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しっぽや(No.145~157)

side<TAKESI>

荒木先輩の受験が終わり、ようやく日野先輩と併せて3人でバイトをする日々が戻ってきた。
「タケぽん、あそこの電灯消えそうだから換えといて
 ついでに電灯と窓枠の乾拭きもしとけよ」
「タケぽん、カズハさんとウラに貰ったお茶、棚の1番上に入れといて
 で、上の棚の煎茶とほうじ茶とアッサムとダージリンは2段目に移してな
 今日インスタントコーヒーの詰め替え用が特売だから、後でお使いに行って棚の1番上に入れといて」
「スーパー行くの?ならプルーチェ5、6個買っといて
 味は何でも良いや
 牛乳と豆乳とクリーマーも頼む」
先輩たちは『背が低い』ということに開き直ったのか高所の作業を俺に投げ、容赦なくこき使ってくる。
高所の作業じゃなくても荷物持ち的な事は俺に投げるのが常態(じょうたい)になっていた。

「あの、一緒にココアも買ってきて良いですか?」
「良いよ、ひろせのリクエストだろ
 お茶請けに食べたい物あったら、それも買って良いから
 おかきとあられも買っといて、ゴマ煎餅も」
「あ、俺アンコ食べたい
 大福とかマンジュウで値引きしてるのあったら、それもよろしく」
頼まれ物が多くなってきたので、俺は忘れないうちに買い物メモを作成し始める。
「日野、値引きの物でなくても、いくらでも買ってきてもらってください
 全部、経費で落としますから」
「でもさ、あーゆーの、売れ残ったら全部ゴミとして捨てられちゃうんだぜ、もったいないじゃん
 俺は、この国のゴミを少しでも減らしたいんだ」
「日野…何と素晴らしい
 立派な考えをお持ちなのですね
 僕も日野の心に応えて、値引きの物を買うようにします」
「荒木、私もそのようにした方が良いでしょうか」
「俺は日野ほど食べられないし、残す方が逆にもったいないよ
 食べられる分だけ買って、全部食べるのもゴミの削減になるんじゃない?」
「荒木のご期待に添えるよう、きちんと食べ切ります」
受験で思うように会えなかった時間があったせいか、先輩達とその飼い犬達のテンションはおかしな事になっていた。


電灯を換え高所の掃除を済ませ、買い物に行く頃には夕方が近かった。
おかげで日野先輩ご所望の値引き和菓子を色々買うことが出来て、役目を果たせた俺の足取りは軽くなる。
『値引きされてたから有名店のアップルパイもホールで買っちゃったけど、これぐらいは許されるよな
 ひろせのお菓子作りの参考になるかもしれないし』
ひろせが喜ぶ顔を想像するだけで、俺の頬は緩むのだった。

事務所に帰り着きお茶棚の整理をすると、そのままお茶の準備を始める。
『和菓子が多いから、お茶のメインは煎茶にしとくか
 煎餅系買い足したし、封が開いてる海苔煎餅とアーモンドチーズおかきは食べ切っちゃえ
 アップルパイ用に、ダージリンも用意してっと
 パイはレンジで温めてバニラアイスを添えよう』
今では荒木先輩がいなくても、俺一人でお茶の準備を任されるようになっていた。

「お茶の準備出来ましたよ、一息入れませんか」
俺は控え室を出て事務所に声をかける。
「良いタイミングだ、こっちも区切りがついたとこだぜ」
「春用の新作チラシ完成!大麻生が講師になる初のしつけ教室、参加者来てくれるといいな」
「それ、クッキーが参加したいって言ってたやつですね」
生憎、ひろせも白久も捜索に出てしまい居なかったが、俺たちは残っている化生達とお茶をすることにした。

「ん?こんな時間にどうされたんだろう」
黒谷が移動の足を止め、事務所のドアを見つめる。
他の化生達も不思議そうにドアを見つめていた。
つられて人間のバイト組もドアを見つめてしまう。

コンコン

ノックの後に開いたドアからミイちゃん、波久礼、そして見たことのない化生が事務所に入ってきた。
「こんな時間にごめんなさいね
 何だか、こちらのお茶の時間に合わせて来たみたい」
ミイちゃんはクスクス笑っている。
「ナイスタイミングだよ、今日はお茶菓子の追加したから急な来客も大丈夫
 タケぽんのお手柄で、和菓子も色々買ってあるし」
日野先輩がウインクしながら俺を見た。
「値引きの物ですけど、大福、草餅、おはぎ、あんこ玉、団子、モミジマンジュウ、色々あります
 アップルパイや煎餅も」
俺は勢い込んで答えてしまう。
「まあ凄い、波久礼とソシオもご相伴に預かりましょう」
ミイちゃんの後ろに控えていた2人は恭(うやうや)しくお辞儀をした。


控え室でのお茶の時間、テーブルに並んでいる和菓子の数々を見て、ミイちゃんは目を輝かせていた。
「今はスーパーで、こんなに色々和菓子が売っているのね
 本当にここのお茶の時間は充実しているわ
 うちも、もう少しお茶菓子を増やした方がいいのかしら」
悩み始めたミイちゃんに
『うちは日野先輩が居るから、量を充実させるようにしているんです』
俺は心の中でそっと答えるのであった。



俺も荒木先輩も、ミイちゃんの隣に座っている化生をチラチラと横目で見ていた。
パーカーにジーンズというラフな格好だが、どこか憂いを含んでいるような眼差しの煌びやかな美青年なので、猫なのだろうということは察しがついていた。
しかしその頭髪は、白髪に黒と茶の房が混じっているように見える。
「ミイちゃん、その化生は…?」
耐えきれなくなったのか荒木先輩が声をかけると
「ああ、ソシオは新入りではないのよ
 武衆の者ではないけれど、私の側仕えみたいなことをしてもらっているの」
ミイちゃんは優しい眼差しで彼を見る。
「初めまして、三毛猫のソシオです
 こちらのおかげで波久礼が付き合いやすくなって、助かったよ
 以前の彼は猫に対しても体育会系だったからね」
湯飲みを持ったソシオはにっこり笑った。

「「やっぱりー!!」」
俺と荒木先輩は興奮した声を上げてしまう。
「凄い!初めて見た!いや、ノルウェージャン見たのもひろせが初めてだったけど」
俺は思わず感嘆の吐息をもらしてしまった。
「凄い縁起良さそう!あの、ちょっとだけ触らせてもらって良い?」
「あ、俺も良いかな」
荒木先輩の頼みに俺ものっかる事にする。
お互いこの場に飼い猫と飼い犬が居ないので、ちょっと大胆になっていた。
「どうぞ」
快諾するソシオの頭を、荒木先輩と2人で撫でまくる。
「ありがたい、俺、大学合格出来てる気がしてきた」
「俺、このまま宝くじ買いに行きたい」
恍惚とした人間2人に頭を撫でられまくっても、ソシオは平気でお茶をすすっていた。

「2人とも、何やってんの?」
引き気味の日野先輩がジト目で俺たちを見ていた。
そんな日野先輩に
「「彼、三毛猫なんだよ」」
俺と荒木先輩は諭すように叫んでしまった。
「ああ、本人が言ってたし、毛色から見てもそうだろ」
俺達の剣幕に驚いたのか、日野先輩の声が小さくなった。
「「三毛猫の、雄なんだってば」」
これだけ言っても、日野先輩は訝(いぶか)しそうな顔で俺達を見るばかりだった。
「これ常識だと思ってたけど、猫バカだけの常識だったか
 日野、三毛猫の雄って、超貴重な存在なんだぜ」
「そうですよ、三毛猫ってほとんど雌で、雄は3万分の1の確率でしか生まれないんです
 クラインフェルター症候群って染色体異常が原因で生まれるんだけど…」
そこまで言って、俺はソシオの顔を伺った。
「俺、それ以外は健康体だぜ、多分
 生前、獣医に言われたんだ」
彼は何でもないことのように答えた。

「生まれる確率が低くて貴重だから『縁起が良い象徴』って言われてるんだよ
 招き猫のモデル、なんて話もあるくらいでさ
 昔あったネコのテーマパークみたいなとこの、マスコット的存在でもあったって親父が言ってたな
 母さんとデートで行ったんだって」
「それ、うちの両親もデートで何回か行ったって言ってました
 ネコだけじゃなくイヌとイタチと言うか、フェレットのもあったんですって
 でも、マスコット的存在が居たのってネコだけだったとか
 その当時から、三毛猫の雄ってそうとう珍しかったんですよ」
力説する俺達を見て
「猫バカの親って、やっぱ猫バカなんだ」
日野先輩は変なところに感心していた。
「とにかく、縁起良い存在だし日野も触らせてもらえば?」
荒木先輩が誘うが
「俺には、俺だけのラッキードッグがいるから大丈夫だぜ
 な、黒谷」
日野先輩はそう言って甘えるように隣に座る黒谷に抱きついた。
もちろん黒谷は幸せそうな顔で日野先輩を抱きしめ返すのであった。

「2人とも猫に詳しいのね、ソシオの事を紹介する手間が省けたわ」
俺達の寸劇(?)を見ていたミイちゃんが可笑しそうにクスクス笑っている。
「ソシオは化生してから長いのだけれど、屋敷から出たがらなくて
 武衆の者とも良い距離を保てているようだから、好きなようにさせているのよ
 今日はふかやの飼い主に会うためにこちらに来たのだけれど、珍しくソシオもしっぽやに行ってみたいって言い出したの
 何か予感があるのかしら?」
首を傾げたミイちゃんに微笑みかけられて
「さあどうだろう、俺にも良く分からないんだ
 何となくたまには外に出るのも良いかな、って思っただけでさ
 でも良いことはあった、アンコいっぱい食べられたから」
ソシオはモミジマンジュウを食べながら飄々(ひょうひょう)として答えている。
彼はかなりマイペースな猫のようだった。

「わかったわ、皆へのお茶菓子、もっと増やしましょう」
ミイちゃんはソシオに苦笑する。
それから俺を見て真面目な顔で
「今日はふかやの飼い主の能力を見せてもらうのだけれど、タケぽんも同席しますか」
そう問いかけてきた。
それを見ることは俺が持っているという『アニマルコミュニケーター能力』の参考になるに違いない。
「勉強させてください」
俺はミイちゃんに頭を下げた。
これはナリと波久礼、両方から猫とのコミュニケーションを習える、俺にとってまたとないチャンスなのであった。
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