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しっぽや(No.11~22)

side〈SATOSHI〉

昼休みの職員室、俺(中川 智 なかがわ さとし)は持参したお弁当を取り出して、こっそりと蓋を開けてみた。
おにぎり3個、おかずはウインナーと卵焼き、彩りにブロッコリーとプチトマト、それは基本的な感じのお弁当である。
おにぎりは形が崩れ、ウインナーには焼きムラがあり一部焦げていて、卵焼きは炒り卵のような状態であったが、作ってくれたのは子猫だと知っている俺にはとても可愛らしい物に写る。
これを作ってくれたのは、俺の飼っている(と言ってしまって良いのか、未だに悩む…)化生の羽生(はにゅう)だ。
中学生の時ほんの数週間だけ飼っていた猫が、死んだ後に化生と呼ばれる存在になり、再び俺の元に来てくれたのである。
化生は『人の役に立ちたい』そんな思いが強いので、羽生も俺の役に立とうと料理を習い始めて色々と作ってくれるようになったのだ。
これは、初めて羽生が俺に作ってくれた記念すべきお弁当であった。

「お、中川先生、お弁当ですか?」
他の教員に話しかけられ
「あ、ええ、まあ、簡単な物ですが」
俺はドキドキしながら曖昧な返事をする。
「今流行りの『弁当男子』ってやつですな」
「あ、ああ、そんなとこです
 購買のパンばかりだと、体に良くないですから」
俺が作った物として違和感なく見えたらしい事にホッとし、歪な形のおにぎりを食べ始めた。
『誰かが作ってくれたものって、美味いなー』
おにぎりの具がオカカなのが、猫らしくてさらに可愛かった。

俺は食べながら携帯を取り出すと、しばし躊躇した後メールを作成し始めた。
送信する相手は『大野 原(おおの げん)』
俺が住んでるマンションの住人で、そこを管理している不動産屋であり、化生の飼い主としての先輩でもある。
俺より9歳上だが、とても気さくな人で
『何かわかんない事があったら、遠慮なく連絡してくれよ』
と言ってくれて、アドレスを交換してあった。
俺の教え子(担任では無いが)の『野上 荒木(のがみ あらき)』も化生の飼い主としては先輩であるが、ちょっと子供には相談し難い事があるのだ。

『相談したい事が有りますので、本日、少しばかりお時間をいただけたらと思います
 よろしければ、ご都合の良い時間を教えてください』
そう入力したメールを送信すると、お弁当を食べ終わる頃には返信がきた。
『OK牧場!羽生の事だろ?
 羽生の夕飯はナガトにまかせて、俺達は赤提灯に飲みに行こうぜ♪
 こーゆー時の大人の社交場と言ったら『赤提灯』と昭和の昔から相場が決まっているのだ(^_^)b
 駅前の『千鳥』って店、知ってるか?焼き鳥とモツ煮込みが美味いの( ´艸`)
 仕事終わったらそこで飲んでるから、後から合流してくれ☆
 こっちは7時に終わるから、店に着くのは半頃かな?
 あ、店の場所わかんなかったら、駅で待ち合わせようぜ!
 んじゃ、股ヾ(≧∇≦)』
何だかゲンさんは、メールでも『おしゃべり』という印象を受ける人だ。
『ありがとうございます
 こちらも7時には出られますので、あまりお待たせせずに店に行けそうです
 店には行った事はありませんが、場所はわかりますので先に行ってください』
そう返事を返し、今度は羽生にメールをする。

『はにゅう、おべんとう、おいしかったよ
 ありがとう
 はにゅうは、とてもがんばりやさんで、すごいね
 きょうの、ばんごはんは、げんさんと、たべるよ
 そっちには、ながとろが、いくから、いっしょに、ごはんを、たべててね』

まだ漢字が読めない羽生のため句読点を多用し、平仮名のみで作成したものを送信する。

『わかた、おれ、ながとろと、ごはんたべる
 おれ、いいこして、さとしが、かえてくるのまてる』

そんなたどたどしい返事が返ってきた。
『まだ小さい「っ」が使えないか』
けれども元が子猫であることを考えると、平仮名だけとは言え読み書き出来るのはとても凄い事である。
俺のために頑張ってくれる羽生に、いつも胸が熱くなり愛しい想いが増していく。
『俺こそ、今度こそ羽生を幸せにしてやりたい』
俺は、そう思わずにはいられないのであった。



宿直の先生に挨拶をし、俺は7時に学校を後にする。
8時前には、待ち合わせ場所である店に着いた。
正統派『昭和の赤提灯』といった店構えで、いつも年配のサラリーマンで賑わっているようなので、俺は今まで入った事は無かった。

ガラリと引き戸を開けると
「お、中川ちゃん、こっちこっち」
すぐにゲンさんが俺に声をかけてくれた。
いつものように、スキンヘッドに背広、丸サングラスの彼であったが、その姿は妙にこの店に馴染んでいる。
「俺もさっき着いたとこで、まだ注文してねーの
 やっぱここは『とりあえずビール』だな!
 後、千鳥に来たなら焼き鳥盛り合わせとモツ煮込みは外せない!
 で、ビールには枝豆、と法律で決まってんのよ
 野菜食わないとナガトがうるさいから、大根サラダも頼むかな
 中川ちゃんは?他に何食いたい?」
ゲンさんはニコニコしながら聞いてくる。
「あ、じゃあ、揚げ出し豆腐とモロキュウを」
俺が答えると
「渋いねー、若人らしく『トリカラ』とか『串揚げ』って言うと思ったのに
 あ、オバチャン、とりあえずビールね!
 焼き鳥盛り合わせ、モツ煮込み、枝豆、大根サラダ、揚げ出し豆腐にモロキュウも!」
ゲンさんは一気に注文してくれた。

ビールが運ばれてくると
「んじゃ、乾杯すっか!」
ゲンさんはにこやかにジョッキを手に取った。
俺もそれに習いジョッキを手に取ると
「乾杯!」
そう言ってゲンさんのジョッキと軽く合わせる。
「化生達の幸福に、乾杯!」
ゲンさんは笑いながらそう言った。
俺は慌てて辺りを見回してしまう。
「平気だよ、こんなとこで他人の会話を盗み聞きする奴はいねーって
 化生の話を聞かれたって、酔っ払いの戯言にしか聞こえないっつの
 つか、ちょっと宗教ぽいって思われて、ドン引きされるのがオチ」
ゲンさんはヒヒヒッと笑う。

ビールを飲み、つまみに箸をつけながら
「今日は付き合ってくれて、ありがとうございます
 それで、あの、相談なんですが
 何から切り出せばいいやら…」
どう言ったものかと、自分で誘っておきながら俺は躊躇してしまう。
「フッフッフッ、オジサンにゃちゃーんとわかってるよ
 羽生の事だろ?
 あいつ、もしかして発情してきてるんじゃないのか?
 前から美少年だったけど、最近キラキラの度合いがアップしてるもんな
 お前さんにアピールしてんじゃないの?」
ゲンさんは、俺が言い出せなかった事をサラリと口にした。
「え?あ、はい、その、何て言うか…
 多分、そうなんじゃないかと…」
俺は、赤くなって俯いた。

最近羽生は俺の事を、じっと見つめる事が多くなった。
そんな時は瞳が潤んでいるので最初は熱でもあるんじゃないかと心配したが、どうもそうではないらしい。
熱を計ろうと額に触れると、ピクリと身を竦ませる。
それでいて俺と離れるのは嫌らしく、ピッタリと身を寄せてきたりするのだ。
自分でも、自分の体がどうなっているのか、よくわかっていない風であった。
そんな変化を見て、まだ羽生と暮らし始める以前に白久(しろく)に言われていた事を、俺は思い出していた。
『羽生は化生する直前の世で発情期がくる前に死んでいるので、なかなか自分の体の変化に気が付かないと思います』
つまり今の羽生は発情しているのではないか、俺はそう考えるものの誰にそれを相談すれば良いか途方に暮れていた。
そこで、同じ猫の化生と暮らしているゲンさんに聞いてみる事にしたのだ。
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