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しっぽや(No.145~157)

「ソシオ、捜索初日に2件依頼達成したんだよ
 双子と組んでるとはいえ良い成績なんだ」
夕飯の時間、俺はふかやとナリと一緒に食卓を囲ませてもらっていた。
「凄いね、三毛猫ラッキーパワーかな」
ナリに誉められて、俺はちょっと得意な気持ちになった。
「俺自身が捨て猫だったからね、心細い猫の気配に敏感なのかも
 でもこれ、あんまり究(きわ)めると波久礼みたいになっちゃいそう」
俺の言葉に
「それは、程々にしといて」
ふかやとナリは本気で焦っていた。

テーブルの上には猫舌の俺にあわせ、程良く冷めたおでんが入っている大鍋が置かれている。
「昼から煮込んでおいたんで、味が染みてるでしょ」
「美味しい、ナリが作るものは何でも美味しいね」
ふかやもナリも幸せそうに笑っている。
そんな2人を見ていると、流石に羨ましくなってしまう。
『飼い主か…』
俺はチクワを食べながら、あのお方のことを思い出す。
「あのお方が、おやつにチクワを分けてくれてたんだ
 もっと小さくてチーズが入ってるやつ、美味しかったな
 俺が喜ぶからしょっちゅう買ってくれてたのに『猫の身体に悪い物をあげた』って他の人間に責められてさ
 あのお方、凄く落ち込んじゃったんだ」
思わず不満の声を漏らす俺に
「うん、練り物は喜ぶけど塩分が多いから、猫の腎臓には負担がかかってしまうんだ
 良かれと思ってやったことが、悪い結果になったりするから難しいよね
 開き直らずに落ち込んでしまったということは、飼い主の方は深く君を愛していたみたい
 至らない自分を責めてしまったんだね」
ナリが気の毒そうな視線を向けてきた。
「あのお方は、いつも自分に自信がなかった
 自分のやっていることは間違っていないかと気にしていた
 そんなあのお方が自信を持って出来ること、それが俺を愛するということだったんだ」
俺の言葉で、場がシンと静まりかえってしまう。
俺はその沈んだ空気を払うよう
「卵、もう1個もらって良い?後、ハンペンとツミレ
 この身体だと練り物だって食べられるから、楽しまなきゃ」
ハシャいだ声を上げながら、鍋をのぞき込んだ。
「好きなだけどうぞ、私は大根にしよう
 自分で言うのも何だけど、今日の大根は大成功だよ」
「じゃあ、僕も大根食べる、ウインナー巻きも」
2人が気を使ってくれたため、食卓の空気は和やかなものに戻っていった。

「そうだ、今週は金曜の夜から友達が泊まりに来るんだ
 皆、新居に興味津々でさ
 私も最初は驚いたよ、直通エレベーターがある高層マンションなんて
 皆猫好きだからソシオのことすぐ受け入れてくれると思うけど、他の人間に会いたくなければゲンの部屋に泊めてもらう?」
「大丈夫、俺、ここにいる」
また、考えるより先に言葉が口から出てしまった。
化生の飼い主以外の人間と同じ部屋にいるのは怖いのに、何でそんなことを言ってしまったのかわからない。
でも、言葉を訂正する気にはならなかった。
「そう?ソシオが良いなら、皆に紹介するよ
 飲み会になるから、つまみにチーチク買ってこようか
 後は何か食べたい物はない?さきイカとかチータラなんか、猫が理性を無くす匂いだよね
 飲んでるときは、猫は部屋への立ち入り禁止にしないとヤマハが凄いことになるんだ」
ナリはクスクス笑っている。
「俺は化生だから、一緒にいられるもんな
 ヤマハが理性を無くすもの食べて、後で自慢してやろっと」
俺もヘヘッと笑ってみせた。
「僕、焼きそば作るよ
 前に作ったとき、皆喜んでくれたから」
「良いね、締め用にラーメンとお茶漬けも用意しなきゃ
 空御用達の肉屋で、揚げ物も買っとこう」
俺にはどんなものなのか想像がつかなかったが、それは楽しそうな宴会に感じられるのであった。


寝るときはふかやとナリの寝室へは立ち入り禁止とのことで、俺は自室として使わせてもらっている部屋でバーマン兄妹をブラッシングして心を落ち着けていた。
『知らない人間に会う…』
俺にとっては大冒険だ。
「ヤマハ、ナリの友達に会ったことある?」
思わず膝に乗せてブラッシングしているヤマハに聞いてみた。
『ウン、フカヤミタイニデカイ人間ダヨ
 皆ボクノファンデ、牛乳ヤちゅるークレルンダ、貢ギ物ッテヤツダネ
 怖クナイッテ言ッテルノニ、スズハ会タガラナインダ』
『ダッテ…怖イモン…抱ッコシヨウトスルカラ
 ちゅるーダケクレレバイイノニ』
不満げなスズキに
「俺も怖い?抱っこ嫌?今は猫じゃなく化生だもんな」
俺はそう聞いてみる。
『そしおトフカヤハ怖クナイ
 抱ッコシテ、次ハ、アタシガゴシゴシサレル番』
スズキは俺の膝に前足をかけてきた。

「君ら、それくらい積極的にナリにブラッシングさせてあげなよ
 長毛は毛玉出来やすいんだろ?」
俺は肩を竦めてみせた。
『なりハ優シイケド、ゴシゴシ痛イトキガアルカラナー』
『そしおノハ気持チ良イカラ好キ』
「俺は大ボスの毛梳きをやって鍛えられたんだ
 ナリとは年期が違う」
俺はもっともらしくそう言って、次はスズキのブラッシングに取りかかる。
その夜はバーマン兄妹に挟まれて、まだ見ぬ人間を思いながら眠りにつくのであった。



そして迎えた金曜日。
ふかやと一緒にしっぽやから帰ると、リビングには飲み物や食べ物が沢山用意されていた。
「ソシオはお酒は飲まない?ふかやと一緒に牛乳やジュース飲む?」
「うん、牛乳飲もうかな
 それがさきイカ?良い匂い!これも、こっちのも美味しそうな匂い
 『つまみ』って凄いね」
俺は気分が高揚してきた。
「基本的につまみは塩分が多いから、人間の体でも食べるのは程々にしておいた方が良いよ
 後、乾き物は胃の中で水分吸って膨れるから、食べ過ぎると後で苦しくなる」
苦笑するナリの忠告を俺は頷きながら聞いていたが、良い匂いに気もソゾロだった。

「僕、焼きそば作るね
 ソースの味によって、具を色々変えてみよっと」
ふかやは着替えるとキッチンに向かっていった。
「皆が来る前に、ソシオの部屋でヤマハとスズキにご飯あげてもらって良いかな
 その後、そのまま閉じこめちゃって
 トイレと水は移動させてあるから、大丈夫
 私は皆を迎えに行ってくるよ、もう近くまで来てるって連絡あったんだ」
俺も着替えて言われたとおりに2匹にご飯をあげ部屋に閉じこめると、ふかやの手伝いを始めた。
テーブルに色んな味の焼きそばが並んだ頃、玄関から『つまみ』なんかよりもっと良い匂いが漂ってきた。

悲しみも痛みも苦しみも、何もかも忘れさせてくれるような優しい良い匂い。
この匂いに包まれていれば、俺は幸福になれる気がした。
俺が匂いに気を取られボーッとしている間、ナリの気配に気が付いたふかやが玄関に出迎えに向かって行った。
「ナリお帰りなさい、皆、久しぶり
 僕あれから何度かナリとタンデムして、前よりバイク乗るの上手くなったんだよ」
「おー、ふかや久しぶり、いいとこに住んでんじゃん
 ペット探偵ってすげーんだな」
「今度、俺のマシンでタンデムしてみる?
 ナリより運転荒いがスピード出るぜ」
「ソースの匂い、ふかやお得意の焼きそばだな
 土産に地ビール持ってきたが、ふかや飲めるか?」
「俺は土産に蒲鉾持ってきたぜ
 先週、小田原の方に行ってきたんだ
 海はまだ寒かった」
「とにかく皆、部屋に上がってよ」
玄関から楽しそうな声が聞こえてきた。
複数の足音がリビングに向かってくる。
良い匂いはますます強くなり、俺を圧倒していった。

「そうそう、今、しっぽやの臨時所員が居候してるんだ
 ふかや同様、彼もバイク乗りって訳じゃないけど、飲み会に混ざって良いよね」
ナリの言葉に
「もちろん、やっぱ別嬪(べっぴん)さん!しっぽやって何なんだ?
 モデル事務所じゃないのが不思議だぜ」
「別嬪の上に、何かありがたい感じが
 ありがたいっつーか、貴重で珍しい?あれ、何言ってんだ俺?」
「キレイに髪を染め分けてんなー、しっぽや専属特殊美容院ってあんの?
 長瀞さんも、見事な毛色だったもんな」
「ども、暫く騒がしくなります」
リビングに来た人間達が俺をジロジロと眺め回した。
好奇心いっぱいの視線にさらされても気にならない。
そんなことを気にしている余裕は無かったのだ。
俺は人間達のうちの1人から目が離せなかった。
ふかやと同じくらい背が高く、でもふかやよりもガッシリしていて黒いジャケットとパンツが大麻生のような大型犬を思わせた。
少しだけ伸ばした黒髪を後ろに撫でつけ結っているが、ほんの一筋だけ耳の脇に垂らしているのがよく似合っている。
俺が感じていた良い匂いは、彼の纏う『気配』であったことにやっと気が付いた。
『この人の膝にのりたい、一緒に寝たい、飼ってもらいたい、ずっと一緒にいたい』
俺は彼の存在以外のことが上手く感じ取れなくなっていた。


「えっと、こちらしっぽや所員の『影森ソシオ』君
 探偵ネームみたいなもんだけどね
 ソシオ、こっちは持田(もちだ)…?しまった、モッチーの名前って何だっけ?」
「保夫(やすお)
 どうも、持田 保夫(もちだ やすお)です
 薄情な友達持ってます
 モッチーって呼んで、本名は忘れてください」
彼は笑って頭を下げてくれた。
「ごめんってば、モッチーだって高校の頃『ナリの名字ってなんだっけ?』ってよく聞いてきたじゃない
 そういえばダイちゃんは家に電話かけてきて『いしはらさんのお宅ですか』とか言ったね
 うち『いしわら』だから、私が出てなかったら間違い電話になってたよ」
「ナリの名字は紛らわしいんだ」
人間達の会話は続いていたが、俺は彼の名前を胸に刻み込むのに必死だった。
『モッチー、持田 保夫…』
それは幸せな響きに感じられた。

「ソシオ、氷持ってくるからちょっと手伝って」
ナリは人の輪から俺を連れ出すとキッチンの隅で
「モッチーに飼って欲しいって感じた?」
優しくそう聞いてくれた。
俺は頷くことしか出来ず、涙を流してしまった。
「ソシオが言ってた『良い匂い』ってモッチーの気配だったんだよ
 私もふかやもヤマハも、正月に彼に会ってるから気配が残ってたんだね
 大丈夫、私もふかやも協力するから彼の気をひけるよう頑張ってみよう」
ナリは俺を抱きしめ、そう言ってくれる。

俺がここに来た理由が、やっとわかった瞬間であった。
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