しっぽや(No.11~22)
side〈HANYUU〉
しっぽや事務所の所員控え室、お昼の時間に俺(羽生)は自作のお弁当を広げてみせた。
長瀞がそれを見て
「何と言うか…初々しい感じですね」
少し、困ったように笑っている。
「サトシにも同じの作ってあげたの、これ変?」
俺も困ってそう聞いてみると
「羽生が一生懸命作った事は伝わりますよ
今度また、お料理の勉強をしましょうね」
長瀞は、優しくそう言ってくれた。
一部焦げてジャリジャリというウインナーを食べていると
ピリピリピリ
そんな音と共に、ポケットから振動が伝わってくる。
「サトシからメールだ!」
俺はすぐに携帯を取り出して、それを読んでみた。
『はにゅう、おべんとう、おいしかったよ
ありがとう
はにゅうは、とてもがんばりやさんで、すごいね
きょうの、ばんごはんは、げんさんと、たべるよ
そっちには、ながとろが、いくから、いっしょに、ごはんを、たべててね』
何とか字を読んでそれを理解すると、喜びが湧き上がってきた。
『サトシが誉めてくれた!
今度は、もっと美味しいのを作らなきゃ!』
どうしても、顔がニヤケてしまう。
『そっか、サトシ、今日の晩ご飯はゲンちゃんと食べるんだ』
そう思いチラリと長瀞を見ると、iPhoneをいじっている。
ゲンちゃんは長瀞の飼い主だ。
きっと、長瀞にもメールが来たのだろう。
ゲンちゃんはとても良い人間で
『お子様に「様」付けで呼ばれたくねーから、俺の事は「ゲンちゃん」って呼ぶように!』
そう言ってくれて、時々事務所に来ては『人間の常識』ってやつを俺に教えてくれるのだ。
『そうか、俺も返事しなきゃ!』
慌ててサトシに返事を返し、またお弁当の続きを食べていると長瀞が側にやって来た。
「中川様から連絡が来ましたか?
今日は2人で飲みに行かれるそうです
晩ご飯は私と食べましょうね
帰りに買い物をして、一緒に料理を作ってみましょうか」
そう言ってくれる。
「うん、色々教えて!俺、サトシに美味しい物作ってあげたい!」
長瀞は料理が上手なので、俺は嬉しくなってそう答えた。
白久も長瀞に料理を教わって荒木に食べてもらっていると言っていた。
荒木はいつも喜んで食べてくれるらしい。
俺も、俺の作る料理を食べて喜ぶ、サトシの顔が見たかった。
仕事が終わり買い物をして、マンションの俺の部屋に長瀞と2人で帰る。
「お弁当のおさらいをしましょうね」
2人でキッチンに立つと長瀞はそう言って、熱くしたフライパンに油を入れた。
少しだけ包丁で切れ目を入れたウインナーを入れると、菜箸で器用に炒め始める。
俺はそれを見ているうちに、今はもう無いヒゲがムズムズする感覚になっていた。
「あのね、これ、炒めてるとコロコロするでしょ?
どうしても追いかけたくなって、箸でエイ、エイってやっちゃうの
そうしてると、いじってないウインナーが焦げちゃって、そっちを転がしてると別のが焦げるの」
俺は長瀞の手元を見ながら、困ってそう言ってみる。
今も、あのコロコロを追いかけたくてウズウズしていた。
「ああ、それで焼きムラが…
では、あの卵もそうでしょう?」
長瀞は納得した顔になって聞いてくる。
「うん、卵って、いじってるとポロポロしてくるから、面白いんだ
ウインナーみたく弾まないのはつまんないけど」
俺が言うと
「羽生はまだまだ子供だね」
長瀞はププッと吹き出した。
長瀞はキレイな焼き色のウインナーを皿に乗せると、またフライパンに油を入れて、今度は溶いた卵を流し入れる。
「貴方は少し、波久礼に稽古をつけてもらって体力を発散した方が良さそうです
白久が言うには、彼は『子猫好き』らしいので、上手いこと遊んでくれますよ
私達大人の猫は、彼の体力にはついていけませんから」
軽くかき混ぜた卵を菜箸で寄せながら、長瀞はそんな事を言った。
「え…?ヤだよ、だって、波久礼って怖いんだもん…
声大きいし、体もデカいし」
俺はブスッと、そう言ってみる。
「ああ、まあね、それで私達も彼はちょっと苦手なんですが
白久や黒谷は穏やかな犬なのに、犬も色々ですね
ほら出来た、卵は『余熱』でも火が通るから、あまり焼き過ぎない方が良いですよ」
長瀞は、あっという間にキレイにまとめた卵焼きを、お皿のウインナーの隣に乗せた。
「もう出来たの?」
俺はビックリしてしまう。
長瀞は今度は鮭の切り身をフライパンに乗せた。
「本当は、何か炒めながらグリルで魚を焼くと時間の節約になるけど…
多分、羽生にはまだ無理でしょう
どれもこれも、焦がしてしまいそうだ
1つ1つ確実に作ることを覚えてからになさい」
長瀞の言葉に、俺は頷く事しか出来なかった。
それからも長瀞はフライパン1つで次々と料理を作っていく。
俺は、呆然とその様子を眺めていた。
「色々な物をバランス良く食べていただくよう、工夫してみてくださいね
野菜も、キチンと食べさせないと
ゲンは注意してないと、肉と甘い物だけで済ませようとするから
一度にあまり食べられないと言うのに…」
長瀞は溜め息をつくけど、それは何だか楽しそうに見えた。
「さて、鮭はお茶漬け用、白菜と人参の干しエビ炒めはそのおかずにして、と
こちらのおかずは、私達の夕飯にしましょうね」
長瀞の作ってくれたおかずを持って、テーブルに移動する。
保温してあったご飯をよそうと、俺達は食事を食べ始めた。
「羽生、体の方はその、変化はありませんか?」
ご飯を食べながら少し聞きにくそうに、長瀞がそう言った。
「あ、んと、最近ちょっと変かも…
あのね、サトシに触ってもらうと、胸がキューってなるの
苦しいのに、もっと触って欲しくなるの
俺もサトシの事触りたくて、くっついてると安心出来て、でも何か違う気がして
病気なのかな…
俺、せっかく化生したのに、まだ体弱いのかな
また、サトシより先に死んじゃうのかな
サトシを泣かせちゃうのかな…」
俺は、このところ不安に感じていた事を、長瀞に相談してみた。
俺のせいで泣くサトシを見るのは、もう絶対に嫌だった。
「ああ、やはりね…病気ではありません
羽生は中川様に発情しているのですよ」
長瀞は微笑むが、俺にはその言葉の意味がわからなかった。
「発情って、何?」
首を傾げて聞いてみると
「中川様に、契っていただけばわかります」
長瀞は、やはり微笑むだけだった。
「契る…?」
そう言えば、前に白久がサトシに言っていた言葉だ。
「うーん?」
頭が混乱する俺に
「後で、お茶漬けの作り方を教えましょうね
飲んで帰った後に食べるお茶漬けは最高だ、とゲンが言っていましたから、きっと中川様も気に入ってくれますよ」
長瀞がそう話しかける。
「うん!」
サトシが喜びそうな事を教わるのは、俺にとってとても嬉しい事であった。
それから長瀞に『人間の栄養摂取』について教わった。
よくわからない事も多いけど、俺はサトシに健康でいてもらいたい。
ゲンちゃんの健康を守る長瀞みたいに、俺もなりたかった。
猫だった時、体が弱かった俺にとって『健康』はとても大事な事に思えた。
「あ…!」
チャイムが鳴る前から、俺達には大事な人が帰ってきてくれた気配がわかる。
ピンポーン
チャイムと同時に、俺はドアを開けてサトシに飛び付いた。
「サトシ、お帰り!」
「ただいま羽生、良い子にしてたか?」
サトシは『ただいまのキス』をしてくれる。
また、俺の胸がキューっとなった。
「うん!長瀞に色々教わったよ!
お茶漬け作ってあげる!」
俺はそう言うと、キッチンに向かう。
「ナガト直伝だ、美味いぜ」
そんなゲンちゃんの言葉が聞こえてきた。
「羽生、器を借りていきますね
私も部屋で、ゲンに作ってあげますから」
後はお茶をかけるだけの状態のご飯が入った器と、おかずが入った小鉢を持って長瀞とゲンちゃんは帰って行った。
しっぽや事務所の所員控え室、お昼の時間に俺(羽生)は自作のお弁当を広げてみせた。
長瀞がそれを見て
「何と言うか…初々しい感じですね」
少し、困ったように笑っている。
「サトシにも同じの作ってあげたの、これ変?」
俺も困ってそう聞いてみると
「羽生が一生懸命作った事は伝わりますよ
今度また、お料理の勉強をしましょうね」
長瀞は、優しくそう言ってくれた。
一部焦げてジャリジャリというウインナーを食べていると
ピリピリピリ
そんな音と共に、ポケットから振動が伝わってくる。
「サトシからメールだ!」
俺はすぐに携帯を取り出して、それを読んでみた。
『はにゅう、おべんとう、おいしかったよ
ありがとう
はにゅうは、とてもがんばりやさんで、すごいね
きょうの、ばんごはんは、げんさんと、たべるよ
そっちには、ながとろが、いくから、いっしょに、ごはんを、たべててね』
何とか字を読んでそれを理解すると、喜びが湧き上がってきた。
『サトシが誉めてくれた!
今度は、もっと美味しいのを作らなきゃ!』
どうしても、顔がニヤケてしまう。
『そっか、サトシ、今日の晩ご飯はゲンちゃんと食べるんだ』
そう思いチラリと長瀞を見ると、iPhoneをいじっている。
ゲンちゃんは長瀞の飼い主だ。
きっと、長瀞にもメールが来たのだろう。
ゲンちゃんはとても良い人間で
『お子様に「様」付けで呼ばれたくねーから、俺の事は「ゲンちゃん」って呼ぶように!』
そう言ってくれて、時々事務所に来ては『人間の常識』ってやつを俺に教えてくれるのだ。
『そうか、俺も返事しなきゃ!』
慌ててサトシに返事を返し、またお弁当の続きを食べていると長瀞が側にやって来た。
「中川様から連絡が来ましたか?
今日は2人で飲みに行かれるそうです
晩ご飯は私と食べましょうね
帰りに買い物をして、一緒に料理を作ってみましょうか」
そう言ってくれる。
「うん、色々教えて!俺、サトシに美味しい物作ってあげたい!」
長瀞は料理が上手なので、俺は嬉しくなってそう答えた。
白久も長瀞に料理を教わって荒木に食べてもらっていると言っていた。
荒木はいつも喜んで食べてくれるらしい。
俺も、俺の作る料理を食べて喜ぶ、サトシの顔が見たかった。
仕事が終わり買い物をして、マンションの俺の部屋に長瀞と2人で帰る。
「お弁当のおさらいをしましょうね」
2人でキッチンに立つと長瀞はそう言って、熱くしたフライパンに油を入れた。
少しだけ包丁で切れ目を入れたウインナーを入れると、菜箸で器用に炒め始める。
俺はそれを見ているうちに、今はもう無いヒゲがムズムズする感覚になっていた。
「あのね、これ、炒めてるとコロコロするでしょ?
どうしても追いかけたくなって、箸でエイ、エイってやっちゃうの
そうしてると、いじってないウインナーが焦げちゃって、そっちを転がしてると別のが焦げるの」
俺は長瀞の手元を見ながら、困ってそう言ってみる。
今も、あのコロコロを追いかけたくてウズウズしていた。
「ああ、それで焼きムラが…
では、あの卵もそうでしょう?」
長瀞は納得した顔になって聞いてくる。
「うん、卵って、いじってるとポロポロしてくるから、面白いんだ
ウインナーみたく弾まないのはつまんないけど」
俺が言うと
「羽生はまだまだ子供だね」
長瀞はププッと吹き出した。
長瀞はキレイな焼き色のウインナーを皿に乗せると、またフライパンに油を入れて、今度は溶いた卵を流し入れる。
「貴方は少し、波久礼に稽古をつけてもらって体力を発散した方が良さそうです
白久が言うには、彼は『子猫好き』らしいので、上手いこと遊んでくれますよ
私達大人の猫は、彼の体力にはついていけませんから」
軽くかき混ぜた卵を菜箸で寄せながら、長瀞はそんな事を言った。
「え…?ヤだよ、だって、波久礼って怖いんだもん…
声大きいし、体もデカいし」
俺はブスッと、そう言ってみる。
「ああ、まあね、それで私達も彼はちょっと苦手なんですが
白久や黒谷は穏やかな犬なのに、犬も色々ですね
ほら出来た、卵は『余熱』でも火が通るから、あまり焼き過ぎない方が良いですよ」
長瀞は、あっという間にキレイにまとめた卵焼きを、お皿のウインナーの隣に乗せた。
「もう出来たの?」
俺はビックリしてしまう。
長瀞は今度は鮭の切り身をフライパンに乗せた。
「本当は、何か炒めながらグリルで魚を焼くと時間の節約になるけど…
多分、羽生にはまだ無理でしょう
どれもこれも、焦がしてしまいそうだ
1つ1つ確実に作ることを覚えてからになさい」
長瀞の言葉に、俺は頷く事しか出来なかった。
それからも長瀞はフライパン1つで次々と料理を作っていく。
俺は、呆然とその様子を眺めていた。
「色々な物をバランス良く食べていただくよう、工夫してみてくださいね
野菜も、キチンと食べさせないと
ゲンは注意してないと、肉と甘い物だけで済ませようとするから
一度にあまり食べられないと言うのに…」
長瀞は溜め息をつくけど、それは何だか楽しそうに見えた。
「さて、鮭はお茶漬け用、白菜と人参の干しエビ炒めはそのおかずにして、と
こちらのおかずは、私達の夕飯にしましょうね」
長瀞の作ってくれたおかずを持って、テーブルに移動する。
保温してあったご飯をよそうと、俺達は食事を食べ始めた。
「羽生、体の方はその、変化はありませんか?」
ご飯を食べながら少し聞きにくそうに、長瀞がそう言った。
「あ、んと、最近ちょっと変かも…
あのね、サトシに触ってもらうと、胸がキューってなるの
苦しいのに、もっと触って欲しくなるの
俺もサトシの事触りたくて、くっついてると安心出来て、でも何か違う気がして
病気なのかな…
俺、せっかく化生したのに、まだ体弱いのかな
また、サトシより先に死んじゃうのかな
サトシを泣かせちゃうのかな…」
俺は、このところ不安に感じていた事を、長瀞に相談してみた。
俺のせいで泣くサトシを見るのは、もう絶対に嫌だった。
「ああ、やはりね…病気ではありません
羽生は中川様に発情しているのですよ」
長瀞は微笑むが、俺にはその言葉の意味がわからなかった。
「発情って、何?」
首を傾げて聞いてみると
「中川様に、契っていただけばわかります」
長瀞は、やはり微笑むだけだった。
「契る…?」
そう言えば、前に白久がサトシに言っていた言葉だ。
「うーん?」
頭が混乱する俺に
「後で、お茶漬けの作り方を教えましょうね
飲んで帰った後に食べるお茶漬けは最高だ、とゲンが言っていましたから、きっと中川様も気に入ってくれますよ」
長瀞がそう話しかける。
「うん!」
サトシが喜びそうな事を教わるのは、俺にとってとても嬉しい事であった。
それから長瀞に『人間の栄養摂取』について教わった。
よくわからない事も多いけど、俺はサトシに健康でいてもらいたい。
ゲンちゃんの健康を守る長瀞みたいに、俺もなりたかった。
猫だった時、体が弱かった俺にとって『健康』はとても大事な事に思えた。
「あ…!」
チャイムが鳴る前から、俺達には大事な人が帰ってきてくれた気配がわかる。
ピンポーン
チャイムと同時に、俺はドアを開けてサトシに飛び付いた。
「サトシ、お帰り!」
「ただいま羽生、良い子にしてたか?」
サトシは『ただいまのキス』をしてくれる。
また、俺の胸がキューっとなった。
「うん!長瀞に色々教わったよ!
お茶漬け作ってあげる!」
俺はそう言うと、キッチンに向かう。
「ナガト直伝だ、美味いぜ」
そんなゲンちゃんの言葉が聞こえてきた。
「羽生、器を借りていきますね
私も部屋で、ゲンに作ってあげますから」
後はお茶をかけるだけの状態のご飯が入った器と、おかずが入った小鉢を持って長瀞とゲンちゃんは帰って行った。