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しっぽや(No.116~125)

side<HAGURE>

私が保護した小さな白黒の子猫。
転生する前の記憶が残っているらしく、生前暮らしていた家に帰りたいと頼まれた私は彼の望みを叶えるべく奮闘中であった。


タケぽんがしっぽや事務所に来る前に情報を整理した方が良いと、大麻生が子猫から得られた情報を箇条書きにしてくれた。
「こんなものですかね」
大麻生から渡されたメモには

『・生前の名前複数あり「ギニー、ボン、ギニーボン、ギーコン、コンタン」
  推測できる名前・不明
  呼び名が多い=飼い主は猫バカの確率が高い
 ・生前の毛色「黒」
 ・生前、子猫と同居していた時期あり
  子猫の情報・白黒の間抜け(?)な柄、デ…ふくよかな体型と思われる呼び名あり「デブチン、デブチ」
 ・犬との意志疎通に長(た)けている、生前は犬とも同居していた可能性が高い
 ・飼い主から少量の牛乳を貰っていた形跡あり
 ・キラキラした小袋に入っているカリカリを欲しがっていた
 ・暖かいのは幸せと同義語であるとの思いあり』

このようなことが書かれていた。

「書いていて思ったのですが、解決の糸口になりそうな情報が皆無です
 ミステリーを読んでいるときは、もう少し閃くものがあるものなんですけれど
 難解すぎます、最近の『メタ展開』というものでしょうか
 自分には、あのジャンルがよく分からないのですよ」
大麻生はソファーに座り、ガックリと肩を落としている。
「ありがとう、書き出してもらえるとタケぽんに説明しやすいよ
 私にも、あの子の言うことは分からないことが多すぎる
 猫の心の複雑さには、驚かされるばかりだ」
私はうなだれる大麻生の肩を叩いて労(ねぎら)った。

「ミウ、ミウ、ミウ」
キャリーの中にタオルを敷いて寝かせていた子猫が目を覚ましたようで、しきりに私を呼び始めた。
『勘弁してくれよ、兄ちゃんがいないと頭がボンヤリしてきちまうんだ
 カーテンに包まれたみたいになって、何もかもに紗(しゃ)がかかるんだよ』
子猫はキャリーから抜け出すと、私に近寄ってきてグイグイと頭を押しつけてくる。
「そうかい、ならばタケぽんが来るまで一緒にいよう」
私は子猫を胸に抱きしめ、ソファーに腰を下ろす。
そんな私たちを見て、白久は何かを思い出そうと考え込み始めた。

「そうだ、クロスケ殿も言っていました
 『カーテンに包まれる』
 あの時は何のことだか分からなかったのですが、死が近付いてきて記憶が曖昧になっていくことを指していたのかもしれません
 この子猫の場合は、生前の記憶を忘れてしまうことが『記憶の死に近付く』ことになるのでは」
白久はハッとした顔になる。
「クロスケ殿も『暖かいのは幸せだ』と言っていましたが、こちらは何の比喩なのか不明です
 猫との意志疎通が、こんなに難しいとは
 猫の化生達がいなければ、猫の捜索は不可能ですね」
しみじみと言う白久の言葉に、私達犬の化生は頷くばかりであった。


そうこうしているうちに、タケぽんの気配が感じられた。
直ぐにノックせず、扉の前で佇んでいるようである。
暫く経ってからノックの音がして
「ひろせの気配無し、ってか猫の気配無し
 もしかして犬しか居ない?」
そんな言葉と共にタケぽんが事務所に入ってくる。
「当たり、今日は珍しく猫は全員出払ってるんだよ」
黒谷が笑いながら答えていた。
「よしよし、だいぶ『気配』っての分かるようになってきたぞ
 まあ、化生の気配だけだけど」
満更でもない顔をしていたタケぽんが私と子猫に気が付き
「あれ、猫師匠来てたんだ
 って、うちは里親相談所じゃないよ」
空と同じ事を言ってくる。
「猫師匠…高座に居そうな呼び方だな
 いや、この子猫にはお使いを頼まれてね、今回のことは三峰様も了承済みの案件なのだよ
 私では力不足故(ゆえ)、タケぽんの力を借りたくて出勤してくるのを待っていたんだ」
「俺を待ってたって…
 猫師匠に無理なら、俺にも無理じゃない?」
焦るタケぽんに私は今までの事と次第を説明し、大麻生が作成してくれたメモを手渡した。

「こーゆーの、SNSとかで分かるものなのかな?」
黒谷に聞かれ、タケぽんは激しく首を振っていた。
「無理無理、とっかかりがなさ過ぎる
 飼い主さんがSNSやってなきゃアウトだし、やってても何をどう説明すればいいのやら
 白黒猫と犬飼ってる親ばかなんて、全世界で何万人いるんだか」
「いや、三峰様が言うには、しっぽやで解決できる案件なので、私と縁を繋ぎたがっているらしいのだ」
私の言葉にタケぽんは考え込んだ。
「本州…よりも狭い地域になるのかな、この辺って事は関東…?
 それでもけっこう広いよな、もっと狭くていいのかも
 県境だし、1都3県とか…」
ブツブツ呟くタケぽんを
『人目線で獣のことを考えてくれる人間がいると言うことは、ありがたいことであるな』
私は頼もしく見守るのだった。


タケぽんは大麻生のメモに自分なりの解釈を入れ始めた。

「呼び名が複数あるっていうのは、猫バカで間違いないと思う
 名前が不明なのも合ってる
 呼び名を気にして名前を限定しようとしない方が良い案件だよ、これ
 俺の友達の猫、「リン」って名前なのに「マミ」って呼ばれててさ
 どっちで呼んでもちゃんと呼ばれてるって分かってんだ
 本当、猫って頭良いよな」
「ええ、本当に、猫という存在は尊いものです」
私とタケぽんが頷きあうのを、犬達は曖昧な笑顔で見守っていた。
「毛色は黒、ってのは間違いないかも
 頭とか耳とか背筋とかの色は自分で分かってるか不明だけど
 そこだけ違う色の黒猫って、いないと思う
 白黒の子猫や犬と同居
 これ、何年前のことかわかんないんだよね
 すっごい前の話だったら、もしかしてもう亡くなってることも考えられるね
 と言うか、飼い主さんも…」
暗い顔になるタケぽんに、私達化生も俯いてしまう。

「しかし、犬や猫は魂のサイクルが早いので、何十年も前ではないと思います
 何か思うことがあり、急いで転生してきたようだし
 クロスケ殿は特殊だとしても、この子が亡くなったのは2、3年前、長くても5年以内ではないでしょうか」
白久の発言に
「そっか、本当はそんなに早いのか
 シルバが銀次になったのって7、8年かかってたけど、それは時期を待ってたからみたいだったもんな」
タケぽんはしみじみと頷いていた。

「牛乳を貰ってたり小袋入りの高いカリカリ貰ってたのは、やっぱ飼い主が猫バカの猫下僕だって証拠だよ」
タケぽんは苦笑するが
「でもこの『暖かいのが幸せ』ってのは何だかわからないや
 確かに猫は暖かいとこ好きだけどさ
 ひろせが帰ってきたら聞いてみる」
最後の一文に首を捻っていた。
「今のところ、情報としてはこれが全てですね」
大麻生の言葉で私達犬の化生に熱く見つめられ
「うん、推理しようにも、何が何だかわからない
 ………、ごめん
 高校生名探偵の荒木先輩だったら、もうちょっと何とかなったのかも」
タケぽんは首を落としてうなだれていた。
『俺様の家、わかったのか?』
私の手の中から子猫が聞いてくるが、犬のお巡りさん達は相変わらず『わん、わん、わわ~ん』としか言えない状況であった。


コンコン

静まりかえった事務所内にノックの音が響いた。
扉を開けて入ってきた人物には見覚えがある。
「こんにちは、ちょっと良いかな
 って、大きい人が皆揃って、深刻そうな雰囲気だね
 立て込んでる?」
少し驚いているような初老の男性、それは私達化生を診てくださる医師のカズ先生であった。
「いえ、ちょっと厄介な依頼が来まして
 急ぎではないので大丈夫ですよ
 今日はどういたしました?休診日ではなかったと思いましたが
 まさか、ラキが脱走したとか?
 以前に、シロがきちんと言い聞かせたんですけどね」
黒谷があわてて応対する。
「いやいや、ラキはとても賢くて良い子だよ
 リード無しでの散歩だって本当は大丈夫なんだけど、秋田犬は大きいからね
 ご近所の手前、それが出来ないのが残念で
 ラキのおかげでコウちゃんの反抗期も早く終わってくれたし、ありがたいことだよ」
カズ先生は相好を崩していた。

「今日も依頼したくて病院は他の医師に任せて、車飛ばしてきたんだ
 猫の依頼なんだけど、直ぐに大丈夫?」
カズ先生の言葉に
「猫…」
黒谷は一瞬困った顔になるものの私に顔を向け
「良いタイミングで猫プロが来ていますよ
 お急ぎなら、彼に出てもらいます」
そう請け負っていた。
タケぽんや他の犬の化生達も私に視線を送っている。
子猫のことは気がかりであったが、長瀞か双子が戻ってこないことには話が進みそうになかったので
「私はこちらの所員ではありませんが、僭越ながら微力を尽くさせていただきます」
私は立ち上がって頭を下げた。
「君、健康診断以外では見ない人だね、しっぽやじゃなくスポンサーの関係者なのかな
 ありがとう、助かるよ」
カズ先生も丁寧に頭を下げてくれた。

「依頼の詳しい内容をお教えください」
私が聞くと
「あの、今回の依頼、守秘義務守って欲しいんだ
 いやー、偉そうなこと言える状況じゃないんだけどさ
 こんなこと初めてなんだよ、本当
 いつも、うんと気を付けてるんだ
 今までにこんなこと1回も無くてだね…その…」
カズ先生は要領を得ない話を始める。
見つめる私達の視線に耐えかねたのか
「ボクの娘が獣医を開業してるって、言ったよね
 入院してた患畜の猫が、ちょっとした隙をついて…
 逃げちゃったんだ…
 今日の昼過ぎの話しでね、ボクもさっき電話で知ったばかり
 もちろん、娘や看護士さん達が必死で探してるよ
 でも病院スタッフのことは敵だと思ってるだろうし、猫はちょっとした隙間に潜れるから、見つからなくて」
観念したようにカズ先生は話を始めるのであった。
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