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しっぽや(No.116~125)

side<ARAKI>

12月に入ったばかりであったが予備校の予定に少しだけ余裕のあった俺と日野は、しっぽや事務所を使わせてもらいクリスマスパーティーを開催することにした。
いつもイベント事はゲンさんが計画してくれて俺達はそれに乗っかるだけで良かったので、初めて自分達で計画すると言うことに緊張と興奮があった。
準備しきれなかった部分は皆がフォローしてくれて、俺達は楽しいパーティーを堪能中なのであった。


控え室の隅で白久と一緒に豆乳ヨーグルトを飲みながら
「月さんや桜さんとはあまり会う機会が無いから、白久も新郷やジョンにあんまり会えない?
 事務所でけっこー会ってるのかな
 黒谷も入れて、皆、古い時代からの仲間なんだろ?
 たまには集まってご飯でも食べれば良いのに」
俺は先ほど見た4人(匹?)の楽しそうな姿を思い出し、そう聞いてみた。
「そうですね、古くからのとても大切な仲間です
 彼らが居なければ、飼い主の居なかった長い年月を耐えられなかったかもしれません
 でも、付き合いは短くとも、羽生やひろせだって大切な仲間ですよ」
白久はそっと微笑んだ。
「しかし、私にとっては荒木が1番大切なお方です
 飼い主がいる者は、飼い主と一緒に居られる時間が1番楽しく大切なものなのですよ
 仲間内で集まるのは、このような催しのついでで十分、と言うと薄情に聞こえますでしょうか」
悪戯っぽい笑顔をみせる白久に
「日野やタケぽんと居ても楽しいけどさ
 俺も白久と一緒に居るのが、1番楽しいかも」
俺も思わず笑ってしまう。

「自分たちの時間を大切にしつつ、皆で集まる機会も作りたい
 何か、ゲンさんの気持ちが凄く分かる気がする
 まだゲンさんみたいには上手く出来ないけどさ、また皆で楽しめること考えてみるよ
 もっとも、1人じゃ無理だから、日野とタケぽんと一緒にとかさ
 今回もチキンの数、十分用意出来なかったもんなー
 考えてみればクリスマス前だし、そんなに大量に売ってないんだよね
 20本くらい予約しとけば良かった
 寿司とケーキは『予約しなきゃ』って頭があったのに、チキンは当日買えば良いか、とか軽く考えてた」
俺は腕を組んで唸ってしまった。
「飼い主と分けて食べるチキンは美味しかったので、私は大満足ですよ」
白久の笑顔を見ていると『まあ、良いか』と心が軽くなっていく。
「よし、トリモモはもう無いけど、寿司食べよ!
 早くしないと日野に食い尽くされちゃう
 っと、飲み物…流石にこれ、寿司には合わないか」
俺は残っていた豆乳ヨーグルトを一気に飲み干した。

「インスタントのお吸い物かお味噌汁を作りましょうか
 エコではありませんが、パーティーなので紙コップでお手軽に」
白久も同じくドリンクを飲み干して、スープ類の入っている引き出しに手をかける。
「うん、そうだ、皆にも聞いてみよう
 少しくらい立案者っぽく役に立つことしないと」
俺は笑って舌を出し
「寿司用にインスタントのお吸い物と味噌汁作るけど、飲みたい人いる?」
そう声を張り上げた。
『欲しい』と言う声が大量に上がったので、俺は人数分作ることにする。
「荒木、手伝うよ」
近寄ってきた日野が手を貸してくれた。
「何かまだ、ゲンさんみたいにビシッと決めらんねーな、俺達」
苦笑する日野に
「次は、もうちょっと上手くやろう
 また色々企画してみようぜ」
俺は笑ってそう言った。
「よし!って、次は受験明けじゃないと無理そうだけど
 春っぽいこと、してみるのも楽しそうじゃん」
「だな」
俺達は顔を見合わせて笑い合い、出来上がった飲み物をお盆に乗せると皆に配って回った。


コンコン

ノックと共にすかさず長瀞さんが立ち上がってドアを開けに行ったので、誰が来たのかは直ぐに分かった。
「メリークリスマス&ハッピーニューイヤー
 いや、正月はまだ早すぎるか」
大きなビニール袋を下げたゲンさんがにこやかな顔で事務所に入ってくる。
それはプレゼントの袋を持ったサンタのように見えた。
「チキンの追加、持ってきたぜー
 この時期だと、まだ肉屋で大量に手に入れるの大変だろ
 それを見越して、スーパーに予約しといたんだ
 亀の甲より年の功ってな
 照り焼きばっかじゃ飽きると思って、塩味多めに買ってみたぜ」
ゲンさんはニヒッと笑って、袋を掲げてみせた。
「流石ゲンさん!」
「ゲンちゃんサンタ、格好良い!」
「やったー、トリモモ追加ー」
場の皆からドッと歓声が上がる。
俺と日野はゲンさんに尊敬の眼差しを向けるしかなかった。

「白久、塩味だって
 また分けっこしよ」
「はい、飲み物はどうなさいますか
 ここはサッパリと炭酸系でコーラはいかがでしょうか?」
好みを覚えてくれている飼い犬に、満足感を覚え顔が笑ってしまう。
「うん、白久の分は俺が入れてあげるね」
俺は新しい紙コップとコーラを手にして飲み物を用意すると、早速トリモモ争奪戦に加わっていくのであった。


白久と美味しくトリモモを分け合って食べた俺は、ゲンさんにお礼を言いに行く。
ゲンさんは月さんと談笑していた。
「月さん、このたこ焼きのイメージは俺ですか?」
ゲンさんはスキンヘッドの頭を撫でている。
「いやいや、僕とジョンの満月をイメージしたつもりだったんだけど
 そっか、ゲンちゃんでも良いね」
「良いねってこたー無いでしょうが、何、ついでみたいに言ってんスか」
2人は親しげに笑い合っている。
「パーティーパックのたこ焼きなんて、自分には縁のない物だと思ってたよ
 あれを買う機会があるって、嬉しい驚きだね
 しっぽやは随分大所帯になったもんだなー」
感慨深げに事務所内を見回す月さんに
「秩父先生も、お呼びしたかったですね」
ゲンさんが少ししんみりした感じで言っていた。
「そうだね、秩父先生も皆で集まるの好きだったから、きっと喜んだと思うよ
 タキシードでも着込んで、ダンディーにビシッと決めてきたかもね
 先生ハンサムだったもんなー、今で言うところのイケメンってやつ」
月さんは懐かしそうに少し遠い目をしていた。

「お、今回の立役者(たてやくしゃ)、荒木少年じゃねーの
 立役者ってわかる?どーも若い子に対して古くせー言葉使っちまうな」
俺に気がついたゲンさんは頭をかいて話しかけてきた。
「今で言うところの、センター?」
首を傾げる月さんに
「月さん、何か違う気がする…
 まあ、立案者ってことだ」
ゲンさんはニッと笑ってみせた。

「ゲンさん、塩味のトリモモ美味しかったよ、差し入れありがとう
 流石ゲンさん、トリモモ足りなくなるのお見通しだったんだ」
俺は苦笑するしかなかった。
「ナガトからだいたいのメニュー聞いてたからな
 被ってチキンまみれになっても、ここには秘密兵器『日野少年』がいるから大丈夫だろうと思ってさ
 ケンタンのチキンと迷ったが、あれは通年で食えるもんな
 ここはクリスマスムード盛り上げなきゃと思ってよ」
ゲンさんは悪戯っぽくウインクする。
「事務所でのクリスマスパーティーなんて、粋なこと考えたもんだ
 皆にゆっくりしてもらおうと思って今まで家でやってたが、家だと長っ尻になっちまうんだよな
 泊まってもらうのも視野に入れてっから、時間のある時じゃないと集まれなくてさ
 さっと集まってさっと解散するのもありだな、こりゃ
 ほんのちょっとだけ顔出すって事も気兼ねなく出来る
 この事務所なら、皆が来やすい場所だしな
 新しい風をありがとう」
ゲンさんは優しい顔で俺を見てくれた。

「まだ、ゲンさんには遠く及(およ)ばないよ
 企画立てても穴だらけだったし
 もっと皆に楽しんでもらえること考えたいって思ってるんだ
 受験終わったら、もっと何か考えてみる
 月さんも、また来てね」
俺は自分で言ってて照れくさくなってしまう。
「ありがとう、お誘い待ってるよ」
月さんも優しい視線を俺に向けてくれた。

「岩月、カズハがクリスマスティー淹れるって
 ちょっと試してみない?」
ジョンが月さんを呼びに来る。
「さっき言ってたやつか、シャンパンみたいな紅茶って興味あるなー
 ちょっともらってくるね」
月さんはにこやかに笑うと、ジョンと一緒に控え室に消えていく。
そのタイミングで俺はゲンさんに近づいて
「今年も、ゲンさんにだけプレゼントがあるんだ
 俺と日野で選んだやつ」
こっそりとそう囁くと、ゲンさんは驚いた顔を俺に向けてくる。
「待ってて、持ってくるから」
俺はそう言って黒谷と一緒に料理の山と格闘中の日野に近づき
「ゲンさんに『アレ』渡そうぜ」
そう耳打ちした。
「わかった」
日野は座っていたソファーから立ち上がり、クローゼットに向かう。
中から紙袋を取り出すと、俺と一緒にゲンさんに近づいていった。

「「メリークリスマス」」
俺達が手渡した紙袋を受け取ったゲンさんは、既に目が潤み始めていた。
「今年は長瀞さんの分も入ってるから
 いつも美味しいお裾分けありがとう」
「長瀞さんと使ってよ
 って、1個はシャレだから使いどころビミョーだけど」
俺も日野もクスクス笑ってしまう。
「ありがとう、高校生に気を使ってもらえるなんてオジサン感激だ
 若い感性のプレゼント、何だろうな」
ゲンさんは涙をごまかすようにハシャぎながら袋に手を入れた。
取り出した包みの中には、お揃いの黒い手袋が2個入っている。
「それ、つけたままでスマホいじれる手袋なんだ
 けっこー便利だよ」
「長瀞さんのは白にしたかったけど、白手袋って汚れやすいから黒にしちゃった」
俺達の言葉にゲンさんは嬉しそうに頷いて
「こっちは何だ?マフラーか、暖かそうだ」
別の包みを開け始めた。
「…?何か…、長くねーか?今ってこんなのが流行なのか?
 オジサン巻方わかんねーわ、後で調べてみるか」
訝しげな顔のゲンさんに
「それ、バカップル用、2人で一緒に巻けるマフラー」
「長瀞さんと一緒に使って」
俺と日野は堪えきれずに爆笑してしまう。
唖然とした顔をしたゲンさんも、俺達につられて笑い出していた。
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