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しっぽや(No.116~125)

「まずは1番のお楽しみ、っと」
俺は寿司やチキンには目もくれず、半分に切られトーストされているホテルブレッドに白久が作ってくれたエビとアボカドのサラダをのせかる。
「荒木が喜んでくださると思うと、作り甲斐があります」
白久はそんな俺を見て嬉しそうに微笑んでくれた。
「本当は、もっと色々作ってきたかったのですが」
健気な飼い犬に
「今日は皆で楽しむのが目的だから、一緒にゆっくりしようよ」
俺はそう語りかけて頭を撫でてやった。
「美味しい!白久も色々食べて、ここのパン屋のオニオンパン美味しいんだ
 あっと、タマネギ…今は、大丈夫か」
つい、犬には厳禁の食べ物を選んでしまったとドキッとしてしまった。
俺の心はかなり犬飼になっているようだ。
白久はトースターで暖めたオニオンパンを口にして
「本当だ美味しいですね
 チーズとタマネギのバランスが良いです
 わざわざ買ってきてくださって、ありがとうございます
 重かったでしょう」
そう言って俺を労ってくれた。
タケぽんに持たせた、とは言わず
「白久の喜ぶ顔が見たかったからさ」
俺はヘヘッと笑ってみせた。

それから俺達はトリモモを分け合って食べる。
「クリスマスならでは、の味ですね」
「うーん、俺ん家はケンタンのチキンが定番だったからクリスマスかどうか今一よく分かんないけど
 普通に美味しいよね、いつも売ればいいのに」
そんな事を話し合っている俺達の側で
「骨!加熱されたトリの骨には気をつけないと!
 うっかり食べたら死んじまうって、あのお方が強く言ってたんだから
 カズハも絶対食べちゃダメだって言ってるし
 トリモモ怖えー、でも、美味いー」
いつもガサツな空が神経質に骨を避けながら、トリモモを食べていた。

「お寿司を予約していたから、どうかと思ったのですが
 日野がお好きなので豆ご飯を炊いてきました
 小さいおにぎりにして、薄焼き卵でくるんでみたんです
 皆も食べて」
黒谷が可愛らしいおにぎりが詰まった5段重箱をテーブルに置く。
「黒谷の豆ご飯は別腹だもん、いくらでも入るよ
 おかずチキンに豆ご飯ってあうし」
日野はうっとりとした顔で黒谷を見ていた。
『おかずチキン…クリスマスの主役、形無しな呼び方…
 つか、どの料理も日野にとっては別腹扱いなんじゃ』
俺は今度はスライスしたバゲットにエビとアボカドのサラダをのせて食べながら、戦慄と共に考えた。
「ポテチをパーティー開けいたします」
ウラに教えてもらったのか、大麻生が食べやすいようポテチの袋を開けていた。


コンコン

ノックと共に扉が開いて
「メリークリスマス!」
月さんとジョンが事務所にやってきた。
「個人経営店だと時間を自由に出来るから、早めに来れたぜ
 はい、これ、差し入れのパーティーパック入りたこ焼き
 まん丸満月たこ焼きちゃん、まだ、熱々だぜ」
ジョンが大箱たこ焼き入りビニール袋を掲げてみせた。
「いやー、チョイスがおじさんでごめんね
 クリスマス的な物は、もう用意されてるかなと思ってさ
 若い子とクリスマスパーティーなんてやったことないもんだから
 今日は誘って貰えて嬉しかったよ」
月さんは照れくさそうに笑っている。
「ありがとうございます!ソース物はテンション上がるし、キリストだって、きっとたこ焼きは美味いと感じますよ」
日野は満面の笑みでたこ焼きを受け取り、適当なことを言っている。
クリスマス、と言うよりテーブルの上は宴会みたいなノリになってきていた。


コンコン

今度はノックと共に桜さんと新郷が事務所に入ってきた。
「メリークリスマス!おおっと、ソースの良い香り
 ほらね、桜ちゃん、これなら俺達の差し入れも浮かないでしょ
 俺達の差し入れは、特製豆カレーで作ったサモサー」
「食べ盛りの子にカレーは鉄板とは言え、クリスマスには浮くと思って躊躇したが、大丈夫そうか
 上で暖め直してきたから、すぐ食べられるよ」
桜さんがサモサの入った暖かなタッパーをテーブルに置く。
「これ、インドカレーの店で食べたことある!
 自分で作れるんだ」
俺が料理をのぞき込むと
「好きなカレーで作れるよ、新郷の豆と挽き肉のカレーは絶品なんだ
 是非味わってくれ」
桜さんは真面目な表情を和らげ、誇らしそうに笑ってくれた。

「新郷、お前のカレー確かに美味いけど…
 ほら、やっぱり袖口に垂らしてる
 さっさとクリーニングに出せ、持って帰ってやるから今脱げ」
「くっそー、ジョンは目ざといなー
 黒谷、ロッカーの服借りてくよ」
「ちょ、僕のシャツにカレーつけないでよ?」
「新郷、私のスーツにつけたら、それこそジョンの血管切れてしまいます」
「白久はカレーより泥跳ねを気にしてくれ、そっちの方が俺の血管切れるから
 本当、マジで頼むって
 雨の日の捜索はジャージでお願いって、いつも言ってんだろ」
「しかし、ジャージでウロウロしていたら、不審者に間違われてしまいそうですから」
久しぶりに揃って会っている犬達はとても楽しそうで、見ていて微笑ましかった。



コンコン

「チーッス、メリクリー、盛り上がってんじゃん」
「あ、あの、メリークリスマス」
続いてウラとカズハさんが事務所にやってきた。
ペットショップの仕事の後に来てくれたようだ。
「俺達からは、コンビニ差し入れ
 おでんと肉まん、カレーまん、ピザまんでーっす
 ケーキあるから、あんまんは選ばなかったとか、ナイスチョイスだろ」
ウラはコンビニの袋を持ち上げて、得意げにニヒッと笑っている。
「ケーキと一緒にと思って、今年もクリスマスティー持ってきました
 シャンパンをイメージしてる爽やか系と、ミルクティー向けの甘い香りのやつです」
カズハさんはおでんの容器をテーブルに置いて、紅茶を戸棚にしまってくれる。

「カズハ、俺、ちゃんと骨を避けてチキン食べたんだ
 偉い?」
空がさっそく報告に行くと
「偉い偉い、加熱したトリの骨は絶対食べちゃだめだからね」
カズハさんは空の頭を撫でて誉めていた。
「そうだ、犬にトリの骨は厳禁だって爺ちゃんにクドクド言われたな
 ソウちゃん、大丈夫?食べてない?」
ウラが慌てて大麻生のところに確認しに行った。
「ウラ、自分は骨ごと食べるほどガッツきませんから」
「だーよねー」
ウラはそれでも大麻生の頭を撫でて、頬にキスをしていた。

「荒木少年も、白久に骨食わせるなよ」
俺と白久の前に置いてある皿の骨に気がついたウラが、悪戯っぽそうにウインクする。
「白久だって、そんなにガッツかないよ
 俺も、ちゃんと知ってるし
 加熱したトリの骨は縦に鋭く裂けるから危険だって」
俺が言うと
「でも、軟骨は大丈夫
 つくね団子に軟骨入れると、良いアクセントになるんだぜ
 こないだソウちゃんが作ってくれたつくね団子、超美味かった
 今は飲み屋行くより、ソウちゃんの作ってくれたつまみで家飲みするのにハマっててさ
 荒木少年も、20歳になったら『居酒屋ソウちゃん』に誘ってやるよ
 お酒はハタチになってから~
 ま、俺はその前から飲んでたけど」
ウラは笑いながら舌を出していた。


人数が増えてきたので座りっぱなしではなく、皆は立って料理を堪能し始める。
俺も料理を物色しながら移動していた。
「白久、ピザまん食べる?
 これは中にチーズが入ってるんだ」
「それは美味しそうですね
 最近はコンビニごとに限定品なども出ているので、どうにもよく分からなくて
 自分ではいつも、昔ながらの肉まんを選んでしまうのです」
俺は4分の1に切られ皿に盛られているピザまんを1つ取り、白久の皿にのせてやる。
「成る程、トマトとチーズの味がすると、ピザのように感じますね
 美味しいです」
嬉しそうにピザまんを食べる白久の皿に、俺は肉まんとカレーまんものせてあげた。
自分も同じ物を取って食べ始める。

「大勢で食べると、色んな物一気に食べられて良いね
 何か、贅沢」
俺は思わず笑ってしまう。
そんな俺に日野が近寄ってきて
「何言ってんだよ、コンビニで5、6個違う味を買えば一気に食えんだろ?
 冬の部活帰りの定番じゃん」
不思議そうな顔で話しかけてきた。
「そんなに食ったら、夕飯食べらんないじゃん」
「え?肉まんは別腹だって」
「お前、どんだけ別腹あるんだよ」
「無限かも」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。

「荒木も黒谷の豆ご飯食べてみな、美味しいぜ
 今日のは薄焼き卵でくるまれてて、また良い感じでさ
 長瀞さんには適わないけど、黒谷、料理上手いんだ」
「日野も白久のエビとアボカドのサラダ食べてよ
 ホテルブレッドと相性抜群
 白久は和食が得意だけど、洋食もいけるんだよね」
最近の俺達は典型的な犬バカらしく、つい犬自慢が始まってしまう。
「日野のためなら、何でも作れるようになります」
「私も、荒木のためにもっと色々な料理を覚えますよ
 今度、大麻生に軟骨入りつくね団子の作り方を聞いておきますから」
「あ、僕も教わっとこう」
犬達も飼い主の気を引くことに余念がなかった。

「荒木、飲み物のお代わりはいかがですか?」
俺のコップが空になっていることに気付いた白久がそう聞いてくれる。
「じゃあ、コーラお願い
 っと、いや、ここは豆乳ヨーグルトにしておくか
 自分で作るよ」
「先ほど、荒木が飲んでいた物ですね
 私も飲んでみたいです」
「じゃあ、俺が作ってあげる」
俺達は控え室の冷蔵庫から豆乳とヨーグルトを取り出して、部屋の隅でドリンクを作り始めた。
出来上がったドリンクで、2人だけの乾杯をする。
「白久と2人っきりの時間はとれないけど、今年のクリスマスも楽しいや」
俺が笑うと
「荒木にだけ、プレゼントを用意して参りました
 後でこっそりお渡しします」
白久が耳元で囁いてくれた。

「俺も、用意してきたんだ
 もしかして、また中身が被ってるのかな」
「同じ事を考えているかもしれませんね」
俺達は2人同時に
「「マフラー」」
と囁き合って笑ってしまった。
「俺達、離れてても温めあってるんだ」
「少し、マフラーに嫉妬してしまいますけれど
 本当は自分の腕で荒木を抱きしめて、温めてあげたいのです」
白久は優しく微笑んでくれた。
「受験終わったら、いっぱい温めて」
俺は喧噪に紛れるよう小声で言った後
「メリークリスマス」
聖夜の挨拶を口にする。

楽しい聖夜はまだまだ続くのだった。
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