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しっぽや(No.135~144)

side<ARAKI>

白久との楽しい思い出が沢山出来た年が明け、新たな年がやってきた。
朝のベッドの中で俺は清々しい気分を感じながらも、いよいよもって受験が近づいてきた緊張でゲンナリしてしまう。
それでも明日は白久や日野、黒谷と一緒に初詣に行き、その後は受験前の最後のお泊まりが待っている。
それを考えると、ゲンナリ気分は吹き飛んでいた。

俺は新年の挨拶を両親と交わし、お年玉を貰ってお節(せち)を食べて元旦は家でダラダラと過ごす。
三が日くらいは勉強を休んでも許されるだろう、そんな思いで退屈な正月番組を眺めつつカシスと遊んでやっていた。
カシスはかなり太(ふと)ましく育っているが、まだ若いのでそれなりに機敏にジャラシを追っている。
親父も混ざって2人でジャラシを振っても、動きについてこれるのだ。
俺達はつい夢中で遊んでいたが
「そろそろ止めたら?カシスの目が血走ってきてるわよ」
呆れたような母さんの言葉で、俺と親父の動きが止まる。
カシスは動きが止まってしまったジャラシをそれでもパシパシと叩いていたが、確かに目がイってしまっていた。

「2人ともお疲れさま、少しはカシスのダイエットになったかしら」
母さんがテーブルにお茶を置いてくれる。
「こっちも夢中になりすぎたな」
親父は少しバツが悪そうな顔で頭をかいていた。
そんな親父に
「ほら、あなた」
母さんが何かを促すように声をかける。
親父は少しブスッとした顔をしていたが、ノロノロとタンスに近寄ると引き出しから細長い箱を2個取り出した。
「あー、何だ、これはお年玉のオマケと言うか
 この前の模試の結果が、お前にしては良かったご褒美と言うか…」
親父は何やらブツブツと言っているが、要領を得ない。
「息子相手に、何照れてんのよ
 これ、お父さんからのプレゼント
 バイト先の先輩、白久さんだっけ?イケメンの彼と一緒に使いなさいって」
母さんが先回りして言うと
「ああ、僕が言おうと思ってたのに」
親父が情けない声を上げる。

「え?白久…先輩の分も?」
驚いた俺が思わずもらした言葉に
「色違いのお揃いの腕時計だ
 時間には遅れないようにするんだぞ
 お待たせしないようにな」
親父はもったいぶった感じでそう告げた。
親父の中で『白久=ハチ公』はまだ続いていたらしい。
スマホがあるし別にわざわざ腕に時計を巻かなくても、と思ったけど白久を認めてくれる親父の厚意は嬉しかった。
「あ、ありがと
 明日は先輩や日野と初詣行くから、その時に渡すよ」
照れくさい気分で箱を受け取りお礼を伝える。
「何も、泊まりがけで初詣に行かなくても…」
また親父のブツブツが始まったけど、いつもよりは強固にからんでこなかった。
「ほら、遊び疲れてカシスがオネムみたいよ
 あなた、一緒に昼寝でもして寝正月満喫しなさい
 私は、撮り貯めてたDVD観なきゃ」
母さんの一言でリビングは解散となり、俺は部屋に戻っていった。


ベッドに腰掛け、俺は親父から貰った同じ大きさで同じ包装紙の箱をシゲシゲとながめてみる。
『色違いのお揃いって、これ、どっちがどっちの?』
誰宛なのか付箋でも貼っといてくれればいいのに、親父のやることはどこか抜けていた。
仕方ないのでなるべく丁寧に包装紙を剥がして中身を確認してみたら、バンドの色が違うだけの腕時計が入っている。
バンドの色は赤と黒だった。
『だから、どっちがどっち?
 てか、男性用なら茶と黒とかじゃないの?』
確認しようとしただけなのに、混乱は増すばかりである。
『白久=ハチ公なら、赤が白久だよな
 でも、映画のハチ公の首輪って黒だったっけ?
 かといって、俺が赤い方付けるの抵抗あるな…』
悩んだが、やっぱり俺は黒い方を貰うことにした。

箱から時計を取り出して、試しに腕につけてみる。
自分には必要のないアイテムだと思っていたけど、実際身につけてみると満更でもない気分になってきた。
『何か、けっこー格好いいじゃん』
俺は時計をはめた左手首をマジマジと見つめてしまう。
思わず、白久の手首に赤いバンドの時計が巻かれているところを想像してしまった。
『白スーツの腕の裾からチラ見出来る赤いバンド、可愛いかも…
 白久、赤が似合うから』
俺は親ばか気分丸出しで、頬が緩んでしまうのを感じていた。

せっかくだし、明日は腕時計に併せて黒っぽい服で行こうと思い立つ。
クローゼットを開けると、俺はあれこれ悩み始めた。
『初詣用に新しいコートでも、買っとけば良かった
 年末セールあちこちでやってたのに、模試に気を取られて気が回らなかったよ』
以前の俺はあまり服装に拘(こだわ)らなかったが、最近は白久に相応(ふさわ)しい飼い主に見えるかどうか気になっていた。
何を着ていても白久は俺のことを『可愛い』って言ってくれるけど、年の最初くらいビシッと決めてみたかったのだ。

かろうじて買ってあった新しいスニーカーや、最近は着ていなかった服を用意し俺は明日に備えるのであった。



翌朝、寝正月を満喫する気満々の両親を起こさないよう、俺は一人で適当にお節の残りをつまむと身支度をして家を出る。
しっぽや最寄り駅で皆と待ち合わせをしていたのだ。
白久へのプレゼント用の時計、財布、スマホや定期等を入れた鞄を肩に掛け、俺は新しいスニーカーを履いて清々しい気分で駅に向かっていく。
もちろん、白久にプレゼントしてもらったマフラーと手袋も装着している。
プレゼント品に身を包んでいる状況も嬉しいけど、今日は本物の白久に包んでもらえるんだ、と思うと俺の浮かれた気分は増していった。


三が日2日目の早い時間であるせいか、待ち合わせの駅のホームは閑散としていた。
『お寺のある駅とかだと、メチャ混んでるんだよな
 だからはぐれないよう白久と手を繋いでても、そんなに目立たないよね』
そんなことを考えて手袋をしている手を眺めると、口角が上がっていく。
「何、ニヤニヤしてんだよ」
そんな声と共に背中をポンと叩かれる。
振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた日野が立っていた。
やっぱり、いつもよりは気合いの入った格好をしている。
「あけおめー、それ新しいコート?俺も何か買っとけば良かったけど模試のことで頭いっぱいだったからさ
 かろうじて、スニーカーは新品」
俺は軽いため息を付いてみせた。
「あけおめ、このコート、婆ちゃんと母さんからのクリスマスプレゼントなんだ
 せっかくなんで、年の最初に黒谷に見せたいなって思ってさ
 自分で買ったのはこの鞄くらいだから、代わり映えしないや」
日野は照れた顔をして頭をかいている。

そんな日野の左腕の裾からチラリと光るものが見えた。
「腕、何付けてんの?」
俺が聞くと
「これ、ミイちゃんからプレゼントでもらった水晶ブレス
 こっちは黒谷に貰ったオニキスとタイガーアイのブレス
 オニキスとタイガーアイの色味って、ちょっと黒谷っぽいだろ?
 お守りにもなる石だし、気に入ってんだ」
日野は袖をまくってブレスを見せてくれた。
「そっか、お前に貰ったブレス、付けてくれば良かったかな
 でも今日は時計巻いてきたから気が回らなかったよ
 これ親父からのプレゼントなんだ、待ち合わせに遅れないようにしろってさ
 そんなのスマホのアラームかけときゃ済むのにな」
少し気恥ずかしかったが、俺も袖をまくって貰ったばかりの時計を見せた。

「へー、親父さんからの時計って、良いじゃん」
日野は笑ってくれた。
「そうかな?発想が古くない?」
「俺はお下がりの腕時計持ってるんだ
 爺ちゃんの形見だって、中学に上がったとき婆ちゃんがくれた物
 何か勿体なくて、使ってないんだけどさ」
日野にそう言われると何だか感慨深く感じてしまい、俺はマジマジと時計を見てみる。
改めて見ると少し特別なもののようにも感じられ、嬉しくなってきた。
「白久にも色違いのお揃いを貰ってるんだ
 部屋に帰ったら渡そっと」
ニンマリする俺を見て
「そっか、俺も黒谷にブレスをプレゼントしてあげようかな」
日野は真面目な顔で考え込んでいた。


「荒木!」
「日野、お待たせしました!」
俺達を呼ぶ愛犬の声に気が付いて顔を向けると、白久と黒谷がこちらに向かって歩いてくるところだった。
「え?ちょ、何か…」
「うん、凄い…」
「「格好良い」」
俺達は思わずハモってしまう。
2人はいつもナチュラルに格好良いけど、今日は外見を作っていていつも以上に格好良かったのだ。

「黒谷、どうしたの、その格好」
日野がうっとりとした目で黒谷を見つめている。
俺も陶然と白久を見つめてしまっていた。
いつもは大人しい印象の白久の神秘的な白髪は、きちんと撫でつけて整えた後わざと乱雑に乱されていたが、それがワイルドに決まっているのだ。
その白髪の間から、方耳だけのシルバーのイヤーカフスが見えている。
白いコートはボタンを留めていないので、長身の彼が着て歩くと動きに合わせ裾が広がって迫力が出ていた。
俺がクリスマスにあげたマフラーは、いつもと違う巻方をしているため違う物のように見えた。
全身白い服を好む白久には珍しく、コートの下は黒を基調とした服を着ている。
それがまた、ワイルドさを引き立てていた。

反対に黒谷はキチッとした格好をしている。
けれども隙無く撫でつけられているのに茶色が混じった髪、白久とは逆の耳に付けられているイヤーカフス、黒いコートのボタンは閉じられているがかけられている白く長いスカーフは、歩く動作に合わせ颯爽とたなびいていた。
桜さんのような刑事、役人的な隙のなさではなく、マフィアのボスみたいな落ち着いていながらもどこかワイルドさを感じられる服装に見えた。
一見対照的にも見える白久と黒谷のファションであったが、並んでいると調和のとれた格好良さになっている。

しかし、俺達にはこの上なく格好良く見える2人であったが、その筋の人に見えないことも無いためか、周りの人は視線を逸らし気味にしているようであった。
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