このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.126~134)

翌日、皆で連れ立って新春セールが始まった店に行ってみた。
「うお、安い!俺もジャケット買おうかな」
「ブーツに穴開けちまったから新しいの欲しかったんだ」
ふかやの物を選びつつ、皆、しっかりと自分の欲しい物も買い込んでいる。
かく言う私も新しいジャケットを買ってしまった。
それはふかやが選んだ物の色違いで、それに気が付いた彼は
「僕達、これ、お揃い?」
そう言って嬉しそうな顔になる。
「うん、真似したみたいになっちゃってっごめん」
「ううん、お揃い嬉しい、ナリとお揃い
 事務所で皆に自慢しちゃおう」
「自慢するほどの事かな」
そんな会話を交わすと、自分も初めてライディングジャケットやグローブ等、一式揃えて買ったときは嬉しかったと言う事を思い出した。
「散財しちゃったね
 元が取れるくらい、タンデムしなくちゃ」
「うん!いっぱい誘ってもらえると嬉しいな」
ふかやと交わす約束は、私にとっても嬉しいものであった。


手分けして大荷物を運び、家に戻ると旅行から両親が帰ってきていた。
友達は皆、私の両親とは顔見知りである。
彼らが泊まりがけで遊びに来ることを知っている両親はお土産を色々買ってきてくれて、お昼ご飯は皆でそれを堪能した。
ラジウム卵や鮎やニジマスといった川魚の佃煮、姫竹や山菜の瓶詰め、デザートは温泉饅頭とゆべし。
初めて両親と会ったふかやはすぐに2人と打ち解けて
「凄い、こんなの初めて食べた
 これ何?美味しいね」
観光地のありきたりとも言える土産物を、とても美味しそうに食べていた。

「ふかや、荷物増えちゃったから電車で帰るの大変じゃない?
 今日も泊まっていけるなら、明日、私が車で送っていくよ
 ほら、両親帰ってきて、車が戻ってきたからさ」
私が言うと
「ナリ、車も運転できるの?」
彼は驚いた顔を向けてくる。
「うん、免許取ったのは車の方が先なんだ
 この辺、車がないと不便だからね
 普段はバイクで移動してるけど、荷物多いと車の方が楽でしょ」
「凄い!ナリって何でも出来るんだね
 僕、ナリの役に立てそうなこと何にも出来ないや」
ふかやは少し俯いてしまう。
「私は何でも出来る訳じゃないよ
 ふかやはスズキを探してくれたじゃない
 とても助かった、ありがとう」
「長瀞の手助けがあったからだけどね」
それでもふかやは、はにかんだ笑顔を見せてくれた。


友達が帰っていった後、ふかやに手伝ってもらいヤマハとスズキの爪切りをした。
2匹は基本温厚であるけど爪切りは嫌いで、いつもは家族総出で大騒ぎしながら切るハメになっていたのだ。
それがふかやと一緒だと、2匹ともウソみたいに大人しかった。
「凄いねふかや
 グルーミングの手伝いって、ペット探偵の嗜(たしな)みなの?
 こんなにスムーズに爪切れたの、初めてだよ」
驚く私に
「チュルーをあげる約束で切らせてもらったんだ
 後で貰って良い?」
ふかやは笑って舌を出した。
「成る程ね
 このままブラッシングもしたいんだけど、2匹は何て言ってる?」
私も笑って聞くと、ふかやは暫く2匹を見つめ
「キラキラした小袋のカリカリに、ささみのふりかけかけてくれるなら良いって」
ふかやは悪戯っぽい笑顔をみせるのだった。


その夜は、私の部屋にふかや用の布団を敷いた。
「長く引き留めちゃってごめんね
 ふかやと居ると楽しくて」
翌日の別れを思うと、寂しい気持ちになってしまう。
「僕もナリと居ると楽しいよ
 ナリに呼ばれたらいつでも駆けつける
 だから、僕のこと呼んで」
「ツーリングの予定が立ったら連絡するね
 もう少し暖かくなったら、南の方にでも行ってみようか
 いつかお金貯めて時間調節して、桜前線を追って移動とかしてみたいな
 ベタだけど、夏は北海道一周とかさ
 秋は山に紅葉見に行って、温泉に入るのも良いもんだよ
 ふかやは?行ってみたいところとかある?」
別れの寂しさを紛らわせるように、私はそんな夢を語っていた。
「僕…僕の行きたいところ…
 飼い…っと、海水浴とか」
ふかやは何故か慌てたように答えた。
「ああ、夏の海も良いね」
ふかやと一緒に色々なところに行ってみたい、そのとき私は自然とそんなことを考えていた。

「ナリ、一緒に寝て良い?」
一瞬自分の思考に没頭していた私に、ふかやが声をかけてくる。
『一緒に寝るって…え?』
一気に現実に引き戻され、私は顔が赤くなっていくのを感じていた。
「あ、あの」
何と答えようかドキドキしている私に
「猫と寝るの初めてじゃないし、潰さないよう気を付けるから」
ふかやは言葉を続けた。
彼の布団の上にはヤマハとスズキが陣取っている。
『何だ…猫と一緒にってことか』
ガッカリしている自分に気が付いて、今まで漠然と感じていたふかやへの想いがハッキリしたものになっていく。
『そうか、やっぱり私は彼のことが好きなんだ』
こんなに急激に誰かのことを好きになったことが無かった私にとって、その感情をどうすれば良いのかわからなかった。
それでもふかやと同じ部屋で寝られる状況に、幸せを感じるのであった。



別れの日、朝ご飯を食べた後、私達は出発する。
「僕、前の席に乗ってみたいな
 ナリの隣、だめ?大人しくしてるから」
伺うような視線のふかやは可愛らしい。
「良いよ、シートベルト締めてね」
「これ、どこ引っ張るの?こう?ここに入れるの?」
彼はたどたどしい感じでシートベルトを締めている。
車に乗り慣れていないようだった。

「ゲンに頼んで来客用の駐車場取ってもらったんだ
 部屋に着いたら少しゆっくりしていってよ」
「来客用の駐車場って…何か凄いとこに住んでるね」
「凄いのかな?うちの社員寮込みのマンションだよ
 迷惑駐車対策で来客用の駐車場作ったってゲンが言ってた
 20台分しかないから、週末は倍率高いんだってさ
 今日は平日だから大丈夫」
ふかやは何でもないことのように答えるが、私は少し緊張してきた。
「マンションが社員寮って、けっこう大手企業なんじゃ
 ふかやって凄い人なんだ」
「凄くないよ、車もバイクも運転できるナリの方がずっと凄いもの」
彼は大まじめな顔でキッパリと断言する。
謙遜ではなく、本気でそう思っているようだった。
『自分に出来ないことが出来る人って、凄く見えるものだよね』
そう考えるものの、ふかやが手放しで私のことを誉めてくれることが嬉しかった。


家からふかやのマンションまでは2時間かからなかった。
「道を覚えれば1時間半くらいで行けそうかな
 でも、電車だと乗り継ぎに時間とられるね
 私の家の方って本数少なくてごめん、来るの大変だったでしょ」
今更ながら、ふかやを呼び出したことが申し訳なくなってくる。
「ナリのためなら、どこにだって行くよ」
真剣な声で言われ、私は頬が熱くなるのを感じていた。

「あっちが来客用駐車場
 Aー9って番号のところに止めて」
ふかやに指示された場所に車を止め、荷物を持ってマンションに向かう。
そこはセキュリティのしっかりした高層マンションで、ふかやの住んでいるのは最上階とのことだった。
暗証番号を必要とする直通エレベーターで部屋に行く。
何だか映画の中にでも入り込んだような、浮き世離れした場所に感じられた。

ふかやの部屋は最新家電が揃い余計な物が無くスッキリとした、高層マンションに相応しい空間だった。
「越してきたばっかりだからガランとしてるでしょ
 何が必要か分からなくて、揃えといてもらった物以外増やせなくてさ」
ふかやは恥ずかしそうに頭をかいている。
「インスタントしかないけど、コーヒーどうぞ
 お茶請け…、あ、煎餅があったっけ
 これ割れ煎餅、色々入っててお得なんだ
 僕、海苔付いてるやつと揚げてあるのが好き
 そうだ、カステラの切り落としもあるよ
 こーゆーの、端っこの方が美味しい気がする」
スタイリッシュな部屋に暮らす甘いマスクのふかやは、感覚が思いっきり庶民でそのアンバランスさに笑ってしまう。
「私はゴマ煎餅が好きかな、海苔も良いよね
 カステラ、牛乳を染み込ませても美味しいよ」
「あ、それ美味しそう!早速やってみようっと」
私達はそれから楽しいお茶の時間を過ごしていた。

「ふかや、仕事休んじゃって本当に大丈夫だった?」
私は気になっていたことを聞いてみた。
「僕は大丈夫だよ
 ナリは?お正月休みってそろそろ終わり?」
ふかやに聞き返され、私は返事に詰まってしまった。
しっかりした企業で働くふかやにとって、私のような仕事をしている人間はどう思われるだろうかということが気になってしまったのだ。
「ナリって、仕事何してるの?」
黙り込んだ私に、ふかやはオズオズと聞いてくる。
「うーん、色々、かな」
私は苦笑して曖昧な返事を返した。
「色々…?」
要領を得ない顔をしている彼に
「占い師、とかね」
軽い感じで告げてみた。
言葉にすると冗談みたいだな、と自分でも思った。
「占い…?
 そんな難しいこと出来るなんて、やっぱりナリって凄い」
私の答えに対するふかやの態度は、思いもよらないものだった。

「凄くはないよ
 まだまだ勉強中で、占いだけじゃ食べていけないもの
 短期バイトの合間に占いしてるから、どっちが本業かわからない状態だしさ
 このままで良いのかな、って、自分でも思ってる」
冗談っぽく笑い飛ばそうとしたが上手くいかず、乾いた笑いが口から出てしまった。
「どうやって占うの?」
ふかやは何だか真面目な顔で聞いてきた。
「タロットカードを主でやってるよ
 最近はアニマルメディスンカードの勉強も始めたんだ
 後は手相とか
 何か占って欲しいことあった?カード無いけど手相なら視れるから視てみようか」
私はふかやの左手を取り、手のひらを凝視する。
『あれ、何だろう、上手く読めない』
焦れば焦るほど、ふかやの手相が曖昧に視えてくる。
「ごめん、ダメだ、最近は占いの調子悪くてさ
 インチキ占い師だね」
自嘲気味の私の手をふかやの手が優しく包んでくれた。
「これは、ナリのせいじゃないんだ」
そう呟いて、彼は悲しそうな顔を見せた。

飼い主とはぐれた犬のように、不安そうで寂しそうな顔をするふかやを見ていると『私はここにいるから大丈夫だよ』と抱きしめて安心させたい衝動にかられてしまう。
一緒に居ればいるほど、私はふかやに惹かれていき、彼のことをもっと知りたいと思うのであった。
13/20ページ
スキ