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しっぽや(No.116~125)

「それは大変です、直ぐに現場に案内してください」
私の頭の中には病気でやせ細り弱り切った猫が、最後に一目飼い主に会いたいと死力を振り絞って脱走した映像が浮かんでいた。
『ダメだ、急いで移動しようとすると事故にあってしまう
 私がきちんと飼い主に会わせてあげるから、それまでその場を動かないでくれ』
祈るような気持ちで
「どのような柄の猫なのでしょう
 病気の程は?私が発見するまで無事でいてくれると良いのですが」
私はカズ先生に詰め寄った。
「白黒の柄だって言ってたな
 カルテに写真が貼ってあるから、病院で確認しよう」
カズ先生の返答に
「今日は、白黒猫と縁が深い日のようだ
 必ず、探し出します」
私は力強く頷いてみせた。

「ありがとう、病気というか、太りすぎだから食事改善強制ダイエット入院2泊3日って言ってたよ
 ご飯が少なすぎて不満だったのかもね」
続くカズ先生の言葉で、私の中の先ほどの猫のイメージはガラガラと音を立てて崩れていった。
しかし
「あれ?太った白黒猫って」
タケぽんの呟きに、私はハッとする。
「この子の家の手がかりになるかも
 人目線での考えも欲しいところです、タケぽんも一緒に来てもらえませんか」
私の頼みに
「うん、あの、俺も一緒に行って良いですか
 捜索員としては見習いにもなってないし、料金の加算はありませんから」
タケぽんは直ぐに反応してくれる。
「人数は多い方がありがたいよ
 おや、荒木君と同じ制服だね、君は彼の先輩かな?
 受験生の先輩が同じ制服じゃ変か
 ああ、同級生、荒木君に比べてずいぶん育ってるね」
「あの、荒木先輩の2年後輩です…」

人間同士のやり取りの間に、私は子猫をキャリーに移そうとした。
『すまない、急用が出来てしまった
 猫の化生が帰ってきたら、その者に側にいてもらっておくれ
 私もすぐに帰ってくるよ』
そう伝えたが
『待って、兄ちゃんが一緒じゃないと怖いよ
 忘れたくない、まだ自分を忘れちゃダメなんだ
 一緒に連れて行って』
子猫は私の服にギュッとしがみついている。
その必死な様子は、あのお方のことを忘れられない自分に通じるものがあった。
「カズ先生、この子も一緒に連れて行ってよろしいですか?
 私からは絶対に離れませんから、この子まで迷子になることはありません
 キャリーケースに入れていきますし」
私が頼むと
「何か事情があるのかな?
 危険な場所に行くわけでもないし、君が居るなら大丈夫そうだね」
カズ先生は頷いてくれた。

こうして私はタケぽんと子猫と共に、初めて本格的に捜索業務に関わることになるのであった。


カズ先生の運転する車に乗り30分程走ったろうか。
『川口動物病院』と書いた看板が取り付けてある、こぢんまりとした感じの建物に到着する。
「娘は秩父姓じゃないんだ
 荒木君には孫がお世話になってるよ」
カズ先生を先頭に、私達は病院のスタッフルームに入っていった。

「パパってば、ペット探偵なんか頼んじゃったの?
 大げさよ、他の人がビックリしちゃうじゃない」
ゲンと同じ年くらいの女の人が、私達を紹介するカズ先生に呆れた顔を向けてきた。
「この人達とは長年の付き合いがあるし、守秘義務しっかりしてるから大丈夫だよ
 ラキが迷子になったときも、直ぐに探してくれたんだ
 脱走した子も直ぐに見つかるよ、この人、猫のプロなんだって
 常駐の人じゃないのに今日に限って居てくれたんだから、すごくラッキーだったんだよ」
カズ先生は力説するが
「父がお騒がせしてすいません
 出来れば内々(うちうち)で処理したいので、お引き取り願いたいのですが」
女の人は頭を下げてきた。

「困っている猫がいれば力になってあげたいのです
 こちらで見聞きしたことについて、口外はいたしません
 病院の不利益になるような事態は避けますので、どうか捜索をさせてください」
私も頭を下げる。
彼女はそんな私に目を向け
「スゴ、初めて見た、これ90%以上狼だわ」
驚いた顔で呟いた後、急に赤くなって
「やだ、私、何言ってんだろう
 初対面なんだから、初めて見るのは当たり前なのに
 すいません、変なこと言っちゃって」
焦ったように謝ってきた。
『流石、動物に接する機会の多い獣医さんだ、狼犬だと見抜かれたな』
私は感心しながらも
「必ず、脱走した猫を見つけてみせます」
頼もしく聞こえるように断言する。
「それじゃあ、お願いしようかな」
彼女が態度を軟化させたので、正式に猫探しの依頼を受けることになった。

柄を確認するためカルテの写真を見せてもらう。
「これ…」
一緒に見ていたタケぽんが絶句した。
写真には、人間だと5:5分けと呼ばれる髪型に見える白黒の猫が写っている。
しかも『ちょび髭』のような柄が鼻にかかっていた。
体重は『7、5kg』と書いてある。
白が多い柄のため膨張して写真に写っている訳ではなく、本当にかなりのふくよか体型だ。
あの子猫が言っていた『マヌケな柄のデブチン』に、かなり特徴が一致するようであった。


「それでは、この建物を起点に捜索を開始します」
私はそう宣言すると、子猫が入ったキャリーを持ち、タケぽんを伴(ともな)って病院の外に出る。
「何か、出来過ぎじゃない?」
タケぽんは訝しむような顔を向けてきた。
「この世に起こることには無駄がない、と三峰様はよくおっしゃられているよ
 タケぽんが長瀞に猫を預けに来た日に、ひろせがしっぽやの事務所に移動する、とかね
 偶然で終わらせるか必然に変えるか、それは本人達の頑張り次第と言うことになるのでは
 ひろせは君との出会いを必然に変えるため、とても頑張っていたようだよ」
私の言葉に、タケぽんは息を飲む。

「そうだ、俺たちの出会いだって出来過ぎだよね
 ひろせは俺に飼ってもらいたくて、俺の気を引こうと一生懸命だったって今なら分かる
 うん、偶然じゃない、俺たちがしっぽやで出会えたのは必然なんだ
 この子猫が猫師匠のとこに来たのも、動物病院から猫が脱走したのも、きっと必然だよ」
鼻息の荒いタケぽんに
「直ぐに件(くだん)の猫は見つかるよ
 そう信じて頑張ろう」
私はそう答える。
「はい!猫の気配、頑張って探します、猫師匠!」
タケぽんは力強く拳を握りしめていた。

固く決意するタケぽんには悪いが、私はすでに怯える猫の気配に気が付いていた。
病院から目と鼻の先にある月極(つきぎめ)駐車場に止めてある車の下から
『じいじ、じいじ、どこでちか
 お外は怖くてイヤでちよ』
そんな気配と共に、鳥のさえずりにも聞こえる『ぴー、ぴいー』というかそけき猫の悲鳴が聞こえてくる。
「タケぽん、あそこだ」
私が指さすと
「あれ?可愛い泣き声が…
 また、子猫?猫師匠、どんだけ子猫見つけちゃうの」
彼もその声に気が付いて、呆然とした顔になった。

「チチチチチ、おいで、大丈夫、怖くないよ」
舌を鳴らしたタケぽんがしゃがんで車の下をのぞき込み
「で、で、で…」
っと変な声を上げる。
私も彼の隣にしゃがみ込み
「おいで、お迎えが来ているよ」
そう車の下にいる猫に話しかけた。
『誰でちか?ぼくちん小さいから、外に出たら食べられちゃいまちよ』
私を見て慌てるその猫は、動物病院から捜索依頼された7、5kgのデカ猫君であった。
そして、私が連れてきた子猫が探していたマヌケな柄のデブチン君でもあると確信していた。

『君が探していたのは、彼だろう?』
私がキャリーの蓋を開けると、子猫はひょっこりと顔を出し
『うわ、ふくれあがってる』
車の下にいる猫を見て背筋の毛を逆立たせた。
『じいじ!じいじに言われた通り、ぼくちん、頑張ってまちよ
 今だって、じいじが呼んだからお外に出たんでち
 あそこはご飯をちょっとしかくれないから、お家に帰りたいでち』
『呼んだ?俺様が?
 ………、そうだ、俺様がこのチビを呼んだんだ
 俺様の代わりになるようにと…
 俺様が死んだ後、ママの心が壊れないように面倒をみてやってくれ、と…』
子猫の生前の記憶は、デブ君に会ってハッキリしてきたようであった。

『婆さん犬が死んだ後、俺様が頑張ったおかげでママは壊れずに済んだんだ
 なのに、俺様が居なくなってしまったらママが、ママが…
 チビ、お前ちゃんと仕事してんだろうな?』
子猫に詰め寄られ
『もちろんでちよ!
 ママはよく「前は猫を太らせるのに苦労したけど、今度は猫を痩せさせるのに苦労するなんて』って言って、ぼくちんの事ばかり考えてまち
 肥満対策用のご飯を買ったり、オモチャを振ってぼくちんの気を引こうとしたり
 じいじの事で泣いてるヒマなんてありまちぇん』
デブ君は「ふんっ」と得意げに鼻息を出している。
私も子猫も『………』絶句するしかなかった。

『やっぱり、俺様が居ないとダメみたいだな
 兄ちゃん、俺様はママのとこに帰るぜ
 ママがチビを迎えに来たとき、会わせてくれ
 ママのとこに行ければ、この記憶が無くなってもかまわない』
子猫はどこかサバサバした感じで私にそう頼み込んできた。
『また、じいじと一緒に遊べるんでちね』
『チビ、あの時は具合が悪くて上手く体を動かせなかったからお前ごときにやられたが、今度はそうはいかんからな』
子猫に睨まれても、デブ君は気にもしていないようだった。
2匹の猫は見た目ではなく最初に出会ったときのまま、想念を交わしている。
それは微笑ましい光景であり、大事な方がいる2匹のことが少し羨ましかった。


「えと、何がどうなってるのかな
 やっぱり本物の猫同士の想念って、読み切れない」
戸惑った顔のタケぽんに
「この方が探していた白黒猫君だよ、子猫と病院からの依頼達成だな
 そして、この子の里親とお家が見つかりそうだよ」
私はそう告げ、笑ってみせた。
「え?もう終わっちゃったの?俺、全然活躍してないのに」
彼は肩を落とす。
「大丈夫、タケぽんに出来る仕事が残っているよ
 白黒君を抱っこして、病院まで連れて行っておくれ」
「…はい、いつもの荷物持ちですね
 良いんだ、俺の天職って荷物持ちなんだ…」
タケぽんは一瞬空を仰ぐと、今は大人しくなったデブ君を抱え、腕をプルプルさせよろめきながら病院に引き返すのであった。
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