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しっぽや(No.135~144)

side<HINO>

『うーん、後3回は厳しいかも』
俺はカレンダーと予備校の予定表を睨みつけていた。
受験生にとって冬休みが明けると、試験まではあっという間だ。
しっぽやに顔を出せるのは、後2回が精一杯のようであった。

『どうせ行くなら、バイト帰りに黒谷のとこに泊まりたい』
そう思って予定を立てているので、どうしても日にちが限定されてしまうのだ。
『試験さえ終われば、結果が出るまで自由だけどさ
 でも、ちょっと落ち着かない気分にはなるか』
考えがまとまり予定が決まったので、黒谷に電話をしようと思ったタイミングでスマホが着信を告げた。
表示されている相手は、今、電話をかけようと思っていた黒谷であった。

「もしもし、黒谷?
 丁度電話しようと思ってたんだ、ナイスタイミング」
通じ合っているように感じ、俺は浮かれて電話に出る。
『どの時間帯なら勉強の邪魔にならないか、悩んだ甲斐がありました
 今なら電話しても大丈夫なのですね』
耳の直ぐ側で黒谷のホッとしたような声が聞こえ、幸せを感じてしまう。
「うん大丈夫、黒谷の声が聞けて嬉しい
 バイトに行ける日の予定立ててたんだ
 試験までに後2回行くのが精一杯だけど、バイトの後には黒谷の部屋に行くから、ゆっくりイチャイチャしよ」
幸せな気分のまま、俺はつい、ねだるような事を言ってしまった。
『もちろんです!勉強の手伝いは出来ませんが、息抜きのお供ならお任せ下さい
 日野に満足してもらえるよう、頑張ります』
愛犬からの頼もしい返事に、俺は満足感を覚えていた。

『日野がバイトに来てくださる日を知りたかったので、丁度良かったです』
黒谷の言葉で、俺は我に返る。
黒谷は何か俺に用があって、わざわざ電話をかけてきたのだ。
「明後日と来週木曜日に行くよ
 どっちも授業は午前で終わりだし、ランチ一緒に食べよう」
『はい、楽しみにしております
 受験前最後の出勤ならば、来週の木曜は控え室でカツ丼を作ります
 朝にカツを揚げておけば、卵で綴じるのは直ぐに出来ますから
 ベタですが、縁起をかつぎたいので』
「うん、黒谷の作ったカツ食べて受験に勝つよ!
 ラッキードッグお手製のカツだもん、凄い縁起良さそう」
俺は思わず笑ってしまう。
黒谷が応援してくれるなら、合格間違いなしだと感じる自分の親(飼い主?)バカ加減が可笑しかった。

『明後日も、お弁当を作って持って行きます
 控え室で食べましょう
 その時に会っていただきたい方が居るんですが、大丈夫ですか?
 勉強の邪魔になってしまうでしょうか』
黒谷は遠慮がちに聞いてきた。
これが黒谷が俺に伝えたかった用事のようだ。
「バイトに行くんだから、事務所では勉強は二の次だよ
 わざわざ俺に会いたいって誰?」
黒谷経由で頼んでくると言うことはミイちゃんか波久礼かな、と俺は軽く考えていた。

『ふかやの飼い主の方が、日野に会いたいそうです
 その際、三峰様の水晶ブレスも見たいとのことなので、持ってきていただけますか?』
俺はその言葉に驚いてしまう。
「ふかや、飼ってもらえることになったんだ?!」
初詣の時に黒谷にかかってきた電話で気になってはいたものの、その後連絡がなかったから俺は深く考えていなかったのだ。
俺と黒谷には、飼い主と飼い犬になるための経緯(いきさつ)的な事が無かったと初詣の晩に聞かされていたのも、原因の一つだろう。
俺がふかやにアドバイス出来そうなことはないと思いこんでいた。

『そうなんです、連絡が遅れてすいません
 ふかやに飼い主が出来たんですよ
 出会ってから4日目とのことで、かなり早い展開でした
 彼に正月の電話番を任せて良かったです』
黒谷の弾んだ声につられ
「うん、本当に良かった
 ふかや、1人で頑張ったんだね
 ふかやの誠実な態度みれば、誰だって好感持つと思うよ」
俺も嬉しくなった。
と同時に、疑問もわいてくる。
「会うのは良いけど…何でふかやの飼い主が俺に会いたがってるの?
 俺の知ってる人かもしれないってこと?
 水晶ブレス見たいのはどうして?」
俺は一気に疑問を口にしてしまった。
『ふかやの飼い主は、占い師らしいんです
 死んだ者を見てしまうこともあるとか
 それが危険な状態であれば水晶ブレスを用立てたいから見本を見たい、とふかやに頼まれまして
 ふかやの飼い主も、死んだ者が見える日野に興味があるとのことで』
黒谷の答えで、俺の気分は冷めていった。

この力は、俺にとって重荷でしかない。
『人とは違う特殊な力を持っている』と浮かれる気にはなれないものである。
特殊能力を売りにした仕事をしている人に、同族意識を持たれるのは良い気がしなかった。
黙り込んだ俺の気持ちを察したのか
『会うのは、受験が終わってからにしましょうか』
黒谷が優しく言ってくれた。
「あー、いや、化生の飼い主なら、ちゃんと挨拶しときたいし
 きっと相手の望むような反応できないけど、会っとくよ」
俺の言葉はため息混じりのものになってしまった。
『一応ふかやには伝えておきますが、断ってもかまいませんからね』
気を使ってくれる黒谷の気持ちが嬉しくて、沈んだ気分が紛れていく。
「黒谷に会えるのは楽しみだから」
『僕もです、それでは、お弁当を期待していてください』
「うん、それも楽しみ」
最後に愛の言葉を囁き交わし、俺は通話を終了させる。

『まあ、相手には適当にはぐらかしたこと言っとけば良いか』
黒谷に会えるのに沈んだ気分じゃ勿体ないと自分に活を入れ、俺は予定表を片付けると机に向かって参考書を開くのであった。




バイトの日、俺は水晶のブレスと黒谷に貰ったオニキスとタイガーアイのブレスを持って学校帰りにしっぽやに向かう。
荒木は予備校だし、タケぽんは午後も授業があってバイトは夕方からだから、俺は1人でふかやの飼い主である『占い師』の人と対面する羽目になっていた。
『占い師…デッカい水晶玉とか持ち歩いてるのかな
 布を被って、アクセサリージャラジャラつけてるとか
 あそこに霊が居るの見える?なんて聞かれたら、超シラケるんだけど
 何か、胡散臭さがウラの「男娼」の比じゃないな』
盛大にため息を吐いてしまったところで、俺は我に返る。
『ダメダメ、せっかく黒谷に会えるのに、暗いこと考えちゃだめだ
 そうだ、今日の弁当、何かな
 炊き込みご飯と美味しいおかず、エビカツとかチキンカツとかカツ関係かも
 バイト終わったら、黒谷の部屋にお泊まりだ』
しっぽやの建物が見えてきた頃には、気分は随分上向きになっていた。



『うわ、格好いい』
しっぼやビル1階のゲンさんの不動産屋の脇に、1台のバイクが停まっている。
バイクはキレイに磨かれていて、持ち主が大切に扱っていることを伺わせていた。
俺は暫くその輝くボディを見つめてしまう。
『荒木が車の免許取る、って言ってるから俺も取ろうと思ってるけど、バイクも良いよなー
 荷物運びしたいから実用的ではないんだけどさ
 大学受かって授業に余裕出来たら、バイクの免許も考えてみよっかな』
俺はそんなことを考えながら、しっぽやに続く階段を上っていった。


コンコン

ノックして扉を開けると、バイクスーツを着た人がソファに座って黒谷と話し込んでいた。
『あのバイク、うちの依頼人のものだったのか
 ゲンさんとこに停めてあったし、てっきり部屋を探してる人のだと思ってた』
そう気が付いた俺はバイト員らしく
「いらっしゃしませ、ただいまお茶をお持ちします」
そんな言葉をかけて控え室に移動しようとする。
「ああ、日野、待ってたよ
 こちらは電話で伝えたふかやの飼い主、ナリだ
 お腹空いてるでしょ、さっそく控え室でランチにしよう
 今日は奮発して牡蠣の炊き込みご飯を作ったんだ
 カツも色々作ってきたよ」
得意げな顔の黒谷がソファから立ち上がると
「こんにちは、ふかやの飼い主の石原 也(いしわら なり)です
 ナリって呼んで
 受験生の貴重な時間を割いてもらってごめんね
 化生のこととか、色々教えてください」
バイクスーツのナリも立ち上がり、俺に向かってにっこりと笑いかけた。
彼が動くと顔の脇できっちりと切り揃えられ絹糸のように光沢のある真っ直ぐな黒髪がサラリと揺れ、とても優しそうな雰囲気を醸し出している。
「え?え?」
その外見は俺が思い描いていた『占い師』とはあまりにもかけ離れていたために、混乱に陥ってしまうのであった。


その後、俺たちは控え室で黒谷のお弁当を堪能する。
「美味しい、牡蠣の炊き込みご飯って贅沢だね
 加熱の牡蠣って、フライか鍋しか食べたこと無かったよ
 海辺に旅行に行くと、せっかくだからって生牡蠣メインになっちゃって
 生牡蠣って美味しいけど食感を楽しむものだから、旨味がちょっと抜けちゃってるんだよね
 季節を感じられるのは良いんだけどさ」
ナリは黒谷が作った牡蠣ご飯を食べて、感心した様子を見せていた。
それは普通に気の良いお兄さんのようで、俺は身構えていた分気が抜けてしまう。

「俺の婆ちゃんは、茶碗蒸しに牡蠣入れたりしますよ
 後はエビと鱈も入れて、海鮮茶碗蒸し」
「うちは、鶏肉とカマボコだね、それと銀杏」
「そうそう!銀杏は茶碗蒸しに欠かせないよね」
「もちろん、最後には三つ葉をのせないと」
霊的な話は全然出てこなくて、俺たちは普通にランチを楽しんでいた。

「下に停めてあったバイク、ナリの?」
「うん、と言うか、バイクに乗ってないのにこの格好だったら変でしょ」
「確かに」
ナリは気さくで朗らかで、俺はすっかり彼のことが気に入ってしまった。
「まだ、実家とふかやの部屋を行ったり来たりしてるからね
 移動にはバイクを使ってるんだ
 あ、もちろん、ゲンに断って店の脇に停めさせてもらってるよ
 影森マンションの方は、来客用のバイクスペースを空けといてもらってるし
 実家とここ、ちょっと距離があるから、落ち着けるのはもう少し先になりそうかな
 そうだ、これ、お近付きのしるしのお土産」
ナリが差し出したお菓子の箱に書かれていた地名は、確かにここからは離れた土地の物であった。

「1箱食べちゃって良いよ、後2箱持ってきてるから
 ふかやに聞いてる、日野はよく食べるって」
ナリは悪戯っぽい顔で笑う。
「ちぇっ、新入りの化生にも俺の大食い知れ渡ってるのか」
思わず苦笑すると
「いや、1回一緒に食事すれば十分わかることかと
 今も凄く食べてたものね
 黒谷、何人分作ってきたんだろう、って思ってたけど、日野が満足できる分を作ってきてたんだ
 愛されてるね」
ナリは優しく微笑んだ。
「うん、愛されてる」
俺は化生飼いの先輩として、素直に頷いてみせるのであった。
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