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しっぽや(No.126~134)

「何か占ってほしいことあった?カード無いけど、手相なら視れるから視てみようか」
ナリはそう言って僕の左手を取り、熱心に見つめ始めた。
僕はギクリとする。
『手相』
人間の手の平のシワで運命を読み解こうとする占いであるという事を、僕は知っていた。
あのお方が友達と話していたことを覚えていたのだ。
評判の人に占ってもらったら、怖いほど当たっていたと驚かれていた。
人間であれば、その身体に運命を刻むことが出来るのかもしれない。
けれども僕達化生は『人間を模した存在』つまるところ紛い物でしかない。
自分の手に、人としての運命を刻めているとは思えなかった。

ナリに手をしっかりと握られているというのに、僕の鼓動が速まることはなかった。
むしろ、恐怖で身体が冷えていく。
『僕が人とは違う存在であるという事がバレてしまうかも』
誰に何を祈れば良いのか分からない、泣きたくなるような時間が過ぎ去っていった。
「ごめん、ダメだ、最近は占いの調子悪くてさ
 インチキ占い師だね」
驚いたことに、ナリも泣きそうな顔をしていた。
僕の手相が読みとれなかったことがショックだったようだ。
正体がバレなかった安堵感、ナリにそんな顔をさせてしまった自己嫌悪、胸の内はゴチャゴチャしていたが、ただ一つだけ確かな思いがあった。
『ナリにそんな顔をさせてはいけない』
僕は彼の手をそっと包み込んで
「これは、ナリのせいじゃないんだ」
静かに、しかしキッパリと言った。
「ふかやって、優しいね
 ふかやと知り合えて良かった」
ナリは穏やかに微笑んでくれる。
「僕こそ、ナリと知り合えて良かったよ」
彼の包み込むような優しい微笑みを見ているだけで、気分が落ち着いてきた。
彼に優しく抱きしめられているようだった。

「もう少しナリと一緒に居たいから、夕飯こっちで食べていかない?
 この辺、珍しいお店無いけど…
 同僚お勧めのドッグカフェなら珍しいかな、でも年明けの営業は明日からなんだ
 泊まっていってくれるなら僕、明日も仕事休むよ、一緒にドッグカフェ行きたいな
 ナリは?明日は仕事する?」
彼に触れていたくて、僕は手を握ったまま聞いてみる。
「ドッグカフェか、面白そうだね
 今年の予定はまだちゃんと立ててないんだ、調子が戻るまで占いは止めて短期バイトだけにしようか悩み中
 だから泊まっていっちゃおうかな
 そうだ、ふかや普段は車で移動しないんだよね
 大きな道路沿いなら、きっと行ったことない店があるよ
 せっかくだから今日の夕飯は、ナビ見て探して行ってみようか」
ナリはステキな提案をしてくれた。

「ふかやには仕事を随分休ませちゃうけど、大丈夫?
 ここ、社員寮なんでしょ?しっぽやの事務所って近いの?
 電話じゃなく、顔出して説明した方が良いんじゃないかな
 いや、ドッグカフェ行きたいから休みたい、って言いにくいだろうけど」
苦笑する彼の言葉で
「そうだ、僕、事務所行って、ナリとお揃いのライディングジャケット買ったって自慢しなきゃ」
僕はそのことを思い出した。

「事務所はこのマンションのすぐ近くなんだ
 ちょっと行ってくるから、待ってて
 テレビ見たり、好きに過ごしてて良いからね」
僕は慌てて立ち上がったが
「あの…、もし急に用が出来ても、黙って帰らないで僕が戻ってくるまで居てくれる?」
不安に駆られて思わずそう聞いてしまった。
「大丈夫、ちゃんと部屋に居るから
 ふかやって、甘えっ子だね」
ナリは立ち上がるとクスクス笑って頭を撫でてくれた。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ささやかだけど飼い主と会話を交わすだけで、部屋を出るのが楽しくなる。
『帰ってきたら「ただいま」「おかえり」って言い合えるのかな』
そう考えると僕の胸は幸せでいっぱいになるのであった。


事務所のドアをノックして開けると、興味津々といった顔の黒谷と白久が出迎えてくれた。
「長瀞に聞いたよ、ミャク有りなんだって?」
黒谷がニヤニヤした顔で聞いてくる。
「優しそうな方だ、とも言っていました」
白久も微笑んでいた。
「そうなんだ!凄い優しくて、良い人だよ
 僕のことバイクに乗せてくれたんだ
 バイクって凄いよ!電車や車に乗ってるときより『走ってる』って感じがするんだけど、犬の時よりうんと早く走れるんだ
 僕ね、ナリとお揃いのライディングジャケット買ったんだよ
 飼い主とお揃いなんだよ」
僕の言葉で
「飼い主って、じゃあもう、飼ってもらえることになったんだ」
2人が驚いた顔になった。

「あー、いや、まだ言えてない…
 嫌われてないとは感じるけど、そこまでの勇気出なくて
 白久は凄いよね、会ったその場で荒木に『飼って欲しい』って言えたんだから
 白久の勇気、見習いたい」
ため息を付く僕に
「おかげで荒木には『危ない人』だと思われていたようです…」
白久は遠い目をして呟くのであった。


その後、翌日も休ませて欲しい旨を伝え、猫達にもナリの自慢をしていたので事務所を出たのが遅くなってしまった。
ひろせお勧めのケーキ屋さんの新春セールを覗いて焼き菓子を買ったり、コンビニで飲み物や朝ご飯用のパンを買ったりしていたのでさらに時間をとられてしまう。
けれども帰れば飼い主が待っていてくれる。
そう考えるだけで、暗くなり始めた道を歩く僕の足取りは軽かった。


マンションのドアを開けると、部屋の中は薄暗くてシーンと静まりかえっていた。
『僕が遅かったから、帰っちゃった…?』
絶望のあまりもつれそうになる足を必死に動かして何とか室内に入ると、テーブルの上にはナリのスマホが置いてあった。
落ち着いてみれば、部屋からナリの気配が感じられる。
気配を辿ると、ナリはベッドにもぐりこんで安らかな寝息を立てていた。
緊張が解け、僕はその場にヘタリ込んでしまった。
『慣れない道を運転してきたから、疲れたのかな』
それに気が付くと、申し訳なく思ってしまう。
彼を起こさないよう静かにベッドサイドに移動して、彼の寝顔をのぞき込んだ。
そしてその場にしゃがむと、僕は犬だったときによくやっていたように、顎をベッドに乗せて彼の顔を見つめ続けた。
彼の側にいられる幸福感と安堵感に包まれ、僕の意識は温かな闇へと落ちていった。


「……や、…かや、ふかや起きて
 風邪ひいちゃうよ」
優しく身体を揺り動かされ意識が浮上するものの、僕はまだ夢と現実の狭間を漂っていた。
優しく頭を撫でられている感触に嬉しくなった僕は、飼い主に触れようと前足を伸ばす。
ベッドに上がるのは禁止されていたが、後ろ足までのせてしまわなければ大丈夫と自分ルールを設定していたし、あのお方も黙認していてくれた。
今日はやけにベッドが小さく感じる。
たいして身体を乗り出していないのにあのお方に抱きついて、胸に頬擦りすることが出来た。
そのままあのお方の顔を舐めようと身体を乗り出して、その唇を自分の唇でふさいだ。
『唇でふさぐ?』
自分のやっていることと思考の違和感にやっと気が付いて、僕は唇を合わせている相手をマジマジと見つめた。
部屋の中は窓からの月明かり以外の光源が無く暗かったが、犬であった僕にははっきりと彼が見えた。
僕の目の前にいるのは、ナリだった。

ナリを身近に意識したとたん、体の中を電流が駆けめぐる。
余りに強烈な甘い衝撃に、体中がジンジンと痺れていた。
合わせている唇を離す気になれず、より深く彼の唇をむさぼった。
舌を差し入れ彼の舌をからめ取ろうとする。
彼は戸惑っているようだったが、抵抗はしなかった。
「ん…、ふ…かや…」
誘うように囁く彼の甘い声を聞いて、僕の身体は獣に戻ってしまった。
彼と一つになりたくて、身体の中心が痛いほど堅く熱くなっていく。
それでもなけなしの理性を総動員し
「ナリ、好きです
 貴方のことを愛しています
 僕の側に居てください、貴方を守らせてください」
行動するより先に、どうにか言葉を絞り出した。
しかしこんな状況であるというのに、やはり『飼って欲しい』と言う勇気は出なかった。

「私は…ふかやにそんな事を言ってもらえる資格が…あるのかな」
ナリは僕の頬を優しく撫でてくれる。
「僕こそ、貴方にこんなことを言える資格はありません
 何をやっても失敗ばかりで、役に立てない
 それでも、ナリを守りたいんです
 貴方の存在は、僕が生きている理由です」
頬を撫でてくれるナリの手を取り甲にキスをすると
「私とは会ったばかりなのに?」
不思議そうな声が返ってきた。
「会ったばかりでも」
僕はそう答えて再びナリと唇を合わせる。
舌を絡ませあい深く、浅く、何度も彼の唇を味わった。
彼の服を脱がそうとする僕の手の動きを、彼が止めることはなかった。

「ナリ…ナリ…愛しています」
何度も彼の名前を呼び体に触れて存在を確認する。
僕もナリも服を脱いで、直にお互いを感じあっていた。
彼に触れている肌が熱を帯び、絶え間なく甘い痺れが体中に広がっていく。
「ふかや…私も、君が好きだ…」
ナリにそう囁かれ、僕は世界が幸福で満ちあふれるのを感じていた。
彼の中に自身を埋め深く繋がり熱い想いを解放すると、彼は全てを受け止めてくれた。
熱く反り返る彼自身に手を添えゆっくり動かしていく。
「あっ…あっ…ふか…や…」
ナリは僕の手の動きに合わせるよう自分からも腰を動かし、想いを解き放つ。
僕達は唇を合わせ名前を呼び合ってお互いを確認し、何度も繋がった。
月明かりに照らされているだけの部屋に、シーツが立てる衣擦れの音、ベッドの軋み音、2人の熱い囁きのような吐息が響く。
それは、夢のように美しい時間であった。


行為の後、ベッドの中で彼を胸に抱きしめる。
腕の中に飼い主が居てくれる幸福に酔いしれていた。
「ふかや…」
ナリが甘く名前を呼んでくれた。
しかし躊躇うような気配を感じた後
「ふかやにとって、私は誰かの代わりなのかな」
彼の言葉が鋭く胸に突き刺さった。
「本当は私じゃなく、その人を抱きたかったんじゃない…?」
続くナリの言葉に、今まで感じていた幸福感が音を立てて崩れ去るような感覚に襲われる。

それは正体を明かす前に契ってしまった、意気地なしで浅ましい獣の僕を罰する言葉に他なら無かった。
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