しっぽや(No.126~134)
言葉で伝えられなくとも、犬には何となく分かっていた。
自分の大事な飼い主は死んでしまったのだと。
あのヒシャゲた車が原因だと言うことを本能的に理解はしていても、何故そうなってしまったのかがわからない。
彼はその賢さ故(ゆえ)に、犬である身でありながら後悔をし始めていた。
もしも、あの日、飼い主が車で出かけなかったら
もしも、自分が一緒に車に乗っていたら
もしも、自分が人であったなら、あの潰れた場所にあのお方を座らせなかったのに
自分が潰れてしまっても、あのお方を潰さずにすんだかもしれなかったのに
守ることが出来たかもしれなかったのに
もしも、自分が人であったなら、どれだけあのお方をお慕いしていたか、一緒に居られて幸せか伝えることが出来たのに
例え同乗者がいたとしても、一瞬の事故であれば防ぎようがない
例え飼い主がふかやの想いを知っていても、事故は起こってしまっただろう
そんな事にも思い至らず、犬であるふかやは愚直なまでに祈っていた
『もしも僕が人であったなら』
老衰で犬としての一生を終えた彼は自分の思いに捕らわれ過ぎて…
人としての生を選んだのであった。
彼の一途さは、私のつまらない嫉妬心や独占欲を吹き飛ばしていた。
愚直な彼の後悔は続いている。
『肉欲に支配され、正体を明かすことなく契ってしまった
ナリは僕のことを軽蔑しているだろう、化け物だと恐れているだろう
ナリに飼ってもらえないなら、消えてしまいたい
そうすれば、きっとナリの記憶から僕の存在が消えて、今まで通りの生活に戻ってくれる
そうか、僕が消えれば、ナリはこれからも普通に暮らしていけるんだ
僕が消えれば済むことなんだ』
いつの間にか、側にいるはずのふかやの身体を感じることが出来なくなっていた。
けれども私は慌てることなく
「ふかや、ストップ(止まれ)」
毅然とした声で命令する。
「ステイ(待て)…、ステイ…
カモン(来い)」
『カモン』と命令したとたん、ふかやの存在感が戻ってきた。
「え…?」
自分のとった行動に、一番驚いているのはふかやのようであった。
「あの人の代わりに私がふかやを飼うよ」
私はそう言って、まだ呆然としている彼の身体をきつく抱きしめる。
もう二度と消えたいなんて考えて欲しくなかった。
「ナリ…?僕、化け物なのに?飼ってくれるの?」
「もちろん、犬を飼うのは初めてだけど、ふかやとあの人を見たから少しはわかるかな
ふかや、訓練学校に行ってたんだね、過去で見たよ
今でも命令されるとちゃんと従える、偉い偉い」
私は彼の柔らかな髪を撫でてやった。
「ふかやに私以外に好きな人がいるかも、って考えたらすごく嫉妬してた
でも何だろう、悔しいけど嫉妬するにはあの人って良い人過ぎる
沢山のステキな思い出をふかやにくれたんだね
でも、これからふかやに思い出を作ってあげられるのは私だけだから、完全な負けでもないのかなって思ったんだ」
前の飼い主との勝負なんてふかやにはよく分からないだろう、不思議そうな気配がした。
それは新しい飼い主としての私のささやかなプライドの問題だった。
「飼って…もらえるんだ、僕、また飼い犬になれたんだ
飼い主が出来たんだ」
ふかやが甘えるようにしがみついてくる。
「うん、だからもう消えようとしちゃダメだよ」
「はい!僕、ナリの命令なら何でも聞くからね」
彼からは明るい返事が返ってきた。
それでもちゃんと彼の姿を確認したくなり
「ふかやのこと見たいから、電気点けて良い?」
そう聞いてみる。
「そっか、僕は月明かりでもナリが見えるけど、人間はそうじゃないんだっけ
その辺、僕達化生はやっぱり獣なんだ」
ふかやはベッドから抜け出すと、明かりを点けてくれた。
明るい照明の元、彼の姿がハッキリと見えた。
きれいに筋肉が付き均整のとれたスリムな身体、美しく整った顔、私を見つめる優しい瞳。
さっきまで見ていた過去のせいで犬の姿の方が印象強かったけど、改めて人の姿の彼を見て鼓動が早くなってしまう。
私はこんなにも美しいふかやの腕に抱かれ、何度も彼を身体に受け入れたのだ。
暗闇だったときには感じなかった羞恥に、一気に襲われてしまう。
自分のとった大胆な行動を思い返し、頬が火照ってきた。
『何か、してるときとか凄いポーズとってしまった気が』
暗くて良かった、と思ったが
『彼、夜目が効くから見えてたんだ』
そう気が付いて居たたまれなくなってくる。
「ナリ、どうしたの」
ふかやが私の肩に手を回し、きれいな顔を近付けてのぞき込んできた。
ベッドの中でずっと彼と抱き合っていたことすら恥ずかしく感じた。
ふかやに触れられている肩がジンジンと痺れてくる。
それは『甘い』と呼んでもいい痺れであった。
彼も同じ事を感じているようで、頬が上気していく。
私達は自然に口付けを交わしあっていた。
先ほど何度も激しく愛し合った後だというのに、私の身体はまた彼を求めていた。
「ナリ、しても良い?」
ふかやが甘い声で囁いた。
「うん、して」
答える私の声も、媚びるような甘さを含んでいることを自覚する。
かくして私達は、情熱の夜の第2幕に突入していった。
それは知り合ってからたった4日しか経っていないとは思えない、甘い幸せに満ちた時である。
新しい飼い犬に、ヤマハとスズキ(飼い猫)達があまり焼き餅を焼かないと良いな、彼と濃厚な口付けをしながら、私は少し場違いなことを考えてしまうのであった。
自分の大事な飼い主は死んでしまったのだと。
あのヒシャゲた車が原因だと言うことを本能的に理解はしていても、何故そうなってしまったのかがわからない。
彼はその賢さ故(ゆえ)に、犬である身でありながら後悔をし始めていた。
もしも、あの日、飼い主が車で出かけなかったら
もしも、自分が一緒に車に乗っていたら
もしも、自分が人であったなら、あの潰れた場所にあのお方を座らせなかったのに
自分が潰れてしまっても、あのお方を潰さずにすんだかもしれなかったのに
守ることが出来たかもしれなかったのに
もしも、自分が人であったなら、どれだけあのお方をお慕いしていたか、一緒に居られて幸せか伝えることが出来たのに
例え同乗者がいたとしても、一瞬の事故であれば防ぎようがない
例え飼い主がふかやの想いを知っていても、事故は起こってしまっただろう
そんな事にも思い至らず、犬であるふかやは愚直なまでに祈っていた
『もしも僕が人であったなら』
老衰で犬としての一生を終えた彼は自分の思いに捕らわれ過ぎて…
人としての生を選んだのであった。
彼の一途さは、私のつまらない嫉妬心や独占欲を吹き飛ばしていた。
愚直な彼の後悔は続いている。
『肉欲に支配され、正体を明かすことなく契ってしまった
ナリは僕のことを軽蔑しているだろう、化け物だと恐れているだろう
ナリに飼ってもらえないなら、消えてしまいたい
そうすれば、きっとナリの記憶から僕の存在が消えて、今まで通りの生活に戻ってくれる
そうか、僕が消えれば、ナリはこれからも普通に暮らしていけるんだ
僕が消えれば済むことなんだ』
いつの間にか、側にいるはずのふかやの身体を感じることが出来なくなっていた。
けれども私は慌てることなく
「ふかや、ストップ(止まれ)」
毅然とした声で命令する。
「ステイ(待て)…、ステイ…
カモン(来い)」
『カモン』と命令したとたん、ふかやの存在感が戻ってきた。
「え…?」
自分のとった行動に、一番驚いているのはふかやのようであった。
「あの人の代わりに私がふかやを飼うよ」
私はそう言って、まだ呆然としている彼の身体をきつく抱きしめる。
もう二度と消えたいなんて考えて欲しくなかった。
「ナリ…?僕、化け物なのに?飼ってくれるの?」
「もちろん、犬を飼うのは初めてだけど、ふかやとあの人を見たから少しはわかるかな
ふかや、訓練学校に行ってたんだね、過去で見たよ
今でも命令されるとちゃんと従える、偉い偉い」
私は彼の柔らかな髪を撫でてやった。
「ふかやに私以外に好きな人がいるかも、って考えたらすごく嫉妬してた
でも何だろう、悔しいけど嫉妬するにはあの人って良い人過ぎる
沢山のステキな思い出をふかやにくれたんだね
でも、これからふかやに思い出を作ってあげられるのは私だけだから、完全な負けでもないのかなって思ったんだ」
前の飼い主との勝負なんてふかやにはよく分からないだろう、不思議そうな気配がした。
それは新しい飼い主としての私のささやかなプライドの問題だった。
「飼って…もらえるんだ、僕、また飼い犬になれたんだ
飼い主が出来たんだ」
ふかやが甘えるようにしがみついてくる。
「うん、だからもう消えようとしちゃダメだよ」
「はい!僕、ナリの命令なら何でも聞くからね」
彼からは明るい返事が返ってきた。
それでもちゃんと彼の姿を確認したくなり
「ふかやのこと見たいから、電気点けて良い?」
そう聞いてみる。
「そっか、僕は月明かりでもナリが見えるけど、人間はそうじゃないんだっけ
その辺、僕達化生はやっぱり獣なんだ」
ふかやはベッドから抜け出すと、明かりを点けてくれた。
明るい照明の元、彼の姿がハッキリと見えた。
きれいに筋肉が付き均整のとれたスリムな身体、美しく整った顔、私を見つめる優しい瞳。
さっきまで見ていた過去のせいで犬の姿の方が印象強かったけど、改めて人の姿の彼を見て鼓動が早くなってしまう。
私はこんなにも美しいふかやの腕に抱かれ、何度も彼を身体に受け入れたのだ。
暗闇だったときには感じなかった羞恥に、一気に襲われてしまう。
自分のとった大胆な行動を思い返し、頬が火照ってきた。
『何か、してるときとか凄いポーズとってしまった気が』
暗くて良かった、と思ったが
『彼、夜目が効くから見えてたんだ』
そう気が付いて居たたまれなくなってくる。
「ナリ、どうしたの」
ふかやが私の肩に手を回し、きれいな顔を近付けてのぞき込んできた。
ベッドの中でずっと彼と抱き合っていたことすら恥ずかしく感じた。
ふかやに触れられている肩がジンジンと痺れてくる。
それは『甘い』と呼んでもいい痺れであった。
彼も同じ事を感じているようで、頬が上気していく。
私達は自然に口付けを交わしあっていた。
先ほど何度も激しく愛し合った後だというのに、私の身体はまた彼を求めていた。
「ナリ、しても良い?」
ふかやが甘い声で囁いた。
「うん、して」
答える私の声も、媚びるような甘さを含んでいることを自覚する。
かくして私達は、情熱の夜の第2幕に突入していった。
それは知り合ってからたった4日しか経っていないとは思えない、甘い幸せに満ちた時である。
新しい飼い犬に、ヤマハとスズキ(飼い猫)達があまり焼き餅を焼かないと良いな、彼と濃厚な口付けをしながら、私は少し場違いなことを考えてしまうのであった。