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しっぽや(No.126~134)

「ここから事務所まで遠いのに、出直してもらうのは申し訳ないですよ
 そうだ、よろしかったら今晩は家に泊まっていってください
 明日、他の方と合流すれば良いのでしょう?
 この有様なんで、大しておもてなしはできませんが
 有り合わせの夕飯で良いですか?」
彼は逆に恐縮したようにそう言ってくれた。
「え?あの?」
僕は自分の聞いたことが信じられず、聞き間違いかと思って惚けてしまう。
「何だよナリ、この有様って」
「晦日に年越しソバ作ってやったの俺だぜ
 まあ、カップのやつだけど」
「俺たち4日までゴロゴロしてるから、遠慮しなくていいっすよ
 1人くらい増えたって大したこたねえやな」
石原さんの友達も笑顔を見せてくれた。
「スズちゃんは臆病だから、プロっつったって1日で探すのは難しいんじゃないっすか」
「俺達も責任感じてるし、何か手伝えそうなことあったら言ってください」
「おお、ペット探偵の助手、良いじゃん
 うちの子が迷子になった時の予行演習とか兼ねてさ」
彼等のそんな言葉に後押しされつつも、僕はまだ迷っていた。

「取りあえず、上司に相談してみます」
スマホを取り出して黒谷にかけようと思ったが、電源が入らない。
「しまった」
移動中に調べ物をしたり、何度も電話をかけたりしたせいで電池が無くなってしまっていたのだ。
こんな事態になるとは思っていなかったから、充電出来る物は何も持ってこなかった。
自分の迂闊さ加減に嫌気がさしてしまう。
『黒谷に頭の良い犬種だ、なんて誉められて自惚れてたかも
 全然使い物にならないダメ犬じゃないか』
深く落ち込む僕に
「電池切れですか?家の充電器、使ってください」
石原さんが優しく話しかけてくれる。
こんな状況でなかったら、彼からの優しい言葉に舞い上がっていたことだろう。
「重ね重ね、すいません」
無力感に苛まれながら頭を下げると
「大丈夫ですよ、こちらも三が日にいきなり依頼してしまって申し訳ないな、って思ってたからお相子です」
石原さんは屈託無く笑ってくれた。

「ずっと外にいたから、体が冷えてしまったでしょう
 うわ、手が冷たい
 もっとストーブの側で体を温めてください」
彼は僕の手を取り引っ張っていってくれた。
体よりも心が冷え切ってしまっていた僕には、その心遣いと彼の手の温もりが嬉しかった。
触れられている手から甘いしびれが伝わり、彼に対して発情しているのだと気が付いた。
黒谷や白久から聞いていた通り、この感覚は飼ってもらいたい方と巡り会えたもので間違いないようであった。


その晩、僕はとてもステキな時を過ごしていた。
有り合わせ、なんて言うには豪勢なお節(せち)をつまみ、お餅を焼いて食べ、お正月らしい気分に浸る。
石原さんも友達の方々も僕に優しくしてくれて、僕は生前、野点(のだて)の席に混ぜてもらっていた時のように気分が高揚するのを感じていた。
『あのお方も、あのお方の友達も、皆僕に優しかった』
幸せだった過去を思い出し、それに負けないほど楽しい今の状況に涙が出そうになった。
ケージから出されたヤマハ君はすっかり懐いてくれて
『フカヤ、ヒモ振ッテ、ジャラシ振ッテ
 耳ノトコ、カイテ、頭ナデテ』
僕にまとわりつきながら、次々と要求してくる。
『スズキさんの事は心配じゃないんですか』
そう聞いても
『スズハ真似ッコダカラ、ボクガ楽シクシテレバ帰ッテクルヨ
 デモ、スズヨリ、ボクノ方ガ可愛インダ』
そんな返事が返ってくるばかりであった。
お互いを必要としあっている明戸と皆野に比べると、スズキさんとヤマハ君の関係はクールに感じられた。

「流石、プロですね
 ヤマハがベッタリ懐いてる」
じゃれ合う僕達に、皆は驚いたような笑顔を向けてきた。
「ヤマハ君は人懐こいからでしょう
 もしかして、犬も平気ですか?」
「ええ、スズキと違って、ヤマハは犬も平気です
 元々スズキはちょっと神経質で、内弁慶なんですよ
 末っ子で、子猫の頃は体が小さかったせいもあるのかな
 いつもヤマハの後をくっついて回って、ヤマハがやったことじゃないとチャレンジしようとしなかったっけ
 今、1匹になっちゃってるから不安だろうな」
窓の外を見つめる石原さんの切なげな瞳に、胸がズキリと痛んだ。
「申し訳ありません
 明日には長毛種のプロが来ます、彼が捜索すればすぐ発見できますのでご安心ください」
頭を下げる僕に
「はい、2週間以上見つからなかったハーレーをあっと言う間に探し出したって、私達の間ではそちらのペット探偵は伝説になってます
 ダビッドもお世話になったとか
 そんなすごい事務所の方と知り合えて良かったです
 この先、何があっても安心かな」
彼はそう言って悪戯っぽい笑顔を向けてくれた。


皆で夜更けまで語り合い、応接間に布団を敷いて床に着く。
石原さんと同じ部屋で寝れるこの状況があのお方のベッド脇で寝ていた生前を思い出させ、また切なくなってくる。

『再び、飼い主の隣で眠りたい』

その想いを胸に、僕は眠りにつくのであった。
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