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しっぽや(No.145~157)

それから、捜索から帰ってきたひろせに温めたアップルパイとダージリンティーを用意して、今夜の予定を伝えた。
「これからミイちゃん達とナリの部屋に勉強しに行きたいんだ
 帰りが遅くなるだろうから、ひろせのとこに泊まって良いかな」
「もちろんです、と言うか、僕も一緒に行って良いですか
 だって、ナリのとこにはバーマンが2匹いるってふかやが言ってたから」
ひろせは少し拗ねたような表情で俺を見る。
同じ大型長毛種のナリの飼い猫に、焼き餅を焼いているようだ。
「うん、一緒にお邪魔させてもらおう
 バーマンよりノルウェージャンの方が気品があってゴージャスだよ」
最後に小声で耳の側で囁いてキスをすると、ひろせは機嫌を直して微笑んでくれた。

「これ、有名な店のアップルパイなんだ
 お店で売ってるそのままじゃなく、シェフが監修したものだけど
 ひろせが作るときの参考になると嬉しいな」
俺が渡した皿にのっているアップルパイを、ひろせは興味深そうに口にした。
「シナモンは抑えめですね
 食感の変化にレーズンを入れるのはよくあるけど、これ、ドライアップルが入ってる
 もの凄いリンゴ感、これでもか、って感じのアップルパイです
 でも、オーソドックスにカスタードも入っていて、コクはあります
 果物を使うお菓子ならではの遊びですね、面白い
 僕も何か作れないかな」
ひろせは真剣な顔で悩み始めた。
「ここはペット探偵兼ケーキ屋にすれば収益アップする、ってゲンが言っていたけど、その通りみたいね」
ミイちゃんは俺達を見て楽しそうにクスクス笑っていた。



業務終了後、俺達は夕飯用に出来合いの寿司を買ってナリの部屋に向かった。
「こんにちは、お初にお目にかかります
 ふかやの飼い主の石原 也(いしわら なり)です
 ナリと呼んでください」
ナリが深々と頭を下げると
「三峰と申します、どうぞ『ミイちゃん』とお呼びください」
ミイちゃんも丁寧に頭を下げた。
「私は波久礼と申します」
「ああ、貴方が波久礼ですね
 猫の話題が出ると必ず貴方の名前も出てくるので、会ってみたかったんです
 うちの犬嫌いのお嬢さんを懐かせることが出来るか、興味あって」
ナリは波久礼を見上げて悪戯っぽく微笑んだ。
「そちらは…、凄い、初めて見た
 三毛猫だね」
ナリも猫バカなので、直ぐにソシオの特殊性に気が付いたようだった。
「三毛猫のソシオです」
ソシオはナリを見つめ、うっとりとした表情を浮かべている。
心なしか頬も染まって見えた。

『え?』
それを見て、俺は心の中で焦っていた。
ひろせほどの情熱は感じられないが、それは飼い主を見つめる化生の瞳に酷似していたからだ。
化生の飼い主に、他の化生が惹かれる事なんてあるのだろうか。
敏感に気配を察したのか、ふかやがナリを抱きしめて
「ナリは、僕の飼い主だよ」
宣言するようにソシオに言っていた。
「うん、ふかやは私の飼い犬だね」
ナリは宥(なだ)めるように、飼い犬の頭を撫でてやっていた。


「さて、ヤマハとスズキを連れてきてみようか」
部屋を出るナリを追って
「お手伝いします」
俺もその後に続いた。
ひろせには『確かめたいことがある』と想念で伝えておいたので、神妙な顔で頷いている。
ひろせも、ナリを見るソシオの瞳に気が付いていたようであった。

「ナリ、今のソシオの顔…」
俺の囁きを
「いや、違うみたいだ」
ナリは考え込むものの、そう断言した。
「彼の意識は私の表層にしか触れてこなかった
 ふかやの時はもっと真っ直ぐに、私に対する思慕の情のようなものをぶつけてきていた
 心の奥深くまで届くような慕わしい感情、それがソシオからは感じられないんだ
 私の表面だけを見てあの様子と言うことは、生前の飼い主さんに面差しが似ていたのかもね
 動物もかなり人の顔を認識してるから」
ナリはあの挨拶の一瞬の際、そこまで洞察できていたのだ。
「さすがです、猫師匠」
俺はナリの力に感服するしかなかった。
「今日は勉強させてもらいます!」
「いやいや、今日は私も波久礼に勉強させてもらおうと思ってるよ
 凄いね、彼の貫禄というか猫センサー、どの部屋に猫が居るかわかってるみたいだ
 スズキを驚かせないよう、ずっと穏やかな気配を纏(まと)っている」
人間の猫師匠ナリの言葉に
『しっぽやが里親募集の猫で溢れかえりませんように』
俺は本気で祈ってしまうのであった。


ナリがスズキ、俺がヤマハを抱えて部屋に戻るとヤマハは浮かれた感じになっていた。
後でひろせに翻訳してもらったところによると
『ワア、アノでか犬ヨリでかイ犬ガ来タ
 ボクノコト触リニ来タンデショ
 ドウゾ小サクテ可愛イボクヲ触ッテ癒サレテ』
俺がヤマハを放すと、シッポをピンと立てて真っ直ぐに波久礼に向かって歩いていく。
ミイちゃんやソシオ、ひろせや俺の存在は挨拶の優先順位的にはかなり低いようだった。



「とても素晴らしい毛並みだ、君はナリに愛されているんだね」
俺やナリがわかるようにだろう、波久礼が抱き上げたヤマハに日本語で話しかけている。
それでも想念は伝わるのが、猫師匠の凄いところだ。
部屋中にヤマハがノドを鳴らす音が響きわたっていた。
初めて波久礼の猫神っぷりを見たナリも、驚いた顔をしている。
「スズキも行く?ヤマハが抱っこしてもらってるよ」
ナリが腕の中の猫に話しかけても、しっかりと抱きついて離れようとはしなかった。

波久礼が緩やかな動作で胡座(あぐら)をかいて座り込む。
彼の長い足の間に、ヤマハはすっぽりと収まっていた。
「どうだい、もう1匹入れるよ」
チラチラとヤマハに視線を送って迷っているようなスズキだったが
『スズ、大丈夫、コノ犬ボクノふぁんダカラ
 アノでか犬ヨリ賢ソウデ怖クナイヨ』
そんな想念を送られたらしく、ナリが絶妙のタイミングで下に下ろしてやるとオッカナビックリ波久礼に近づいていった。
「やあ、チャーミングなお嬢さん、どうぞこちらにおいでください」
波久礼が伸ばした指先を、スズキは慎重に嗅いでいる。
やがて波久礼の股の間に、ヤマハとギュウギュウになりながらまるくなった。
波久礼に優しく撫でられて、ついにノドを鳴らしだした愛猫に
「お見事、としか言いようがないね、皆が猫神って言うわけだ
 ふかやのおかげで多少は犬に慣れてきていたけど、スズキが初めて会った犬に抱っこされるなんて」
ナリは心底ビックリしていた。

初めてここまでの力を見たのか、ミイちゃんは呆れながらも波久礼を優しい目で見ていた。
そして、ソシオは…
先ほどナリを見ていたのと同じ様な、どこかうっとりとした瞳でバーマン兄妹を見つめている。
俺は驚いてナリの肘を小突き、注意をソシオに向けさせた。
ナリも直ぐにソシオの状態に気が付いて、混乱した顔を見せていた。
さすがのナリも、この状態に対する論理的な説明が思い浮かばないらしい。
ひろせを見ても、驚きながら小首を傾げるばかりであった。

俺達の疑問などお構いなく
「やあ、長毛種、俺も抱っこして良い?」
ソシオはヤマハに話しかけている。
飼い主がいない波久礼がソシオの異常に気づくはずもなく
「ソシオも君のゴージャスな毛皮を触ってみたいらしい
 良いかい?」
普通にヤマハに話しかけていた。
『短毛種ニトッテ、ボクハ憧レノ的ダカラネ
 モチロン、構ワナイヨ』
得意そうに快諾するヤマハを、ソシオは波久礼から受け取り抱き上げた。
「予想以上にフワッフワだ、これ手入れすんの大変だろ
 愛されてんだなお前、何か、すげー良い匂いがする」
ヤマハに顔を埋めたソシオは、幸せそうな顔になった。
不思議な事に、スズキの存在には特に注意を払っていないようであった。
「そういえば、ナリとふかやからも同じ良い匂いがするな
 特に、ナリの方が濃い気がする」
2人を見るソシオの瞳は、うっとりしていた。


ソシオの態度が何に由来するのかわからないまま、俺達は買ってきていた寿司で夕飯にすることにした。
「ナリの力を見せてもらおうと思っていたのに、波久礼の独壇場みたいになってしまったわね」
ミイちゃんの言葉に
「申し訳ありません」
波久礼が頭を下げた。
彼の胡座の中にはヤマハとスズキが陣取っている。
「何というか、凄すぎて真似できない
 私はやっぱりマダマダだね」
苦笑するナリに
「いや、あれ、真似できるようになったら逆にヤバいですよ」
俺は戦慄とともにそう伝えた。

「人の世ってやつも、久しぶりだと楽しいなー
 三峰様、俺、暫くこっちにいて良いですか?
 迷子猫の捜索ってのやってみるのも面白そう
 雄三毛猫の幸運パワーでサクッと探して解決、ってさ」
ソシオは煌びやかに微笑んだ。
「そうなさい、人と関わらないことには飼って欲しい方とも巡り会えないのよ
 30年近く、お屋敷でブラブラしてるんだから」
困った子ね、と言わんばかりのミイちゃんに
「30年?」
俺は、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「そうよ、空よりずっと早く化生しているの」
「でも、波久礼は俺より長いもーん」
ソシオは歌うように言い切った。
「悪い見本が身近にいるから」
ミイちゃんがフウッと息を吐く。
「申し訳ありません」
そんなミイちゃんに、波久礼は叱られた子供のように謝るばかりだった。

「長く滞在しないのなら、ゲンのところに泊まらせてもらう?」
ミイちゃんの問いかけに
「俺、ここに泊めてもらいたい
 ふかや、ダメ?」
ソシオは伺うようにふかやを見て、ふかやは戸惑ったようにナリを見る。
「うちは構いませんよ、友達が泊まりに来られるよう、部屋数多い部屋を使わせてもらってるから」
ナリが頷くと、ふかやも笑顔になった。
「ひろせとふかや、これからよろしくな
 短毛捜索は双子がエキスパートか?
 直ぐに記録を抜いてやるぜ」
「長毛は負けませんよ」
ひろせも笑顔を見せている。


こうしてしっぽやに新たな仲間が加わったのであった。
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