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しっぽや(No.1~10)

翌日、約束の時間に駅に行くと、白久は改札が見える場所で待っていた。
出で立ちは昨日と同じ、白いスーツに赤いネクタイだった。
俺に気が付くと白久は明るい顔になり、駆け寄ってくる。
白久が改札の中に入り、俺達は並んで歩き出した。
電車で移動し、30分くらいで俺の家に着く。

「こちらが荒木の自宅ですね
 それではこの家を起点にし、捜索を開始します」
「よろしくお願いします」
辺りを見回しながら言う白久に、俺は改めて頭を下げる。
「猫は屋根の上や車の下、といった三次元的に隠れているケースが殆どです
 遠くを見渡すのではなく、クロスケ殿の好きそうな高所や隙間に注意を払ってください
時々、名前を呼んで声を聞かせ落ち着かせてあげてくださいね
 必ず、この近くにいるはずですから」
「わかりました」
テキパキと指示をする白久が、頼もしかった。

それから2人で近所を探し回る。
バウバウッ!
通りかかった家の庭先から、犬の泣き声が響いてきた。
大きな秋田犬が、俺と白久に吠えかかってくる。
『あ、白久の髪みたいな毛色の犬…』
俺はつい、昨日触った白久の髪の感触を思い出してしまった。
白久は犬をじっと見つめて
「せっかくなので、ここで少々聞き込みをしてまいります
 荒木はこの近辺を捜索していてください
 聞き込みの捜査方法は企業秘密ですので、お見せ出来ないのです」
少し悪戯っぽい顔でそう言った。
そんなもんかと思い俺は素直に頷くと、その家を後にする。
暫く犬の泣き声が聞こえていたが、やがて静かになった。
すぐに白久が走ってきて俺に追いついた。
「やはり、見慣れない黒猫が目撃されていました
 クロスケ殿はこの近辺にいる模様です」
白久のその情報は、俺に希望を与えてくれる。

それからも白久は何軒かに聞き込みを行っていた。
それは全て犬を飼っている家だった。
『企業秘密かな?』と思いつつも、俺はその事を聞いてみる。
「猫が庭を通ると、犬が反応しますからね
 人気が無いのに、犬が吠えていないか確認するのです」
多分、当たり障りの無い範囲でだろうが、白久はそう教えてくれた。

捜査中に通りかかった公園に、白久の視線が止まる。
そこは遊具の無い大きめの公園で、周りを緑に囲まれていてベンチが置いてある場所もあった。
「少し、探してみましょう」
白久に促され、俺達は足早にその公園に向かう。
夕方の遅い時間であるため、公園内に人の姿は見当たらない。
しかし、ベンチの側や生け垣の中にもクロスケの姿は見られなかった。
「この生け垣の隙間とかクロスケにピッタリサイズで、好きそうな場所だと思うんだけどな」
俺は生け垣を覗き込んでみるが、クロスケどころか他の猫の姿も見られない。

白久は公園に建っている時計を見てハッとした顔になると
「もうこんな時間なのですね
 あまり遅くなるとご両親が心配する
 今日はこの辺にしておきましょう」
慌てたようにそう言った。
「俺んとこの親、共働きだから帰り遅いんだ
 クロスケの居ない家に帰るの寂しくて…」
俺はつい、女々しい泣き言をいっていた。
「それではまた、私の部屋にご足労願えますか?
 地図の確認作業を手伝っていただければ助かります」
白久は優しく微笑んでくれた。
そんな、大人の余裕ある態度に俺は感謝するものの
『でも、この人って変態だよな…』
そう考えると、やはりガックリきてしまうのであった。

昨日と同様、白久の部屋に行くと
「今日は玉露を煎れました
 お茶うけに羊羹をどうぞ」
嬉しそうな顔で、お茶を持ってきた。
『相変わらず、ラインナップが渋い…』
お茶を飲んで白久が用意した地図に、捜索した箇所の印を付けていく。
「この辺りでの目撃情報が多いので、やはりご自宅の近辺にいるのは間違いなさそうです
 向こうも移動していますので、今日探して居なかった場所にも来る可能性があります
 明日はこの辺を重点的に探してみましょう」
自分1人で探していたらパニックになってしまいそうだったが、こうしてプロに冷静なアドバイスをしてもらえるのは、本当にありがたかった。
『そうだ、プロなんだ』
自分の考えで、今日の支払いの事を思い出す。

「今日の支払いって、どうすれば良いですか?」
また頭を撫でるのかなと思いつつ確認すると、白久はためらいがちに
「お嫌でなければ、キスをしてもよろしいでしょうか…」
そんな、とんでもない事を言い出した。
「高い…ですか…?」
昨日のように上目遣いで確認する白久に
『高いとか安いとか、その相場の意味がわからないしっ!』
俺は激しく動揺していた。
『まさか、最終日には体を…?』
警戒も露わな俺に
「もちろん、最終的なお支払は金銭でいただきます
 荒木が払える範囲内で考慮しますので、ご安心ください」
白久は慌てて言い添える。
『何だ、それなら一安心』
一瞬ホッとしかけるが、じゃあ今日の払いはどうしよう、という問題が浮上してきた。
『犬に噛まれたと思えば良いって、こーゆーことなのかな』
俺は腹を括り
「わかった、キスで支払うよ…」
何とかそう答える。
白久は嬉しそうな顔をして
「ありがとうございます!」
と明るく言った。

『これがなきゃ、頼りになる人なんだけどな』
俺は心の中で溜め息を付くと、目をつぶる。
白久の手が俺の肩に回され、そっと唇に暖かく柔らかいものが触れた。
しかしその感触はすぐに無くなり、代わりに強く抱きしめられる。
想像していたより呆気なく終わったキスに安堵するものの、白久が俺を抱き締めて離さないので不安になってきた。
「あの、キスってもう良いのかな?」
恐る恐る俺が口を開くと、白久は名残惜しそうに俺に回していた手を解いてくれる。
「すみません、荒木がとても可愛かったので、つい…」
『……』
やはり俺は身の危険を感じた。

「そろそろご両親が戻ってこられるのでは?
 駅までお送りします」
白久が壁に掛かっていた時計を見て穏やかに言う。
「やばい、もう帰って来てるかも」
俺は慌てて腰を上げた。

駅まで送ってもらうと、別れ際に白久が
「あの、明日もこちらの駅に来てもらって、よろしいですか?」
オズオズとそう聞いてくる。
「じゃあ、明日も4時にここで」
俺が頷くと
「お待ちしております!」
白久はとても嬉しそうな笑顔で答えた。



翌日も同じ時間に駅に行くと、白久はすぐに俺を見つけて改札を抜け駆け寄ってきた。
「待ち人が来る、というのは、本当に嬉しいものですね」
嬉しそうな白久の態度に、俺は何だか照れてしまう。
「今日は、昨夜地図で確認した辺りを中心に探してみましょう」
白久のその言葉で、俺は昨夜のことを思い出してしまった。
『俺、この人とキス…しちゃったんだ
 でも、ほんの一瞬だったし、目、つぶってたから本当にキスしたのかわかんないけど
 今日の支払いも同じなのかな』
そんな事を考え、俺はドキリとしてしまう。
「どうかなさいましたか?
 顔が赤いですよ?」
白久が俺と視線を合わせるように、その端正な顔を近づけ覗き込んでくる。
俺は慌てて
「今日は暑いね、まだ梅雨前なのに」
とってつけたように、そんな事を言っていた。

俺の家まで移動すると、今度もそこを中心に円を描くようにクロスケの捜索を開始する。
白久はまた、犬のいる家に聞き込みを繰り返していた。
しかし、それらしい猫は全く姿を現さない。
「この辺りで目撃されていることは確かなのですが…」
白久は地図と街並みを見比べて、首を捻っていた。
日が暮れるまで2人で探しても、クロスケを発見することは出来なかった。

「今日はもう捜索終了にいたしましょう
 力及ばず、申し訳ありません」
白久はしょげ返り、肩を落としている。
「ご自宅まで、お送りいたします」
すっかりこの辺の地理を頭に入れた白久が先に立って歩き出し、俺はその後に付いて行った。
『うちの近所で支払いとか、絶対無理だよ』
歩きながら俺は、今日の支払いの事ばかり考えていた。

とうとう俺の家の前まで来ると
「今日は捜索にこれといった進展が見られなかったので、支払いは結構です
 本当に申し訳ありません
 帰ってから地図を参考に、再度クロスケ殿のいそうな場所を割り出してみます
 お疲れ様でした」
白久は真面目な顔でそう言って、そのまま駅に向かい歩き出そうとする。
「あ、待って」
気が付くと俺は白久を引き止めようと、彼の白いスーツを握っていた。
「今日も親の帰り遅いし、その…
 俺も地図に印し付けるのとか、手伝うよ」
言い訳のようにボソボソ言う俺に
「ありがとうございます」
白久は優しい笑みを見せてくれた。

『一昨日から、毎日ここに来てるな』
白久の部屋を見回しながら、俺は不思議な感覚を覚えていた。
最初に見た時は無個性な部屋だと思ったが、シンプルながら必要なものは全て揃っているここは、白久に似合っている気がしてきたのだ。
「今日は暑くなりそうだったので、麦茶を冷やしておいたのです
 荒木に飲んでもらえて良かった」
そう言って、白久は麦茶の入ったグラスを俺の前に置いてくれた。
「お茶うけに、濡れ煎餅をどうぞ」
流石に、ラインナップの渋さにも慣れてきた。

地図を確認しながら白久が今日聞き込んだ地点を書き足していく。
「気になるのは、この目撃情報は昨夜のものまでなのです
 今日になってクロスケ殿を見たという話が1件も無い…」
顎に手を当てて考え込む白久を見ていると、俺の中に不安が広がってきた。
「まさか、事故にあったんじゃ」
暗い声で呟く俺に
「その可能性は低いと思います
 待ち合わせ前に清掃局に電話してみたところ、猫の死体の焼却依頼は1週間以上きていないとか
 近郊の動物病院にも、事故で運ばれた黒猫はいないとのことでした」
白久は力強く言ってくれた。
「俺が学校行ってる間も、探してくれてたんだ」
俺は胸が熱くなる。
「荒木の役に立つ、と約束しましたから」
白久は笑ってそう答えた。

「じゃあやっぱ、今日の分、支払いするよ
 白久はちゃんと働いてくれてるんだからさ」
俺は少しぶっきらぼうに言う。
恥ずかしくて、白久の顔をまともに見られなかった。
「いえ、しかし…」
白久が戸惑った顔を見せるので
「俺と、キスしたくないの?」
挑発的なセリフが、自然に口をついて出てしまった。
「そんなことはありません!」
白久はそう叫ぶと、俺を抱き締め唇を合わせてきた。

昨夜よりも長く、情熱的なキス。
白久の舌が俺の口の中に入ってくる。
どう対処すれば良いのか見当がつかず暫くなすがままだったが、少しずつ自分でも舌を動かして、白久のそれと絡めようと試みる。
それは、頭の芯がクラクラするような、刺激的な大人のキスであった。
ようやく唇を離すと
「貰いすぎてしまいました」
白久が俺の耳元で囁いた。
「お釣りはいいから」
何故、あんな大胆な行動をとってしまったのか今更ながらの羞恥に襲われ、俺は白久に抱き締められたまま暫くその胸に顔を埋めていた。

「駅まで、お送りします」
白久は俺の体をそっと離すと、優しく俺の目を覗き込んできた。
「うん、ありがと…」
きっと、今の俺の顔って真っ赤なんだろうなと思うと更に頬が熱くなる。
駅での別れ際
「じゃあ、明日も4時に来るよ」
「お待ちしております」
そう約束出来る相手がいることが、とても嬉しい気分にさせるのであった。
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