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しっぽや(No.11~22)

side〈GEN〉

俺、大野 原(おおの げん)がナガト(本名 長瀞)という化生と出会って、6年以上の時が過ぎた。
俺は大学在学中から親父の経営する不動産会社を手伝い、今年やっと独立するメドが付いたところであった。
知れば知るほど、俺は化生という存在の不思議に魅力される。
人に未練を残し、人の役に立ちたいと思いながら死んでいった動物(主にペット達)が獣としての輪廻の輪から外れ、人の姿を模した『化生』という存在に生まれ変わるのだ。

俺の飼い猫、という取り扱いのナガトはチンチラシルバーの化生である。
見た目は20代中頃、身長は170cmそこそこで、173cmの俺と大して変わらない。
大変美しい顔立ちに、腰まである長い銀交じりの白髪が特徴的だ。
普段は白いスーツを颯爽と着こなしている。
パッと見、ヴィジュアル系バンドをやっていそうであるが、ペット探偵などをやっていた。
ナガトの所属するペット探偵『しっぽや』なる場所は、所員が全員化生なのだ。
どうも化生の元締めみたいな人がいて、その人(化生?)の援助で成り立っている組織らしい。
その実態はナガト自身も、あまり詳しくはわかってないみたいであった。

俺とナガトは今、一般のマンションの一室を借りて同棲している。
周囲には、普通に(?)ゲイカップルだと思わせるよう振る舞っていた。
挨拶はキチンとし、ゴミ出しのルールは守り、集会にも参加する。
多少偏見の目はあるが、概ね周囲とは上手くやっていた。
「いいかナガト、この辺の奥さん達に
 『お綺麗ですね』
 とか言われたら
 『朝、夕のひげ剃りと、ムダ毛の処理が大変なんです』
 って言っとけよ
 その美貌を保つために、大変な努力をしている事をアピールするんだ
 化粧品とか、どこのメーカーを使ってるか聞かれたら
 『男性用なので、女性の繊細な肌にはあわないと思います』
 つって、上手くカワすんだぞ」
実際には何の努力もしていないナガトにそう教えると、彼は神妙な顔をして頷いた。
基本、ナガトは俺の言う事に逆らわない。
必ず俺の言った事をやり遂げようとする。
化生達がよく言っている
『人の役に立ちたい』
そんな思いがいじらしく、俺は益々ナガトの事が可愛くなるのであった。

俺が独立出来るまで色々と根回ししておいたため、新しい職場(まあ、親父の不動産会社の支店なのだが…)は、しっぽや事務所が入っているテナントビルの1階を押さえる事が出来た。
今日はこのビルの持ち主である化生の元締めと初顔合わせをする事になっているのだ。
ナガトは朝から落ち着かず
「もし、三峰様がゲンの事を気に入らなくても、私は一生貴方と共にあります」
とか何とか、健気な事を言っていた。

会見場所は政治家も利用するような高級料亭を手配しておいた。
会話の機密性を保たせるためであると共に、多少の人目があれば相手も危害を加えることはしてこないだろう、そんな思いもあった。
もっとも、相手のバックについている存在によっては、逆に俺1人処分するには都合の良い場所に早変わりしてしまいそうであったのだが…

俺は、今日ばかりはキチンとスーツを着て、いつもの丸サングラスはかけず、料亭の座敷に正座して相手が来るのを待っていた。
そんな俺の横には、緊張した面もちのナガトが座っている。
「ナガト、その『三峰様』って奴は、人に対してそんなに攻撃的なのか?」
俺が苦笑して聞くと
「そのような事はございません!
 しかし、今日のゲンの提案を聞いてどう思われるか…」
ナガトは浮かない顔をしていた。



スッと襖が開き、1人の人物が入ってくる。
2mはありそうな長身に、無造作に伸ばした灰色の髪、彫りの深い顔立ちは日本人に見えなかった。
灰色のスーツをビシッと着こなしたその姿からは、威厳あるオーラを感じとれる。
「お待たせしましたかな?
 お招きに預かり、光栄です
 私が三峰(みつみね)、そちらの言うところの化生の元締め、と言った存在です」
相手は厳かにそう言った。
ナガトが慌てたように俺と三峰を見比べる。
三峰は鋭い眼光をナガトに飛ばし、口を挟むことを遮った。

「本日はお呼び立てしてしまい、申し訳ありません
 貴重なお時間を割いていただき、誠にありがとうございます」
俺は頭を下げて礼を述べる。
「化生の飼い主と面会する機会は、今まであまりありませんでした
 して、本日はどういったご用件で?」
俺の前に座った三峰は、どこか居丈高な調子で話しかけてくる。
「貴方様の資産に対してご提案がありまして、お呼び立てした次第にございます
 貴方様にとっても、けっして損のある話ではないかと思われます」
俺の言葉に
「私の資産ね…」
三峰はフンッと軽く鼻を鳴らし、不快そうな表情になった。
「どこで何を聞き及んだか知らんが、そんな話は間に合っている
 今日の会見は、無かった事にしてもらおう」
三峰は立ち上がり、部屋から出て行こうとする。

「まーまー、お腹が空いてると、気も短くなるからさ
 何か食べてから話しましょうや
 つか、今日、3人分しか予約入れてないんだ
 今からもう1人分、追加出来るかな?
 ああ、俺、あんま食えねーし、俺とナガトは半分こっつすりゃ良いか
 懐石料理なんて、ワンコちゃんにゃ、物足りないかな?
 松阪牛のステーキでも追加するから、座ってよ」
俺がくだけた口調で言うと
「な、なんと無礼な…」
相手は顔を赤くして、上から俺を睨み付けてくる。
俺はその視線を真っ向から受け止め
「ペットだったんだから、100%じゃないよね
 でも野生が濃いな、狼の血90%以上入ってるでしょ、ワンコちゃん
 そんなワンコちゃんが懐いてるなら、もしかして本物は100%?」
ニヤリと笑って相手を見る。
「ゲン!」
ナガトが青ざめた顔で、俺を庇うように三峰との間に入ってきた。
三峰はギクリとした顔で固まっている。

「ホホホホホ、波久礼(はぐれ)、お前の負けじゃ」
部屋に楽しそうな女性の声が響いたかと思うと、スッと襖が開き、1人の少女が入ってきた。
長い黒髪に、清楚な白のワンピース。
それは、日本人形のように可愛らしい顔立ちの美少女であった。
「何故、この者が『三峰』ではないとわかりましたか?」
美少女は軽やかな足取りで俺に近付き、そう聞いてくる。
「俺はナガトの記憶の転写を見た時に、貴女のシルエットを見てますからね
 別人であると、すぐわかりましたよ
 でも、実体にはお初にお目にかかります、三峰様」
俺はうやうやしく美少女に頭を下げた。

「そのような呼び名、堅苦しい
 どうぞ『ミイちゃん』とお呼びください
 私も『ゲン』と呼ばせてもらいます」
三峰、ミイちゃんは愛くるしい笑顔を見せた。
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