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しっぽや(No.126~134)

side<NARI>

皆がうっかりしていた。
今回のことは、そうとしか言いようのない事態であった。
私の飼い猫であるバーマンの『スズキ』が家から脱走してしまったのだ。
両親が正月休みを利用して1週間ほど旅行に行く間、仲の良いバイク友達と集まって気ままに過ごしていた時に起こった事故だった。
皆、猫を飼っていて猫の扱いには慣れている、その油断があったため私は友達が来ても猫をケージに入れず自由に歩き回らせていた。
スズキの兄である『ヤマハ』は物怖じしない性格でお客が居ても気にせず自由に過ごすし、臆病なスズキは私の部屋から出てこない。
いつものパターンでいてくれると思っていたのだ。


それは正月明けの1月2日のこと。
『次のツーリングにはどこに行くか』と言う話題で私達は盛り上がっていた。
結局行き先は決まらず
「少し頭を冷やそうか、換気しないと一酸化炭素中毒が怖いしね
 温かいけど、このストーブはそれが面倒で」
私はそう言って話に区切りをつけ、応接間の窓を少し開ける。
「立ったついでにコーヒーでも淹れるよ
 何か、ノド乾いちゃった」
「俺、ブラックで」
「俺は牛乳入れて砂糖抜き」
「俺はどっちも入れてくれ」
気の合う仲間からのいつもの注文に
「わかってるって」
私は笑って応えると、台所に移動した。
足下に猫がジャレツいてくる。
私が台所に行く気配に目ざとく気が付いたヤマハであった。
「ヤマハには何もあげないからね
 牛乳もダメ、今朝、皆に貰ってたの知ってるんだから
 彼等が猫に甘いの覚えたんでしょ?要領良いなー、ヤマハは」
そう言ってもヤマハは私に付いてきていた。

「しまった、ポットのお湯が少ないや
 薬缶で沸かした方が早そうだ」
私は薬缶を火にかけてカップを用意するとインスタントコーヒーを入れる。
牛乳と砂糖を用意し、お湯が沸くまでの間ヤマハを撫でていた。
応接間の方から騒がしい声が聞こえてくる。
「また、モメてるのかな?
 でも、仲が良いから遠慮なく意見を言えるんだよ
 誰の言うことにも一理あるし、雪の危険がある時期のツーリングは行き先に慎重になるよね」
私はヤマハに話しかけ、沸いたお湯でコーヒーを作るとお盆に乗せて皆のところに戻っていく。
ヤマハも当然のように付いて来た。
「お茶請けは出さないから、何も貰えないよ?」
それでもヤマハは尻尾をピンと立て上機嫌で歩いていた。

応接間のドアを開けた私に
「すまん、ナリ
 窓からヤマハが逃げた」
「今朝、牛乳あげたときはご機嫌だったのに、何か気に障ることしちゃったかな」
「取りあえず、ちょっと探してくる」
慌てている彼等が声をかけてくる。
「え?ヤマハならここにいるけど?」
彼等が何を言っているのか、私は一瞬わからなかった。
私の言葉を受け
「じゃあ、まさか…」
「さっきのは…スズちゃん?」
「でも、自分から部屋に入ってきて…ってマジ?」
彼等は呆然と顔を見合わせる。
「そうだ、毛が擦れてて、今はどっちも首輪外してたんだ
 ごめん、それじゃ見分け付かないよね
 スズキがこの部屋に入ったの?
 あー、ここでヤマハが牛乳貰ったの知ってて羨ましくなったのかも
 臆病なくせに、ヤマハのやること真似したがるから」
私はお盆をテーブルの上に置くと、窓に近寄って外を見てみた。
しかし、猫の姿はどこにも無かった。

「多分、遠くには行ってないと思う」
「庭から出てても、正月で車通りが少ないのは幸いだ
 でも、急いで探した方が良い」
「とにかく、近所を見てくるわ」
猫飼いのプロらしい分析で、彼等は迅速に事に当たってくれる。
玄関に移動する彼等を追って
「私も行くよ」
窓を閉めると、私もその後に続いて行った。

近所を探しに行くのは友達に任せ、私は庭を見て歩いく。
『スズキ、大丈夫だから出ておいで』
心の内でそっとスズキに呼びかけてみる。
アニマルコミュニケーター、なんて大層な能力は持っていないけど、子供の頃から勘が強く多少は不思議な体験をしてきた。
今はそれを頼りに『占い師』の真似事のような仕事をしている。
そのせいもあって、猫とは強く繋がっていると思っていた。
『気配』のようなものを感じ取れると思っていた。
しかし、庭からは何も感じなかった。

『私が「愛してる」って伝えると、スズキもヤマハも満足そうにノドを鳴らして「愛してる」って応えてくれる気がしていた
 自惚れてたかな、自分には特殊な能力があるって
 猫飼いなら、誰にでも出来ることなのに』
私は自己嫌悪に陥ってしまう。
『占い師』なんて言っても師事していた先生には遠く及ばないし、まだまだ勉強中の身でそれだけで食べていける訳じゃなく、バイトの方が収入が良いくらいだった。
そんな私が猫の気配を感じ取れると思っていたことが恥ずかしくなる。

しかし庭の外に探しに行く気にはなれず、暫く歩き回って猫のいた痕跡を探そうと試みた。
しかし何の収穫も得られないまま、やはり意気消沈して戻ってきた友達と合流し、家に帰って対策を練ることにするのであった。



「ペット探偵に依頼してみるか?
 ほら、ハーレーを直ぐに見つけてきてくれたあそこ」
「うん、その方が良いと俺も思うぜ
 うちの実家のダービーも、直ぐに見つけてくれたし
 こんな時は痕跡が残ってるうちに少しでも早く依頼した方が良い、って親父が探偵さんに言われたんだと
 まだスズちゃんが逃げてから、1時間くらいしか経ってないじゃん」
「じゃあまだその『痕跡』ってやつ、残ってるかもな」
彼等が口々に言ってくれても、私は気乗りがしなかった。
「そこって、ここからは遠い場所にあるペット探偵だよね
 1月2日にそんなとこに頼むの、非常識な気がして…
 それに三が日って、休みなんじゃないかな
 営業日、分かる?」
私が聞くと
「貰った名刺には、そこんとこ書いてなかったな」
友達も顔を見合わせる。

「ま、ダメならダメでしょうがない
 ここで考え込んでても、スズちゃんは帰ってこないかもしれないしさ
 ちょっと電話してみるよ」
彼はそう言ってスマホを取り出すと操作し始め
「もしもの時のために、番号、登録しといたんだ」
少し得意げな顔を見せた。
「ダービーの事以外でかけることになるとは、思わなかったけどな」
苦笑する彼がすぐ真顔になり
「あの、以前そちらに依頼した者の身内です
 ターキッシュバンの依頼だったのですが、覚えているでしょうか」
畏(かしこ)まった態度で応対する。
彼の言葉の端々から『ひろせさんと長瀞さんと言う、彼等が知っている探偵さんは休み』『ペット探偵は三が日は休み』であることが伺えて気が重くなっていった。

そんな私にスマホが手渡される。
『いきなり断りはしないだろうけど、迷惑な客だと思われるだろうな』
それでも覚悟を決めて
「お電話代わりました、定休日なのにすいません
 私、石原と申します
 依頼したいのは私の飼い猫で、描種はバーマンです
 長毛種なんですが、大丈夫でしょうか?」
そう聞いてみた。
しかし、相手からは何の反応もない。
『怒っている、と言うより、言葉が上手く届いてない感じがする
 さっきまでスムーズに会話してたみたいなのに、電波が悪くなったとか?』
暫く待ってから
「もしもし?通じてるかな」
そう呼びかけると
『失礼いたしました、僕はしっぽや所員の「ふかや」と申します』
耳に心地よい誠実そうな声で返事が返ってきた。
その声の響きに迷惑そうな感じは微塵も感じられず、私は胸をなで下ろした。

かいつまんで状況を説明しただけで、ふかやさんは自分が捜索に出ると言ってくれた。
スマホで時間を調べてくれて、電車に遅れがなければ昼過ぎには到着すると請け負ってくれたのだ。
その対応もまた誠実さを感じさせるもので、私は彼に好感を抱いた。
『皆が良いペット探偵だって言うの、わかるな』
ふかやさんが到着するまで自分たちでもう1度探しに行ってみるものの、スズキの姿は見あたらなかった。


お昼を食べて暫くすると玄関のチャイムが鳴る。
「一応、ヤマハをケージに入れてくるよ
 まさかと思うけどヤマハまで逃げちゃったら、探偵さんの仕事増やしちゃうからさ
 悪いけど、応対お願い」
私はそう言うとヤマハの姿を探すが、応接間には見あたらなかった。
あちこち探し回ってやっと台所の冷蔵庫の前で待機中のヤマハを発見し、抱えて2階の自室にあるケージに入れるのに少し時間がかかってしまった。
慌てて玄関に向かった私の目に、とてもキレイな青年の姿が飛び込んできた。
色素の薄いフワフワの茶色い巻き毛、キラキラと輝く目は長い睫毛に縁取られ、唇は華やかな赤色だった。
寒い中を歩いてきたせいか、頬がバラ色に染まっている。
天使のような相貌であるのにその身長はこの場の誰よりも高く、そのアンバランスさに皆は少し戸惑っているようであった。

軽い挨拶を交わし、応接間に案内する。
まずは彼に温まってもらおうと思ったのだ。
お茶を飲んだ彼はやっと人心地がついたのか、改めて自己紹介をして名刺を渡してくれた。
『探偵』なんて言われていたのできっちりしたスーツを着込んだ神経質そうな人、もしくはワイルドを気取った人が来るかと思っていたので、名刺を貰ってもこのキレイな人が探偵だとはにわかには信じられなかった。
彼はもこもこした茶色のセーターにマフラー、と言うラフな格好であったが、それはとても似合っていた。
『全身茶色いし、あの巻き毛、プードルみたい』
私は失礼にもそんな事を考えて、ギクリとしてしまう。
脱走した猫のスズキは犬嫌い、とりわけプードルが嫌いなのだ。
この人がスズキを探し出すことは不可能なんじゃないか、と不吉な考えに陥ってしまった。
当たり前だが彼は私の失礼な妄想に気付かず、真剣な顔で対応してくれていた。
兄妹猫のヤマハに会いたいと言うので、私は自室に案内する。
暫くヤマハとケージ越しに見つめ合っていた彼は、猫と2人で話したいと言い出した。

『何だか、不思議な人…
 まあ、私も人のこと言えないんだけど』
他人に説明しにくい自分だけの感覚のようなものを、彼も持っているのかもしれない。
そう考えると少し親近感がわいてくる。
私はそれを承諾し部屋から出て、廊下で彼が来るのを待つのであった。
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