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しっぽや(No.126~134)

side<ARAKI>

今日は今年最後のしっぽやでのバイトの日だ。
この後暫くは白久に会えないけど、年が明けて直ぐ一緒に初詣に行くことになっていた。
その後には白久の部屋に泊まる楽しみも待っている。
今の俺はその日を楽しみに頑張っているようなものだった。

事務所に向かう途中で冷たい北風に吹かれ
「寒っ!」
っと声が出てしまう。
冬休みに入っているから私服なのだが、学校帰りに制服で歩いている時より寒い気がしていた。
『クリスマスプレゼントで白久に貰ったマフラーと手袋してるんだけど
 やっぱ、直に抱きしめてもらうのとは違うや』
どうしても本物の白久の温もりが恋しくなってしまった。
『白久が捜索に出てなければ、控え室でちょっとだけ温めてもらおうかな』
そんなことを考えると、自然と口角が上がってくる。
早く事務所に行きたくて、俺は早歩きで事務所に向かって行った。


コンコン

ノックしてドアを開けると、白久の出迎えは無い。
『捜索中か』
俺はがっかりしてしまった。
けれども暖かな事務所の空気に触れて、少し指先の強(こわ)ばりがマシになってくる。
気のせいか、事務所の中がいつもより暖かい。
『?今日の出勤は猫が多いのかな?』
室内を見回す俺に
「やあ荒木、寒い中ご苦労様
 仕事は温かい飲み物でも飲んで、一息付いてからで良いよ」
ソファーに座っている黒谷がそう声をかけてくれた。

「あ、うん、そうさせてもらうね」
いつも所長席にいる黒谷がソファーに座っているのは、誰かと話し込んでいたためのようである。
その相手を見て、俺は思わず息を飲んでしまった。
そこには、絵に描いたような美青年がいたのだ。
天使のようなフワフワの巻き毛は薄い茶色で、瞳は濃い目の茶色、赤い唇に白い肌。
育ちの良さそうな上品な微笑みを湛(たた)えた姿は日本人ではなく、外国の宗教画に出てくる人物のようにも見えた。
『この人、化生だ…
 煌(きら)びやかさが無いけど猫かな?
 ひろせも、おっとり美青年って感じだもんね』
そう推理するものの
『………
 猫種どころか長毛か短毛かすら分からない…猫プロとしてのプライドが崩れていく…
 俺の知らない猫種かミックスとかかな』
俺はつい、無遠慮にジロジロと眺め回してしまった。
しかし彼は不快そうな表情にはならず、逆に人懐こい瞳で俺のことを見つめ返してきた。

そんな俺達の態度に気が付いた黒谷が彼に頷きかけ
「ああ、彼は白久の飼い主だから化生の関係者だよ
 仲良くしてもらうと良い
 荒木、彼は新入りの『ふかや』
 暫くはシロや大麻生と組んで捜索に出てもらう予定なんだ
 直ぐに独り立ち出来ると思うけどね」
そう紹介してくれる。
『あれ?白久と組むってことは犬の捜索員?』
そんな疑問が浮かび、俺はまた彼を見つめてしまう。
「白久の飼い主?じゃあ、触っても良い人間?」
ふかやは嬉しそうな顔になりソファーから立ち上がった。
その姿を見て、俺の動きが止まる。
『え?え?何か、遠近感変じゃない?』
ふかやはその相貌に似合わず、俺が思っていたより遙かに大きかったのだ。

動きが止まっている俺にふかやは近寄ってくると
「初めまして、僕、スタンダードプードルのふかやです
 人間触るの久しぶり」
そう言って抱きついてきた。
白久とさして変わらない長身の彼の腕に、俺はすっぽりと入り込んでしまう。
図(はか)らずも、白久にしてもらおうと思っていた事をふかやとする格好になってしまった。
「スタンダードプードル?ふかやってプードルなの?」
俺にとってプードルのイメージは『ぬいぐるみ』って感じなので、彼の大きさにビックリする。
「やっぱり驚くよねー
 僕も初めて会ったときは驚いたよ
 プードルって、色んな大きさがあるんだってさ」
黒谷が悪戯っぽい顔で教えてくれた。

「ふかや、あんまり荒木にベタベタすると、シロに喉笛食い千切られるぞ」
ニヤニヤ笑う黒谷に言われ
「そっか、和犬って飼い主にはとことん忠実だもんね
 特に甲斐犬はワンマンズ・ドッグだから気を付けなきゃ
 こっちが危ないや
 せっかく化生したのに、食い殺されたらたまらないもん」
ふかやはハッとした顔になり俺から手を離した。
「ちょ、人聞きの悪いこと言わないでよ
 君が日野に危害を加えようとしなければ、大丈夫だって」
黒谷は焦ったように手を振っている。
「だいたい、うちにいる和犬は総じて平和主義者なんだよ
 新郷も犬のときはワンマンズ・ドッグ気味だったらしいけど、今じゃ愛想良いしさ」
そう言われても、ふかやは疑うような視線を黒谷に向けていた。

「ワンマンズ・ドッグ?」
俺が聞くと
「主人をひとりと定めて連れ添う犬のことをそう呼ぶんだ
 『一代一主』とも言うね
 新たな飼い主を求め化生した時点で、僕達はそれから外れてるけど」
黒谷は肩を竦めて苦笑してみせた。


「ふかや、よかったらこのストール使ってください」
控え室の扉からストールを持ったひろせが出てきてこちらに近寄ってきた。
「俺の膝掛けも貸そうか?マフラーもあるぜ」
扉の陰から明戸も顔を覗かせる。
「ありがとう、暖房の温度を上げてもらったから温かくなってきたよ」
ふかやは笑ってストールを受け取り、早速肩に巻いていた。
「ふかや、寒かったの?
 それで事務所の暖房がいつもより強いのか」
俺はコートとマフラーと手袋を外しても、室内がかなり暖かく感じられることに納得する。
「プードルはシングルコートだから、寒いのちょっと苦手なんだ」
ふかやは照れたように笑っていた。
「え?あんなにフワフワの巻き毛なのに?」
俺はまた驚いてしまった。
「僕、フワフワだけどモコモコじゃなかったから
 アンダーコートがある犬は冬でも暖かで良いよね」
ふかやはしみじみと頷いている。
「その分、夏は大変だよ
 僕はまだマシな方で、シロや空は辛そうだ
 実際の犬は抜け毛がスゴいし」
黒谷はまた苦笑していた。

「寒かったら、控え室で僕たちと一緒にくっついて寝ましょう」
「そりゃ良いや、豪華フワフワベッドだ」
「うーん、寝てるだけってのは退屈なんだけどなー」
ふかやは猫達とも打ち解けていて、すっかり事務所に馴染んでいる。
呆然とふかやを見つめる俺に
「スタンダードプードルって、フレンドリーな性格なんだよ
 しかも、調べたらどこのサイトにも『非常に頭が良い』とか『知能が高い』とか書かれててさ
 洋犬、なんて一括(くく)りにできないもんだね
 ハスキーと同列に扱ったら失礼千万だ」
黒谷が笑顔で説明してくれた。
「もともとプードルは僕やシロと同じ狩猟犬として、古くから人と共にあったらしいよ
 彼らは水鳥狩猟犬だから、山岳での野生動物猟を主とする僕らとはまた違うけどさ」
黒谷の言葉に
「俺、プードルって愛玩犬だとばっかり思ってた
 白久を飼ってから和犬のことは調べたけど、洋犬の愛玩犬って眼中になかったんで詳しく知らないんだ」
俺は頭をかいた。

「戦後日本に入ってきたのは、小型化されたトイ・プードルが主流だったからね
 僕も詳しくは知らなかったよ
 犬種にトイ(おもちゃ)って付くのは何だろう、とは思ってたが深く考えなかったんだ
 そのうち新しい犬種としてティーカップ・プードルなんかも出てきてさ
 犬や猫のこときちんと勉強しないと、ペット探偵なんてやってられない時代なのかなってつくづく思うよ
 ターキッシュバンの依頼の時もそうだったけど、知らない種類がどんどん増えていく
 ただ性格は個々の性質や飼育環境によって変わるから、辞典を鵜呑みにしない方が良い場合もあるけど
 狼犬が猫神だ、なんて、どこにも書いてないもんね」
悪戯っぽくウインクする黒谷に
「確かに」
俺は思わず吹き出してしまった。 


コンコン

ノックと共に、白久が事務所に戻ってきた。
俺がクリスマスプレゼントであげたマフラーと手袋を使ってくれている。
気配を察していたのだろう、真っ直ぐに俺に向かって近寄ってきた。
「お帰り白久、お疲れさま」
俺は伸び上がって白久の頭を撫でてやった。
「無事、依頼達成できました」
晴れやかな顔で報告してくる白久に、俺は誇らかな気分になってくる。
「優秀な捜索員の飼い主で、鼻が高いよ」
軽いキスをして労(ねぎら)うと白久はニッコリと笑ってくれた。
「外回り寒かっただろ?今日は北風が強いもんね
 温かいお茶淹れるから待ってて」
俺が控え室に行こうとすると、ふかやが少しオドオドした感じで俺達を見ていることに気が付いた。

「お帰り、白久
 あの、荒木のこと触っちゃった…
 流石に飼い主に触ったら怒る?
 僕、喉笛食い千切られちゃうのかな」
小声で呟くふかやの言葉を聞いて、白久は苦笑する。
「またクロが適当なことを言ったのでしょう
 荒木に危害を加えるようなことをしなければ、そんなことしませんよ」
白久がそう伝えると、ふかやの顔が明るくなった。
「じゃあ、もう少し荒木を触って良い?」
白久は答える代わりに俺の顔を見つめてくる。
「大丈夫、俺の飼い犬は白久だけだから安心して
 ふかやに触られても危なくないし、嫌じゃないよ」
俺が許可すると白久も頷いてふかやを見た。
ふかやは嬉しそうに、さっきと同じ様に俺を抱きしめてきた。

『触ると言うか、大きさ的にどうしてもこうなるよね』
自分で許可しておきながら、恋人である飼い犬の前で他の犬に抱きしめられるのはどうなんだろう、と考えてしまった。
けれども
「良いね、人間の側に居られるって良いね
 僕、人間大好き、ずっと人間の側にいたいんだ」
ふかやの切ない呟きに胸が痛くなる。

『白久が焼き餅焼くかな』
そう思いつつも、俺はふかやの頭を撫でてやらずにはいられないのであった。
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