しっぽや(No.135~144)
食事の後、俺は早速ナリに貰ったお菓子の箱を開けてみた。
「これ、可愛いけどヒヨコのパクリじゃん」
「カボスの果汁が入っているところが、ヒヨコとは別物なんだ
まあ、形はヒヨコだけど」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまう。
食後にお茶を煎れてくれた黒谷が業務に戻り、控え室は俺とナリ2人っきりになった。
「そうだ、水晶のブレスが見たいんだっけ
後これ、色味が黒谷みたいで気に入ってんだ
黒谷が俺のために調整ってのしてくれてさ、わかる?」
俺は鞄からブレスを2個取り出すと、ナリに差し出した。
この人なら変な力があっても特別視しないでくれると、今の俺には分かっていた。
ナリはブレスを受け取って、丁寧に見始める。
「凄い強力な護符になってる
日野を守ろうとする気配に満ちているよ、石の調子も良好だ
これだけ強力な物を身に付けないといけないって、今まで大変だったね
私はここまでは必要ないみたいだ
これからは、ふかやが守ってくれるし
見せてくれてありがとう」
ナリはあっさりとブレスを返してくれた。
「ナリも…霊とか見えるの?」
逆に俺の方が突っ込んだことを聞いてしまった。
「時々ね、なるべく見ないようにシャットアウトしてる
私は祓う力を持ってないから、気付かれると厄介でね
日野も、あまり気にしない方が良いよ」
ナリの言葉からは、『特別な力を持っている』と言う気負いは感じられない。
何でもないことのように言うその言葉は、俺を安心させてくれた。
「うん、今は俺も黒谷が守ってくれるから
黒谷と居ると、余計なもの視えないし感じないんだ」
「それで、良いんだよ」
諭すように言ってくれるナリの言葉が胸に染み渡っていく。
「ナリが普通の人で良かった」
思わず、そんな言葉が口をついてしまう。
「普通の人?」
いぶかしむようなナリに
「あ、いや、霊が視える占い師だって聞いてたから」
俺はシドロモドロに呟くしかなかった。
「占い師って言っても、私は兼業占い師だから能力そんなに高くないよ
どっちかというと、職業は流しのアルバイターかな」
俺の言葉にナリは苦笑を見せた。
「そうだ、手相なら道具無くても視れるから、視てみようか
少しは占い師らしく振る舞わないとね
カズハには『当たってる』って言ってもらえたんだ
でも、化生の手相と言うか肉球相?は視れなくてさ
初めはふかやの手相が読めなくて、廃業しようと思うほど落ち込んだっけ」
ナリは少し懐かしそうな顔になった。
「カズハさんにはもう会ったんだ」
「うん、1番最初に会った化生の飼い主
今、彼の働くペットショップで週1、2回くらい占いブース出させてもらえるか交渉中でさ
飼い主とペットの相性占い限定でやってみようかなって思ってるんだ
アニマルメディスンカードって動物の柄のカードがあるから、それでやったら受けそうじゃない?
後は猫喫茶やドッグカフェでもやらせてもらえないか、ふかやが交渉してくれてる」
ふかやのことを考えているのか、ナリは嬉しそうに頬を染めていた。
会う前はあれだけ警戒していたのに、俺はすんなりとナリに手を差し出した。
彼に手相を視てもらうことに、全く抵抗を感じなかった。
「手相って非科学的に感じるだろうけど、要は統計学なんだ
特別な能力が無くても、勉強すればある程度は分かるようになるよ
視る人の感性によって解釈が違ってくることもあるし、相手の体調や心境によって線は変化していく
数をこなせば自分の中での法則が見つかる、って感じかな」
ナリは俺の手を視て、時々線をなぞりながらそう言った。
「俺でも、分かるようになるのかな」
自分でも驚くような台詞が口をついて出ていた。
今まで俺は、極力そういったことと関わらないようにしていたからだ。
「勉強すればね
そうだ、ちょっと解説してみようか」
ナリは俺の手から視線を外し、小首を傾げて笑ってくれる。
艶やかな黒髪がサラリと優しく揺れていた。
「ほら、日野の親指の所にあるこれ、凄いんだよ
2本走ってる線が目みたいになってるでしょ
これ、開眼してるんだ、霊的な能力がある人に多いんだよね」
ナリにそう言われても、俺にはピンとこなかった。
「手首のところの線が鎖状になって見えるのは、身体が疲れてるから
受験勉強大変だろうけど、ちゃんと睡眠もとってね」
こっちは俺にも鎖のように見えて、ドキッとさせられる。
「ここが有名な頭脳線と生命線
これが離れてると、KYって言われてるね」
「え?この線が離れてる人なんているの」
「言いにくいけど…カズハは離れてた」
「あ、あー、うん…」
俺はそれ以上聞けなかった。
「で、これも凄い
ここの線がアスタリスクみたいになってるの分かる?
これ、ラッキースターって言ってラッキーな出来事に恵まれる相
2、3週間で消えちゃったりするんだ
受験生にとってのラッキーって、やっぱり」
ナリは意味有りげに笑っている。
手相の結果は出来すぎのような気がするのに、俺はそれを当たり前のように受け入れていた。
受け入れられたのは、ナリが視てくれたからだと俺は気が付いていた。
「あ…」
ナリが急に嬉しそうな顔になり、控え室のドアを見つめた。
直後にノックの音が聞こえ、事務所に誰かが入ってきた音がする。
走るように入ってきた足音は止まることが無く、控え室のドアが開かれた。
「ただいま、ナリ
1件依頼を達成してきたよ、もう送り届けてきた」
頬を紅潮させ瞳を輝かせたふかやが控え室に飛び込んでくると
「お疲れさま」
ナリが立ち上がって彼の柔らかな髪を撫で、そっとキスをしてあげていた。
「凄い、今、ふかやの『気配』っていうの感じたの?」
俺は今の出来事を呆然と見つめていた。
「うーん、気配かどうか分からないけど、呼ばれた気がしたんだ
ペット飼ってる人は、程度の差こそあれ感じるんじゃない?
視線を感じると猫が私のことをじっと見てた、とかよくあるよ」
ナリは照れくさそうに頭をかいている。
特殊な能力を持っていても、それを特別なことだとひけらかさず当たり前のように振る舞っているナリに尊敬の念がわいてしまう。
そして、タケぽんにも会わせてみたいと思った。
「ナリ、夕方まで居る?
4時過ぎくらいになると思うけど『タケぽん』って後輩がバイトに来るんだ
そいつが『アニマルコミュニケーター』の能力伸ばしたがってるから、ちょっとみてあげてよ
ナリもそれに近い能力あるんでしょ」
俺が頼むと
「そうだね、その子にも会ってみたいとは思ってたんだ
ふかやの部屋に行って着替えてから、カズハのペットショップやドッグカフェに顔出して営業日程決めて、また戻ってくるよ
流石にこの格好で『占い師』って言うの、逆に胡散臭いでしょ」
ナリは苦笑する。
「ナリの服、僕が脱がせてあげる」
ふかやが優しくナリを抱きしめて、頬を寄せていた。
「あ、このバイクスーツ、手伝って貰った方が脱ぎやすいんだ
1人でも着脱可能だけどね」
ナリが慌てて言葉を続ける。
高校生相手に弁解する仕草は、何だか可愛らしかった。
「黒谷も捜索に出れるから、ふかやはナリのお供してあげなよ
ついでに、うちのチラシも置かせてもらってきて
こないだ荒木が新作作ったからさ」
俺は事務所に行ってチラシの入ったファイルを持ってくると、店舗ごとにビニール袋に入れてふかやに手渡した。
「霊が視えても日野は大丈夫だね
守りも強いし、なにより本人の気力が充実してる
まだ若いから揺らぐこともあるだろうけど、変なものに付け入る隙を与えなさそうだ
お節介だけど、話を聞いてちょっと気になっちゃってさ
霊関係って、祓う力がないなら無視するのが1番だよ
気が付いてるって事を、気取られないようにすると良い
生きた人間からも色々飛んでくるけどさ、これも気にしない様にする
無視、シャットアウト、これに限るよ」
ナリは少し真剣な顔でアドバイスしてくれた。
「はい」
俺は素直に頷くことが出来ていた。
「日野にブレス見せてもらった?
ナリにも必要そうなら、三峰様に頼むから言って」
ふかやは真剣な顔をナリに向けている。
「うーん、もしもの時のための保険では欲しいけど
日野が持ってるオニキスとタイガーアイのブレスみたいな方が欲しいかな
ふかやに守ってもらってる気になりたいんだ
色味だとルチルがふかやっぽくて、それに水晶とアマゾナイトを入れるとキレイかも
今度一緒にそんな感じのブレス、探してみよう
無ければ石を買ってふかやに作ってもらいたい」
「ブレスなんて作ったことないけど、ナリのために頑張る」
2人は幸せそうに笑いあっていた。
「魔除けにはならないけど、日野はラリマーが似合いそうだね
良い石が手に入ったら、何か作ってプレゼントするよ
美味しいお弁当をご相伴させてもらったお礼」
「楽しみにしてます」
笑顔のナリに、俺も笑顔で言葉を返す。
「それじゃ、また、夕方に顔出すから」
ナリとふかやは2人仲良く事務所を出て行った。
「ナリって、良い人だね
会えて良かった」
事務所で黒谷と2人きりになると、俺は彼に寄り添って笑ってそう言った。
「霊が視える日野のことを心配してくださっていたようです」
黒谷は俺を優しく抱きしめてくれる。
「頼もしい助っ人が来てくれたみたい
波久礼がタケぽんの『猫師匠』なら、ナリは俺の『霊感師匠』だ
そういえば荒木が、カズハさんは『犬師匠』だって言ってたっけ
ゲンさんなんか、皆の『化生師匠』だしさ
指導してくれる人が身近にいるって、頼りになる」
俺は皆が居てくれる幸せを感じていた。
「でも、俺にとって1番頼もしい存在は黒谷だよ」
俺は心からそう言うと、彼の唇に自分の唇をそっと重ねた。
俺たちのキスを阻むように、所長机の上の電話が着信を告げる。
「はい、ペット探偵しっぽやです」
名残惜しそうな気配を残しつつ、黒谷が電話に出た。
「中型の和犬ミックスの迷子ですね
僕が伺いますので、住所と連絡先をお教え下さい」
どうやら、黒谷に誂(あつら)え向きの依頼が来たようだ。
依頼人とのやりとりを終え電話を切った黒谷に
「行ってらっしゃい
今夜は泊まってくから、依頼達成の特別ご褒美が待ってるよ
これでやる気になる?」
俺は上目遣いで問いかけてみる。
「素晴らしい報酬です、これは頑張らないと」
黒谷は嬉しそうに頬を染めてくれた。
もう一度唇を会わせ、俺は出かけていく黒谷を見送った。
『俺にとっても特別ご褒美が待ってるし、タケぽんの分まで仕事しといてやるか
今日のあいつの仕事は、ナリの話を聞くことだ』
俺は今日の業務をそう決めると、PC画面に向かうのであった。
「これ、可愛いけどヒヨコのパクリじゃん」
「カボスの果汁が入っているところが、ヒヨコとは別物なんだ
まあ、形はヒヨコだけど」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまう。
食後にお茶を煎れてくれた黒谷が業務に戻り、控え室は俺とナリ2人っきりになった。
「そうだ、水晶のブレスが見たいんだっけ
後これ、色味が黒谷みたいで気に入ってんだ
黒谷が俺のために調整ってのしてくれてさ、わかる?」
俺は鞄からブレスを2個取り出すと、ナリに差し出した。
この人なら変な力があっても特別視しないでくれると、今の俺には分かっていた。
ナリはブレスを受け取って、丁寧に見始める。
「凄い強力な護符になってる
日野を守ろうとする気配に満ちているよ、石の調子も良好だ
これだけ強力な物を身に付けないといけないって、今まで大変だったね
私はここまでは必要ないみたいだ
これからは、ふかやが守ってくれるし
見せてくれてありがとう」
ナリはあっさりとブレスを返してくれた。
「ナリも…霊とか見えるの?」
逆に俺の方が突っ込んだことを聞いてしまった。
「時々ね、なるべく見ないようにシャットアウトしてる
私は祓う力を持ってないから、気付かれると厄介でね
日野も、あまり気にしない方が良いよ」
ナリの言葉からは、『特別な力を持っている』と言う気負いは感じられない。
何でもないことのように言うその言葉は、俺を安心させてくれた。
「うん、今は俺も黒谷が守ってくれるから
黒谷と居ると、余計なもの視えないし感じないんだ」
「それで、良いんだよ」
諭すように言ってくれるナリの言葉が胸に染み渡っていく。
「ナリが普通の人で良かった」
思わず、そんな言葉が口をついてしまう。
「普通の人?」
いぶかしむようなナリに
「あ、いや、霊が視える占い師だって聞いてたから」
俺はシドロモドロに呟くしかなかった。
「占い師って言っても、私は兼業占い師だから能力そんなに高くないよ
どっちかというと、職業は流しのアルバイターかな」
俺の言葉にナリは苦笑を見せた。
「そうだ、手相なら道具無くても視れるから、視てみようか
少しは占い師らしく振る舞わないとね
カズハには『当たってる』って言ってもらえたんだ
でも、化生の手相と言うか肉球相?は視れなくてさ
初めはふかやの手相が読めなくて、廃業しようと思うほど落ち込んだっけ」
ナリは少し懐かしそうな顔になった。
「カズハさんにはもう会ったんだ」
「うん、1番最初に会った化生の飼い主
今、彼の働くペットショップで週1、2回くらい占いブース出させてもらえるか交渉中でさ
飼い主とペットの相性占い限定でやってみようかなって思ってるんだ
アニマルメディスンカードって動物の柄のカードがあるから、それでやったら受けそうじゃない?
後は猫喫茶やドッグカフェでもやらせてもらえないか、ふかやが交渉してくれてる」
ふかやのことを考えているのか、ナリは嬉しそうに頬を染めていた。
会う前はあれだけ警戒していたのに、俺はすんなりとナリに手を差し出した。
彼に手相を視てもらうことに、全く抵抗を感じなかった。
「手相って非科学的に感じるだろうけど、要は統計学なんだ
特別な能力が無くても、勉強すればある程度は分かるようになるよ
視る人の感性によって解釈が違ってくることもあるし、相手の体調や心境によって線は変化していく
数をこなせば自分の中での法則が見つかる、って感じかな」
ナリは俺の手を視て、時々線をなぞりながらそう言った。
「俺でも、分かるようになるのかな」
自分でも驚くような台詞が口をついて出ていた。
今まで俺は、極力そういったことと関わらないようにしていたからだ。
「勉強すればね
そうだ、ちょっと解説してみようか」
ナリは俺の手から視線を外し、小首を傾げて笑ってくれる。
艶やかな黒髪がサラリと優しく揺れていた。
「ほら、日野の親指の所にあるこれ、凄いんだよ
2本走ってる線が目みたいになってるでしょ
これ、開眼してるんだ、霊的な能力がある人に多いんだよね」
ナリにそう言われても、俺にはピンとこなかった。
「手首のところの線が鎖状になって見えるのは、身体が疲れてるから
受験勉強大変だろうけど、ちゃんと睡眠もとってね」
こっちは俺にも鎖のように見えて、ドキッとさせられる。
「ここが有名な頭脳線と生命線
これが離れてると、KYって言われてるね」
「え?この線が離れてる人なんているの」
「言いにくいけど…カズハは離れてた」
「あ、あー、うん…」
俺はそれ以上聞けなかった。
「で、これも凄い
ここの線がアスタリスクみたいになってるの分かる?
これ、ラッキースターって言ってラッキーな出来事に恵まれる相
2、3週間で消えちゃったりするんだ
受験生にとってのラッキーって、やっぱり」
ナリは意味有りげに笑っている。
手相の結果は出来すぎのような気がするのに、俺はそれを当たり前のように受け入れていた。
受け入れられたのは、ナリが視てくれたからだと俺は気が付いていた。
「あ…」
ナリが急に嬉しそうな顔になり、控え室のドアを見つめた。
直後にノックの音が聞こえ、事務所に誰かが入ってきた音がする。
走るように入ってきた足音は止まることが無く、控え室のドアが開かれた。
「ただいま、ナリ
1件依頼を達成してきたよ、もう送り届けてきた」
頬を紅潮させ瞳を輝かせたふかやが控え室に飛び込んでくると
「お疲れさま」
ナリが立ち上がって彼の柔らかな髪を撫で、そっとキスをしてあげていた。
「凄い、今、ふかやの『気配』っていうの感じたの?」
俺は今の出来事を呆然と見つめていた。
「うーん、気配かどうか分からないけど、呼ばれた気がしたんだ
ペット飼ってる人は、程度の差こそあれ感じるんじゃない?
視線を感じると猫が私のことをじっと見てた、とかよくあるよ」
ナリは照れくさそうに頭をかいている。
特殊な能力を持っていても、それを特別なことだとひけらかさず当たり前のように振る舞っているナリに尊敬の念がわいてしまう。
そして、タケぽんにも会わせてみたいと思った。
「ナリ、夕方まで居る?
4時過ぎくらいになると思うけど『タケぽん』って後輩がバイトに来るんだ
そいつが『アニマルコミュニケーター』の能力伸ばしたがってるから、ちょっとみてあげてよ
ナリもそれに近い能力あるんでしょ」
俺が頼むと
「そうだね、その子にも会ってみたいとは思ってたんだ
ふかやの部屋に行って着替えてから、カズハのペットショップやドッグカフェに顔出して営業日程決めて、また戻ってくるよ
流石にこの格好で『占い師』って言うの、逆に胡散臭いでしょ」
ナリは苦笑する。
「ナリの服、僕が脱がせてあげる」
ふかやが優しくナリを抱きしめて、頬を寄せていた。
「あ、このバイクスーツ、手伝って貰った方が脱ぎやすいんだ
1人でも着脱可能だけどね」
ナリが慌てて言葉を続ける。
高校生相手に弁解する仕草は、何だか可愛らしかった。
「黒谷も捜索に出れるから、ふかやはナリのお供してあげなよ
ついでに、うちのチラシも置かせてもらってきて
こないだ荒木が新作作ったからさ」
俺は事務所に行ってチラシの入ったファイルを持ってくると、店舗ごとにビニール袋に入れてふかやに手渡した。
「霊が視えても日野は大丈夫だね
守りも強いし、なにより本人の気力が充実してる
まだ若いから揺らぐこともあるだろうけど、変なものに付け入る隙を与えなさそうだ
お節介だけど、話を聞いてちょっと気になっちゃってさ
霊関係って、祓う力がないなら無視するのが1番だよ
気が付いてるって事を、気取られないようにすると良い
生きた人間からも色々飛んでくるけどさ、これも気にしない様にする
無視、シャットアウト、これに限るよ」
ナリは少し真剣な顔でアドバイスしてくれた。
「はい」
俺は素直に頷くことが出来ていた。
「日野にブレス見せてもらった?
ナリにも必要そうなら、三峰様に頼むから言って」
ふかやは真剣な顔をナリに向けている。
「うーん、もしもの時のための保険では欲しいけど
日野が持ってるオニキスとタイガーアイのブレスみたいな方が欲しいかな
ふかやに守ってもらってる気になりたいんだ
色味だとルチルがふかやっぽくて、それに水晶とアマゾナイトを入れるとキレイかも
今度一緒にそんな感じのブレス、探してみよう
無ければ石を買ってふかやに作ってもらいたい」
「ブレスなんて作ったことないけど、ナリのために頑張る」
2人は幸せそうに笑いあっていた。
「魔除けにはならないけど、日野はラリマーが似合いそうだね
良い石が手に入ったら、何か作ってプレゼントするよ
美味しいお弁当をご相伴させてもらったお礼」
「楽しみにしてます」
笑顔のナリに、俺も笑顔で言葉を返す。
「それじゃ、また、夕方に顔出すから」
ナリとふかやは2人仲良く事務所を出て行った。
「ナリって、良い人だね
会えて良かった」
事務所で黒谷と2人きりになると、俺は彼に寄り添って笑ってそう言った。
「霊が視える日野のことを心配してくださっていたようです」
黒谷は俺を優しく抱きしめてくれる。
「頼もしい助っ人が来てくれたみたい
波久礼がタケぽんの『猫師匠』なら、ナリは俺の『霊感師匠』だ
そういえば荒木が、カズハさんは『犬師匠』だって言ってたっけ
ゲンさんなんか、皆の『化生師匠』だしさ
指導してくれる人が身近にいるって、頼りになる」
俺は皆が居てくれる幸せを感じていた。
「でも、俺にとって1番頼もしい存在は黒谷だよ」
俺は心からそう言うと、彼の唇に自分の唇をそっと重ねた。
俺たちのキスを阻むように、所長机の上の電話が着信を告げる。
「はい、ペット探偵しっぽやです」
名残惜しそうな気配を残しつつ、黒谷が電話に出た。
「中型の和犬ミックスの迷子ですね
僕が伺いますので、住所と連絡先をお教え下さい」
どうやら、黒谷に誂(あつら)え向きの依頼が来たようだ。
依頼人とのやりとりを終え電話を切った黒谷に
「行ってらっしゃい
今夜は泊まってくから、依頼達成の特別ご褒美が待ってるよ
これでやる気になる?」
俺は上目遣いで問いかけてみる。
「素晴らしい報酬です、これは頑張らないと」
黒谷は嬉しそうに頬を染めてくれた。
もう一度唇を会わせ、俺は出かけていく黒谷を見送った。
『俺にとっても特別ご褒美が待ってるし、タケぽんの分まで仕事しといてやるか
今日のあいつの仕事は、ナリの話を聞くことだ』
俺は今日の業務をそう決めると、PC画面に向かうのであった。