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しっぽや(No.135~144)

side<TAKESI>

冬休み明け、今日は今年最初のバイトの日のため、俺は授業が終わると寒風に吹かれながらしっぽやに移動していた。
休み中に部屋に泊まりに行ってはいたものの、ひろせと事務所で顔を合わせるのは初であるので少し緊張してしまう。
『部屋にいるときのひろせは甘々で凄く可愛いけど、事務所で捜索を頑張ってるとキリッとした感じに見えるんだよな
 それが、俺の顔を見て笑ってくれるギャップが萌えると言うか
 いやもう、どんな表情でも、ひろせは可愛いなあ』
俺は事務所でひろせに会えるのが楽しみで仕方なかった。
『ヤバ、ニヤケた顔して事務所に行ったら日野先輩に何を言われるか分かったもんじゃない』
そのことに気が付いた俺は、表情を引き締めようと自分の頬を両手で叩き気合いを入れる。
今日は荒木先輩は予備校で休みだけど、日野先輩は午前の授業が終わったらバイトに行くと連絡が来ていたのだ。

『今年初の仕事…、また掃除かな
 年末に念入りにやっといたけど、あそこ出入りの人数多いせいか、何気に埃が溜まりやすいんだよな
 よし、お年玉代わりに買ってもらったクルクルワイパー、早速使ってみるか』
最近の俺は掃除のプロになりつつあり、俺専用に掃除道具を用意してもらっていた。
『それと、大掃除で出てきた未入力の古い報告書
 あれの入力も俺の仕事だっけ
 取りあえず、そっちが先かな
 今日中に入力と掃除、終わらせられるかな…
 いや、頑張って新年早々ひろせに良いとこみせるぞ!』
俺は自分に宣言すると、事務所のドアをノックして中に入っていった。


「明けましておめでとうございます
 今年もよろしくお願いします」
新年初なので、俺は元気に挨拶をする。
「明けましておめでとう、今年もよろしくね」
所長席で書類を書いていた黒谷が顔を上げ、にこやかに挨拶を返してくれた。
「明けましておめでとう、今年もこき使うからな」
パソコン入力の手を休め、日野先輩は二ヤッと笑って俺を見る。
「ほどほどに、お願いします」
俺は顔をヒキツらせ弱気な返事を返し、日野先輩に近付いていった。
「あ、その古い報告書、俺が入力しますよ」
先輩の手元を見て慌てて言うと
「いや、お前には別の仕事を用意してあるからこっちは俺がやるよ」
日野先輩は何だか意味ありげな顔をしている。
「じゃあ、今日はどこを掃除します?水回りとか?」
俺は首を捻って聞いてみた。
日野先輩は壁の時計を確認し
「そうだな、多分そろそろ来ると思うからお茶の準備でもしといてもらうか
 ポットに多めにロイヤルミルクティー作っといて
 俺は茶葉わかんないから、その辺は適当に
 お茶請けはカボス果汁入りの可愛いヒヨコ饅頭があるぜ
 お持たせだけど、まあ、良いか」
そんなことを言いながら、楽しそうに笑っていた。

『そろそろ来る?
 依頼の予約でも入ってるのかな?』
俺は疑問に思いつつも
「ロイヤルミルクティーにするなら、アッサムで淹れますね
 ウラが買ってきてくれた『カルカッタオークション』使うと美味いんだ」
そんなことを言いながら、控え室に移動する。
控え室のテーブルの上には、箱が2個置いてあった。
『これか、日野先輩が言ってたヒヨコ饅頭って
 「かぼちぃ」だって、名前も可愛い
 先輩のお婆さんからのお土産かな』
俺は荷物を置くと鍋を火にかけ、早速ロイヤルミルクティーを作り始めた。

沸騰したお湯に茶葉を入れたお茶パックを3個分投入し、煮出した後に牛乳を加える。
牛乳が沸騰する直前くらいで火を止めるのがコツだ。
冷めてしまうのが早いけどレンチンすれば良いので、最近は鍋で多めに作ったものを陶器のポットに入れて控え室に置いておくスタイルにしていた。
そうすれば捜索から戻った時間がまちまちでも、皆にロイヤルミルクティーを飲んでもらえるからだ。
これに粉末のジンジャーやシナモンを加えると、チャイ風になるのもお手軽で良かった。
『掃除のプロであり、お茶を淹れるプロでもある
 最近の俺って、何を目指してるんだろう…』
そう思わなくもなかったが、自分に出来る仕事が有ることは嬉しかった。


コンコン

お茶の準備が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、ノックの音が聞こえてきた。
「お帰りナリ、商談どうだった?
 さっきのバイクスーツは格好良かったけど、そのセーターも似合ってるね
 ふかやみたいにモコモコだ
 あ、ふかやが居ない間に、黒谷が1件仕事を片付けたんだよ」
日野先輩の弾んだ声に続き
「ただいま、って言っていいのかな
 そう言って帰れる場所があるって、良いね
 ペットショップとドッグカフェは来週から週1でやらせてもらえる事になったよ
 まだお試し、って感じだけどさ
 ふかやは途中で空と合流して捜索手伝ってるから、帰りがもう少し後になりそう」
優しく穏やかな声が聞こえてくる。
「空とふかやって、性格違うのに仲良いよね」
可笑しそうに笑う日野先輩に伴われ、初めて見る人が控え室に入ってきた。



日野先輩と一緒に控え室に入ってきたのは、声の印象通りの優しそうな青年だ。
彼の動きに併せ、顔の脇できっちりと切りそろえられている真っ直ぐな黒髪が揺れていた。
茶色のモコモコしたセーターにジーンズ、というラフな格好なのに気品を感じさせる。
彼は、何もかもを見通せそうな神秘的な瞳の持ち主であった。

「こんにちは」
先輩達より背は高いけど俺より低い彼が、少し顔を上向けて挨拶してくる。
「あ、あの、こんにちは」
俺は彼の澄んだ瞳に晒されて、ドキドキしながら慌てて返事を返した。
「初めまして、私はふかやの飼い主の石原 也(いしわら なり)って言います
 ナリって呼んで」
彼、ナリの言葉は驚くべきものであった。
「ふかやの飼い主?」
ふかやは新入りの化生で、去年最後に会ったときには飼い主がいなかったハズだ。
いつのまに飼ってもらえることになったのか、俺は呆然とするばかりであった。
俺の驚きを察したのだろう
「ふかやとは、出会って4日くらいで飼うことになったんだ
 スピード展開だって、皆に驚かれてる」
ナリは舌を出して笑ってみせる。
「出会ってから飼うまでの期間は、絆の深さとは関係ないよ」
日野先輩は腕を組んでもっともらしく頷いていた。


「ほら、ナリにお前の自慢のロイヤルミルクティーご馳走してあげて
 お茶請けのヒヨコ饅頭は、ナリからの土産物だよ」
日野先輩の言葉で我に返った俺は
「どうぞ座って下さい、今、用意しますんで
 お土産、ごちそうさまです
 これ、可愛いですね」
彼に座るように促すとカップを用意して人数分のお茶を淹れ、カゴに移しておいた饅頭をテーブルの真ん中に置いた。
「ああ、良い匂い
 自分ではインスタントコーヒーしか淹れないけど、紅茶も良いね」
座ったナリがカップを持ち上げ微笑むと、艶やかな黒髪がサラリと優しく揺れていた。

「あの、俺はひろせの飼い主の武川 丈志(たけかわ たけし)です
 タケぽんって呼んで下さい
 ひろせにはもう会いましたか?」
そんな俺の問いに
「うん、会って触らせてもらったよ
 可愛い子だね
 ふかやに焼き餅焼かれちゃうけど、私、長毛猫好きでさ
 実家ではバーマンの兄妹を飼ってるんだ
 短毛猫だと、撫でてて物足りなく感じちゃってさ」
ナリは少し苦笑気味に答えた。

「俺も!俺もどっちかと言うと長毛派です!
 家ではチンチラシルバー飼ってます
 バーマンって大きくて、ヒマラヤンに似てるけど足先が白い猫ですよね
 あの白いとこ手袋とソックスみたいで、ちょっと優雅って思ってました」
「あ、バーマン知ってる?嬉しいな
 よくヒマラヤンに間違えられるんだ
 チンチラってゴールデンもいるけど、シルバーの方がより『チンチラ』ってイメージあるね
 長瀞の髪を初めて見たときは、見事なシルバーで驚いた」
「そうそう、ナガトの髪色ってチンチラの見本みたいにキレイだから」
同じ長毛猫好きと言うことで、俺は直ぐにナリと打ち解けることが出来ていた。
そんな俺たちを、日野先輩は興味深そうな目で見ている。

「ナリ、どう?タケぽん、素質有りそう?」
日野先輩の問いかけに
「だから、私はそんなに大した能力持ってないって
 猫と通じ合うなんて、猫好きならある程度出来るものだよ」
ナリは苦笑している。
俺を見て笑っている2人に、どんな反応をすれば良いのか分からなかった。
「タケぽん、ナリもアニマルコミュニケーター能力を持ってるんだぜ
 しかも、霊感を兼ね備え、手相も視れる占い師でもある」
重大な秘密を打ち明けるような日野先輩の言葉を聞いて
「えっ?!マジっすか?!」
俺は大仰に驚いてしまう。
「日野、その紹介だと、私、凄く危ない人みたいなんだけど」
ナリは苦笑しながらも、日野先輩の言葉を否定しようとはしなかった。
「ナリから色々教わると良いよ、今日のお前の仕事はそれな
 能力アップさせて、猫の捜索手伝えるようになれよ
 さて、俺は報告書の入力に戻るか」
日野先輩はソファーから立ち上がり、控え室を後にした。


俺は、目の前に座っているナリをマジマジと見つめてしまう。
それから慌てて
「ご指導、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
「いやいや、アニマルコミュニケート能力はタケぽんの方が上なんじゃないかな
 私は飼い猫のことが何となく分かる程度だから
 君からは素直で真っ直ぐな猫に対する想い、みたいなものが感じられるよ
 日野の鋭さとはまた違った感覚だね」
ナリは俺を見て優しく微笑んだ。

「俺も、半信半疑なんです
 かなり子供の頃に飼い猫と話が出来た、ってのが発端でした
 今でも猫が居る気配を何となく感じるかな?って程度だし
 ひろせの事はかなり分かると思うんだけど、他の猫の事はまだまだですよ」
俺はノロケ半分みたいな言葉を口にしてしまう。
案の定、ナリは
「ごちそうさま
 私もふかやの事は、けっこー分かるようになったんだ」
と言って嬉しそうに笑っていた。
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