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しっぽや(No.135~144)

side<HUKAYA>

化生してから僕の生活は、珍しい体験の連続だった。
人の体で生きていくことに最初は戸惑ったけど、直ぐに馴染むことが出来た。
それは僕が所属する『ペット探偵 しっぽや』の仲間達のおかげであった。
犬だったときにあのお方を見て覚えていたことの他に、彼らに人として生きていくことを教わることが出来たのはありがたいことだった。
化生という特殊な生き方であっても仲間が居てくれることは心強く、飼い主のいない孤独を和らげてくれた。

しかし飼い主が出来てからは、飼い主を真似て生活していく事が楽しかった。
飼い主の役に立てるよう頑張って、誉めて貰えることが無情の喜びとなっていた。
飼い主と早く一緒に暮らしたくて、僕は引っ越しの荷物移動を張り切って行っていた。
飼い主であるナリや、仲間の化生達、その飼い主達も手伝ってくれたため当初の予定より早く引っ越し作業を終えることが出来た。
ナリが元々飼っていたバーマンの兄妹を部屋に迎え入れ、引っ越しは完了する。
僕たちは出会ったのと同じ月のうちに、一緒に暮らすことが出来るようになっていた。
『飼い主と再び暮らすこと』それは僕にとって夢のように嬉しい出来事なのだった。


「新しい仲間に、乾杯!」
「「乾杯!」」
今日は引っ越しを手伝ってくれた大麻生と空、その飼い主であるウラとカズハを招いて部屋でささやかな引っ越し祝いパーティーを行っていた。
「乾杯を、ミルクティーでするのがミソだぜ
 健全だなー俺ら
 今日の茶葉はCTC製法のアッサムでーっす」
ウラがキシシっと笑っている。
「そして、ミルクティーのお茶請けが豆大福と煎餅なのもミソかな
 こーゆー組み合わせ、ふかやの前の飼い主さんの真似なんだ
 あんな風に自由な発想で物事を楽しみたくてさ」
ナリがカップを口にして楽しそうに微笑んでいた。
「僕はお祝いなのでベタベタの紅白饅頭を持ってきました
 ナリのとこは猫がいるからさらにベタな『かるかん紅白饅頭』
 これ、皮に山芋が使われてるから軽い口当たりなんです」
カズハが照れた顔で箱をナリに手渡している。
「『かるかん』!猫飼いは反応しちゃうよ」
「ペットショップ店員も反応するぜ
 ペットフードのメーカーやら商品名、随分覚えたもんな
 勉強と違って覚えるの楽しくてさ」
楽しそうに笑いあっている飼い主を見る僕達飼い犬も、嬉しい気持ちでいっぱいだった。


『フカヤ、皆、ボクノコト可愛イッテ言ッテルンデショ』
盛り上がっている気配を察して、バーマンのヤマハが部屋にやってきた。
一緒に暮らすようになってヤマハはすっかり打ち解けてくれていた。
化生と言う存在にも物怖じせず近寄っていく。
『イイヨ、ボクノコト触ッテモ』
「お、もじゃもじゃが来た、モジャー」
空がヤマハを抱き上げて
「デケー、俺みたいな愛玩犬に比べるとデケーなお前」
そう言って頬ずりする。
『コノでかい犬、イツモ自分ノでかサヲ自慢スルヨネ
 僕ハマダ小サナ子猫ダカラ分カンナイケド』
空とヤマハの会話はかみ合っていないものの、馬が合うのか仲は良かった。
真面目な大麻生はそんな2人の会話に突っ込みを入れるべきかどうか、複雑な顔で悩んでいた。

『ほら、スズキもおいで』
ヤマハの真似をしたいけれど大きな犬の近くに行くのが怖くて部屋の隅でモジモジしているスズキを、僕は抱き上げてテーブルの側に連れて行った。
スズキは必死にしがみついてくる。
彼女も随分僕に打ち解けてくれていた。
『守ってあげるから大丈夫だよ
 僕が犬達に襲われている隙に、スズキとヤマハとナリは逃げると良い』
『デモ、フカヤガ食ベラレチャウ』
『僕も噛みつき返すから、時間を稼げるよ』
僕達のやり取りにも大麻生は何か言いたそうな顔になっていたが、怯えるスズキに気を使い言葉を発することはなかった。


「実際に引っ越すのは来月になると思ってたけど、皆が手伝ってくれたおかげで今月中に移ってこれたよ
 本当にありがとう」
ナリが改めてウラとカズハに頭を下げた。
「ふかや、越してきたばっかだったから荷物少なかったし、ナリの荷物なんて殆ど無いし、業者頼む程じゃないもんな
 それに比べると、俺、服とアクセサリー増やしすぎたかも
 引っ越しメンドそう」
ウラは腕を組んで考え込んでいる。
「家具や家電が新居に備え付けられているのって、時短になって良いですね
 僕も少しずつ空の部屋に荷物運んでおこうかな
 今回の手伝い、自分の予行演習になって良かったです」
カズハはナリに笑顔をみせた。
「2人が引っ越すときは、手伝うから遠慮なく呼んで
 多分、私が一番仕事時間に余裕あると思うから」
頭をかくナリに
「分かんないぜ、うちの店の売れっ子占い師になるかもしれないもんな
 シフトも週5でビッシリかも」
「繁忙期は品出しバイトにかり出しちゃうかもしれないから、忙しくなってくるんじゃないかな」
ウラとカズハは悪戯っぽそうに笑いかけるのであった。



「そういえば、まだウラとナリの歓迎会ってやってなかったね
 2人とも、しっぽやに馴染みすぎてて違和感ないから忘れてた」
ミルクティーのお代わりを作りながら、カズハがそんな事を言い出した。
「いーの、俺の歓迎会は荒木少年と日野ちゃんの大学合格祝いパーティーと合同でやることになってるから」
ニヤニヤ笑うウラの言葉に
「それを聞いて、私も一緒にのることにしたんだ
 荒木と日野なら一発合格するだろうし、そんなに先の事じゃなさそうだものね」
ナリも笑いながら頷いていた。
「そうか、僕は3回も歓迎会に出てるから何か申し訳ない気がしてきた」
慌てるカズハに
「じゃあさ、先輩の俺達が歓迎会もどきをやれば良いんじゃない?
 『もどき』って、歓迎会の時ゲンに出されたお題だったね」
空が安心させるように寄り添った。
「うん、そうだね」
カズハは直ぐに落ち着きを取り戻してナリとウラを見回し
「しっぽやへようこそ
 これからも化生と共に在ってください」
ニッコリ笑うとそう語りかけた。
「もちろんだぜ、いつまでもソウちゃんと一緒だ」
「これからよろしくお願いします」
ウラもナリもカズハに負けない笑顔になる。
飼い主達は楽しそうに笑いあっていた。

「歓迎会の挨拶、俺もやってみたかったんだ
 これは俺のオリジナル挨拶な
 『新しい飼い主との生活にようこそ
 これからは孤独を感じることなく、常に飼い主と共に在ろう
 直ぐにその存在が心を満たし、幸福に輝く日々が戻ってくる』
 この中で飼い主と居るの、俺が一番長いもんな
 飼い犬の先輩だぜ」
空はヤマハを抱っこしながら、得意そうな顔になった。
僕と大麻生は顔を見合わせる。
空の言葉は痛いところを突いていた。
それは前の飼い主より、今の飼い主と共に在ろうと言う宣言にもとれたのだ。
きっと、空自身も新しい飼い主を得たにも関わらず、過去を引きずっていた時期があったのだろう。
「そうだな、自分の全てをウラに捧げ共に在ろう」
「頭の先から足の先まで、僕の全てはナリのためにある
 尻尾があれば、尻尾の先までナリのものだ
 ナリのために力一杯振ったのにな」
僕達の言葉に
「わかる!カズハといると、尻尾がないのもどかしいと思うときがあるんだよなー
 この喜びをどう表せば良いのか、ってさ
 踏まれると痛かったけど、尻尾って大事な部分だったんだな」
空は陽気に笑って自分の尻を撫でていた。

「いつもの歓迎会みたいにお題に沿って色々用意してないけど、食おう
 カズハがお取り寄せした『かるかん』
 ずっしり重い饅頭も良いけど、これはふわっとしてて美味いんだ
 何個でも食える」
空は饅頭を一口で頬張った。
『かるかん、ボクモ食ベタイ、デモちゅるーノ方ガモット食ベタイ
 オ客ガ来テル時ハ、貰エルンダヨネ』
ヤマハが前足で空の頬を触っている。
「モジャ、かるかん欲しいのか?
 猫に甘いものやると、カズハに怒られるからダメ
 お前、これ以上デカくなったら、俺でも抱っこ出来なくなるぞ」
『コノでかい犬、自分ダケモットでかくナル気ダ
 部屋ノ床ガ抜ケチャウヨ』
彼らの掛け合いに、思わず笑ってしまった。

「ナリ、ヤマハとスズキにチュルーあげて良い?
 せっかくのパーティーだしさ」
僕が聞くと
「そうだね、1本ずつ出してあげようか
 私達とお揃いで、夕飯は『カルカン』にしよう
 カズハの店でセールしてたから、パウチを2箱買ったもんね」
ナリはスズキを優しい目で見て、頭をそっと撫でてやっていた。
その光景に嫉妬を感じないでもなかったげど、彼らの生活に割り込んだのは僕の方だ。
僕は大人しく次に撫でてもらえるまで待つことが出来る。
待っていれば与えてもらえる飼い主の愛情が嬉しかった。


「2人とも、夕飯も食べていってよ
 ここはカズハを見習って、うちもベタベタでいこうかな
 蕎麦なんてどう?
 大麻生と空には物足りない?」
ナリが誘うと
「引っ越し蕎麦、良いじゃん
 天ぷら蕎麦にすりゃ、ボリューム出るし
 そこに卵を落としたら、贅沢月見だ」
ウラがキシシっと笑う。
「では天ぷらは、自分が揚げましょう
 この間作った掻き揚げが美味しいと、ウラに誉めていただいたので」
すかさず大麻生が反応する。
「俺も天ぷら揚げてみたい、カズハ、春菊が入ってる掻き揚げが好きだって言ってたもんな
 後は何を入れて欲しい?」
空も張り合うようにカズハに問いかけていた。

「小エビとか貝柱、タマネギや紅ショウガが良いかな
 ナリは何が好き?」
「シンプルに長ネギと小女子(こおなご)だけでも美味しいよね
 山ウドやフキノトウやタラの芽なんかはまだ出回ってないかな
 春の山菜の天ぷらって美味しくて、山の旅館に行くときのお楽しみなんだ」
「婆ちゃんが味噌汁にフキノトウ刻んで入れてたっけ」
「春の味、美味しそう」
「それが子供の口には苦くて好きじゃなかった
 大人になったら、美味いと思うようになったけどな」
「味覚って、変わるよね」
まとまりのない飼い主達の雑談を、僕達飼い犬は真剣に聞いていた。
飼い主の好むものを覚えようとその言葉に耳を傾けるのは、とても楽しい行為であった。
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