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しっぽや(No.135~144)

取りあえず目星をつけようと、色々な屋台を見ている最中に白久が僕達を呼び止めた。
荒木が、しっぽや事務所でふかやと一緒に屋台の物を食べようと提案してくれたのだ。
「確かに、皆で食べるって屋台の食い物の楽しみでもあるもんな
 よし、片っ端から買って行こう
 んで、向こうで食べよう」
日野もその考えに賛同してくれて、鼻息も荒くそう宣言する。
「荷物持ちはお任せください」
こんな時のため、僕と白久は常にエコバッグを持ち歩いていた。
飼い主のお役に立てる喜びに気持ちが高揚している僕のポケットから、音楽と振動が伝わってきた。
直ぐにスマホを取り出すと、画面には『ふかや』の文字が表示されている。
事務所で何かあったのかと、僕は慌てて電話に出た。

『飼ってもらいたい方からの依頼があり、捜索に出る』
ふかやの言葉は驚くべきものであった。
今まで声だけでそれを感じた化生の話は聞いたことがなかった。
その方とふかやの縁が余程強いとしか思えない。
ならば料金は白久の時と同じようにしてもらうのが良いように思われたため、料金形態について彼に説明させようとスマホを手渡した。
「そっか、荒木が白久と知り合ったのも、依頼したのが始まりだって言ってたっけ
 特別料金で受けてくれたんだ
 あいつ、部活やってないのにバイトしてなかったもんな」
日野は興味深そうに白久と荒木を眺めている。
「頭を撫でていただいたり…」
そう言う白久の口を荒木が真っ赤な顔で塞ごうとした。
日野を伺うようにチラチラ見ながら白久を注意する荒木を見て
「あー、金銭じゃなく身体で払った感じか
 まあ、白久のことだし、いいとこキスくらいだろ」
日野はニヤニヤ笑って小さく呟いていた。

白久からスマホを受け取りふかやを励ます荒木を見て、日野も荒木に手を差し出した。
日野もふかやを励ましてくれている。
化生のことを心配してくれる飼い主を、僕も白久も誇らかな思いで熱く見つめ、幸せに包まれた。


その後は去年のように4人で屋台の味を堪能する。
「確かに、屋台の物は皆で食べる方がより美味しいですね」
僕が微笑みかけると
「うん、食べられる種類も増えるし、最高!」
たこ焼きを頬張りながら日野は満面の笑みを見せる。
笑顔の飼い主を見ながら食べるお好み焼きは、冷めていてもとても美味しかった。

帰る前に今回も甘酒で身体を温めていくことにした。
「外で飲む甘酒って、家で飲むより美味しい気がする
 婆ちゃんが作ってくれる甘酒も美味しいんだけどさ」
鼻の頭を赤くして、フーフーと紙コップに息を吹きかけ冷ましながら甘酒を飲む日野はとても可愛らしい。
「寒い外で飲むと、温かさが身体に染み渡る気がします
 僕もお婆様の作る甘酒、いつか頂いてみたいものです」
「俺の受験終わって時間できたら飲みに来て、酒粕を入れた鍋も美味しいし身体が温まるんだ
 鍋パーティーしよう」
飼い主からの嬉しいお誘いに、僕はまた幸せな思いで頷くのであった。


影森マンションの僕の部屋に帰り着いたのは、夜7時を少し回っていた。
「はー、今年も年の始めから楽しかったし美味かった」
日野がクッションに座り、満足げな息を吐いた。
「満足していただけたなら良かったです
 甘酒より体は温まりませんが、どうぞ」
僕はスティックのカプチーノを作り、テーブルの上に置いた。
「黒谷の、ふわふわボルゾイだ」
日野は愛おしむようにカップに口を付けてくれる。
「美味しい」
日野は舌で唇に付いた泡を舐めとった。
それは『官能的』ともいえる仕草であった。

「ふかやからその後連絡無いけど、大丈夫だったのかな」
日野は少し心配そうな顔になる。
「そうですね、依頼を達成できなくても連絡はしてくると思うのですが」
僕はスマホをテーブルの上に置いて確認してみた。
着信履歴は昼に受けたものだけであった。
「難航してるのかな」
眉を寄せる日野に
「飼っていただくまでは、誰もが苦労します
 僕はあまり労せず飼っていただけた、マレな化生ですよ
 和銅も日野も、直ぐに僕を受け入れてくれた
 ありがたいことです」
僕は万感の思いを込めて告げた。
和銅は不思議な力を持っていて人外の存在によくも悪くも慣れきっていたため、すんなり僕を飼ってくれたのだろう。
そんな和銅の転生体だった日野も、当たり前のように飼い主になってくれた。

「黒谷が守ってくれなかったら、和銅も俺も生きながら心が死んでたと思う
 俺の方こそ、居てくれて選んでくれてありがとう」
日野が声を震わせて僕の手を握りしめ、身体を寄せてきた。
「日野が幸せになるためなら、何でもいたします」
愛しい飼い主に頬を寄せ、僕はきっぱりと宣言する。
「日野に食べていただこうと、大きなハムが3個入ったギフトを買ってありますので厚く切って焼きましょう
 それで、少しは幸せになっていただけますか?」
そう問いかけると
「マジ?超幸せになりそう!豪勢!」
日野は顔を輝かせ明るい声で答えてくれた。
その笑顔は僕にとって何よりのご褒美に感じられるのであった。


僕達が幸せに包まれながら身体を寄せ合っていると、テーブルの上のスマホが着信を告げた。
「ふかやかも」
日野の予想に反して、表示されている相手は長瀞だった。
長瀞からふかやの捜索が失敗したので、明日出直す際、一緒に応援に行く旨を伝えられた。
『ふかやからは連絡が来ていないのですか?』
「うん、昼に連絡が来たっきり」
『もしかして、スマホの電池が切れてしまったのかも
 今日は調べ物をしたり通話したり、随分使っていたようですから
 流石に捜索に行く際、充電器を持って行きませんものね
 いつもなら電池が切れる前に、依頼達成出来ますし』
「成る程、あり得るね
 犬が嫌いな長毛種猫なら、君に任せるのが1番だ
 よろしく頼むよ、彼が飼っていただけるよう協力してあげて
 連絡は後で良いし、暫く休むことになってもかまわないからさ」
僕は長瀞にそう頼んで、通話を終了した。

「ふかや、大丈夫?」
心配そうな日野に
「長瀞が補佐してくれれば、依頼の方は直ぐに片が付くでしょう
 問題は、飼っていただけるかどうかです
 本当は直ぐに依頼を達成して相手に好印象を与えるのが良いのでしょうが、捜索対象は犬が嫌いな猫らしいですよ
 相手が今日の捜索の様子をどう思うか、それにもよりますかね」
僕は考えながらそう答える。
「犬が嫌いな猫って、ふかやには不利じゃん
 でも、依頼してきた相手は、犬が猫の捜索をしてるなんて思ってないもんな
 ふかや、本当なら猫に受けが良いのに
 ふかやの能力不足で発見できない訳じゃないっての、説明したいくらいだよ」
日野はもどかしそうだった。

「シロも依頼を達成できなかったけれど荒木に飼ってもらってますからね
 ふかやの誠実な態度に、依頼人が好感を持ってくれるのを祈るしかありません」
僕は日野を抱きしめて、落ち着かせるように髪を優しく撫でる。
「飼ってもらうって、大変なんだ…」
日野は今更ながらにそのことに思い至ったようであった。
「だから僕は楽をしていると言ったでしょう
 むしろ、僕の所まで苦難を乗り越えて辿り着いてくれた日野の方が大変だったはずです
 僕は待っているだけで良かった」
日野の苦労を思い、僕は労るようにそっと唇を合わせた。

「黒谷…待ってるだけって、何十年も独りで待ってたのに
 いつ現れるかも、永遠に現れないかも分からない俺なんかを待って…
 ずっと独りで…ずっと…」
日野の顔がゆがみ、その目から大粒の涙がこぼれ落ちてきた。
「以前よりもずっと強くなって、貴方は戻ってきて下さった」
僕は日野の目から流れる悲しみを舌で舐めとった。
「もう離れない、ずっと一緒に居るから
 絶対、黒谷を独りにさせない」
必死にしがみついてくる愛しい飼い主と口付けを交わし、そのまま深く舌を絡め合う。
「黒谷を感じさせて、今夜も深く黒谷と繋がりたい」
「日野…僕も深く飼い主を感じたいです」
僕達は熱い想いに導かれるようにベッドに移動して、再びしっかりと抱き合った。

「黒谷、今日は白い服なんだね
 白も似合ってるよ、その髪型も凄く格好良い」
「気に入っていただけたようでホッとしています
 朝からカズハ君にトリミングしてもらったかいがありました」
日野が僕のスーツを脱がせ、シャツのボタンを外していく。
僕も彼の着ているセーターを脱がせると、シャツのボタンを外していった。
何度も唇を合わせながらお互いの服を脱がせ合い、僕達は素肌で直にその存在を感じあう。
僕のものも日野のものも、解放の時を望んで熱く反り返っていた。
早く繋がりたい気持ちを抑え、存在を確認するためゆっくりと触れ合ってみる。
唇を合わせ舌を絡ませ、その身体の熱をしっかりと心に刻みつける。
「黒谷が居てくれるんだ、ここにちゃんと黒谷が居て守ってくれてるんだ」
僕の身体に指を這わせ、日野が確認するように何度も呟いていた。
「僕はいつでも日野のお側にいます
 受け入れてくれる飼い主の元に居られる事は、何よりの幸せです」
僕は日野の頬、首筋、喉に唇を這わせてその熱を堪能する。
僕達の身体は、相手がそこにいる喜びに満ちあふれていた。

やがて触れ合っているだけでは満足できないくらい気持ちが高ぶり、僕は日野の顔を見ながら自身を彼に埋めていくと緩やかに動き始めた。
「あっ、黒谷、黒谷…」
切なくも甘い声で名前を呼ばれると、欲望のまま動きが性急なものになってしまう。
「んっ、あっ、あっ、黒谷っ…」
日野も同じ様に感じているのであろう、僕の動きに合わせ妖しく身を揺らめかせ始めた。
「日野、お慕いしています」
僕の腹に触れてくる日野自身に手を添え動きに合わせて刺激する。
僕達は相手が側に居てくれる喜びを感じながら、熱い想いを解放しあった。
夜半までその行為は続き、満足した僕達は快(こころよ)い疲れに身を任せベッドで抱き合っていた。

「黒谷が居てくれる幸せ、いっぱい感じたよ」
「僕もです、朝ご飯のハムでまた幸せになって下さい」
「うん、黒谷と居ると楽しいことばっかりだ
 黒谷は本当に最高の飼い犬だね」

腕の中に居る飼い主からの賛辞に誇らかな喜びを感じ、僕はひとときの眠りに落ちていくのであった。
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