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しっぽや(No.145~157)

「モッチー、ダービーは元気?」
急にナリが話しかけてきて、俺はドキリとしてしまう。
「ああ、こないだ実家に帰ったときはお袋にベッタリだったぜ
 あいつ抱っこされるの嫌がるくせに、自分から膝に乗るのは良いらしくてさ
 お袋立たせないように、親父が茶を煎れたりしてんの
 ありゃ、甘やかしすぎだって」
肩を竦める俺に
「お母さん、ぎっくり腰やったんでしょ?
 なら、その点でも気を付けてるんだと思うよ
 ダービーはすっかり実家の猫になっちゃったね
 もう、自分の猫は飼わないの?
 せっかくペット可のアパート探したのに」
「うーん、ツーリング行くときに、また実家に預かってもらわなきゃなんねーし」
俺は苦笑して頭をかいた。
「今度は親父さんの方に懐いちまって、手放すことになるかもしれねーもんな」
友達のそんな茶々でどっと場がわいた。

「猫、もう飼いたくない?猫、好きじゃなくなった?」
ソシオが悲しそうな顔で聞いてくる。
「いや、そんなことないげどさ、やっぱ1人暮らしでペット飼うの難しいって思ってな
 飼われてる方だって、飼い主がちょいちょい留守にしてたら落ち着かないだろ
 寒い夜とか、布団の中に猫が居ればなとは思ったりもするけどさ
 ずっと、猫と一緒に生活してたし」
そういえば、ナリと親しく話をするきっかけになったのは猫の話題だった、と懐かしく思い出した。
「ペット探偵ではソシオは猫担当?犬?
 ダービーが迷子になったらよろしくな」
「猫担当だけど、俺よりひろせとか長瀞の方が良いかもしれない…
 でも、モッチーからの依頼だったら凄く頑張るから、いつでも俺を呼んで
 そうだ、荒木に名刺作ってもらったんだ」
ソシオは着ていたパーカーのポケットをゴソゴソと探っている。
すぐに1枚の名刺を取り出して、俺に手渡してくれた。
それは三毛猫の写真がデザインされているもので、何故だかソシオの名刺としてとてもしっくりくるもだった。

「ああ、そっか、ソシオのその髪、三毛猫を意識してんのか
 上手く染めたもんだな、確かに三毛猫っぽいや
 ん?となると雄の三毛猫だ、すごいじゃん
 通りでありがたく見えるはずだ」
俺はやっとそれに気がついて、スッキリした気分になっていた。
「後あれだ、その色合いだと海苔とみたらしの餅にも見えるかも」
俺はククッと笑ってしまう。
「モチはお前だろ、モッチー」
「違いない」
俺と友達の掛け合いに、さっきよりも場が沸くのであった。


「ナリ、そろそろそっちをもらって良いか?」
俺はナリの前に置いてあるウイスキーの瓶を指さした。
「どうぞ
 せっかくだから、ソシオが作ってあげて
 水と氷とウイスキー、適当に混ぜれば出来上がり」
ナリはクスクスと笑っている。
先ほどビールを注いでいたソシオの姿を思い出し、俺は慌ててしまう。
悪気が無くても、とんでもない物を作られそうな気がしてならなかったからだ。
「自分で作るから大丈夫だ」
やんわり断ったら、ソシオは先ほどと同じように悲しそうな顔を見せた。
「これは好みがあるからな
 そうだ、俺が作るの見てるか?最初は水割りにするから」
俺の言葉に、ソシオは真剣な顔で頷いていた。
「まずはウイスキー1に対して、ミネラルウォーター2」
俺はグラスに氷を入れウイスキーを注ぐと、ミネラルウォーターを加えていく。
「最初は水割りでも、そのうちハーフロック、オンザロック、最後にゃストレートって具合になってくかな
 何を飲みたいか自分のタイミングがあるから、俺は自分で作る方が好きなんだ」
そう説明すると
「お酒って難しい」
ソシオは、ほうっと息を吐いた。

ソシオはいつまでも興味深そうにウイスキーを飲む俺を見ている。
「少し飲んでみるか?」
そう言ってみたら
「分けてくれるの?」
彼は顔を輝かせて聞いてきた。
「飲み慣れてないときついかもしれないが、さっきより氷が溶けてきたからいけるんじゃないか?
 ちょっとずつ舐めてみな」
俺がグラスを手渡すと、ソシオは舌で味を確かめるように舐めている。
それは『色っぽい仕草』と言えなくもないはずなのに、俺はそれを見ながら『猫が行灯(あんどん)の油をペロリペロリと舐めている』という怪談を思い出していた。

「うーん、よく分からない
 モッチーが飲んでると、凄く美味しそうに見えたんだけどな」
ソシオはそう言って首を捻りながらグラスを返してきた。
平然としている彼を見て
「初めて飲んだのに噎(む)せてないし、けっこーイケる口(くち)なんじゃねーの?
 ナリは噎せてたもんな」
ついそんなことを言ってしまった。
「モッチーの水割り、濃いんだもの
 それ、ほとんどハーフロックじゃない?
 ソシオ、大丈夫?」
ナリからは非難の声が上がるが
「平気だよ、モッチーと同じ物飲めて嬉しかった」
ソシオは何だか健気なことを答えているのであった。



その後も盛り上がり、日付が変わるまで俺たちは飲み明かしていた。
当然酔いが醒めるはずもなく、皆でもう1泊することにする。
ここに来る前は『他の男と暮らすナリを見る』ことに抵抗があったが、何だかんだで楽しく酒を飲めてホッとしている自分がいた。
「皆が来ると思って、部屋数多いとこ貸してもらってるんだ
 雑魚(ざこ)寝にならなくて済むよ
 ああ、モッチーはソシオの部屋で一緒に寝てね
 たまには、猫と一緒に寝たいんじゃない?」
テーブルを片付けているナリに言われ、俺はドキッとしてしまう。
『一緒に寝るって…』
思わずソシオを見つめてしまった。
ソシオはそんな俺を見つめ返してきて、キレイな顔でニコッと笑う。
「俺の部屋、ヤマハとスズキが居るんだ」
その言葉で、俺は我に返った。
無意識のうちに『猫=ソシオ』と言う想像をしてしまっていたらしい。
「あ、ああ、そうだな、でもスズちゃんは臆病だから無理じゃないか?」
まだドキドキしている心臓を落ち着かせるよう何気なさを装って言うと
「俺が言って聞かせるし、ヤマハの真似したがるんじゃないかな
 案内する!こっちの部屋、使わせてもらってるんだ」
ソシオは俺の手を取って歩き始めた。


「スズちゃん触ったの、初めてだ」
ナリの飼い猫、バーマンのスズキはビクビクしながら、クッションに座る俺の膝にのり、触られていた。
「モッチーが猫撫でるの上手いからだよ」
ソシオは何だか羨ましそうにスズキを見ている。
「やっぱり、長毛種の方が好き?」
伺うように聞いてくるソシオに
「実家のダービーは半長毛って感じなんだけどな
 知ってる?ターキッシュバンって猫で尻尾だけ長毛で、体は中途半端な長さの毛なんだ
 でも触っててゴージャスな気分になるよ」
俺はそう答える。
「そっか…
 モッチーって、その…、短毛の猫って、嫌い?」
ソシオは不安そうな表情を浮かべて更に聞いてきた。
「そんなことないよ、猫は全般的に好きだ
 今まで縁があったのが長毛ってだけで、短毛も良いなって思う」
そう答えると、とてもホッとした顔になる。

「じゃあさ、俺みたいのも好き?」
ソシオの唐突な言葉に、俺は言われたことの意味が上手く飲み込めなかった。
「え?」
混乱する俺に
「俺のことは好きじゃない?髪、短いし…
 俺はモッチーのこと好きなんだけどな」
ソシオは切ない瞳で見つめてきた。
初めて会った美青年に『好き』だなんて言われたのは初めてで、一瞬ナリの仕組んだ悪戯かと疑ってしまった。
しかし、そんなことをするメリットが思い浮かばない。
狼狽(ろうばい)する俺を笑い物にしたいなら皆が居る前でやっているだろうし、そもそもナリは人の気持ちを弄(もてあそ)ぶような悪戯は好まないことを知っている。
それではソシオの冗談なのかとも思ったが、彼は一途に見える表情で俺を見つめていた。

「いや、会ったばっかだし、よくわかんねー、つか、俺のどの辺が好きなんだ?」
これがバイクに乗ってる時だったら『走りが気に入った』とかあるだろうが、ソシオの前で俺は特に何かをした記憶はなかった。
「全部、初めて見たときから全部好きになった
 それに、格好いいし、優しいし」
モジモジとしながら、ソシオは真剣に答えている。
「ソシオの方こそキレイだから、モテるんじゃないのか?」
そう聞くと
「皆、俺のことを好きって訳じゃないんだ
 俺の体が好きなだけ」
ギョッとするような答えが返ってきた。
「えっと、それは、もしかしてしっぽやで…?」
思わず聞いてしまったが
「しっぽやの皆は、俺のこと好きだって言ってくれる
 俺も、皆と居ると楽しくて好き
 でも、それはモッチーのことを『好き』って気持ちとは違う好きなんだ」
ソシオはこっちが赤面してしまうようなことをサラリと言ってのけた。
今までの人生で、こんなに熱烈に『好き』だなんて言ってもらったことは無かった。

「じゃあ、俺達、付き合ってみようか」
軽いノリで言ってみたら
「付き合う?友達になってくれるってこと?」
ソシオは不思議そうな顔になった。
「友達より、もっと深い関係になること」
俺の答えにソシオは破顔(はがん)して抱きついてきた。
「うん!俺、モッチーと付き合いたい」
「ちょ、スズちゃんがつぶれる」
俺とソシオに挟まれて、膝の上のスズキがムクレた顔をする。
「俺、モッチーと付き合うんだよ、良いでしょ」
ソシオの嬉しそうな報告を、スズキは不機嫌な尻尾の一振りで『どうでもいい』と答えていた。

こんなに簡単にナリの知り合いと付き合うことになった状況に、思うところが無いでもなかった。
『こんなだから俺、仲間内では「タラシ」みたいに思われてんだよな
 まあお互い子供じゃないし、付き合ってみて気が合わなきゃ別れればいいか』
俺は自分を納得させると
「じゃあ、付き合い初めの挨拶」
ソシオを抱き寄せ、その唇に自分の唇を重ねた。
『?』
それは猫に鼻ツンしているような感じで、何というか『その気になりにくい』ものだった。
ソシオの方は頬を染めて、うっとりとしている。


自分の感覚がよくわからないまま、俺はソシオと付き合うことになるのだった。
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