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しっぽや(No.116~125)

ひとしきり笑った後、それでもゲンさんは嬉しそうな顔で
「ありがたく使わせてもらうとするか
 これで、化生関係者1のバカップルは俺とナガトに決定だ
 うん、それも悪くねーな」
そう言って包みを大事そうに紙袋に戻していた。
「ジャケットとかプレゼントできると格好良かったんだけどね
 サイズわかんないし」
「ゲンさんならレディースでもいけそうかなーとか思ったけど、流石にやめといた」
ゲンさんは目を細めて俺達を見ると
「お前等が大学に合格したら、お返しプレゼントしてやるからな
 もっと奇抜なもん考えとくぜ」
そう言って頭を撫でてくれた。

「2人とも、いつもありがとうございます」
紙皿を持った長瀞さんが微笑みながら俺達に頭を下げてくれる。
「お2人の合格パーティー、腕に縒(より)をかけますので楽しみにしていてください
 パーティーメニューなんて普段作れませんからね
 実は私も、作ってみるのが楽しみなんです」
長瀞さんは楽しそうに笑った後
「ゲン、白久のエビとアボカドのサラダにベビーリーフを追加してきました
 新郷のサモサも美味しいですよ
 私も今度、カレーの残りで作ってみます
 ジャガイモを入れずに豆だけで作れば、そんなにボリュームも出ないでしょうし」
そんな事を言いながら、紙皿をゲンさんに手渡していた。
「サモサか、そりゃ楽しみだ」
ゲンさんは俺達に向けるよりもっと優しい目で長瀞さんを見ている。
『流石、化生関係者1のバカップル』
俺と日野はそう囁き合ってクスクス笑ってしまう。

「荒木、少し早いけどクリスマスティーを淹れたついでにケーキも開けることになりました
 召し上がりますか?」
白久が俺を呼びに来てくれる。
「うん、食べる!俺、モンブランが良い
 予約するときに見たチラシで、1番心ひかれたんだ
 でも、フルーツタルトもチョコケーキも美味しそうだったっけ
 どれにしようか悩むなー」
俺は白久に近寄って悩み始めた。
「悩んだときは、全部いっとけ
 俺は、チキンとケーキのクリスマス二重奏(デュオ)いくか
 いや、まだ寿司も残ってたっけ
 寿司も入れて三重奏(トリオ)…たこ焼き入れて四重奏(カルテット)
 まてよ、シュトーレンとサモサ…豆ご飯におでんの汁かけてみるのも良さそうだし…
 そうなるとオーケストラ的?」
結局自分も悩んでいる日野も俺の後に続いて移動していた。

「ブッシュドノエルだってー!何か、トレンディーな名前じゃん
 俺、それ食べてみたい
 カズハはフルーツタルト?」
空が広げられたケーキを前に顔を輝かせていた。
「うん、そうしようかな
 はい、空、ホワイトクリスマスで淹れたミルクティー
 甘い良い香りでしょ、ケーキに合うよ」
「ソウちゃんには、シャンパンイメージのクリスマスティーで淹れたミルクティー
 これ、さっぱりしてるけど、ミルクティーにしても合うんだ
 いやー、紅茶って奥深い」
カズハさんとウラは甲斐甲斐しく飼い犬に飲み物を作ってやっている。
「荒木少年と日野ちゃんも、シャンパン風クリスマスティー飲んでみるか?
 俺が直々に淹れてやるぜ
 カズハ先輩の甘い香りの方が良い?」
ウラが俺達に気が付いてウインクしてきた。

「どっちも気になるけど、最初はさっぱり系でいってみようかな
 ウラ、淹れてくれるの?
 白久にもお願い」
「俺も最初にそっち飲んでみる、ウラ、黒谷の分も頼むな」
俺と日野が頼むと
「よっしゃー、ギャルソン・ウラに任せろ!
 ギャルソンエプロン持ってくりゃよかったな
 部屋で紅茶淹れる時、雰囲気出そうと思って買ったんだ
 あれ着ける意味、よく分かんないけど
 ソウちゃんが『似合ってる』って言ってくれるから、まあ、いっか」
ウラは機嫌良く答えてくれる。

「荒木、どうぞ
 モンブランを貰ってきました
 私はチョコケーキにしてみたので、こちらも味見してみてください」
紙皿にケーキをのせた白久がニッコリ笑って近づいてきた。
「ありがと、そっか、白久は化生してチョコ大丈夫になったんだから、堪能しなきゃね」
俺も笑って白久から皿を受け取った。
「はいよー、紅茶2丁、お待ち!」
ウラが威勢良く紅茶を差し出してくれる。
「ウラ、お前、ギャルソンっつーより、居酒屋のバイトみたいだぜ」
ゲンさんの指摘で、場が盛り上がるのであった。

「うわ!栗の味が濃い!」
モンブランを1口食べた俺は、思わず驚きの声を上げてしまった。
「白久も食べてみて、美味しいよ」
白久もモンブランを口にして、驚いた顔をしていた。
「ここ、クリームに裏ごしした栗をふんだんに使ってるんですよ
 お勧めのお店なんです」
ケーキ屋を選んだひろせが、少し得意そうな顔になる。
「栗でお菓子作るって、大変なんスよ
 俺も栗の裏ごし手伝ったことあるから知ってます」
うんうんと頷きながら、タケぽんも得意そうな顔になっていた。
「あの時はタケシが手伝ってくれたから、とても助かりました」
「2人で作ったモンブラン、美味しかったね」
タケぽんとひろせは見つめ合い、2人の世界に入っていった。



コンコン

パーティーの喧噪の中、微かにノックの音が聞こえた。
羽生が素早くドアの前に移動していく。
「これで、全員揃ったな」
ゲンさんの言葉と共に、事務所にビニール袋を3つも下げた中川先生が入ってきた。
「メリークリスマス」
いつものように爽やかな笑顔で挨拶してくれる先生に、部屋の全員が
「メリークリスマス」
と返事を返す。
「いやー、遅くなってすいません
 今日はこれでも早く帰れた方なんですけどね
 あ、これ、差し入れのケーキ
 アイスケーキなんで、直ぐに食べなければ冷凍庫に入れといた方がいいんだけど、入りきるかな
 一応袋の中に、ドライアイス入れてもらってあるよ
 俺が一番最後に行くと思って選んでみたんだ
 普通のケーキは用意されてるもんな」
中川先生はケーキが入っているビニール袋を羽生に預け、コートを脱いでいた。

「アイスケーキか、確かに冷たいモンが食いたくなるくらい部屋が暖まってきてるな
 人数多いし、楽しくて盛り上がってるからよ
 中川ちゃん、ナイスチョイス!」
ゲンさんが親指を立てて先生を労っている。
「でも、サトシは寒い中歩いてきたから冷えてるでしょ
 待ってて、サトシに取っておいたチキンとパン、温めてくるから
 スープも作るね、お寿司あるから味噌汁の方が良い?」
羽生は一生懸命、先生の世話を始めていた。

「先生、いつもこんな時間まで学校に残ってるの?」
俺と日野は驚いてしまう。
「うーん、まあ、色々とやることがあってな
 俺は部活の顧問をしていない分、まだ楽だよ」
先生は苦笑している。
「そっか、顧問の先生とかコーチとか、大変なんだ
 大会は休日にあるし
 世話になったから、卒業するときにでも3年の部員で何かプレゼントあげようかな」
日野は少し難しい顔をして考え込んでいた。

「先生、ケーキ貰って良い?
 俺、アイスケーキって食べたこと無い」
「あ、俺も無いから、どんなのか興味ある」
俺と日野の紙皿の上はとっくにカラになっている。
「ああ、もちろん
 今年は野上と寄居のために、オプションいっぱい買ってきたから存分に堪能してくれ」
「「オプション?」」
俺達は顔を見合わせた。
羽生からケーキの入った袋を受け取り、箱を開ける。
「凄い!これ、全部アイス?」
「カラフル!でも、アイスだからこの色もありなのか」
思わず歓声を上げてしまった。
早速切り分けて皿にのせると
「待った、ほら、これこれ」
先生がケーキの箱と一緒に入っていた小箱を差し出してくる。
蓋を開けると、中には砂糖菓子のサンタが沢山入っていた。

「ほら、去年は何だかケーキの上が殺人現場みたいになってたろ
 首と胴が千切れたサンタがのっかってたじゃないか
 今年はクリスマス・サスペンス劇場を回避しようと思って追加したんだよ」
爽やかに笑っている先生の言葉で、俺達は去年のクリスマスケーキの惨状を思い出し笑ってしまった。
俺は小箱からサンタを1個つまみだし、白久のアイスケーキの上にのせてやる。
「はい、今年は元気なサンタさん」
「では、荒木もお一人どうぞ」
白久も俺のアイスケーキにサンタをのせてくれた。
ゲンさんが言うように部屋の中が温まっていたから、アイスケーキの甘く冷たい味はノドに気持ちよかった。


それからも料理をつまみながら、楽しいパーティーは続く。
なかなか1度に会う機会が無いので、皆との話は尽きなかった。
しかし楽しい時は、終わりを告げる。

「学生組はそろそろ帰った方が良い時間だな、名残惜しいが今回はこんなもんにしとこう
 片付けはマンション組がやっとくから、駅まで自分の化生に送ってもらいな
 桜ちゃんと月さんは、俺の部屋に泊まってくか?」
「そうさせてもらうよ、その方が明日の出勤が楽だ」
「僕らも急ぎの注文がないから、そうさせてもらおうかな
 あ、新郷のシャツがあったか」
「俺のシャツなんか、ゆっくりで良いよ」
「そうだよ岩月、こいつ、また何か汚すかもしれないし
 一緒に持って帰った方が効率的だって」
大人組は、まだまだ楽しそうだった。



俺達学生組は帰りの挨拶を済ませ、外に出る。
「うわ、寒!」
暖かな部屋から急に外の冷たい風に吹かれ、俺は思わず首を竦めてしまう。
「荒木、どうぞお使いください」
白久が真新しいマフラーを首に巻いてくれて
「メリークリスマス」
耳元でそっと囁いた。
俺も鞄から包みを取り出すと白久に手渡し
「メリークリスマス」
囁き返す。

「巻いてあげようか?」
そう聞くと白久は嬉しそうな顔になり
「お願いします」
と言って腰を屈めた。
俺は包みからマフラーを取り出し、白久の首に巻いてあげる。
「荒木の温もり…温かいです」
「白久のも温かい」
俺達は他の飼い主の目を盗み、軽く唇を合わせ笑いあった。

「来年は、白久の部屋でゆっくりクリスマスを過ごしたいな
 そしたら、白久が一晩中温めて」
「荒木に寒い思いはさせません
 満足していただけるよう、色々と勉強しておきます」
少し大胆な約束を交わし、俺達はお互いの温もりを首に巻いて冷たい風の中歩いていくのであった。
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