このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.126~134)

side<NARI>

家から脱走してしまった私の飼い猫の『スズキ』を、ペット探偵しっぽやの人達はすぐに発見してくれた。
1日以上かかっての発見ではあったが、それは『すぐに』と言いたくなるほど鮮やかで、まるで魔法を見ているようだった。

しっぽや所員である『ふかや』。
彼はとても美しい外見ではあるものの、背が高く人懐こいところが何となく大型犬を思わせた。
ふかやからは私への個人的な感情がたびたび感じられ、彼は私のことが好きなのではないかと思ってしまう。
そして、会ったばかりであるというのに私もふかやに惹かれている自分を感じるのであった。


「わ、美味しい」
スズキの捜索を終えたふかやと長瀞さんが作ってくれたお昼ご飯は、本当に美味しかった。
「ナガトは事務所1の料理上手なんだぜ
 ナガトの手料理を食べられるなんて、君らは運が良い」
長瀞さんと特別な関係にあるらしいゲンが、得意そうな顔を見せた。
「お口にあって良かったです
 皆さんお節(せち)が続いて和食は飽きてるかと、中華にしてみました
 チャーハン、八宝菜、麻婆豆腐、簡単なものばかりですが
 ふかやが重い中華鍋を振ってくれたので、私は楽できましたよ」
長瀞さんはゲンに誉められて嬉しそうな笑顔になり、かいがいしく彼の小皿に料理を取り分けている。
その様子は微笑ましかった。

「料理、気に入ってくれた?」
ふかやが伺うような視線を向けてくる。
「うん、凄いねふかや
 あの鍋重くて、私は炒め物に使えないんだ
 うちでは揚げ物専用で使ってるんだけど、大きいから一気に炒められて良いね」
私の言葉でふかやの顔が輝いた。
『可愛い…』
私はその笑顔に見ほれてしまう。
「ナリが今晩も泊まって良いって言ってくれたんだ
 タンデムの練習しようって
 僕も電話かけとくから、長瀞とゲンからも明日も休むって黒谷に伝えてくれるかな」
ふかやが言うと
「まかせとけ、捜索は空に頑張らせりゃ良いって」
「ふかや、良かったですね
 私も頑張りますから、貴方も頑張ってください」
2人は何故か嬉しそうな顔をしている。
急に休みが欲しい、なんて言っても嫌な顔を見せないどころか心からそれを喜んでいるような笑顔に、しっぽやという場所の懐の深さが伺い知れた。
皆で楽しく昼ご飯を食べ一息入れてから、ゲンと長瀞さんは帰っていった。


「タンデムの練習すんの?
 なら俺のメット貸してやろうか
 ナリのじゃふかやには小さいだろう」
「ライディングジャケットは俺の使って良いぜ
 つっても、ふかやって背は高いけど細いから俺のじゃ大きいかな」
「ブーツ、俺の使う?シューズの方が良いか?
 遠出する訳じゃないから、多少サイズが合ってなくても大丈夫だろ」
「最初は怖いかもしれないけど、出来るだけ体に変な力入れたり偏った体重移動は避けるんだぜ
 まあ、ナリは無茶な運転しないからその辺大丈夫だと思うけがな」
「ナリは素人とのタンデムに慣れてないもんな
 飛ばすなよ、まあ、こんな町中で飛ばしてたら減点くらっちまうけどさ」
「ナリはお前とは違うよ」
友達が初めてバイクに乗るふかやに色々用意して、アドバイスしてくれている。
私も彼らに誘われてタンデムし、その魅力に取り付かれた一人であったと懐かしく思い出してしまった。
ふかやがバイクで走ることを気に入ってくれるかどうか、私の走りにかかっているという現状に少し緊張してしまう。

「じゃあ、ちょっとその辺走ってくるよ」
着替えた私はふかやと一緒に玄関から表に出る。
皆から借りた有り合わせではあるものの、ライディングジャケットをはおりブーツとグローブを装着したふかやは様になっていた。
メットで甘い顔が見えなくなると、長身のふかやは迫力があった。
長年バイクに乗っている者のような風格だ。
しかし
「ナリが危険な目に遭わないよう、気を付ける
 えっと、体に力を入れないで自然体でいた方が良いんだよね」
話しかけてくる声は緊張していた。
「私の体重移動に併せてもらえるとありがたいよ
 最初は怖いだろうけど、ゆっくり走るから」
そう声をかけると、彼はコクコクと頷いていた。

彼の腕が腰に回された瞬間、また痺れるようなゾクゾクする感覚に襲われた。
『ふかや、静電気体質なのかな、バチって強い衝撃はこないけど』
少し不思議に思うものの、走り出すとそんなことを考えている余裕は無くなった。
彼の命を預かっていることに緊張してしまう。
ふかやにもその緊張は伝わってしまったのか、先程よりも腕に力がこもっていることがわかった。
しかしそれは長い時間ではなく、彼はすぐに私の動きに併せることを覚えてくれた。
そうなると、私の方も緊張が解けていく。
彼は運動神経が良いのか勘が良いのか、初めてバイクに乗ったとは思えない体重移動の仕方をしてくれる。
腰に回されている彼の腕がなければ、1人で走っているような自由さを感じられた。

私は少しスピードを上げてみる。
ふかやに緊張はなく、完全に私の動きについてきていた。
密着している彼から喜びの気持ちのようなものが流れ込んでくる気がして、私も嬉しくなっていく。

私達は1つの風になって走っているようであった。


暫く走ると前方にコンビニが見えてくる。
私はそこの駐車場にバイクを止めた。
バイクを降りてメットを外し
「ちょっと、コーヒーでも飲んで温まっていこうか」
ふかやにそう声をかけると、続いて降りてきた彼はコクリと頷いた。
ちょうどコンビニから出てきたオジサンが、ふかやを怯えた目で見て露骨に避けていく。
長身でフルフェイスヘルメットのふかやは迫力があり、威圧感を感じる人もいるだろう。
「店に入る前にメット外してね」
私の言葉に従ったふかやがメットを外し、その整った甘い顔が顕わになっても、オジサンはそそくさ、と言った感じで去っていった。
『背が高いってだけで怖がられたりするのかな、朗らかな人なのに』
そう思うとふかやが少し不憫だった。

今度は犬の散歩をいしているオバサンが通りがかり、チラチラとふかやに視線を向けてきた。
少し驚いたように目を見開いているが、その視線に恐れは感じられなかった。
オバサンはニッコリ笑ってふかやに軽く手を振ってくる。
ふかやもにこやかに手を振り返していた。
激しく尻尾を振ってふかやに近付こうとする小型犬を抱き上げたオバサンが、その前足を『バイバイ』と見えるよう振ってみせる。
ふかやも犬に向かって同じように手を振っていた。
オバサンが立ち去った後、あまりに親しげな態度に
「知り合い?」
思わずそう聞いてしまった。
「いいえ
 今の方、プードルがとてもお好きなようです」
ふかやは嬉しそうに答えた。
そういえばオバサンの連れていた犬はプードルだった。
『ふかやの髪の色が、今の犬に似てたからってことかな?
 そういえばクルクルした巻き毛も似てるかも』
思わずバカなことを考えてしまうが、私を見つめてくるふかやの瞳が忠実な犬のもののようにも感じられ、ドキッとしてしまう。
子供じみた想像を悟られないよう、私は先に立って店内に入っていった。

ホットの缶コーヒーを買って、私達は駐車場の隅で一息入れることにした。
温かな液体が体に入ると人心地がつく。
「バイクは冬が寒すぎるのが難点なんだよね
 寒かったでしょ」
私が聞くと
「寒いけど、気持ちよかった!凄いね、バイクって
 車とか電車に乗ってるのなんかとは全然違う
 この体であんなに早く走れるなんて思いもしなかったよ」
ふかやは頬を紅潮させキラキラとした瞳で答えてくれた。
「気に入ってくれたなら嬉しいよ
 タンデムしてて、凄くスムーズに運転できた
 ふかや、コツをつかむのが早いね」
『免許取ればいいのに』
ノドまで出掛かった言葉を、私は慌てて飲み込んだ。
彼は先程『この体で』と言っていた。
もしかしたら持病があって免許を取れないのかもしれない、ということに思い至ったのだ。
「私の運転でよければ、タンデムしよう」
自分で運転できなくても人の後ろに乗れるようなら、ふかやをバイクに乗せてあげたいと私は強く思っていた。

彼は真っ直ぐな視線で私を見つめてきた。
その情熱的にも見える瞳の輝きに、胸がドキドキしてくる。
「あの、ナリ…、その…
 僕は、ナリに…」
言いよどんでいた彼が意を決したように
「僕と友達になってください
 また、一緒に走ってください」
一気にそう言って頭を下げた。
『ビックリした、告白でもされるのかと思った』
思わずそんなことを考えてしまい、自分の自意識過剰さに苦笑してしまう。
「私達、もう友達だと思うよ」
私が笑って伝えると
「本当?ナリの友達にしてもらえるの?
 僕、バイクの運転出来ないのに?」
彼は驚いた顔で聞いてくる。
「それは関係ないよ
 ふかやとはタンデム出来るもの
 ふかやみたいにタンデムしやすい人、初めてなんだ
 そうだ、帰ったら連絡先交換しよう
 皆とも交換しておけば、ツーリングの連絡とかしやすくて良いよ」
「ありがとう、友達になってくれるの嬉しい
 皆の仲間に入れてもらえるの、本当に嬉しいよ!」
感極まったふかやが抱きついてきた。
彼に抱かれると、またあのゾクゾクするような痺れが体中を駆けめぐっていった。
それは不愉快な感覚ではなくむしろ心地よくさえあり、私は暫しその感覚に身を任せるのであった。


コーヒーを飲んだ後、少し走ってから家に帰る。
ふかやがバイクに乗ることを気に入ってくれて、乗り方が凄く上手いことを伝えると皆喜んでくれた。
彼らはバイクを愛する者が増えることが嬉しい、根っからのバイク好きなのだ。
ふかやがメットやジャケットを揃えたがっている事を知って、翌日全員で店に行ってみようという話になった。

その夜はふかやが中華鍋をフル活用し、何種類も焼きそばを作ってくれた。
本当はビールでも開けたいところだったけど、翌日のことを考えコーラで新しいバイク乗りに乾杯する。
新年早々ふかやという友達が増えたことに、私はもちろん、皆も喜んでくれるのだった。
12/20ページ
スキ