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しっぽや(No.126~134)

side<HUKAYA>

しっぽやが休みの三が日、一人で電話番をしていた僕に劇的な電話がかかってきた。
それは、その人の声を聞いただけで『飼ってもらいたい』と感じる人間からの依頼の電話であった。
猫の捜索依頼であったが、どうしてもその声の主の力になりたくて犬である僕が捜索を引き受けてしまう。
依頼人の住所は事務所から遠かったけど、スマホの乗り換え案内で調べると昼前には最寄り駅に到着できそうである。
僕は逸(はや)る心に突き動かされ、手早く準備を整えると事務所を後にした。
刺すように冷たい北風が強く吹き付けてきたが、彼の元に行けると思うだけで僕の心には暖かな光が点(とも)るのだった。



勢い込んで事務所を出たが、冷たい風に吹かれながら歩いていると徐々に気持ちが落ち着いてきた。
独断で猫の捜索依頼を引き受けてしまったことを黒谷に報告しなくては、僕はやっとそのことに思い至る。
歩きながらスマホを取り出し、黒谷にかけてみることにした。
飼い主との楽しい初詣の最中だと思うと気が引けたが、仕事のことなのでそうも言っていられない。
黒谷は直ぐに電話に出てくれた。

『どうした、事務所で何かあったの?』
少し緊張したような声が耳元に聞こえてくる。
「依頼がきました
 猫の依頼だったのですが僕が出ることにして、今、移動中です
 事務所の電話は双子のところに転送するようにセットしてきました
 勝手なことをしてすいません
 でも、電話で聞いた依頼人の声に魅了されたと言うか…
 あの声の主に、飼ってもらいたいと感じたのです」
僕の言葉で、黒谷が息を飲む気配がした。

『そうか、声で感じるとは…
 凄いね、今までそんなケースはなかったよ
 双子には僕の方からも連絡しておこう
 今日は空が家にいるって言ってたから、犬の依頼が来たら彼に任せればいいさ
 君は依頼人のお役に立てるよう、頑張って
 きっとふかやなら、猫でも探し出せるよ』
黒谷は感心したような吐息と共に、そう言ってくれた。
「依頼人の住所が遠いので、遅くまでかかってしまうかもしれません
 それで…、延長料金の方は、僕の勉強代と言うことで依頼人には請求しないでもらって良いでしょうか」
僕は気になっていたことを確認する。
『そうだね、君の気が済む形にすると良い
 と言うか、シロみたいに特別料金で払ってもらっても良いかもね
 ああ、特別料金の形態についてはシロから説明させるよ』
黒谷がクスクス笑って何か囁いているのが聞こえたかと思うと、直ぐに電話の声が白久に代わった。

『今、話はざっと聞きました
 猫との意志疎通は難しいですが、ふかやなら私よりスムーズに出来ると思います
 ただ、彼らは自(みずか)ら姿を消す場合があるので、その見極めは早く付けなければなりません
 その点だけは急を要します
 私は…手遅れでした』
真剣な白久の言葉に、僕は気が引き締まるのを感じていた。
『え?ああ、料金形態?
 荒木は高校生だったので軽めに設定してみました』
黒谷に何か言われたのだろう、白久の言葉が少しひそめられる。
『頭を撫でていただいたり、抱きしめさせていただいたり、キスをさせていただいたり、その時々で色々と
 その辺は、ふかやのその場の判断で良いと思いますよ
 すいません、あまり詳しく言うと荒木が恥ずかしがるので』
最後の言葉は本当に小さな囁きとして聞こえてくる。
側にいる荒木に怒られたようだった。

『良い結果が出ることを祈ってます』
そんな白久の声の後
『ふかや頑張って!ふかやの誠意はきっと通じるから
 困ったら白久に連絡してよ、俺、今日はずっと白久と居るし、猫飼いとしてアドバイスできるかもしれないからさ
 応援してる』
急に荒木の声が聞こえてきた。

『黒谷にも連絡して良いからな、俺も今日はずっと黒谷と一緒だから
 これといってアドバイス出来ないかもしれないけど…
 俺も応援してるからな』
今度は日野の声が聞こえてくる。
『こっちのことは気にしないで、何かあったら遠慮なく連絡して
 皆、君のこと心配してるよ、孤軍奮闘(こぐんふんとう)みたいになっちゃってるもんね
 特殊ケースだし、事務所の基本設定みたいなものは無視して構わないからさ
 ふかやのやりたいようにやってみてよ』
また、電話の声は黒谷に戻っていた。
皆に心配され励まされて、僕はしっぽやに所属できて良かった、と改めて思い
「ありがとうございます、依頼人のお力になれるよう頑張ってきます」
心からの感謝を伝え、通話を終了させた。


駅に着くと調べておいた電車に無事に乗ることができた。
電車に遅延は出ていないようで、ホッとする。
空いている車内で席に座ると、僕は再度スマホを取り出した。
『移動中に調べ物出来るって、ありがたいな』
そんなことを思いながら、依頼のあった猫種について検索し始める。
事前に猫の性格などを頭に入れておいた方が良いと思ったのだ。
少しでも早く猫を発見し、依頼人に安心してもらいたかった。


『「バーマン」
 原産国 ミャンマー
 中型よりやや大きい、ミディアムロングでシングルコートの長毛種
 性格 落ち着いていて優しく、大きな体の甘えん坊
    家族を愛しほかの犬や猫とも上手に接します』

僕はその説明文を読んで少しホッとした。
犬と上手に接することが出来るなら、僕が捜索しても発見できそうだったからだ。
シングルコート、というところも親近感を抱かせた。

ヒマラヤンやシャム猫っぽいポイント柄であるが、足先が白いのがバーマンの大きな特徴だ。
これなら他の猫と間違えないだろう。
この4本の足先が白いことに関しては伝説が残されていた。

高僧に大切に飼われていた白猫が、彼が息を引き取ろうとしたときにその体の上に飛び乗ると、高僧の体に触れていた足先だけは白いまま、猫は青い瞳と金の毛をまとい女神の姿に変化したとされているらしいのだ。
高僧は寺に祀(まつ)られている女神像を盗賊から守ろうとして、亡くなってしまったとか。
諸説色々あって細かいところは違うものの、白猫が高僧の体に触れて足先の色だけを遺したという部分は共通している。
己の存在を変貌させるほど、この猫が高僧のことを好きだったことが伺える逸話を読んで僕は益々この猫種に好感を覚えていた。


乗り換えはスムーズにいき、僕は予定通りの時間に依頼人の家の最寄り駅に着くことが出来た。
住所を教えてもらっていたのでスマホにそれを入力し、地図を頼りに現地に向かっていく。
途中で猫の気配を探ってみるものの、反応はなかった。
きっと外にいる猫達は風を避けられる場所から出てこないのだろう。
猫の化生ならもう少し深く周囲を探ることも可能であったかもしれない、そう考えると自分が依頼を受けてしまったことが浅はかなものに思えてきた。
落ち込んでしまいそうな気分を奮い立たせるよう、僕は両手で頬を挟み力をいれる。
これは、犬だった自分にあのお方がしてくれた励ましだ。
『フーガならきっとやれるよ』
訓練学校で実技を披露する際、あのお方は必ずそう言ってくれた。
『そうだ、僕ならきっと出来る』
胸の内に聞こえるあのお方の励ましの声に答えるよう、僕は大きく頷いて前を向いて歩き出していくのだった。


『ここか』
駅から歩くこと20分弱。
僕の目の前には2階建ての一軒家があった。
新しくはない。
むしろ古い感じのする家で、もしかしたら犬だった僕が生まれる前から建っていたかもしれないような家だった。
しかしよく手入れされていて、さっぱりとした印象を受ける。
キレイに整備されている広めの庭には、数台の大きなバイクが並んでいた。

『石原』と書いてある表札の横に付いているチャイムを、ドキドキしながら鳴らしてみる。
家の中にチャイムの音がこだました。
暫く待っているとガチャリと鍵の外れる音がして、ドアから数人の大きな男の人たちが出てくる。
彼らは僕を見て口々に
「え?あれ?聞いた話と印象が違うけど…」
「??、何か、デカくねーか?」
「甘ったるい人形みたいな顔じゃんって、え?デカくね?」
何だか戸惑っているような言葉を発していた。
『これ、荒木にもされた反応だな
 「遠近感が狂う」って言われたっけ』
彼らはゴツい感じに見えるが、動物が好きなのだろう。
僕の顔を何となくプードルと連想しているものの、体が大きすぎて混乱しているようであった。
『やっぱり「プードル」と言えば愛玩犬の「トイプードル」がポピュラーなんだよね』
僕は苦笑してしまった。

それでも気を取り直し
「はじめまして、僕はペット探偵『しっぽや』の捜索員『ふかや』と申します
 こちらはお電話でご依頼のあった『石原』様のお宅で間違いないでしょうか」
そう挨拶をして頭を下げる。
「あ、やっぱ、ペット探偵の人だ」
「依頼したのは、ここの家で間違いないっす」
「おーい、ナリ、探偵さん来たぞー」
男の人たちは口々にしゃべり出した。
「やっとヤマハをケージに入れられたよ」
そんなことを言いながら姿を現した人物を見た瞬間、僕は心臓が破裂するかと思った。

年は、カズハよりは上であろうか。
身長もカズハより高そうであったが、僕やここにいる他の男の人たちに比べると低かった。
黒い瞳は優しそうなのに、意志が強そうな光を宿している。
真っ直ぐなサラサラとした黒髪は耳の先あたりでキッチリと切りそろえられ、優美な顔を縁取っていた。
彼のふっくらとして柔らかな唇から
「遠いところをお呼び立てしてすいません
 私が依頼人の石原 也(いしわら なり)です
 寒い中、ここまで来るのは大変だったでしょう
 まずは家に上がって温まってから探すことにしてください」
優しい声音で、優しい言葉が紡がれた。
僕はその場にくずおれ彼に縋りながら『飼ってください』と言いたい衝動と必死に戦っていた。
彼の姿、声、その存在の輝きが僕の心を埋め尽くしていたのであった。
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