しっぽや(No.126~134)
僕達の欲望が尽きたのは、深夜を回った時刻になった。
流石に僕の腕の中でナリはぐったりしていた。
「夕飯、食べそびれちゃったね
本当はロイヤリティホストに連れてってあげようと思ったのに
ふかや、行ったことある?」
「いいえ、無いです
レストランですか?僕にマナーがわかるかな」
「ファミレスだから、大丈夫だよ
でも、他のファミレスより少し高級感あるメニューだと思う」
ナリは楽しそうに笑った。
「ナリは不思議な人だね、僕の正体言っても全然怖がってないみたいだし
特別な力を持ってるから?」
僕がそう聞いてみると
「さっきはふかやのこと、凄い凄い怖かった」
彼は笑いながら答える。
「え?」
僕はその答えに不安に駆られてしまう。
「だってふかや、ベッドに頭乗せて変な格好で寝てるんだもの
部屋が暗かったし、真っ黒な影にしか見えなかったから幽霊かと思ったよ
立ってる状態であれ見たら、絶対、腰抜かしてた
本当に驚いたんだから
でもごめん、私がベッドを占領しちゃってたからだよね」
ナリは慈しむよう優しく頭を撫でてくれた。
「生者以外を見ることが出来る…」
僕は少し考え込んだ。
「でも、祓(はら)ったり出来ないからちょっと厄介かな」
ナリは苦笑しているが、僕にはそれが良い状態だとは思えなかった。
「僕の上司の黒谷の飼い主も、そういう者が見えるらしい
彼の場合その状態は害にしかならないから、水晶のブレスを強力なお守りにして悪い者を寄せ付けないようにしてるんだって
ナリもそれが必要なら言ってください
三峰様に頼んで用立ててもらいます」
真剣な僕の顔を、ナリはそっと手で包んでくれた。
「ありがとう、ふかやは頼もしい飼い犬だね
そうか、君みたいな存在って他にも居るのか
あ、しっぽやの人たちって皆そうなの?
それで、ゲンは長瀞さんを『俺のだ』なんて言ってたのか
あの見事な髪、チンチラシルバーかな」
彼は納得した顔で頷いた。
「水晶のブレスってどんなのだろう、ちょっと見てみたいかも」
「日野がバイトに来てくれる日に、持ってきてもらうよう頼んでみるよ
受験までに、後、2、3回は来たいって言ってたから」
僕の言葉にナリは目を丸くする。
「受験生って、高校生?まさか中学生じゃないよね
若い飼い主もいるんだ」
「見た目は中学生だけど、高校生だよ
他にも2人、高校生の飼い主がいるんだ
そのうちの1人は『アニマルコミュニケーション』能力があるって言われてる
今のところ、長毛猫限定みたいだけどね
ナリも、それに近い能力があるんでしょ
スズキさんを心配するナリの心、ヤマハ君も感じ取ってたよ
僕もあれ、気持ち良かった」
僕は彼を抱きしめて髪に顔を埋めた。
「何だかしっぽやって、凄いところみたい
職業は占い師だって言っても、私のこと変な目で見られなくてすみそうだ」
ナリはクスクス笑っている。
「むしろ、タケぽんはナリに教えを請うんじゃないかな
能力を伸ばしたがってるから
彼は将来、しっぽやの捜索員になりたいんだって」
「私も、そんなに能力は強くないよ
でも、ふかやのことは感じ取れた」
甘えるようなナリの心が暖かく胸に感じられた。
「皆に紹介したいから、明日、ドッグカフェの前に事務所に一緒に行ってみない?
それで、今後のこととか相談できたら嬉しいな」
思い切って誘ってみると
「今後?」
ナリは不思議そうな顔になる。
「影森マンションで一緒に暮らして欲しいけど、ナリの仕事の都合があれば僕がナリの家に行きたいんだ
飼い主とずっと一緒に居たいから
でも、ペット探偵以外の仕事が僕に出来るか難しいかも
かと言って、厄介になってばかりじゃ申し訳ないし
こんな時は犬に生まれ変われてたらな、って思っちゃうよ」
僕は改めてそのことに思い至り、ため息を付いてしまう。
『飼い主の役に立つ』事の難しさが実感されてきた。
「そっか…ふかやと一緒に暮らせたらステキだろうな
私がこっちに来た方が早いよね
仕事の都合って特にないと思ってたけど、こっちで占いの依頼人探せるかな
有名な占い師って訳じゃないから、暫く無理か
今までの依頼人でこっちまで来てくれる人、いそうもないし
まあ、コンビニとかでバイトすればいいか
スズキとヤマハは、どうしよう」
ナリは考え込んでしまう。
彼の能力を発揮できる『占い師』を辞めて欲しくはなかったが、続けてもらうための手助けが僕に出来るとは思えなかった。
飼い主のために何のアイデアも出せない自分がもどかしい。
「明日、他の飼い主が居たら聞いてみる?
こんな時は、人間同士で話す方が良い考えが浮かぶかも」
僕の言葉に
「そうだね、他の飼い主達がどうやって君たちみたいな存在と暮らしてるのか興味あるし、会えたら相談してみるよ」
ナリは微笑んで答えてくれた。
飼い主を腕に抱いて眠るという幸せに、僕はこれからの不安も忘れ安らかな眠りに落ちていくのであった。
翌朝、目が覚めたのは日が昇りきってからだった。
疲れているのか、ナリはまだ僕の腕の中で安らかな寝息をたてていた。
僕は暫く飼い主の可愛い寝顔に見入って、幸せな気分に浸る。
どれくらい見つめていたろうか、ナリがふっと目を開けてしっかりと僕の顔を見てくれた。
「おはよう、ナリ」
「おはよう、ふかや」
僕達は朝の挨拶と共に、軽い口付けを交わした。
そんなささやかな事が、果てしなく嬉しく感じた。
「わ、もう9時過ぎてる、寝過ごしちゃったね」
時計に気が付いたナリが慌てた声を出した。
「僕は今日も休みだし大丈夫だよ
朝ご飯食べてから、ゆっくり事務所に行こう
ナリに食べてもらいたくて、昨日は帰りにパンとか焼き菓子を買っておいたんだ」
「何だか、贅沢な朝」
僕が微笑むと、ナリも笑ってくれた。
僕達はシャワーを浴びて、サッパリした気分で朝ご飯を食べる。
コンビニで買ったサンドイッチも、飼い主と一緒に食べるといつもより何倍も美味しく豪華な物に感じた。
2人で事務所に向かう道すがらは緊張した顔をしていたナリだったが、皆に引き合わせると直ぐに馴染んでくれた。
「ここ凄いイケメンばっかり
でも、ふかやが1番イケメン」
こっそりと耳打ちされ、飼い主に褒められた僕は得意な気持ちになった。
「皆の手相、視てみたら?きっとナリには読めないから、人間じゃないってわかるよ」
僕がそう勧めると、ナリが皆の手相を視始めた。
しっかりと手を握られて手の平を凝視され、皆は少し戸惑っているようであった。
「本当だ、どの手相も読めない
シワは出来てるけど、それが意味を成していない感じ
皆、本当に人間を模した存在なんだね」
ナリの言葉で皆が驚いた顔になる。
「手相…考えたこともありませんでした」
「手の平のシワに、人としての運命を刻めるなんて不思議だな」
「じゃあ、サトシの手を視れば、色々分かるの?
面白い、俺も出来るようになりたい」
「手相は変わっていくんですか?ゲンの健康をチェック出来ないでしょうか」
次々に上がる化生からの声に
「お勧めの手相の本があるから、興味あったら読んでみる?」
ナリは快く応じていた。
しっぽやは、暫く手相ブームに沸きそうであった。
コンコン
控えめなノックの音と共にドアが開き、カズハが事務所に入ってくる。
「今日からドッグカフェ始まるから、空と一緒にお昼に行こうと思って
僕、仕事はお昼で上がりなんで少し待たせてもらって良い?
あ、依頼人?控え室に行ってるね」
ナリを見て慌てて移動しようとするカズハに僕は声をかけた。
「ナリは僕の飼い主になってくれた人だよ
ナリ、彼は同僚の飼い主のカズハ
僕の髪をカットしてくれる良い人なんだ」
簡単に紹介すると
「こんにちは、ふかやの飼い主になった石原 也です
ナリって呼んでください
ふかやがお世話になってます」
ナリが頭を下げた。
「あの、こんにちは
僕は空の飼い主で樋口 一葉と言います
呼ぶのはカズハで良いですよ
僕、トリマーなんで犬のカットならいつでもどうぞ」
カズハは少し照れた顔で笑っていた。
「そうだ、ちょっと失礼」
そう言うと、ナリはカズハの手を取ってシゲシゲと手の平を見つめ始めた。
「こうきて、こうか、成る程」
ブツブツ呟きながら、時々線をなぞるように指を動かしていく。
カズハは訳が分からず、されるがままの状態で目を白黒させていた。
「カズハって大人しくて引っ込み思案だけど、大胆な面、と言うか天然な面があるね
家族とは離れていっても、その後にフォローしてくれる人とはもう出会ってる、ああ、それが飼い犬か
多少の波風は立ったものの上手くいってるんだね、今は幸せだ」
「え…何で分かるんですか?」
カズハは驚きのあまり口をポカンと開けていた。
「当たってる?良かった、彼らが人じゃないとわかっていても、読めなすぎてちょっと自信喪失してたから
私、占い師なんです
いつもはカード使って占うけど、道具がない時のために手相も視れるんだ
今は占いで働く場所が無いし、暫く休業しようと思ってるけどね
ふかやと一緒に居たいから」
ナリはそう言って僕に寄り添ってくれた。
「ナリが占い師として働けそうな場所、カズハ知らない?」
僕が聞くと、カズハは困ったような顔になった。
「占いの館みたいな所?行ったこと無いからよく分からないや、ごめん」
「私は兼業占い師だからルームなんて持ってなくて、依頼があれば喫茶店の隅の席とかでやらせてもらってたよ
喫茶店のマスターって占い好きの人多くて、店が込んでなければ席を貸してもらえる事もあるんだ
最近は猫喫茶のイベントで、飼い猫との相性占いとかやらせてもらったっけ
けっこう好評だった」
ナリの言葉に僕とカズハは思わず反応する。
「ペットとの相性占い!うちの店で受けそう!」
「猫喫茶でのイベント!波久礼御用達の店で出来るかも!」
僕達の叫びにビックリした顔を見せるナリだったけど、徐々に笑顔になっていく。
「私、こっちでも占い師としてやっていけそう?」
「ナリの働ける場所を作るため、僕、頑張ります!」
飼い主の今後の状況を考えることが出来て、僕は気持ちが高ぶっていった。
『今度はどんなときも飼い主の側にいて、役に立てるようになろう
もう、僕の居ないところで飼い主に不幸が訪れる様は見たくない
一緒に幸せになるんだ、ずっと一緒に暮らすんだ』
胸の内に強くそう誓う。
犬の身では出来なかったことをするために、僕は化生したのだから。
流石に僕の腕の中でナリはぐったりしていた。
「夕飯、食べそびれちゃったね
本当はロイヤリティホストに連れてってあげようと思ったのに
ふかや、行ったことある?」
「いいえ、無いです
レストランですか?僕にマナーがわかるかな」
「ファミレスだから、大丈夫だよ
でも、他のファミレスより少し高級感あるメニューだと思う」
ナリは楽しそうに笑った。
「ナリは不思議な人だね、僕の正体言っても全然怖がってないみたいだし
特別な力を持ってるから?」
僕がそう聞いてみると
「さっきはふかやのこと、凄い凄い怖かった」
彼は笑いながら答える。
「え?」
僕はその答えに不安に駆られてしまう。
「だってふかや、ベッドに頭乗せて変な格好で寝てるんだもの
部屋が暗かったし、真っ黒な影にしか見えなかったから幽霊かと思ったよ
立ってる状態であれ見たら、絶対、腰抜かしてた
本当に驚いたんだから
でもごめん、私がベッドを占領しちゃってたからだよね」
ナリは慈しむよう優しく頭を撫でてくれた。
「生者以外を見ることが出来る…」
僕は少し考え込んだ。
「でも、祓(はら)ったり出来ないからちょっと厄介かな」
ナリは苦笑しているが、僕にはそれが良い状態だとは思えなかった。
「僕の上司の黒谷の飼い主も、そういう者が見えるらしい
彼の場合その状態は害にしかならないから、水晶のブレスを強力なお守りにして悪い者を寄せ付けないようにしてるんだって
ナリもそれが必要なら言ってください
三峰様に頼んで用立ててもらいます」
真剣な僕の顔を、ナリはそっと手で包んでくれた。
「ありがとう、ふかやは頼もしい飼い犬だね
そうか、君みたいな存在って他にも居るのか
あ、しっぽやの人たちって皆そうなの?
それで、ゲンは長瀞さんを『俺のだ』なんて言ってたのか
あの見事な髪、チンチラシルバーかな」
彼は納得した顔で頷いた。
「水晶のブレスってどんなのだろう、ちょっと見てみたいかも」
「日野がバイトに来てくれる日に、持ってきてもらうよう頼んでみるよ
受験までに、後、2、3回は来たいって言ってたから」
僕の言葉にナリは目を丸くする。
「受験生って、高校生?まさか中学生じゃないよね
若い飼い主もいるんだ」
「見た目は中学生だけど、高校生だよ
他にも2人、高校生の飼い主がいるんだ
そのうちの1人は『アニマルコミュニケーション』能力があるって言われてる
今のところ、長毛猫限定みたいだけどね
ナリも、それに近い能力があるんでしょ
スズキさんを心配するナリの心、ヤマハ君も感じ取ってたよ
僕もあれ、気持ち良かった」
僕は彼を抱きしめて髪に顔を埋めた。
「何だかしっぽやって、凄いところみたい
職業は占い師だって言っても、私のこと変な目で見られなくてすみそうだ」
ナリはクスクス笑っている。
「むしろ、タケぽんはナリに教えを請うんじゃないかな
能力を伸ばしたがってるから
彼は将来、しっぽやの捜索員になりたいんだって」
「私も、そんなに能力は強くないよ
でも、ふかやのことは感じ取れた」
甘えるようなナリの心が暖かく胸に感じられた。
「皆に紹介したいから、明日、ドッグカフェの前に事務所に一緒に行ってみない?
それで、今後のこととか相談できたら嬉しいな」
思い切って誘ってみると
「今後?」
ナリは不思議そうな顔になる。
「影森マンションで一緒に暮らして欲しいけど、ナリの仕事の都合があれば僕がナリの家に行きたいんだ
飼い主とずっと一緒に居たいから
でも、ペット探偵以外の仕事が僕に出来るか難しいかも
かと言って、厄介になってばかりじゃ申し訳ないし
こんな時は犬に生まれ変われてたらな、って思っちゃうよ」
僕は改めてそのことに思い至り、ため息を付いてしまう。
『飼い主の役に立つ』事の難しさが実感されてきた。
「そっか…ふかやと一緒に暮らせたらステキだろうな
私がこっちに来た方が早いよね
仕事の都合って特にないと思ってたけど、こっちで占いの依頼人探せるかな
有名な占い師って訳じゃないから、暫く無理か
今までの依頼人でこっちまで来てくれる人、いそうもないし
まあ、コンビニとかでバイトすればいいか
スズキとヤマハは、どうしよう」
ナリは考え込んでしまう。
彼の能力を発揮できる『占い師』を辞めて欲しくはなかったが、続けてもらうための手助けが僕に出来るとは思えなかった。
飼い主のために何のアイデアも出せない自分がもどかしい。
「明日、他の飼い主が居たら聞いてみる?
こんな時は、人間同士で話す方が良い考えが浮かぶかも」
僕の言葉に
「そうだね、他の飼い主達がどうやって君たちみたいな存在と暮らしてるのか興味あるし、会えたら相談してみるよ」
ナリは微笑んで答えてくれた。
飼い主を腕に抱いて眠るという幸せに、僕はこれからの不安も忘れ安らかな眠りに落ちていくのであった。
翌朝、目が覚めたのは日が昇りきってからだった。
疲れているのか、ナリはまだ僕の腕の中で安らかな寝息をたてていた。
僕は暫く飼い主の可愛い寝顔に見入って、幸せな気分に浸る。
どれくらい見つめていたろうか、ナリがふっと目を開けてしっかりと僕の顔を見てくれた。
「おはよう、ナリ」
「おはよう、ふかや」
僕達は朝の挨拶と共に、軽い口付けを交わした。
そんなささやかな事が、果てしなく嬉しく感じた。
「わ、もう9時過ぎてる、寝過ごしちゃったね」
時計に気が付いたナリが慌てた声を出した。
「僕は今日も休みだし大丈夫だよ
朝ご飯食べてから、ゆっくり事務所に行こう
ナリに食べてもらいたくて、昨日は帰りにパンとか焼き菓子を買っておいたんだ」
「何だか、贅沢な朝」
僕が微笑むと、ナリも笑ってくれた。
僕達はシャワーを浴びて、サッパリした気分で朝ご飯を食べる。
コンビニで買ったサンドイッチも、飼い主と一緒に食べるといつもより何倍も美味しく豪華な物に感じた。
2人で事務所に向かう道すがらは緊張した顔をしていたナリだったが、皆に引き合わせると直ぐに馴染んでくれた。
「ここ凄いイケメンばっかり
でも、ふかやが1番イケメン」
こっそりと耳打ちされ、飼い主に褒められた僕は得意な気持ちになった。
「皆の手相、視てみたら?きっとナリには読めないから、人間じゃないってわかるよ」
僕がそう勧めると、ナリが皆の手相を視始めた。
しっかりと手を握られて手の平を凝視され、皆は少し戸惑っているようであった。
「本当だ、どの手相も読めない
シワは出来てるけど、それが意味を成していない感じ
皆、本当に人間を模した存在なんだね」
ナリの言葉で皆が驚いた顔になる。
「手相…考えたこともありませんでした」
「手の平のシワに、人としての運命を刻めるなんて不思議だな」
「じゃあ、サトシの手を視れば、色々分かるの?
面白い、俺も出来るようになりたい」
「手相は変わっていくんですか?ゲンの健康をチェック出来ないでしょうか」
次々に上がる化生からの声に
「お勧めの手相の本があるから、興味あったら読んでみる?」
ナリは快く応じていた。
しっぽやは、暫く手相ブームに沸きそうであった。
コンコン
控えめなノックの音と共にドアが開き、カズハが事務所に入ってくる。
「今日からドッグカフェ始まるから、空と一緒にお昼に行こうと思って
僕、仕事はお昼で上がりなんで少し待たせてもらって良い?
あ、依頼人?控え室に行ってるね」
ナリを見て慌てて移動しようとするカズハに僕は声をかけた。
「ナリは僕の飼い主になってくれた人だよ
ナリ、彼は同僚の飼い主のカズハ
僕の髪をカットしてくれる良い人なんだ」
簡単に紹介すると
「こんにちは、ふかやの飼い主になった石原 也です
ナリって呼んでください
ふかやがお世話になってます」
ナリが頭を下げた。
「あの、こんにちは
僕は空の飼い主で樋口 一葉と言います
呼ぶのはカズハで良いですよ
僕、トリマーなんで犬のカットならいつでもどうぞ」
カズハは少し照れた顔で笑っていた。
「そうだ、ちょっと失礼」
そう言うと、ナリはカズハの手を取ってシゲシゲと手の平を見つめ始めた。
「こうきて、こうか、成る程」
ブツブツ呟きながら、時々線をなぞるように指を動かしていく。
カズハは訳が分からず、されるがままの状態で目を白黒させていた。
「カズハって大人しくて引っ込み思案だけど、大胆な面、と言うか天然な面があるね
家族とは離れていっても、その後にフォローしてくれる人とはもう出会ってる、ああ、それが飼い犬か
多少の波風は立ったものの上手くいってるんだね、今は幸せだ」
「え…何で分かるんですか?」
カズハは驚きのあまり口をポカンと開けていた。
「当たってる?良かった、彼らが人じゃないとわかっていても、読めなすぎてちょっと自信喪失してたから
私、占い師なんです
いつもはカード使って占うけど、道具がない時のために手相も視れるんだ
今は占いで働く場所が無いし、暫く休業しようと思ってるけどね
ふかやと一緒に居たいから」
ナリはそう言って僕に寄り添ってくれた。
「ナリが占い師として働けそうな場所、カズハ知らない?」
僕が聞くと、カズハは困ったような顔になった。
「占いの館みたいな所?行ったこと無いからよく分からないや、ごめん」
「私は兼業占い師だからルームなんて持ってなくて、依頼があれば喫茶店の隅の席とかでやらせてもらってたよ
喫茶店のマスターって占い好きの人多くて、店が込んでなければ席を貸してもらえる事もあるんだ
最近は猫喫茶のイベントで、飼い猫との相性占いとかやらせてもらったっけ
けっこう好評だった」
ナリの言葉に僕とカズハは思わず反応する。
「ペットとの相性占い!うちの店で受けそう!」
「猫喫茶でのイベント!波久礼御用達の店で出来るかも!」
僕達の叫びにビックリした顔を見せるナリだったけど、徐々に笑顔になっていく。
「私、こっちでも占い師としてやっていけそう?」
「ナリの働ける場所を作るため、僕、頑張ります!」
飼い主の今後の状況を考えることが出来て、僕は気持ちが高ぶっていった。
『今度はどんなときも飼い主の側にいて、役に立てるようになろう
もう、僕の居ないところで飼い主に不幸が訪れる様は見たくない
一緒に幸せになるんだ、ずっと一緒に暮らすんだ』
胸の内に強くそう誓う。
犬の身では出来なかったことをするために、僕は化生したのだから。