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しっぽや(No.135~144)

side<SIROKU>

大晦日のしっぽや業務終了後、私と黒谷は連れだってスーパーに買い出しに来ていた。
「買いに来るのが遅かったかな、お節(せち)的な物が残り少なくなってるね
 この『安納芋を使った栗キントン』っての、気になるんだけど売り切れみたいだ」
黒谷は所々に空きスペースが出来ているお節売場を見てため息を吐いた。
「私はこの『鯛の擂(す)り身入りカマボコ』が気になったのですが、やはりもう無いようです
 せっかくだし新郷が『有名店だ』と言っていた『鈴廣』のカマボコにしてみますか」
私はいつもは買わないような値段の、紅白のカマボコをカゴに入れる。
「伊達巻きじゃなく、今回は卵焼きにしてみようかな
 ほら、あご出汁を使っただし巻き卵なんてあるよ」
「あそこにはニシンの昆布巻きではなく、キンキの昆布巻きがあります
 少し高いけど、お正月くらい奮発しますか」
種類は少なくなっていても、いつも売っている物とは違うお節料理に気持ちは高揚してしまう。

「お正月用って考えると、財布の紐が緩んじゃうね」
苦笑する黒谷に
「2日の夜から飼い主が泊まりに来てくださいますから
 飼い主と一緒のお正月、豪華にしたいですものね
 荒木は煮豆や田作りは好きではないと言っていたので、大きなハムを買って厚切りにして焼いてみようかと思ってます
 そうだ、3日とろろ用に山芋も買わなくては」
私はそう答えると、他に良さそうな物がないかと売場を見回してみた。
「僕はローストビーフにしようかな
 それと富士山や羽子板型の羊羹セットを買わなきゃ
 日野が『正月のお楽しみ』って言ってたんだ
 あのセットに入ってるサクランボの練りきりって可愛いよね」
「荒木にはあれがお正月っぽく感じないようです
 用意した方が良いかどうか聞いてみたら『それ、何?』と不思議そうな顔をされました
 お正月らしさ、と言うものは人によって違うようです」
私は考え込んでしまった。

「昔は『お正月と言ったらこれ』って、かなり共通だったんだけど
 難しいものだね
 日野はお婆様とお正月を過ごしているから、秩父先生に教わったお正月が通じるんで助かるよ
 あ、レトルトのカレーも一応買っておこう
 これ、荒木には通じないんじゃない?」
「そうだと思います」
私たちは時代の変化による飼い主の好みを把握することの難しさを感じ、顔を見合わせて苦笑してしまった。


自分達用の買い物をあらかた済ませると、今度は2人で特別設置されているギフトコーナーに移動する。
年明け2日は早朝からカズハ様にトリミング(?)をしていただく約束になっているので、何かお礼の品を買おうと決めていたのだ。
きっとカズハ様は礼金を渡そうとしても、遠慮して受け取ってくださらないだろうことが予想されたためである。
しかしギフト品を眺めるものの、どれならばカズハ様が喜んでくださるか、さっぱりわからなかった。
「カズハ君、基本は実家暮らしだから、油や洗剤ってそんなに使わないよね
 かといってジュースや缶詰の詰め合わせもどうなのかな」
「カズハ様は紅茶派ですから、コーヒーの詰め合わせも違う気がします
 お煎餅やクッキー等、お茶菓子の方が良いでしょうか」
「焼き菓子だったらケーキ屋さんの方が美味しい物がありそうだ
 でもこの時間じゃ、閉店してるか」
私達は考え込んでしまう。

「飼い主じゃない人間に何か送るって、とても難しいね
 あ、これ豪勢だよ、大きなハムが3個も入ってる詰め合わせだ
 って、空じゃあるまいしカズハ君にハムは無いか
 シロ、荒木に焼いてあげるハムこれにする?」
「そうですね、見た目もインパクトがありますし、荒木が驚いてくださるかも」
私はそう答え、驚いた後の荒木の笑顔を想像して嬉しくなってしまう。
「僕もローストビーフじゃなくこっちにしよう、きっと日野も驚くよ、喜んで1本くらい一気に食べてしまうかも
 3本入っていれば、足りないこともないだろうし」
飼い主の喜ぶ顔が何よりのご褒美だと感じる私の胸に、ある考えが浮かんできた。

「喜ぶ…確かにこれは、空が喜びそうですね
 カズハ様には、これを送った方が良いのでは」
私の提案に、黒谷も直ぐにピンときたようだ。
「成る程ね、カズハ君は自分よりも空が喜ぶ方が嬉しいと思ってくださる方だ
 たまには空にバブルな気分を思い出させてやるとするか」
黒谷は悪戯っぽく笑うと、ハムが入った大きな箱を3個、自分のカゴに入れた。
「所長権限、シロの分は特別ボーナスで僕が払うよ
 いつもありがとう」
「それでは、今回は甘えさせていただきます」
付き合いの長い友の厚意が、胸に暖かく染み渡っていく。
「私も日野様が喜びそうな物を見かけたら、買ってみますね
 荒木に聞けばわかると思いますから」
「ありがとう、あの2人が仲の良いままで良かったよ
 あのまま仲違(なかたが)いしていたら、僕達の進む道も分かれていた
 日野と引き合わせてくれた荒木には、本当に感謝しているんだ」
黒谷はしみじみと頷いている。
あの事件があった後も私を飼ってくれている荒木には、どれだけ感謝してもしたりない。

荒木に会える楽しみを思い、私の心は早くも年明けに飛ぶのであった。




「明けましておめでとうございます
 今年もよろしくお願いします」

空の部屋に集まって私と黒谷がカズハ様にそんな挨拶をしたのは、年明け2日の早朝、まだ外が暗い時間だった。
「朝早くにすみません」
恐縮しきりの私達に
「大丈夫、昨夜は早く寝たからね
 君達が荒木君と日野君に『格好良い』って思ってもらえるよう頑張るよ
 トリマーとしての腕の見せ所だって言うとオーバーかな
 空以外を全身コーデ出来るの初めてだから、僕としてもちょっと楽しみなんだ」
カズハ様は意気込んで答えてくれる。
この日のために前もって衣装も選んでくれていた。
今日のカズハ様は私と黒谷にとって、頼もしい存在であった。

「カズハのセンスで、2人ともトレンディーに変身できるぜ
 テーマは『マイルド』だっけ?」
空が興味深げに私達を見つめてくる。
「うん、2人ともいつもとは少し違う雰囲気で『ワイルド』目指すからね」
カズハ様はさりげなく空の言い間違いを訂正してくれた。

「お礼にこちらをお持ちしましたので受け取ってください」
黒谷が包装紙に包まれた箱を差し出すと
「気を使わないで、好きでやってることだから」
案の定、カズハ様は遠慮して受け取ることを拒否している。
「中身はハムです」
私が笑って告げると
「ハム?」
すかさず空が反応する。
空の期待するような顔を見て
「あー、うん、じゃあ、ありがたくいただこうかな
 2人とも、考えたね」
カズハ様は苦笑しながら箱を受け取ってくれた。
「今晩の夕飯に食べようか」
「うん!分厚く切って焼こうぜ」
カズハ様と空は幸せそうに笑い合っていた。


生前も化生してからも『トリミング』と言うものを受けたことがなかった私と黒谷にとって、緊張の時間が始まった。
『白久の方が時間かかることしてみたいから』と言うカズハ様の言葉により、まずは私がセットしてもらうことになった。
ハサミで毛先を切られている状況に、少なからず恐怖を感じてしまう。
しかしカズハ様に髪をいじってもらうことが、徐々に気持ちよく感じられてきた。
流石は犬を扱うプロの手つきであった。
髪に何かを吹き付けられ固まったそれを、カズハ様が手で梳いて形作っていく。
真剣な顔で色々な角度から眺めては、何度も手を加えてくださった。
「こんなとこかな」
私を見てカズハ様はやり遂げた笑顔になる。
鏡の中の自分の姿は、いつもと違って見えた。

次は黒谷の番だった。
彼は前髪をほんの少しだけ垂らした状態で、髪を桜様のようにきっちりと撫でつけられている。
気配は同じであるものの、外見がいつもとは違うので少し混乱してしまった。
きっと、私の姿も黒谷には奇異な物に映っているだろうと感じた。
「黒谷は元々迫力有る顔立ちだから、これだけで十分凄みが出るね」
満足げなカズハ様の後ろで
「だって、旦那は三峰様の次におっかないんだぜ
 俺みたいに可愛い愛玩犬とは違うよ」
空が怖々といった顔をして縮こまっていた。

髪型を整えてもらった後は、カズハ様が見繕ってくれた服に着替えることになった。
コートは新しく買った物だったが、黒のスーツは大麻生に借りた物である。
「ボタンは留めないでおくから、裾が翻(ひるがえ)るよう颯爽と歩いてみてね
 白久は背が高いから、凄く格好良く見えるよ
 空もそうだから」
笑顔のカズハ様に言われても、自分ではピンとこなかった。
黒谷は同じく新調した黒いコートに、珍しく白のスーツを身にまとっている。
「逆に、黒谷のボタンは留めておくから、これが靡(なび)くように風を切って歩くといいよ
 大麻生からの借り物なんだ」
カズハ様は黒谷の肩に白く長いスカーフをかけていた。

「それと、他にも借り物があるんだ
 これ、イヤーカフスって言って、耳に付けるアクセサリーだよ
 色々借りてきたから好きなの選んで
 ウラに飼ってもらってから、大麻生は身に付けるものを見繕ってもらってるんだって
 ウラ、センス良いからなー、僕も見習わなきゃ」
カズハ様が小箱を差しだし、中身を見せてくれた。
中には銀色の片側が開いた小さな筒状の物が入っている。
表面に模様が掘られている物もあった。
その中に、私は荒木が気に入りそうな物を発見する。
「私は、これをお借りします」
摘んで取り出した物には、肉球の模様が入っていた。
「僕はこれにしよう」
黒谷が選んだ物には、羽の模様が入っている。
「じゃあ、せっかくだから対になるように違う耳に付けようか
 2人で並んで歩いてると、きっと格好良く見えるよ」
カズハ様は私と黒谷の耳にイヤーカフスを付けてくれた。
最後に荒木がクリスマスプレゼントとしてくださったマフラーを巻いてもらい、身支度が終了する。

新年だから、とイヤーズティーで持って行くお茶を作らせてもらったり雑用をしていると、待ち合わせの時間が迫ってきた。
私と黒谷はカズハ様にお礼を伝え、足早に影森マンションを飛び出した。
この姿を見て荒木が何と言ってくださるか、私は期待と不安で鼓動が速まっていくのであった。
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