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しっぽや(No.135~144)

美味しそうにバーガーを食べる白久を見ていたら、俺も小腹が空いてきた。
「白久、それで足りそう?
 俺も少しお腹空いてきたし、ボリュームバーガーでも追加しようと思ってんだ
 同じ物でよければ一緒に買ってくるよ
 飲み物も無いとキツいな
 そうするとセットの方が得か
 2セットも食べるなんて、日野になった気分
 白久も2セット目、いっちゃう?」
俺はヘヘッと笑って聞いてみた。
「私が買いに行ってきます
 荒木のために何かをさせてください
 勉強のお手伝いは全く出来なかったので、せめてお使いくらいは」
あっという間にバーガーを食べきった白久が慌てて立ち上がった。

普段は気をつけているようだが、犬達はお腹が空いていると食べるスピードが上がるのだ。
『まさに「犬食い」ってやつだよね
 この分じゃ白久、俺のこと心配して朝ご飯食べてないな』
白久の忠実さに胸が熱くなる。
「じゃあ、お願い
 ドリンクはコーラにしてもらって」
俺が頼むと
「はい、お任せください」
白久は力強く頷いてくれた。
再びカウンターに向かう白久の後ろ姿を見て、俺は愛犬が居てくれる幸せをかみしめていた。
さっきまで時間が足りないとキリキリしていた心が落ち着いていく。
白久にとってもそうなのだろうが、俺にとっても白久との時間は精神安定剤のようになっていた。


愛犬が買ってきてくれただけで2割り増しで美味しく感じるバーガーを食べながら、俺は改めてしっぽやの最近の様子を白久に聞いていく。
特に代わりばえしていないようだが、受験日が迫る前まで週3、4日は顔を出していたので何だか浦島太郎になったような気分だった。
『浦島太郎って、自分の名前の元ネタだってウラが言ってたっけ』
俺はウラの煌びやかで派手な顔を思い出して、長いこと会っていないような気になっていた。
ウラだけじゃなく、化生の関係者と何年も会っていない気さえしてきた。
『日野と中川先生くらいかな、会ってたのって
 タケぽんですら校内か帰り道で見かけるだけだったし』
俺は急激に『しっぽや』と言う場所が恋しくなってきた。

「今日はこのまま帰るけど、明日、学校の帰りに事務所に顔出しに行くよ
 シフトのこととか黒谷に相談したいしさ
 そうだ、ナリってもうこっちに引っ越してきたんだよね
 ナリにも免許のことで相談したいんだ、時間とってもらえるかな
 きっと日野も出勤だろうから、名刺やポスターの相談したいし
 あー、もう、何から手を着ければ良いんだ」
俺は頭がこんがらがってしまう。

「荒木、落ち着いて
 一気に一人でやろうとなさらなくても大丈夫ですよ
 受験勉強とは違います
 私もお手伝いいたしますので、何なりとご命令ください」
白久が俺を安心させるように力強い瞳で見つめてきてくれた。
頼れる愛犬の熱い視線で、俺は徐々に落ち着きを取り戻していった。
「うん、ありがと
 そうだね、期日が近いものを優先するとか、タイミングがあったとこからやってくとかすればいいんだ」
「荒木は一人ではありません、私が居(お)ります
 私では荒木のお役に立てないでしょうか…」
白久が伺うように聞いてくる。
「そんなことない!白久が居てくれるの、凄い頼もしいよ
 今日だってわざわざ来てくれたし
 白久の顔見れて嬉しかった、ずっとずっと会いたかったの我慢してたんだって思い知ったよ」
俺の言葉で白久は嬉しそうな顔になった。
「今日は帰ったら早く寝て、気力と体力を回復させておく
 明日からまた頑張れるようにさ
 それで明日、事務所で出来そうな仕事をして
 帰りは、白久のところに泊まりに行って良い?」
最後は少し声のトーンを落として聞いてみた。
一応周りを見渡してみるが、俺たちの会話に注意を向けている人はいなかったので
「会えなかった分、いっぱいしてくれる?」
囁くような小声でも飼い犬が飼い主の言葉を聞き逃すはずもなく
「もちろんです、荒木が満足するまで頑張らせていただきます」
白久も俺の真似をして小声で、それでもはっきりと返事をしてくれた。


それから俺たちは2時間くらい店で会話を楽しんだ後、駅に移動する。
デートの終わりが近づいてくる寂しさと、明日も白久に会える楽しさが複雑に胸の中で混ざり合っていた。
それでも隣に白久が居てくれる事が嬉しくて、夕方の冷たい風に吹かれても心の中は暖かい。
「ご自宅までお送りいたします」
守るよう風上に立ってくれる白久に
「これから家までのプチデートの始まりだ
 乗り換え、スムーズに出来るようになったかチェックしてあげる」
俺は笑いながら言ってみた。
「お任せください、無事に荒木の家までたどり着いてみせます」
頼もしい愛犬の言葉に満足し
「じゃ、行こっか」
俺は吹きすさぶ風に向かい足を踏み出すのであった。




翌日、学校帰りに日野と一緒にしっぽやに向かう。
「2人で事務所行くの久しぶり」
「そうだな、お前は一足先にバイト再開してたもんな
 俺もやっと自由の身になれたぜ
 今日は仕事より雑用優先させてもらっていい?」
「ああ、取りあえず黒谷とシフトの相談しとけよ
 でも、大麻生主催のしつけ教室のポスター案だけは急ぎでよろしく
 新名刺は春休み入ってからで良いぜ」
日野としっぽや業務の話が出来る状況が嬉しかった。

「ナリから連絡行ってる?荒木が来るなら顔出したいって言ってたぜ」
「うん、夕方に来てくれるって
 免許のこと相談したかったからありがたいよ」
「俺もバイクの免許取るのもいいかな、って気になってるから、そのうち相談してみるかな
 そう言えば、ナリ、ペット占いもするけどカズハさんとこのペットショップで朝の品出しの手伝いもするらしいぜ
 あそこのペットショップ、ほんと、フリーダム
 ウラをいつまでも雇ってくれてるしさ」
「そうなんだ」
そんな話をしながら事務所に向かう。
ノックして扉を開けると笑顔の白久が出迎えてくれた。


事務所ではブランクを感じさせることなく仕事をこなすことが出来た。
『帰ってきた』
しっぽやは俺にとって、そう感じることの出来る場所だった。
「久しぶりに荒木先輩が来るから、ひろせが受験お疲れさまケーキ焼いてきたんですよ
 お茶にしましょう、ロイヤルミルクティー淹れます
 日野先輩も食べて、2人とも本当にお疲れさまでした
 俺の時、指導よろしくです」
タケぽんがヘヘッと笑って、紙袋からケーキの箱を5個も取り出した。
「良いタイミングで来たみたいだね」
ナリが事務所にやって来きて
「私からもお土産、昨日ちょっと実家に帰ってたんだ」
ひよこの形をした饅頭の箱をテーブルに置いてくれる。
直ぐに控え室で豪華なお茶の時間が始まった。

気を使ってくれているのか、今日は白久以外の化生が犬の捜索に出かけているため、俺の側にはずっと愛犬が居てくれた。
皆と話をしながらのんびりお菓子を食べる、そんなささやかなことすら最近の俺はすることが出来なかった。
まだ合否が分かっている訳ではないけれど、俺は今の幸福を心から味わうことにした。


業務終了後、俺は白久と一緒に影森マンションに帰って行った。
久しぶりの白久の部屋は前に来た時とほとんど変わっていなくて、とてもホッとさせられる空間だった。
「エビカツとエビ入り春巻きを作ってみました
 それと、鉄板のエビフライも有ります
 揚げるだけなので少しお待ちください」
着替えた白久は直ぐに夕飯の準備にとりかかってくれる。
「エビづくしメニュー、楽しみ」
その日の夕飯は炊き込みご飯に野菜たっぷりのスープ、エビ料理、と豪華なものだった。

「幸せだな」
食後のお茶を飲みながら、俺は思わず呟いてしまう。
「私も、幸せです」
白久が俺を見て、優しく微笑んでくれた。
「入浴剤を買ってありますので、温泉気分を楽しんでからいたしますか」
少し頬を染めて聞いてくる白久に
「そうだね、てゆーか、温泉でもしよう
 気持ち良く、してくれるんでしょ?」
俺も赤くなりながら答える。
「お任せください」
白久は頼もしく宣言し、ゆっくりと顔を近づけてきて唇を合わせてくれた。
久しぶりに身近に感じる白久の唇に、興奮してしまう。
俺たちのキスはすぐに舌を絡める激しいものに変わっていった。

「荒木…」
白久が愛おしそうに俺の名前を呼び、大きな手で頬を撫でてくれる。
「白久…」
俺もそれに答えるように名を口にして、フワフワの髪を撫でてやった。
高ぶる気分のまま、2人でシャワールームに移動する。
湯船にお湯が溜まる時間を惜しむように、俺達はお互いの唇をむさぼりあいお互いの身体に手を這わせていった。
堅く反応しあっている自身が触れ合い、より興奮が増していく。
溜まったお湯に入浴剤を入れると、良い香りが広がっていった。
俺たちはその香りの中で、激しく繋がり合う。
久しぶりに感じる白久の熱に、俺は直ぐに反応し想いを解放してしまった。
あまりの快感に膝がくずおれそうになる俺を、白久はしっかりと支えてくれる。
白久自身は、まだ俺の中で硬度を保っていた。
緩やかに動く白久自身に刺激され、俺の想いも復活していく。
俺達はまた激しく動き出す。
自由に会えなかった時間を埋める行為は、シャワールームとベッドで何度も繰り返された。
白久は宣言通り、俺が満足するまで付き合ってくれたのであった。


「これからは、もっとちょくちょく泊まりに来るよ」
俺は幸福の余韻に浸りながら、白久の胸に顔を埋め囁いた。
「楽しみにしております」
白久は、そんな俺の髪に優しく口づけしてくれる。
「今度泊まりに来たら、ナリが飼ってる猫を見に行きたいんだけど、良い?」
「ふかやを見に行く訳ではないので、焼き餅は焼きません
 ………、けれども、私もご一緒してよろしいでしょうか」
「もちろん、一緒に行こう」

愛する飼い犬との近い未来の約束を憂いなく交わし、俺は幸福に酔いしれながら眠りにつくのであった。
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