せてくれると助かる」
「頑張ってみるね」
そして俺達は走り出した。


ふかやはバイクに乗ることを『自分で走ってるより早くて気持ちいい』と言っていた。
しかし俺は猫だったとき、そんなに早く走った事はなかった。
ハイになったときは家の中を駆け回っていたけれど、自分的には跳ね回っていたと言う方に近い。
長い距離を走ることなどしたことがなかった。

真っ直ぐに続く道を、バイクはひた走る。
そのスピードやエンジン音に恐怖を感じていたが、彼の腰に腕を回し背中に密着すると安心できた。
『メットがなければ、もっとピッタリくっつけるのに』
そう思ってしまうがモッチーにもナリにも絶対メットを外すなと注意されていたので、恐怖を和らげるため彼の背中だけを感じることにしてみた。
『?何だろう、俺、この感覚知ってるかも?』

背中を感じて移動する。
背中に乗って移動する。
『そうか、これって、モンブランの背中に乗せてもらったときみたいなんだ』
俺はそれに気が付くと、とたんに気分が落ち着いていった。
子猫だった頃、モンブランの背中に乗って移動するのが大好きだった。
家の中限定ではあったが、モンブランがどれだけ体を動かしてもバランスを崩すこと無くいつまでも乗っていられたものだ。
モンブランが老犬になって俺も大きくなってしまったので楽しい時間は長くは続かなかったけど、その感覚は覚えている。
『体重移動を併せるって、こーゆーことだ』
それからの俺はモッチーと一緒に移動できる喜びを感じながら、楽しくバイクに乗ることが出来た。


いつしかバイクはスピードを落とし、駐車場に入っていった。
楽しいタンデムはあっという間に終わってしまい、店に着いたのだ。
バイクから降りてメットを取ったモッチーは、俺を見て笑ってくれた。
「凄いじゃないかソシオ、最初は緊張してたみたいなのに途中から自然に乗ってたよ
 ぜんぜん負担に感じなかったぜ、運動神経が良いんだな
 と言うか、バランス感覚が良いのか」
彼に誉められて嬉しくてたまらなかった。
「俺、これでモッチーのお家に行ける?」
期待を込めて聞くと
「ああ、ソシオとだったらタンデムも負担にならずに済みそうだ
 ここの店よりもっと遠くまで走るけど、大丈夫だろう」
彼は笑って請け負ってくれた。
『飼ってもらってなくても、まだもう少しモッチーと一緒に居られる』
そのことは胸に輝く光となって、暖かく俺を支えてくれるのだった。


店内でナリのお使いを済ませた俺達は、また駐車場に戻っていった。
「高校生のバイトにご馳走したいって言ってなかったっけ?
 ヒレカツサンド15個って…随分買い込んだけど、バイトの人数多いんだな
 ソシオ、これ背負えるか」
モッチーは荷物をバッグに詰めて渡してくれた。
「バイトは3人だよ
 10個くらい、日野が1人で食べるんじゃないかな
 すっごい大食いなんだ
 荷物は背負ってるだけで事務所まで運べるなら、楽ちん
 あ、俺達のランチどうする?ナリは自由に食べて良いって言ってたよ」
俺は荷物を背負ってメットを被った。

「せっかくだし、ソシオが行ったこと無い店にでも食いに行くか
 何が好きだ?後でスマホで検索するよ」
「魚が好き、あのね、お寿司が回ってる店があるんだって
 行ってみたいかも」
「何だ、回転寿司でいいのか?この辺、ショッピングモールがあったっけ
 チェーン店なら入ってるだろうし、荷物届けたら行ってみるか
 あそこなら色んな店があるんで、寿司の後は甘味処で甘いものも楽しめるな」
「モッチーとデート、楽しい」
俺達は親しい会話を交わし、再びバイクで走り出した。

一緒にいればいるほど、俺はモッチーのことが好きになっていく自分を感じるのだった。



「この辺だよな」
バイクのエンジン音に混じりモッチーの声が聞こえた。
もう、しっぽや事務所の近くまで来ている。
『ロードマップとかを見ただけで道がわかるなんて、凄い』
モッチーが凄ければ凄い分、俺は自分の存在が彼の役に立てるのか不安になってしまった。
やがてバイクは事務所の入っているビルの前でエンジンを止めた。
「バイクは大野原不動産の脇に停めさせてもらえるってナリが言ってたっけ
 あの名刺見たときは笑えたけど、すげーな、本当にゲンの店なんだ」
バイクを停めたモッチーは感心したように言っていた。


階段を上がりノックして事務所に入る。
「やあ、ナリから連絡は受けてるよ
 わざわざありがとう」
所長席から黒谷が立ち上がってこちらに向かってきた。
「初めまして、持田と言います
 いつぞやはダービーがお世話になりました」
モッチーは少し緊張しているような声でそう言うと、黒谷に頭を下げた。
「いえいえ、我々の方も勉強になりました
 水が平気な猫がいるなんて、驚きでしたよ」
黒谷の笑顔でモッチーから緊張が解けていった。

「はい、これカツサンド
 日野と荒木とタケぽんにってナリから
 俺とモッチーがバイクに乗って買いに行って来たんだよ
 俺、バイクに上手く乗れたから、モッチーのお家に行けるんだ」
誇らしく報告する俺に
「休みとか、大丈夫か?」
モッチーが心配そうな声をかけてきた。
「休み?有給でいくらでも休んで良いよ
 給料振り込んでおくからカードで下ろしてね
 ATMの使い方覚えた?
 手数料かかるとはいえコンビニにもあるって、本当に便利!
 持田さん、ソシオのことよろしくお願いしますね」
黒谷に話を振られ
「へ?ああ、はい」
モッチーは面食らったように返事をしていた。


コンコン

ノックの後にひろせが事務所に戻ってきた。
ひろせを見たモッチーの瞳が見開かれ、魅せられているのがわかる表情になっていった。
俺は不安を感じてしまう。
ノルウェージャンはどことなくターキッシュバンに似てるかもしれないと、俺は猫種を調べて危惧していたのだ。
『モッチーはひろせに惹かれるんじゃないか』
その心配が現実のものとなってしまった。

「もしかして、貴方がひろせさんですか?
 親父が凄くキレイな人だったって言ってました
 あっと、以前うちのダービーがお世話になった持田です」
「ダービーさんの事はよく覚えてますよ、とても印象的でしたから
 ダービーさんには感謝しています、曲名を教えて頂いたんです
 『雨に唄えば』ってご存じですか?」
「はい、お袋が雨の日によく歌ってます
 そんなことまでわかるんですか、凄いですね
 能力高いな、ここのペット探偵」
モッチーとひろせは、何だか話が弾んでいるようだった。
でも俺には2人が何について話しているのかわからず、不安な気持ちが増していく。

「あの時、着ていたものが汚れてしまったので、お父様から息子さんの服を貸していただいたんです
 お返ししなければ、と思っていたんですよ」
「いえ、実家に置いてきた服はもう着ないし、差し上げます
 親父が着るようなデザインでもないですし
 でも、ひろせさんには大きいかな」
「僕には大きいんですが、タケシならピッタリかも
 じゃあ、ありがたくいただきますね
 タケシに着てみてもらおう」
ひろせは幸せそうに微笑んでいる。
「そうか、長瀞さんみたいに毛艶が良いのは、大事にしてくれる人がいるからなんですね」
ひろせを見るモッチーも優しく笑っていた。

「モッチー、ご飯食べにいこ」
俺はたまらずに彼の服の裾を引っ張った。
「よし、ショッピングモールの回転寿司だな」
やっとモッチーが俺に注意を向けてくれる。
「あそこの回転寿司行くの?
 俺、割引券持ってるからあげるよ
 サトシまだ忙しくて、期限までに行けそうにないからさ」
控え室から羽生が顔を出した。
羽生を見てモッチーが息を飲む。
羽生はモッチーの好きな『黒』猫だ。
きっと三毛猫より可愛いと思ったに違いない。
俺は久しぶりに自分の外見が嫌で嫌でしょうがなかった気持ちを思いだし、泣きたくなってきた。

羽生から割引券を受け取り、俺達は事務所を後にする。
トボトボと階段を下りながら
「俺、皆みたいにモッチーが好きそうな外見だったらよかったのに」
力なく呟くと
「それって、ひろせさんと羽生君のこと?
 あの2人よりソシオの方が可愛いよ
 彼ら付き合ってる奴がいるんだろ?
 俺が付き合ってるのはソシオじゃないか」
彼は優しく頭を撫でてくれた。
「羽生君が勧めまくるから中トロ食いたくなっちまった
 ソシオも食おうぜ
 割引券もあることだし、贅沢に中トロ三昧すっか」
モッチーの提案は、いつだって俺の気分を上げてくれる。
「うん!俺アナゴも食べたい、サーモンも!」
「好きな皿、何でも取って良いからな」
さっきまでの惨めな気持ちは吹き飛んで、俺は幸せに満たされていく自分を感じていた。

彼の後ろでバイクに跨がりながら
『このままいつまでもモッチーと幸せに向かって走っていきたい』
俺は祈るようにそう思うのであった。
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