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しっぽや(No.126~134)

side<SIROKU>

しっぽやに新しい仲間が加わることになった。
スタンダードプードルの『ふかや』だ。
三峰様から事前に『プードル』と聞いていたので、私も黒谷も事務所に到着した彼の大きさに驚いてしまった。
慌ててスマホで調べ、プードルという犬種の多様性にまた驚いてしまう。
その種類の多さを考えるだけで、彼らがどれだけ人間に愛されているのかがわかり羨ましく感じたが
「和犬の多くは古くからの姿を残そうと固定化されているので、僕たちとは求められ方が違いますよ
 国の天然記念物に指定されている方が、僕としては凄いと思います
 この国の人がどれだけあなた方を大事に思っているのか、その現れではないでしょうか」
ふかやは逆に私たちに羨ましそうな視線を向けてきた。
「僕達は小型化に重点を置きすぎて、小さな犬種は疾患が出やすくなっているようですし
 それに、小さいと扱いやすいくはありますが、少し気の強い方が多いんですよね」
考え込むようなふかやを、私も黒谷も呆然と見つめてしまう。
私達の視線に気が付いたふかやが
「あ、いえ、あのお方の受け売りなんですが」
慌てたように手を振った。

「成る程、これはどこのサイトにも『非常に頭が良い犬種』だって書かれるわけだ
 フランス原産、なんてなってるから気取り屋かと思ったら
 失礼、これは考えを改めないといけないね」
黒谷は頭を下げる。
「すいません、実は僕も和犬って怖いイメージがあったんです
 犬だったとき近所で飼われていた紀州犬(きしゅういぬ)に、やたら嫌われてて
 余りに吠えられるので、あのお方が散歩ルートを変更せざるを得なかったんですよ
 僕、訓練学校行ってたし、散歩中は他の犬達と仲良くやってたのでショックで…
 君たちは穏やかそうでホッとしました
 和犬はほとんどが狩猟犬でしょう
 僕も獲物は違うけど狩猟犬なので、仲良くしてください」
ふかやも丁寧に頭を下げてきた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私はふかやに手を差しだし、握手を求めた。
その手を握り返してきたふかやの手は、とてもヒンヤリしている。
「もしかして、寒いですか?」
私が聞くと
「少し寒いです
 ここに着くまで、北風に吹かれながら歩いてたので
 僕、シングルコートだったから寒がりなんですよ」
彼は苦笑し、肩を抱くようにして体を震わせた。

「本当だ、辞典にシングルコートって書いてある
 珍しいね、大抵の犬や猫はダブルコートなのに
 じゃあ、体が温まるまで暖房の温度上げようか」
黒谷が暖房の温度を上げる。
「猫達なら防寒具を沢山持っているので、借りましょうか」
私の言葉に
「今、猫達居るの?
 僕、猫とも一緒に暮らしてたから猫って大好き」
ふかやの顔が明るくなった。
しかし私と黒谷はギクリとする。
「あー、猫が好き、って、どのくらい?」
黒谷が恐る恐る尋ねると
「どのくらいって…どのくらいだろう?
 難しい質問だね」
ふかやは首を傾げて考え込んだ。
しかしすぐにハッとした顔になり
「いや、波久礼ほどじゃないよ
 むしろ、彼は何があってあんなことになってしまったの?」
慌てて弁解し始めた。
三峰様のお屋敷に居るときに、何か見てしまったのだろう。
「ああ、頭の良い犬種って、察しが良くて素晴らしい」
黒谷は感動した顔で頷いていた。

控え室で、ふかやは直ぐに猫達と打ち解けていた。
「フレンドリーで、他のペット達と馴染みやすいって書いてありましたものね
 流石です」
私は思わず感心してしまった。
「あのお方の家での環境が良かったからですよ
 同じ犬種でも、環境によって変わってくるかと
 貴方は、とても穏やかだ
 大事に飼われていたのですね」
ふかやの言葉が心に染み込んでいく。
「そうですね、あのお方には大事にしていただきました
 そして、今も飼い主に大事にしていただいております」
私は荒木の笑顔を思い出し、会いたくてたまらなくなってしまった。
今日は、今年最後の荒木がバイトに来てくださる日であった。
『荒木の前で今年最後の締めくくりとして成果を見せないと』
そのことに思い至り、気が引き締まっていく。

「紀州犬の依頼だ、白久、出てくれるか
 ふかやは白久の手伝いで…いや、因縁の犬種だし、ちょっと止めとこう」
黒谷の声が聞こえたので、私とふかやは事務所に戻っていく。
「取りあえず、ふかやは洋犬の依頼から手伝いに入って捜索を覚えてもらうよ
 獲物を追える狩猟犬だ
 きっとすぐ、独り立ちできるさ」
悪戯っぽい笑顔の黒谷に
「頑張ります」
ふかやは少し緊張気味の笑顔を向ける。

「では、行ってまいります」
私は依頼メモを貰い、荒木がクリスマスプレゼントでくださったマフラーと手袋を手に、扉を開けて外に向かう。
階段を下り道に立つと北風が強く吹きつけてきたが、捜索を終えて帰ればきっと荒木に会えると思うと心が温かくなってくる。
私は冷たい風をものともせず、歩き出すのであった。



依頼のあった紀州犬は、散歩に行った後リードから庭の鎖に繋ぎ直す際、繋ぎ損なってしまったらしい。
きちんと繋いだかどうか確認しなかったことを、飼い主は大変悔いていた。
「交通事故も心配ですが、紀州犬は凶暴だと思われています
 犬だけで歩いているところを発見されたら警察を呼ばれ、射殺されてしまうかも
 今回のことの全ての原因は、私にあるのに
 訓練所できちんと訓練を受けさせてますし、あの子は家の者には本当に忠実で賢い子なんです」
暗い顔で俯く依頼人のため、私は直ぐに捜索を開始する。
私の意気込みを余所に、紀州犬は深く気配を探る前に発見出来た。
自分で家の側まで戻ってきていたのだ。
私が犬を連れて帰ると、依頼人は涙を流して喜んでいた。

『良い飼い主ではありませんか、心配をかけてはいけませんよ』
私の想念に
『散歩中、臭いを嗅ぎそこなったとこがあって気になったから…』
紀州犬はバツが悪そうな想念を送り返してくる。
けれども
『もう勝手に出ない、俺のために泣かせない』
彼の胸の内に新たな決意が点(とも)るのを感じた。
今回のことで、この犬と飼い主の絆は深まったようであった。

『そうだ、貴方、プードルはお嫌いですか?』
私はふと思い立ってそう問いかけてみた。
『プードル?あのフワフワしたチビか
 ギャンギャン鳴きながら向かってくるからウザいな
 きっとあいつら訓練学校行ったこと無いんだぜ
 散歩中のしつけがなってねーよ』
紀州犬はフンッとバカにするような鼻息を吐いた。
『確かに、犬の性格は飼い主の飼い方にもよりますね』
私は心の中で苦笑すると
『大きなプードルは賢いですから、見かけたら仲良くしてあげてください』
最後にそんな想念を送り、私は事務所への帰路を急ぐのであった。



事務所に戻ると、扉を開ける前に荒木の気配に気が付いた。
かなり短時間で依頼をこなせた誇らしさを胸に、ノックをして事務所の扉を開ける。
私は真っ直ぐに飼い主の元へ向かっていった。
荒木は私を誉めて頭を撫でてくださった。
幸せに満たされている私を、ふかやが少し怯えた目で見ていた。
話を聞くと、黒谷にからかわれたようである。
『そういえば、黒谷の戯れ言を信じた羽生にも暫く同じ反応をされましたっけ
 私はそんなに凶暴そうに見えますかね』
少しショックに感じるものの、荒木はいつも私のことを『格好良い』と誉めてくださる。
荒木の私への評価の方が大切だ、と気が付いて心が軽くなった。

ふかやがもう少し荒木を触りたい、と言うので荒木に確認の視線を向ける。
私が何も言わなくても荒木はわかってくれて、触っても良いと許可を出してくれた。
通じ合っている自分達の関係がとても嬉しかった。
荒木がふかやの頭を撫でるのを見て嫉妬を感じない訳ではなかったが、それよりも化生を気遣ってくれる荒木の優しさが誇らしい。
『今の私が穏やかだとしたら、それは荒木が優しく穏やかであるからだ
 もっともっと荒木の望むような飼い犬になれるよう、心がけなければ』
私の胸の内にも、先ほどの紀州犬のように新たな決意が点っていった。

荒木を触り撫でてもらったふかやが満足してその手を離すと
「白久、来て」
荒木が私を呼んでくれた。
私はふかやよりも強く荒木の体を抱きしめる。
荒木も私を強く抱きしめ返してくれた。
心地よく甘いしびれが体中に走っていく。
私達はお互いの鼓動が重なるほど密着し、抱きしめ合っていた。
「お茶じゃなく、たまには甘い物にしてみる?
 ミルクでココア作ろうか」
腕の中の荒木が優しく聞いてくれる。
「はい、今は甘い気分なのでココアが良いです」
私はそう答え荒木の耳元に唇を寄せると
「ココアよりも荒木の方が、もっと甘いのですが」
小さく囁いた。
荒木はくすぐったそうにクスクス笑い
「それは、初詣行くまでお預け」
同じように小さく囁き返してきた。

そんな私達の甘いムードをぶち壊すように事務所の扉が開き
「俺もミルクの甘いココア飲みたーい
 外、超寒かったし」
捜索を終えた空が事務所に戻ってくる。
「マフラーや手袋どころかコートも着てなけりゃ、流石に寒いだろうよ」
黒谷が頭を押さえて唸っていた。

「こんにちは、君、ハスキーの空?
 陸や海に話を聞いているよ
 訓練学校に行ってたんだって?僕もなんだ
 僕、新入りでスタンダードプードルの『ふかや』です
 よろしくね」
「おっ、デカいプードル!
 訓練学校で見たことあるぜ!あいつら居ると距離感狂っちまうから混乱すんだよな
 俺は『空』だ、よろしくな
 訓練学校仲間ってことは、しつけ教室の補佐頼めるじゃん」
「ここ、しつけ教室もやってるの?凄いね」
「しつけのプロの俺がいるからな」
ふかやは早くも空と意気投合し始めていた。

「流石、フレンドリーな犬種だね」
腕の中で荒木が微笑んで2人を見つめている。
「ふかやが手伝ってくれれば、しつけ教室の質が上がりそうです」
私の言葉に
「確かに」
荒木はクスリと笑う。
「よし、じゃあ新入りの歓迎お茶会でもしちゃおうか
 皆、ココアで良い?」
次々と返ってくる肯定の返事に
「荒木、1人で作るのは大変ですよ
 お手伝いします」
私はそう申し出る。
「うん、お願い」

それから私達は控え室でココアの甘い香りに包まれ、楽しいお茶の時間を過ごすのであった。
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