このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

しっぽや(No.11~22)

改めて、俺の前にミイちゃんが座り、その隣に波久礼と呼ばれた長身の男が正座する。
「波久礼、今日はゲンにご馳走になりましょう
 松阪牛のステーキとやらを追加してくれるそうですよ
 貴方お肉好きでしょ?
 良かったこと」
ホホホホホ、とミイちゃんが笑う。
波久礼は先程とは打って変わって恐縮した様子で
「私が狼犬であると、何故わかったのですか?
 確かに私は、98%狼の血が入った狼犬です」
そう聞いてきた。
料亭の者に料理を運ぶよう指示すると
「俺は犬の化生なら見慣れてるからね、犬科の化生だけど、犬じゃない事はすぐにわかったよ
 でも狐や狸って感じじゃないし、狼かなって
 かといって、野生の狼が化生するとは思えない
 さっきも言ったように、ペットとして飼育されてたなら、狼犬の可能性の方が高いんだ」
俺は笑ってそう言った。
「恐れ入りました!」
波久礼が深々と頭を下げる。

「長瀞、貴方の飼い主は聡いお方ですね」
ミイちゃんは優しい目でナガトを見た。
「あ、でも、ミイちゃんの正体はわかんないや
 狼は女性上位だから、こんなデカい狼犬が従ってるって事は、動物園とかで飼われてた狼かと思ってたんだけど
 狼にしちゃ小柄だ
 でも、犬って感じじゃない
 ディンゴやジャッカルが化生する事ってあるのか?
 顔立ちは日本人的なんだよな…
 小柄の狼…亜種…?
 …まさか?!」
さすがに、俺は自分の考えを否定する。
それは、とても有り得ないような考えであったからだ。
「ほんに、聡いお方だ
 貴方の想像通りです
 私は日本狼の化生にございます
 野生の狼が化生する事も、あるのでございますよ」
ミイちゃんはフフッと笑った。
「大真口(おおまぐち)…真口の神!」
俺の目の前にいる少女は、単なる化生ではない。
それは既に神の域に達している存在なのだ。
俺はさすがに畏敬の念を感じ、膝を改めた。

「私の方も謎解きをひとつ
 ゲンが長瀞の記憶の中で私を見たのは、偶然ではありません
 あの場所は死の縁に近い隧道の入り口
 貴方は死の縁を覗き見た事があるのですね
 だから長瀞の記憶にあったあの場所で、私の存在を感じる事が出来たのです」
ミイちゃんの言葉に、俺が子供の頃病気だった事を知っているナガトがハッとした顔で見つめてくる。
俺は堅い顔で頷くしかなかった。

「さあさあ、そんなに畏まらず、ゲンの言う通り、難しい話はご飯をいただいてからにしましょう」
ミイちゃんの言葉で、俺達は運ばれ始めている皿に手を付けた。
波久礼は松阪牛のステーキに感動し、さっきより俺に敬意を払ってくれた。

『…うん、犬って、こーゆーとこ、単純で可愛い…』


「さて、私の資産をどういたしたいのですか?」
食後のお茶を飲みながら、ミイちゃんが単刀直入にそう聞いてきた。
「貴女の資産で、高層マンションを建てて欲しいのです
 で、その管理を、俺の不動産会社にやらせてください」
俺も、単刀直入にそう切り出した。
「高層マンション?それは、安くない買い物ですね」
ミイちゃんは思案顔になる。
「土地の目星はつけてあります
 しっぽやの事務所が入っているテナントビルから、徒歩5分くらいのとこにある工場倉庫が移転するんですよ
 あの広さがあれば、マンションを建てるには十分です
 高層マンションとなると付近住民から反対運動が起こるから、それもまた、貴女の資産で抑え込んで欲しいな、と思ってます」
俺は、軽くそう言ってみる。
さすがに、側で聞いていた波久礼の顔が険しく歪んだ。


「何故、そんなものが欲しいのですか?」
ミイちゃんが穏やかな顔でそう尋ねてきた。
「俺とナガトの永遠の愛の巣を作りたいんです
 その豪華高層マンションで、俺達は末永く幸せに暮らしたいんですよ」
俺は隣に座るナガトを抱き締めて、そう答えた。
今度は波久礼はポカンとした顔になる。
「それは…」
しかし、ミイちゃんは逆に険しい顔になった。

「そうです、今までも問題は起こっていたはずです
 化生は、外見がほとんど変わりません
 今、俺達が住んでるマンションは入居3年目なので気付かれていませんが、これが10年、15年経つとどうなるか
 俺達がゲイカップルなんて事が問題にならないほど、ナガトは目立つ存在になります
 4、5年おきに住居を転々としないと、外見上歳をとらない化生の存在は周囲から浮いてしまうのです」
俺の言葉に
「確かに、私達は同じ場所に留まるには5年が限界だと感じていました
 そのたびに、新たなアパートを借り上げて、一斉に引っ越しを繰り返していたのです」
ミイちゃんが堅い声でそう言った。

「貴女が所有する高層マンションに、主だった化生を引っ越しさせれば良いのですよ
 最上階はワンルームタイプにして飼い主のいない化生の住居、その下の階はファミリータイプにして飼い主と化生の住居
 ある程度下の階は俺の不動産会社を通して害が無さそうな、身元のしっかりした人間を入居させる
 そのマンションを俺が管理して、化生達が安心して暮らせる居場所の拠点としたいのです
 貴女達化生が人の役に立ちたいと思うように、俺は貴女達化生の役に立ちたい
 居場所の確保、これは不動産業界に伝手のある俺にしか出来ない仕事だと自負しています」
俺が一気にまくし立てるのを、ミイちゃんは黙って聞いていた。
波久礼が俺とミイちゃんの顔を見比べる。
暫く沈黙していたミイちゃんが
「そのような話、上手くいくかのう…」
睨むような、挑戦的な瞳を俺に向けながら呟いた。

「確かに、危険な賭けです
 メリットもあれば、デメリットもある
 当面の化生達の居場所は確保出来るけど、何十年か後、付近住民に怪しまれて破綻するかもしれない
 そうならないために一般入居者を循環させ、絶えず新しい顔を用意する努力はします
 上手くいくかどうか、結果がどれだけ先になるかわからない
 雲を掴むような話ではありますね」
俺は正直にそう告げる。
「私の資産とて、無尽蔵にある訳ではないのだぞ?」
ミイちゃんの懸念は、もっともなものだった。
「家賃収入の確保に努めます
 それに、今までのように引っ越しを繰り返す事を考えれば、全体的な収支が大きくマイナスになることは無いと思います
 まあこれは、今までの収支報告と、想定家賃収入、マンション建築にかかる費用、諸々のきちんとした数字を算出しない事には何とも言えませんが
 ペットブームはまだ続いてるし、しっぽやの方も頑張ってもらえればいくらか足しになる
 ナガト達は優秀だもんな」
俺の言葉に
「頑張ります!」
ナガトはミイちゃんに向かい、頭を下げた。

「ふむ、何とも、夢のある話じゃの
 が、世の中夢だけでは渡って行けぬ」
ミイちゃんは少し遠い目をして言った。
「俺は、貴女達の存在自体、夢のようなものだと思ってます
 それは、獣の夢でもあり、人の夢でもある
 俺以外にも協力者がいるはずです
 貴女がアパートを借り上げ、引っ越しの手配をしていたとは思えない
 ナガト達が着ている服だって、誰かが用立てているはずだ
 皆が協力しあえば、夢を維持するのは可能なのでは無いですか?」
俺は、真っ直ぐにミイちゃんの目を見た。
彼女はそれを真っ向から受け止め、フッと笑う。

「…貴方の見る夢を、私も見たくなった
 好きにすると良い
 ゲンはしっぽや事務所の1階に支店を構える事になっておったな
 後日、そちらに人を遣わそう
 長瀞、お前の飼い主はとんだ山師だ、私にこんな賭けをさせるとは
 我らと人の愛の巣か…
 化生が心惹かれる者は、まこと、我らの友として相応しい者ばかりじゃ」
ミイちゃんはクスクスと楽しそうに笑った。
2/36ページ
スキ