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しっぽや(No.145~157)

side<SOSIO>

居候をさせてもらっているふかやの部屋で、俺は『モッチー』こと持田 保夫(もちだ やすお)と言う人間と知り合った。
人間の側に居いたいと思えなかった俺にとって、モッチーは特別な存在になる。
俺は、モッチーに飼ってもらいたいと感じたのだ。


皆で集まった飲み会の席でモッチーのためにグラスにビールを注ぎ、彼がそれを飲み干して『美味しい』と言ってくれたことがとても嬉しかった。
テレビで見た『ビール』みたいになってなかったのに、それでも誉めてくれた。
『モッチーって、優しいな』
俺は嬉しくなってしまった。
お代わりを注いでいたらモッチーが俺を抱き寄せ、皆に対して自慢するような態度をとった。
触れられている肩がジンジンと熱くなり体中がとろけるようにシビレていき、俺はモッチーに対して発情している自分を感じていた。

モッチーはビールのお返しに、りんごジュースをグラスに注いで渡してくれる。
それは幸福な味がして、とても美味しかった。
ジュースだけじゃなく、モッチーはつまみも色々取り分けてくれた。
「モッチー、チーチクもあるんだ
 ソシオに渡してあげて、彼の好物だから」
ナリに渡された容器を、モッチーが俺に渡してくれる。
「はいよ、ソシオ
 つまみ系でしょっぱいもんばっかだけど、大丈夫か?
 具合悪くなったらすぐ言うんだぞ」
自分もチーチクをカジりながら、モッチーが少し真剣な顔で言ってくる。
「この体なら、少しぐらい大丈夫だよ
 つまみって、美味しいものばっかりだもん
 後でヤマハに自慢してやるんだ」
「猫には、超羨ましがられるだろうな」
俺の言葉を聞いて、モッチーは面白そうに笑ってくれた。

その後、モッチーはウイスキーで水割りを作って俺にも分けてくれる。
彼が飲んでいるととても美味しそうに見えたのに、舐めてみてもよく分からない味としか感じられなかった。
それでも彼に『いける口(くち)』だと言われ、俺は嬉しくなった。
いつかモッチーと一緒にウイスキーを楽しみながら幸せな時間を過ごしたい、思わずそんなことを考えてしまった。
出会ってから数時間しか経っていないのに、俺のこの先の人生にモッチーが居ないことは耐えられない苦痛としか思えなくなっているのであった。


ナリの計らいで、モッチーは俺の部屋で寝ることになった。
寝るときも彼と同じ部屋に居られると思うだけで、心から喜びがあふれ出していく。
ヤマハとスズキが居るとはいえ、部屋ではモッチーと2人っきりだ。
俺がモッチーを独り占めできることに舞い上がってしまう。
多少発言がおかしくなってしまっても、さっきの水割りで酔ったことにすれば大丈夫そうであった。

『スズキ、お願い!モッチーに抱っこされて!明日もチュルーあげるから
 怖くないよ、モッチー凄く優しいんだ』
そんな俺のお願いで、スズキは渋々ながらモッチーの膝の上で撫でられていた。
「スズちゃん触ったの、初めてだ
 よく言い聞かせられたな
 ペット探偵って、皆こんなスキルがあんのか?凄いなソシオ」
モッチーに誉められて嬉しくなるが、彼がとても優しくスズキを撫でているので不安も感じてしまう。
『モッチー、長毛種の方が好きなのかな』
思わず聞いてしまったが、モッチーは猫全般が好きだと言ってくれた。
でも、今の俺は猫の体じゃなくて人間の体だ。
すぐにそのことに気が付いて
「じゃあさ、俺みたいのも好き?」
また聞いてみる。
彼は何だかポカンとした顔をして俺を見ていた。

「俺、髪が短いし…これ以上、延びなくてさ
 俺はモッチーのこと好きなんだけどな」
彼の心が知りたくて、俺は必死になって言葉を続ける。
「会ったばっかだしよくわかんねー、つか、俺のどの辺が好きなんだ?」
逆に問い返されて、俺は自分の気持ちを上手く言葉に出来なかった。
『全部好き、格好いい、優しい』
俺は、そんなたどたどしい言葉しか返せない。
そうではない、表面的な事じゃなく、もっと深いところでモッチーを求めている。
この感覚を表現にするには、俺の言葉に対する知識はあまりにも足りなかった。
それでもこれだけは何とか伝えられた。
『しっぽやの仲間に対する「好き」とモッチーに対する「好き」は違う』
最初は驚いたような顔をしていたモッチーだったけど、俺の言葉を黙って聞いてくれた。

彼は少し笑って
「じゃあ、俺達、付き合ってみようか」
そう聞いてきた。
『付き合う』とは『友達より深い関係になること』だと教えてくれる。
それよりも本当は飼って欲しかったが、モッチーと関係を持てることは嬉しかった。
『付き合って』『深い関係になって』『飼ってもらう』ことが出来るかもしれない。
俺は嬉しくなってモッチーに抱きついた。
触れたところから、また体が甘くシビレていく。
「ちょ、スズちゃんがつぶれる」
そう言っていたが、モッチーは笑顔だった。
俺に触れられることを嫌がっていないようで、また嬉しくなる。

俺とモッチーに挟まれたスズキだけが、本気で嫌そうな顔をしていた。


「じゃあ、付き合い始めの挨拶」
モッチーは俺を抱き寄せると、唇を合わせてきた。
今までの触れ合いなど比較にならないほど、激しいシビレが襲ってくる。
いつまでもこうしていたい、もっと深くつながりたい、彼と一つに解け合いたい。
そんな欲望が体中を駆けめぐっていた。
永遠に続けば良いと思ったキスはほんの短い時間だけで、モッチーは唇を離して不思議そうな顔で俺のことを見つめていた。
「鼻ツン…?
 ああ、いや、ごめん、何言ってんだ、俺
 今夜は酔いが早いみたいだ、疲れてんのか?」
混乱しているような彼に、もう一度キスをして欲しいとは言い出せなかった。

「落ち着きたいときとか、ブラッシングすると良いよ
 やってあげる、俺、上手いんだ
 スズキとヤマハに誉められた」
俺はちょっと得意になって、ベッドサイドの引き出しからブラシを取り出した。
「ソシオ、猫と同じブラシでブラッシングする気か?
 俺は猫じゃなくて、狼かもしれないんだぜ」
モッチーは歯をむき出すようにニヤリと笑ってみせる。
「うーん、狼って言うより黒いシェパード?でも大麻生より見た目は優しそうだし
 黒谷みたいな和犬って感じでもないんだよね
 黒い犬、後、何がいるかな
 黒ラブじゃないんだ、モッチーはもっとこうキリッとしてて格好良くて、でも優しくて」
悩む俺を前に
「ソシオは本当に変わってるな
 何でそんなに警戒心がないかねー」
モッチーはクツクツと笑い出していた。
「自分の方がよっぽど美形じゃないか
 そんな奴に手放しで誉められるっつーのも、まあ、悪い気はしないがな
 人なつっこい三毛猫ちゃんだ」
彼は膝からスズキを下ろし、立ち上がって俺の頭を少し乱暴に撫でてくれた。

「人なつっこくなんて無いよ
 俺、人間のこと怖いもん」
思わず呟いてしまった言葉で、彼の顔が訝しげなものに変わってしまう。
「あ、でも、モッチーは怖くないから」
慌てて言い足すと
「そこまで信頼されると、手を出しづらいな
 今んとこ、そんな気も起こらないけどよ」
今度は優しく頭を撫でてくれる。
俺は彼の体に抱きついてみた。
「やっぱり、モッチーって猫撫でるの上手い」
彼に撫でられていると、あのお方に撫でられているような心地よさと安心感を感じることが出来た。
「あー、何か俺も、猫撫でてるみたいな気になってきた
 まだダービーが俺の部屋にいた頃、こうやって撫でてたっけ」
俺達は暫く、密着しあって互いの鼓動だけを感じていた。
「ブラッシング、する?」
「それはまた今度で良いよ、もう落ち着いた」
モッチーは俺の髪にキスをして体を離す。
「そろそろ寝るか、ソシオ、明日っつかもう今日か、仕事あるんだろ?
 俺も、キャットタワーの組立があるし、休んどいた方が良さそうだ
 さて、俺は猫達と寝ようかな、床に布団敷かせてもらっていいか」
彼にそう聞かれ、俺はスズキとヤマハが羨ましくて仕方がなかった。

「俺、仕事は休む、モッチーと一緒にタワー組み立てたい
 それに、今夜はモッチーと寝たい」
俺が言い放つと彼はビックリした顔を向けてきた。
「そういや、しぽやってけっこー休み自由に取れてたよな
 寝るのは…、流石に人ん家ではちょっと」
彼が悩んでしまったので、俺は不安になってしまう。
「付き合ってるのに、寝たら変?」
「付き合ってない方が問題だろうけど、ナリのとこでは抵抗があるっつーか
 今一その気になれないっつーか」
モッチーはますます悩み込んでしまった。
「俺とヤマハとスズキと一緒のベッドだと狭いから?
 確かに、2匹に挟まれると寝返りうてなくなるけど、片側によってもらうよう言い聞かせるよ
 だから、一緒に寝ちゃダメ?」
俺が必死で訴えると、彼は惚けた顔になった後少し頬を赤らめて
「ああ、寝るって、俺と猫と一緒に寝たいって事か
 うん、まあ、この部屋のシチュエーション的にそうだよな
 すまん、ちょっと思考が先走りすぎた
 そうだな、皆で一緒に寝るか」
頷きながらそう言ってくれた。

その後、皆でギュウギュウになりながらベッドに潜り込む。
ヤマハとスズキは『狭い』とムクレていたが、俺はモッチーと密着できて幸せだった。
「ヤマハの耳が寝てるぞ、狭くて不満なんじゃないか」
モッチーは目聡くヤマハの状態に気が付いていた。
「でも、2匹とも人と寝られるの嬉しいんだよ
 夜はナリとふかやの寝室は立ち入り禁止になるから」
俺の言葉を聞いて
「そっか、夜の寝室、立ち入り禁止か
 だよなー、子供じゃあるまいし、そーゆー関係になってるよな
 早い者勝ちって訳にゃいかないだろうが、こんな事なら先に告ってみりゃよかったかな
 って、そんな度胸がないからこんな事態になったんだし」
モッチーは深いため息を付いていた。
不安になって見つめていたら俺の視線に気が付いたのか
「俺も、ソシオくらい積極的になれればなって後悔
 何でもないよ、もう寝よう」
彼は悲しそうに笑い頭を撫でてくれた。

彼にそんな顔をさせたくないのに、どうすれば笑ってくれるか分からない自分がもどかしかった。
彼に抱かれて眠る幸せの中、俺は『飼い主のために自分は何をすればよいのだろうか』と言うことを真剣に考え始めるのであった。
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