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しっぽや(No.126~134)

side<HUKAYA>

『本当は私じゃなく、その人を抱きたかったんじゃないか、って気がした』
ナリの言葉が深く深く僕の胸に切り込んでくる。
何か言わなくてはと焦れば焦るほど、何も言葉が出てこなかった。
どう言えばナリがこの状況を納得してくれるのか、そもそも納得してくれるのだろうか、底知れぬ絶望が胸を走り抜けて行く。
ナリからは悲しみの感情が感じられるた。
契っている時、彼は僕を『好き』だと言ってくれた。
肌を合わせた相手に他に慕っている人がいる、それはどれだけナリを傷つけてしまうことなのか。
人間ではない僕をその身に受け入れてくれたのに…
自分のことしか考えられなかった浅はかで愚かな獣にも、自分のしでかしてしまった事の重大さが実感されてきた。
僕は飼って欲しいと思える何よりも大事な存在を、傷つけてしまったのだ。

「ごめんなさい…」
泣きながらナリに謝ったが、どんなに弁解したところで彼は僕を許してはくれないだろう。
「僕のことちゃんと言えなくて、ごめんなさい…」
それでも、僕はナリに謝ることしかできなかった。
「ふかやの大事な人…亡くなったの…?」
聡い彼にはそれすらもお見通しであった。
もう、ナリの側には居られない。
きっとそれを許してもらえない。
最後の最後で、僕は自分のことを伝える事を決意した。
それは勇気ではなく、絶望の果てにある自暴自棄に近い情けない決意であった。


僕が人ではないこと、ナリに飼って欲しいと思っていること。
暗闇の中それだけは確かなナリの身体を抱きしめて、たどたどしい言葉で想いを伝えていく。
ナリは僕の告白の真意を測りかねているようだったが、全てを理解し汚らわしい存在だと嫌悪されるかと思うと、消えて無くなってしまいたくなった。
白久や黒谷から消滅しかかった話は聞いていた。
再び得た飼い主を失うかもしれない絶望が、リアルな闇となって僕の心を包み込んでいく。
この闇を抱えながらこの先も化生として生きていくのは耐えられそうになかった僕は、存在を放棄しようと決意する。
それでも最後にナリには僕の全てを打ち明けてから消えたかった。
あんなに躊躇っていた記憶の転写をナリにして、僕は一時(ひととき)、あのお方との思い出の海に沈み込んでいく。



懐かしく優しく楽しかった煌めくような記憶。
犬としての存在の全てをかけた僕とあのお方の日々。


過去を見ながら、その記憶に負けないくらいナリと過ごした数日が輝いていることに気が付いた。
ナリの側に居た時間こそが、化生してからの僕の存在の全てだったのだ。
それなのに、自らの弱さのためにその幸福を失うことになってしまった。
せめて最後にナリの役に立てることは出来ないだろうか。
『消滅…僕に関することが全て消え失せるなら、ナリの記憶の中からも僕は消えてしまうかもしれない』
先程までナリに僕を知られずに消滅するのが怖かったが、その考えが変化する。
『僕との記憶がなくなれば、ナリは今まで通り暮らしていくことが出来るんだ
 好きだと思っていた存在が化け物で、他の人を慕っていたという事実を忘れることが出来るんだ
 ナリの、これからの生活を守ることが出来るんだ』
そのことに気が付いて、僕は消滅することが怖くなくなってきた。
『最後に、ナリのためになることが…出来る…』
遠のく意識の片隅で、僕は奇妙な満足感を覚えていた。
腕の中にいるナリの存在を感じることすら、もう出来なくなっていた。



「ふかや、ストップ(止まれ)」
遠のいていく意識は、凛と響くナリの声で引き戻された。
僕は何も考えず、その命令に従おうと存在を放棄するのを止める。
「ステイ(待て)…、ステイ…」
それは次の命令がくるまでの緊張の時間であることを知っていた。
他のことを考える余裕はなく、全神経を飼い主に集中させる。
「カモン(来い)」
その言葉に従って、僕は一目散に飼い主の元に戻っていった。
意識はハッキリとし、腕の中のナリの存在も確かなものに変わっている。
自分に何が起こったのか全く分からなかった。

「あの人の代わりに私がふかやを飼うよ」
ナリはそう言って、僕を抱きしめてくれた。
惚けていた僕の心に彼の言葉が徐々に染み渡っていく。
「僕、化け物なのに?飼ってくれるの?」
余りに都合が良すぎて、これは消滅した僕が見ている夢なのではないかと思ってしまった。
けれども彼はしっかりと、僕を飼うと宣言してくれた。
僕が犬だったことを理解した上で、飼うと言ってくれたのだ。
「また、飼い犬になれたんだ
 飼い主が出来たんだ」
あまりの幸せに彼の身体にしがみつくと
「もう消えようとしちゃダメだよ」
ナリが命令する。
その命令に従える喜びに打ち震えながら
「はい!僕、ナリの命令なら何でも聞くからね」
僕は直ぐにそう答えた。

ナリは僕の全てを捧げるに足る存在であり、彼が飼い主になってくれる事は無上の幸福なのであった。


「電気点(つ)けて良い?」
ナリの言葉でハッとする。
「僕は月明かりでもナリが見えるけど、人間はそうじゃないんだっけ」
彼に不自由を感じさせないよう人と化生の違いを自覚して行動しなければ、僕は気を引き締めるとベッドから抜け出して照明のスイッチを入れた。
ナリは何だか呆然とした目で僕を見つめていたかと思うと、徐々に頬が赤くなっていった。
『暖房が暑かった?僕の適温に合わせて、暖房温度設定しちゃってたから』

僕は慌てて彼の元に戻り
「ナリ、どうしたの」
彼を抱き寄せると顔をのぞき込んだ。
ナリの頬はますます赤くなっていく。
触れている彼の肩から痺れが伝わってきた。
それは、僕にとって既に馴染んだ感覚になっているものであった。
『ナリも、僕に対して発情しているんだ』
そう気が付くと僕の身体も反応し、体が熱くなっていく。
僕達は自然と唇を合わせていた。
「ナリ、しても良い?」
「うん、して」
甘い声で囁きを交わし、僕達はまたベッドにもぐりこんだ。

今度はあやふやな状態じゃなく、飼い犬として飼い主と契れるのだ。
その事実は、僕に先ほどとは違う興奮をもたらしていた。
「ナリ、愛してる」
何度も彼と唇を合わせ、舌を絡め合う。
けれども彼は、僕の顔をまともに見ようとしてくれなかった。
「ナリ…?」
少し不安になって名前を呼ぶと
「ごめん…、ハッキリ見えると、その…、恥ずかしくて
 ふかや、きれいだから」
ナリは赤くなって呟いた。
「電気、消す?」
彼の頬に唇を這わせながら聞いてみたが、彼は首を振って否定した。
「ふかやを見ていたい
 それに、暗くてもふかやには私が見えるんでしょ?
 自分だけ見られるの、恥ずかしい
 あー、もう、何がしたいんだろう、私」
赤くなってしっかりと抱きついてくる飼い主のあまりの可愛らしさに、僕はますます興奮してしまった。

「恥ずかしいなら、僕はナリを見ない方が良い?
 可愛いナリをずっと見ながらしたいけど、命令してくれれば目を瞑ってるよ」
彼の瞳を覗き少し笑って聞いてみたら
「ダメ、ちゃんと私を見てて、相手が私だって確認しながらして」
ナリは慌ててそう答え、自分の発言にまた赤くなる。
「わかりました」
僕はその命令に従って、可愛らしい顔をしっかり確認しながらまた唇を合わせた。
そのまま彼の胸の突起を摘んでこねると
「ああっ…」
合わせた唇から甘い吐息がもれ、彼の頬がバラ色に染まり美しい表情を見せる。
先ほど契ったときにどのような場所をどのようにすればナリが反応するか確認していた僕は、その答え合わせをするように彼の身体に指と舌を這わせていった。

ナリ自身に舌を這わせ口に含んで刺激すると、彼から感じる痺れがいっそう強くなっていく。
不思議な力を持っているらしいナリは僕の感情を感じ取り、僕もまた彼の感情を感じることが出来るようであった。
自身の喜びと併せ相手が感じている喜びも共有する事が出来て、僕達の行為の快感は急速に高まっていく。
彼の想いが口内に溢れた瞬間、僕自身の解放を押さえることに努力が必要だった。
飼い主が自分の体の中で僕の想いを解放して欲しいと願っているのを知っている僕は、その命令のための努力は惜しまない。
彼自身を舌で清めた後、僕は彼の顔を見ながら自身を飼い主に埋めていった。

「くう…ふかや…」
動き始めた僕の背にナリが腕を回して必死でしがみついてくる。
「ナリ…感じますか、僕の想い」
「んん…わかる、ふかやと居るとき時々感じてたこれは
 私に対する想いだったんだ
 ずっと…、私を求めてたんだ…」
僕に揺さぶられながら、飼い主は潤む瞳で僕を見つめてきた。
「はい…ずっと貴方を求めていました
 受け入れてもらえることを、飼っていただけることをずっと願っていました
 今、それが叶ってどれだけ幸せか
 飼い主と一つになれることがどれだけ幸せか
 ナリにはわかっていもらえるんだね…」
僕が感じている快感が彼に伝わり、彼自身が再び頭をもたげていく。
それを感じてはいたが既に我慢の限界だった僕は、彼の中にひときわ深く自身を突き入れ想いを解放した。
「あっ…あっ…」
ナリもそれを感じて、ビクビクと身を震わせる。
彼自身が僕の腹に触れるほど立ち上がっていた。

「もう1度、良いですか?
 きっとナリの喜びで、僕もまたしたくなるから」
まだ繋がったまま、僕は彼に顔を寄せねだるように聞いてみた。
「ん…私達、お互いの感情を感じあってるでしょ
 キリがないけど、今夜はもっとこうしていたい」
ナリは僕の顔を引き寄せ、唇を合わせてきた。
「飼い主に満足していただけるまで、何度でも頑張ります」
僕は彼と唇を合わせながら、彼自身に指を絡ませ動かし始める。
「んん…」
合わせた唇からもれる甘い吐息、繋がったままの僕を締め付けてくるナリの可愛らしさ、存在の全てが愛おしかった。

僕はその後も宣言通り、飼い主が満足するまで頑張るのであった。
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