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しっぽや(No.135~144)

side<ARAKI>

冬休み明けのクラス内は近付いてくる受験のため、心なしかピリピリしている。
予備校に行く生徒が多いので、授業も午前中で終わる日が増えていた。
今日は午後まで授業がある。
参考書を読みながらパンをカジったりしている者も多い中、俺と日野は机を寄せ2人でしゃべりながら普通に昼の時間を過ごしていた。

「これ、婆ちゃんから荒木にって
 いつも昼はビニ弁食べてるって言ったら、栄養とか心配してたよ」
日野が差し出してきたタッパーには、鶏肉と根菜の煮物、ほうれん草とベーコンのソテー、小松菜と油揚げと小女子(こうなご)の炒め物が入っていた。
アルミホイルに包まれた、ひじきご飯のオニギリも付いている。
「やったー、お婆さん特性弁当」
俺は有り難く弁当を受け取ると、早速箸を付けた。
事前に連絡をもらっていたので、コンビニには寄らずに学校に来ていたのだ。
「白久の作る和風おかずとはまた違った美味しさ
 余所ん家のおかずって、珍しくて美味いんだよなー
 家の食卓、出来合いおかずも多いからさ」
「オバサン仕事してんだから、しょうがないじゃん
 うちも婆ちゃん居なかったら、って考えると悲惨だぜ」
日野は肩を竦めて、オニギリにかぶりついていた。

「荒木、ふかやに飼い主出来たって聞いた?」
「うん、白久から連絡あったよ
 上手くいったんだね、良かった
 俺の時と依頼内容が被ってた感じで、心配だったんだ
 白久が1人で頑張ってたみたいに、ふかやも1人で頑張ったんだなって思うと人事とは思えなくてさ」
俺は白久からふかやのその後を聞いて、一安心していたのだ。
「俺、もうふかやの飼い主と会ったぜ」
日野は意味深にニヤリとする。
俺はその言葉に驚きを隠せなかった。
「マジ?いつ会ったの?その人ってもう、ふかやと暮らしてんの?
 どんな感じの、いくつくらいの人?」
気になって、つい色々聞いてしまう。

「こないだバイトの時に、タケぽんと一緒に会ったぜ
 ナリ、暫くは実家とふかやの部屋を行き来するって言ってたかな
 こっちで仕事の地盤を固めてから越してきたいらしい
 ナリん家、ここから遠いんだ
 あ、『ナリ』ってふかやの飼い主の名前」
訳知り顔の日野を、俺はポカンと眺めてしまった。
「仕事…ってことは、もう社会人なのか」
学生の俺には、仕事をしている人はもの凄く『大人』に感じた。
「社会人、と言うには、ナリって少し特殊かな」
日野は首を捻っている。
「ま、特殊性で言えば、ウラの方がよっぽど特殊な気もするけどな」
1人で納得して頷いている日野に、俺は何と言っていいかわからなかった。

「ナリ、凄いんだぜ」
重大な秘密を打ち明けるよう、日野が大仰な顔で囁いた。
「彼、霊能者でアニマルコミュニケーターで占い師なんだ」
日野の言葉を聞いて
「はあ?何だそれ?」
俺は思いっきり訝しげな声を上げてしまった。
「やっぱ、そう思うだろ?」
日野はニヤニヤ笑っている。
「思うもなにも、何かヤバそうな人じゃん
 宗教関係者とかじゃないよな、そんな人達に化生のことバレたら大変だぜ」
思わず顔をシカメてしまう。
「ミイちゃんに取り入ろうとされても困るしさ
 ミイちゃんって、何気に大物だろ?
 だから武衆がいて、波久礼とかが守ってんじゃん」
まだ納得のいかない俺に
「ああ、そういやそうだな」
日野は『今、気が付いた』と言わんばかりの顔になる。

「あれ?荒木って、今日の夕方はバイト?」
急に話を逸らされ
「うん、泊まりじゃないけどな」
俺は不満気に答えた。
次に泊まりにいけるのは、受験が終わってからになってしまうのだ。
「せめて夕飯は白久と食べに行くよ」
そんなささやかなことでも、今の俺には十分なご褒美だった。
「ナリ、まだこっちにいたよな
 丁度良いや、ナリが荒木に会いたがってたんだ
 お前のこと占いたいとか言っててさ」
言うが早いが、日野はスマホを取り出してメールを作成し送信していた。
「え?おい、ちょっと」
戸惑う俺にお構いなしに、日野のスマホが振動する。
「すぐ返事が来るとか、タイミング良いじゃん
 やったな荒木、ナリも事務所に来れるって
 霊感占い師に占ってもらえる機会なんて、滅多にないぜ」
日野はニヤニヤ笑っていた。
「なら、お前が占ってもらえば良いじゃんか」
俺の言葉はきつい響きを帯びたものになってしまった。

「俺はもう手相視てもらったから良いの
 つか、カードでは荒木かタケぽんを占いたいらしい
 お試しだから、無料でやってくれるってさ」
「この状況で金取ったら押し売りだろ
 俺のは断りの連絡してタケぽんに頼めよ、胡散臭そうで嫌だよ」
全力で拒否したが、日野は聞いてくれなかった。
「俺も最初は、メチャそう思ってた
 でも、ナリなら大丈夫だって」
何が大丈夫なのかちっとも分からなかったが、日野に押し切られるかたちで、俺はふかやの飼い主に占われてしまうことになったのであった。



放課後、しっぽや事務所への階段を上る俺の足取りは重かった。
『未入力の報告書が山のようにあって、忙しくて占いなんてやってもらってる場合じゃない、なんて事にならないかな』
ここまで来て、俺はまだウダウダとそんなことを考えていた。

コンコン

ノックして事務所の扉を開ける。
「荒木」
愛しい飼い犬の白久が、事務所に入った俺を抱きしめてくれた。
「白久、居たんだ」
現金なもので、沈んでいた俺の気分は一気に浮上した。
「依頼の電話を受けてはいるのですが、もうすぐ来ていただけるはずなので、荒木の顔を見てから行こうと少しゆっくり準備していました」
白久は少し苦笑する。
わざわざ俺を待っていてくれたのかと思うと、彼に対する愛しさがわき上がって顔がニヤケてしまう。
「とんでもない不良所員だよ」
黒谷が不満そうな言葉を発するが、その顔は笑っていた。
「じゃあ、行ってらっしゃいのキス、これで頑張ってきて」
俺は白久と唇を合わせ、少し深いキスを何度か交わす。
「直ぐに探し出して、なるべく早く戻ってきます」
「うん、気を付けて
 今日は泊まりに行けないけど、夕飯、一緒に食べよう」
俺の言葉に輝く笑顔を残し、白久は捜索に出かけていった。

「荒木が居ると、シロのやる気が上がって助かるよ」
「不良所員だけどね」
黒谷とそんな軽口を叩き、俺はパソコンが置いてあるデスクに近づいた。
「未入力の報告書、ある?」
未入力報告書用のケースは空であったが、俺は一応聞いてみた。
「ナリが入力しといてくれたんだ
 何か、荒木に用事が有るって日野経由で約束したんでしょ?
 今、控え室の方に居るよ」
黒谷は笑って答えてくれたが
「約束というか、無理矢理というか…」
俺は苦笑するしかなかった。
『しょうがない、行くか』
俺は心の中でため息を付くと、控え室に向かった。


控え室の扉を開けると、猫を侍(はべ)らせた人がソファーに座っている。
長瀞さんとひろせが、左右からその人にもたれ掛かって気持ちよさそうに目を瞑っていた。
あまりのデジャヴに、一瞬その人が波久礼かと思ってしまった。
その人は猫を起こさないよう俺に向かって小さく頭を下げてきた。
顔を縁取るようにきっちりと切りそろえられている、絹糸みたいに光沢のある黒髪がその動きに併せて揺れる。
優しそうな顔にその髪型は、とてもよく似合っていた。
『え?この人が、ナリ、さん?』
日野が言っていた『霊感のある占い師』には見えなかった。
ストールとかを体に巻き付けて水晶玉でも持っているんじゃないか、と思っていたのにアクセサリーの類さえ身につけていない。
セーターにジーンズという、極普通の格好をしていた。

ナリさんは長瀞さんとひろせの長い髪を梳くように、優しく撫でている。
その手つきを見て
『この人、猫プロだ』
俺は直ぐに気が付いた。
しかも、長毛種の扱いに慣れているように見られたのだ。
今では俺も半長毛種の飼い主なので、思わず彼に親近感を感じてしまった。
数分後、長瀞さんがフッと目を開けて俺に気が付くと
「すいません、少し眠ってしまったようです
 ナリ、荒木が来ておりますよ、用があるのでしょう?
 私とひろせは、席を外すとしましょうか」
そう言ってひろせを起こし、連れだって控え室から出ていった。


「初めまして、ふかやの飼い主、石原 也(いしわら なり)です
 ナリって呼んで
 君は荒木君?長瀞が言っていたものね」
ナリに微笑まれ
「俺は、白久の飼い主、野上 荒木(のがみ あらき)です
 荒木で良いですよ」
俺も慌てて自己紹介する。
「飼い主宣言出来る人が居るって、嬉しいね
 可愛いふかやのこと自慢したいもの」
ナリは悪戯っぽそうな笑顔になった。
「俺も、白久自慢なら負けません
 とにかく格好良いんだから」
俺の言葉で、2人して顔を見合わせて笑ってしまった。
すでに俺の中からはナリに対して抱いていた怪しいイメージは消えている。
化生の飼い主同士として普通に接することが出来る人、そんな印象に変わっていた。

「ナリって、長毛種猫飼ってません?
 さっき2人を撫でる手つきがプロっぽかったけど」
「分かる?って事は、荒木も長毛猫プロだね」
俺達はまた、顔を見合わせて笑い出す。
「俺んとこの猫はミックスだから『半長毛』って感じかな
 長毛種歴はタケぽんの方が長いけど、生まれた時から短毛種と一緒だったから猫歴は俺の方が長いんだ
 猫飼い歴18年!」
俺は少し得意げに言ってしまう。
「負けた、私の始めての猫は学生の頃に譲り受けた子だから猫飼い歴10年ちょっとかな
 今居る子達は2代目なんだ」
それからは暫くの間、お互いの猫自慢に話が弾んでしまい、俺は事務所に来た目的を忘れそうになってしまった。

「っと、そうだ、日野に聞いたけど俺のこと占いたいんだって?」
何とかそれを思い出して聞くと
「あ、そう言えばそうだった
 そのためにカード用意してきたんだっけ
 いやー、猫話してると時を忘れちゃうね」
ナリもハッとした顔になった後、照れくさそうに笑っている。
『変な人に怪しい占いをされるんじゃないか』という俺の警戒心は、完全に吹き飛んでいた。
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