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しっぽや(No.11~22)

「何だ、わかってんなら契ってやりゃ良いじゃん?
 化生にとって『それは最高の誉れ』って、いつもナガトも言ってるぜ
 もうチューくらいはしてんだろ?」
ゲンさんはニヤニヤしながら、そんな事を聞いてくる。
「あ、まあ、その、…キスはもうしてますが
 おはようとかおやすみとか、行ってきますとかお帰りとか、そんな感じで」
俺が照れながら告白すると
「っかー、新婚かっつーの!
 何だよ、結局ラブラブなんじゃん!
 おいおい、ノロケたくて呼び出したのか?」
ゲンさんは笑ってグイッとビールを飲んだ。

「で、でも、何て言うか羽生は見た目がその…」
俺は言い淀んでしまう。
「ああ、あいつ、露骨に『未成年』って顔してるもんな
 ま、死んだのが子猫の時だし、お前さんが中学生の時に飼ってたんだろ?
 あいつにとって人間の姿と年齢って、あんなもんなんだろうなー
 多分、もう少し外見は成長するんじゃないか、ってナガトが言ってたけど
 あんな小さい化生、本当にイレギュラーらしいから初めてづくしなんだよ
 大抵、化生の外見は20代くらいだからな
 自分にとって、最も力があった年代を無意識のうちに人間の姿に置き換えて、外見に選んでるんだろう
 黒谷が他の化生よりちょいと年くって見えるのは、前の飼い主の影響かね
 あの外見のおかげで、所長としてあんま違和感ないけどさ」
ゲンさんは神妙な顔で頷いた。

「化生ってのは、『化生直前の飼い主』ってやつの影響をモロに受けるらしい
 ナガトの化生直前の飼い主は、世話好きなお婆ちゃんだったんだ
 記憶の転写、ってやつで見せてもらったよ
 だからあいつ、世話女房みたいなんだよな
 俺がガキの頃病気してたって知ってっから、余計に俺の『健康』を守ろうと必死なとこあってよー
 独学で人間の健康について色々調べてんだ、可愛いだろ?」
ゲンさんは幸せそうに笑う。
「そういや、お前は羽生の記憶の転写、見てないのか
 んなもん見なくても、お前達は同じ時間を過ごしてたんだもんな
 あいつらが愛しそうに言う『あのお方』って奴、羽生にとってはお前自身なんだ
 それは、俺達飼い主にとっては、正直とんでもなく羨ましい…
 最初から自分が飼って幸せにしてやりたかった、あいつらの過去を見るとそう思わずにはいられないぜ…」
ゲンさんは悔しそうに顔を歪める。

「ああ、『未成年』っていや、荒木少年も初めて会った時は、正直高校生にゃ見えなくて驚いたぜ
 今時の高校生って、皆、あんなん?」
気を取り直し首を捻るゲンさんに
「いえ、野上みたいな子の方が少ないですよ
 最近の子は発育良いから、男子は俺より背の高い生徒が多いんです
 見た目だけなら『大人』ですね
 でも、まだまだ、やんちゃで可愛い生徒ばかりです」
俺は笑って答えて、揚げ出し豆腐を口にする。


「白久はよく、あんな子供に手を出そうなんて思ったよな
 やっぱその辺、俺達と化生は倫理観とかズレてんだ」
ゲンさんは焼き鳥を頬張った。
「あ…、やっぱり、野上と白久は、その…」
俺は赤くなって言い淀んでしまう。

「見りゃわかんだろ
 白久の奴、荒木少年のこと可愛くてしかたない、って顔して見てるし
 あいつ、1人が長かったから、喜ばしい事ではあるんだけどよ
 獣は生後半年もすりゃ交尾可能だから、あれって感覚的には普通の事なんだろうな」
「交尾可能って…」
ゲンさんの言葉に、俺は益々赤くなってしまう。
それは、アルコールを飲んでいるせいだけでは無かった。
「だから羽生も、身体はもう大人なんだよ
 嫌いじゃないなら、契ってやんな
 多分、してもらえない方が、あいつらには辛い事だ
 化生がどれくらい獣の性(サガ)を残してるのか、正確な事は言えないけどよ
 獣ってのは発情期に交尾出来ない事が、人間とは比べものにならないくらいの物凄いストレスになるんだ
 だから俺は、ペットの去勢、避妊手術賛成派
 獣として不自然だって意見もあるけどさ、子供産ませる気が無いなら、あの本能は取っちまった方が無駄なストレスかけずに済むと思うんだ
 ましてや、不用意に子供産ませて、飼いきれないから捨てるとか言語道断!
 あれ?何だよ中川ちゃんの皿、空じゃん
 ほらほら、もっと食って食って!」
ゲンさんは、俺の皿に残りの焼き鳥を積み上げ、自分は大根サラダを口にする。

「俺も化生と暮らして20年近くになるが、まだまだ化生の事はよくわからんのよ
 そもそも、何であんな目立つイケメン達が、クチコミで広まってマスコミに取り上げられないのか、とかさ
 化生達皆、モデルって言われても納得のイケメンだし
 羽生だって、ジャニーズも裸足で逃げ出す美少年だろ?
 それにあいつら…
 何年経っても、外見がほとんど変わらねーのよ
 初めて会った時、俺、自分よりナガトの方が年上だって思ってた…」
ゲンさんは真面目な顔で俺のことを見つめてきた。
俺は、羽生と暮らし始めてまだ1ヶ月かそこらしか経っていない。
不思議な存在だ、とは思っていたが、それを深く考えたことは一度も無かった。

「俺なりの仮説なんだけどさ、あいつらやっぱり獣なんだよ
 同じ種類の猫を並べても、興味が無い人にゃ個体識別出来ないのと一緒だ
 『ああ、可愛いな、キレイだな』で終わっちまう存在
 あんなにキレイな奴らなのに、一般人には印象が希薄なの
 10年後に同じ顔をした化生を見ても、大抵は同一個体とは思わずに『似てるな、キレイだな』で済むレベル
 もっとも、ご近所さんとなるとそうも言ってられないけどな
 だから俺、化生が安心して暮らせるよう、影森マンション作ったのさ
 いや、実際に金出したのミイちゃんだけど」
ヒヒヒッとゲンさんは笑う。

「獣って奴は、成長しきると外見がほとんど変わらないだろ?
 露骨に『年とったな』って思えるのは、死ぬ直前くらいからかな
 化生の見た目も、それに近いと思うんだ
 飼い主がいるかどうか、ってのも影響するみたいだが
 ただ、あいつらの寿命ってやつはサッパリわからん
 夢のような存在、そう思っている
 いつかパッチリ目覚めて、朝日と共に消えてしまう儚さがあるんだ
 未だに朝起きて、隣にナガトがいるかどうか不安になっちまうよ
 まあ、俺は頭悪いし、特殊能力ある訳でも無いから、本当のところはわかんねーけどさ
 何つーの?ネイチャーな方の言うような波動とやらが感じられれば、少しは違う目で化生の事が見えんのかねー」
ゲンさんはまた、グイッとビールを飲む。
「そんな、頭が悪いだなんて…
 ゲンさんはとても聡い方ですよ」
俺は本心からそう言った。
「おおっと、教師に誉められるなんて、悪い気はしねーな」
ゲンさんは、俺を見て楽しそうに笑った。

それからも、俺達は色々な話しをした。
ゲンさんの話は、化生飼い初心者の俺には興味深く、ためになるものばかりであった。
「あ、10時過ぎた、切り上げ時かな
 締めにお茶漬け、といきたいとこだが、それは家でのお楽しみだ
 飲んで帰った後は、ナガトがお茶漬け作ってくれんの
 多分、秘伝のレシピ、羽生にも教えてくれてるぜ」
「それは、楽しみですね」
笑顔のゲンさんに、俺も笑顔を返す。
会計を済ませ、マンションへの道を2人で歩きながら
「ナガトが色々、羽生に教えてやってると思うからさ
 嫌じゃなきゃ、してやんな」
ゲンさんがフッと笑って、俺の背中を叩いた。

「あ、はあ…」
しかし俺は未だ決心がつかず、気の抜けた返事しか返せないのであった。
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