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しっぽや(No.126~134)

雑談をしていると、僕のスマホから音楽が流れ出てきた。
「ちょっと失礼」
それはゲンからの電話だったので、僕は部屋の隅に移動して電話に出た。
ゲン達は、すぐ側まで来ているが道がよくわからないらしい。
『この辺、一通が多くてナビ見てても今一わからん
 道わかる人に電話に出てもらえるかな』
ゲンの言葉を伝えると、ナリが電話を代わってくれた。
「ええ、あそこですねわかります、そこを左折して2つ目の角を右折…」
ナリの説明は、僕にはさっぱり分からなかった。
『免許とかあれば、わかるのかな』
彼の言葉を理解したくて、彼と同じ体験をしたくてたまらなかった。

通話を終えてからすぐ、ゲンと長瀞が到着した。
「ふかや、頼まれていたもの、買ってきましたよ」
玄関先に長瀞が姿を見せると、出迎えている皆から感嘆の吐息がもれた。
「すげー、艶々」
「優美だなー」
長毛種猫好きの彼等にとって、長瀞は賛嘆の対象のようだ。
ナリも目を輝かせている。
『僕が長毛種猫だったら、ナリにもっと気に入ってもらえたかな』
僕は長瀞が羨ましくなってしまった。

「ペット探偵『しっぽや』捜査員、長瀞と申します
 詳細はふかやから伺っておりますので、早速、捜索に入りたいと思います
 その前に、少しヤマハ君とお話しさせていただいて良いでしょうか」
長瀞の頼みにナリは快く応じてくれた。
「ども、今回は運転手として来ました『大野 原(げん)』です
 捜索の時、特に役に立てる訳じゃないんで、ファミレスで時間つぶしてます
 あ、ちなみに俺も、長毛種猫好きでーす」
ゲンが気さくな挨拶をすると、場の空気が和んでいく。
「わざわざファミレスいかなくても、ここで一緒に待ってりゃいいじゃん」
「そうだよ、車は庭に置いときゃ良いぜ
 良いだろ?ナリ」
「ええ、どうぞ
 大野さんもお入りになってください」
「俺のことはゲンで良いっすよ
 因みに、ナガトは俺のです」
ゲンはヒヒッと笑ってみせた。
「それでか、長瀞さん、愛されオーラ出まくり」
「愛されてると、目の輝きと毛艶が違うんだよな」
よく分からないが、彼等は何かを納得していた。


『ワー、マタ、変ナノ来ター
 ケショーダ、今度ハ人猫ダ』
応接間に移動するとヤマハ君は興味津々、といった感じで長瀞に近付いて行く。
『スズキさんのことを教えてください』
『スズネー、真似ッコ、ビビリ
 ボクハスズヨリ可愛イノ』
『大事な妹、脱走しても遠くには行けないから安心してるのですね』
『フワフワニ焼キ餅ダヨ、ボクト一緒ニ寝タシ、なりニ大事ニサレタカラ』
『それは、ムクレてしまいますね』
『銀ケショーモ、ちゅるークレルデショ、ボク可愛イカラ』
『私は長瀞です、おやつは1日1本ですよ』

僕にとっては支離滅裂ともいえるヤマハ君の言葉でも長瀞はスムーズに情報を引き出しているようで、こちらを見て笑っていた。
それから目を閉じて辺りを探るように気配を延ばしていく。
『長毛種猫の無意識の海』とか言うものを感じているのだろう。
それは僕たち犬には、よく分からない概念の場所であった。
ヤマハ君を相手に黙り込んでいる長瀞に、ゲンや皆は興味深そうな視線を向けている。
その点では、僕も彼等と似たり寄ったりであった。

やがて長瀞は僕の元にやってきて
「ふかやに手伝ってもらった方が早そうです」
そう言って悪戯っぽく笑ってみせた。
「ええ?でも、スズキさんってプードルが嫌いだから、僕が居ると怖がって出てこないかと…」
僕はモジモジしてしまう。
スズキさんを怯えさせるような真似はしたくなかった。
「大丈夫です、『恐怖』と『嫉妬』
 今回は『嫉妬』の方が勝ちそうですから
 ヤマハ君も手伝ってくれるし」
長瀞はまた、よく分からないことを言って笑ってみせるのであった。


僕たちの行動を、皆は邪魔をせず部屋の中から見守ってくれた。
僕はヤマハ君を抱っこして庭に立ち
「ヤマハ君は可愛いですね、目の色が清らかな泉のようだし、この白い手袋、高貴な血を感じます」
長瀞に言われた通り、思いつく限りの讃辞を並べ立てていた。
『波久礼だったら、もっと自然に猫を気持ちよくさせる言葉を言えるんだろうな』
そう思ったが僕の言葉でもヤマハ君は満足らしく、ノドを鳴らす回転数が上がっていた。
長瀞はそんな僕達の側に立ち、辺りに注意を向けている。
どれくらいそんなことをしていたのだろう、不意に長瀞が
「居た、やはり『嫉妬』の勝ちです」
そう言って庭木の根本に注意を向けた。
はたして、そこにはヤマハ君とそっくりな猫が木の向こう側からこちらをのぞき見ているのであった。

その後は呆気ないほどスムーズに事が運んでいった。
長瀞がそっとスズキさんに近寄って何事か囁きながら抱き上げる。
そのまま玄関に回り、家の中に入っていった。
僕もヤマハ君を抱っこしたまま、慌ててその後を追いかけた。
僕にとっては絶望的なこの依頼を、長瀞は数時間で解決したのであった。


応接間に戻ると、一部始終を見ていた皆が興奮した様子で僕達を出迎えてくれた。
しかし、やっと帰ってきたスズキさんを驚かさないよう無闇に大声を出したりしないところは、興奮していても猫プロっぽかった。
「スズキ、良かった心配したよ
 疲れてお腹空いてるでしょ
 お水飲んで、ご飯にしよう」
長瀞からスズキさんを受け取ったナリが優しく話しかける。
スズキさんはナリにギュッと抱きついていた。

『フカヤ、モット、ボクノコト誉メテ』
腕の中のヤマハ君が僕の頬をツツいてくる。
『ありがとう、貴方のおかげでスズキさんが見つかりました』
僕がお礼を言うと
『スズハ真似ッコダカラ、ボクト同ジコトシタイノ
 ボクノ方ガ可愛イノニネ
 スズハ犬ガ怖インダ、フカヤハチットモ怖クナイノニネ』
ヤマハ君はスズキさんをチラチラ見ながらそんなことを言っていた。
「ふかや、スズキさんを抱っこして、チュルーをあげてください
 彼女はヤマハ君が貴方からおやつを貰ったことを知っています
 犬を『怖い』と思う気持ちより、貴方に構われているヤマハ君を『羨ましい』と思う気持ちの方が強くなり姿を現したのですよ
 彼女、ずっと庭や縁の下に隠れてたんです」
長瀞がそっと囁きかけてくる。
「『恐怖』より『嫉妬』が勝る…?
 猫は複雑だ」
僕はため息を付いてしまった。
「貴方が石原様に好かれているのも、嫉妬の原因です
 ふかや、頑張ってくださいね」
微笑む長瀞の言葉に、僕は驚きを隠せなかった。
「ナリが?僕のことを好き?」
あまりにも突然の事で、思わず声が上擦ってしまった。
「飼っても良いと思えるほど好きになってもらえるには、まだ時間がかかるでしょうが
 私は『脈あり』だと思います」
長瀞はウインクして僕から離れ、ゲンの元に向かうと書類を作成し始めた。

スズキさんに食事を出すため自室に向かおうとしていたナリに
「あの、スズキさんにもチュルーをあげて良いですか?
 今更ですが、スズキさんとも仲良くなりたくて」
僕はそう話しかけた。
「そうですね、昨日はほとんど食べてないし最初は喉越しの良い物の方が良いかも、お願いします
 良かったねスズキ、ふかやがチュルーくれるって」
ナリがスズキさんに話しかけると、彼女は少し怯えた目で僕を見る。

『お友達になりましょう、ヤマハ君とナリとは友達だから、貴女とも友達です』
僕の送る想念に
『……噛…ム…?』
彼女は小さく想念を返してくる。
『友達のことは噛みません
 チュルー、何味が好きですか?それを出してもらいますよ』
『…マグロ…ホタテ入リノヤツ…』
さっきより怯えの抜けた返事をしてくれて、嬉しくなってしまう。
「ナリ、ホタテの入ったマグロのチュルーを出してあげて良いですか?」
「え?よくスズキの好物わかりましたね
 あれ、私にはせっかくのマグロなのにホタテ入れるのどうなんだろう、って気がするんですが」
ナリは屈託ない笑顔を見せてくれる。
「確かにそうかも」
僕もその笑顔に応えるように笑ってみせるのであった。


ナリの部屋でスズキさんにチュルーをあげながら、僕達は話し込んでいた。
「ありがとうございます、流石、伝説のペット探偵ですね
 遠くには行ってないと思ってたけど、やはり庭に居たんだ
 あんなに直ぐに見つかるなんて」
「長瀞は長毛種猫のエキスパートだから
 僕はお役に立たなくて、本当にすいませんでした」
僕はまた頭を下げる。

「これから直ぐに帰られますか?よかったら、ゲンや長瀞さんも一緒にお昼ご飯を食べていってください
 ゲンって、楽しい人ですね
 支店とは言え、不動産屋の店長なのに気さくだし」
「うん、ゲンは良い人なんだ
 お昼、…頂いていこうかな
 あ、せっかくホットケーキミックス買ってきてもらったから、カップケーキ作りますよ
 デザート用に普通に焼いた方が良い?」
せめてそれくらいの役には立ちたくて、僕は慌てて言い募った。
「それと、今回の依頼の費用は結構です
 僕の勉強代だから
 むしろ、ごちそうになったり泊めてもらった代金を僕が払わないと」
「いえ、三が日に呼びつけて、2日も拘束してしまってこちらこそすいません
 料金は2日分払わせてください」
「いえいえ、本当に結構ですから」
「そう言うわけにはいきません」
僕達の会話は押し問答のような形になってしまうが、直ぐに顔を見合わせて笑ってしまった。

「じゃあお言葉に甘えます」
微笑むナリに
「僕も少し、甘えて良い?」
僕は思い切って告げてみる。
心臓の鼓動がナリに聞こえてしまうんじゃないかと思うくらい、高鳴っていた。
「お金は要らないから、頭を撫でて誉めてもらいたいな、って…」
僕が頼むとナリは直ぐに優しく頭を撫でて
「ありがとう、ふかや
 とても助かったよ、君は凄いね、偉い偉い」
そう言って抱きしめてくれた。

彼の腕の温もりに包まれて、慕わしい気持ちが爆発する。
ナリを抱きしめ返し、そのサラサラとすべらかな髪に頬を寄せ
『僕を飼ってください、貴方を守らせてください』
心の内で思いの丈(たけ)を叫んでいた。
彼は何も言わず、僕の頭を撫で続けていてくれた。

『なりハ、アタシノ飼イ主ナノ』
不満そうなスズキさんの気配を感じていても、僕は彼を抱きしめる手を緩める気にはなれないのであった。
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