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しっぽや(No.116~125)

病院に猫を連れ帰った私達を、先生方は驚いた顔で迎えてくれた。
「え?もう見つかったの?
 出て行ってから30分、経ってないよね」
「うーむ、流石プロ」
カズ先生も娘さんも感心しきりであった。
しかし、デブ君を受け取った娘さんが軽々と抱え
「もう、シンイチ君、皆心配したんだからね」
と良いながらスタスタ歩いてケージに入れに行くのを見たタケぽんが
「スゲ…流石、プロ
 あの子、米袋より重いのに…」
こちらも感心しきりであった。

「今回、成功報酬の方は結構です
 その代わり、お願いしたいことがあるのですが
 そちらの子を飼い主さんが受け取りに来た際、この子を見せても構いませんでしょうか
 実は、里親募集中でして」
私は先生方に頭を下げる。
もちろん2人は戸惑った顔をしていた。
「無理に引き取って欲しいと言う話ではないので、見るだけで結構なのです」
きっと、後は子猫が上手く気を引くだろう。
「まあ、猫好きの人ですけど
 今はシンイチ君で手一杯だと思いますよ」
娘さんは渋い顔をしながらも、対面を了承してくれた。


それからスタッフルームで飼い主を待たせてもらう。
1時間近く経った頃
「いらっしゃったわよ」
娘さんが呼びに来てくれた。
私は患畜を連れてきた風を装い、待合室に移動する。
そこには、岩月様よりは年上であろうか、50代始めくらいの女性がいる。
デブ君が連れてこられると
「クンチ君、ちょっとは痩せたかな」
声を高くして(典型的な、猫バカだ…)話しかけていた。
『?確か、あの子は「シンイチ」と呼ばれていたはずだが
 変化する名前…間違いなさそうだ』
キャリーの中からも
『ママ…?ママだ…』
そんな切ない想いが感じられた。

「こんにちは、可愛い子ですね」
私が女性に話しかけると
「そうなんです、でもちょっと太り気味で」
彼女は私に臆することなくデレデレした顔をみせる。
「先ほど保護した子猫が居るのですが、少し柄が似てるかな?」
私がキャリーの蓋を開けると、彼女はすかさずのぞき込んできた。
「こっちの子の方がキリッとしてるかな?
 トムキャットより、黒い部分が少ないですね
 目は、きれいな金だわ」
相好を崩す彼女に
「里親募集中なのですが、どうでしょうか?」
私はこの子を売り込んでみた。
「いやー、今はクンチ君で手一杯かな
 この子が小さいときは、もう1匹お爺さんの黒猫が居たんですけどね」
彼女は未練がありそうな顔で断ってきた。
その時
「ギ…ギャ…ギニー…」
子猫が掠れた声で泣き出した。
私に話しかけていた時の可愛らしい声ではなくなっていたので、慌ててしまう。

『声が掠れるほど泣かせてはいないはずなのに』
焦る私をよそに
「ギニー?この子、ギニーって」
女性の目にはみるみる涙がたまっていった。
「ギニー…コンちゃんなの?」
彼女の微かな問いかけに
「ギ、ギニー、ギー」
子猫は懸命に答えようとしていた。
『ギニーと行う名は、泣き声からきていたのか』
私は深く納得する。
子猫に話しかけられ、彼女の目から涙がこぼれ落ちていた。

「ごめんなさい、前に飼ってた子と、泣き声が似てて」
彼女は涙を拭い
「この子、家にお迎えしようかな
 何だか凄く縁を感じるわ
 家に来てくれる?」
そう子猫に話しかけてくれる。
「ギニー」
子猫は彼女の目をしっかりと見つめていた。

「ありがとうございます、こちらのキャリーは差し上げますよ
 このまま連れ帰ってください
 せっかくですし、健康診断も受けていかれたら
 料金は私が払いますので
 どうか、可愛がってやってください」
私は彼女の気が変わらないうちに話を進めていく。
カズ先生の娘さんは、子猫用フードのサンプルを大量におまけしてくれた。

『ありがとな、兄ちゃん
 これでもう、この記憶はいらないや
 また、ママと新しい記憶を作るから
 チビになんか任してられない、俺がママを守らなきゃ』
子猫からそんな感謝の想念が届いてくる。
『お幸せに』
『兄ちゃんも、飼い主探せよ
 「縁」ってやつは、こうやって強引に作るもんだぜ』
子猫に痛いところを突かれ、私は苦笑するしかなかった。


カズ先生に送っていただきしっぽや事務所に戻ると、双子が出迎えてくれる。
「波久礼、お疲れさま」
ソファーに座り左右から甘えてくる双子を撫でながら
「暖かい、ということは幸せかい?」
私は気になっていたことを聞いてみる。
「もちろんです!それに勝る幸せはありません
 お日様、あのお方のお膝、あのお方と共に寝る布団、無上の喜びですよ」
「外で冬を過ごしてみな、暖かい以上の天国なんて無いぜ
 野良経験あると、余計に感じるんだ
 ストーブで毛を焦がす奴は、とことん寒い思いをしたことがあるはずだぜ」
双子達の回答に
『あの子も、飼い主も、そのことを言っていたのか』
私はそう納得した。

「波久礼、何日かこっちにいるんだろ?泊まってきなよ
 まだ寒いから、一緒に寝たいなー」
「長瀞のところばかりでなく、たまにはうちにも泊まってください
 しゃぶしゃぶでも作りますよ
 ステーキの方が良いですか?」
2匹の猫に熱烈な歓迎を受けながら
『飼い主探しは、もう少し先でいいか』
私はそう考える。

「波久礼、ずっと猫神のままでいちゃダメだからね」
気が付くと、事務所内の犬達がジト目で私を見ていた。
「まあ、縁があればそのうち会えるだろう」
私は「ははははは」と乾いた笑いを漏らすしかないのであった。
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