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しっぽや(No.116~125)

「ゲンさん、しっぽや所員の新しい名刺って見ましたか?
 写真の入った可愛いやつ
 あれ、野上が考案して作ってくれたんですって
 寄居の発案で報告書はパソコンで管理するようになったそうですね
 武川が磨き上げてくれるから、最近は事務所の中がピカピカだって羽生が言ってました
 高校生ですら化生のために頑張っているのに、俺ときたら」
中川ちゃんは珍しく自虐的なため息を付いていた。
「生徒の受験ブルーがうつっちまったか?
 先が見えない状況ってのは、無駄に不安を煽るからな」
俺は、彼のグラスに酒を足してやった。
「そうかもしれませんね」
中川ちゃんは力なく笑う。

「読み書き以外にも、人間と会話するときに使える慣用句や、買い物の時に役立つ計算とか、色々教えてあげたいのに
 飼い主がいる化生は飼い主が教えてくれるけど、そうでない化生もいつか飼い主と暮らせる時が来たとき戸惑わないで済むめば、と」
俺は、彼が何を指して言っているのかに気が付いた。
「もしかして、ハスキー軍団のことを気に病んでんのか」
そう聞いてみると、彼は小さく頷いた。
「明戸や皆野とか、猫達は元々家の中で人間を見ながら生活していたせいか常識的なことを心得てはいるんですが、犬はそうはいかないようで
 なかなか覚えられないんです
 飼い主がいる空も、未だにトンチンカンなこと言ったりするし
 せっかく波久礼が俺に頼んでくれたのに、これじゃ人間の『教師』ってものに幻滅されますよね」
俺は首を振って
「そりゃ、中川ちゃんのせいじゃねーって」
キッパリとそう言った。

「ウラに聞いたことねーか?あいつのお祖父さんが犬の訓練士やってたって」
「あ、ええ、大麻生の訓練をしていたとか」
「いいか、警察犬の訓練が出来るプロの訓練士ですら、ハスキーの訓練は手こずるんだ
 中川ちゃんは人間の教師としてはプロだが、犬の教師としては素人
 プロに出来ないことが、素人に出来るわけないだろ」
俺が諭しても、中川ちゃんはまだ浮かない顔をしている。
「でも、波久礼はすぐに色々覚えたのに…」
彼はついに、この場に波久礼が居たら憤死(ふんし)しそうなことを言い出した。
「狼犬とハスキーを同列に扱うの、波久礼の前では絶対しちゃダメだから」
「え?でも、外見似てるし、近い犬種なのでは?」
中川ちゃんは首を捻って不思議そうな顔になる。
「狼と近い犬種は、柴犬なんだってよ」
俺は最近の研究結果を教えてやった。

「ついでに言うと、空はバブリー犬で室内飼いだったのにあの体たらくなんだぜ
 今後一切、ハスキーのことで悩むことはない
 中川ちゃんは自分に出来ることを、精一杯化生にやってあげてるよ
 明戸は自伝の校閲をしてもらえるって凄く喜んでるし、波久礼も読める漢字や意味が分かる言葉が増えたってありがたがってるんだ
 化生だけじゃない
 あのウラが『中川先生が担任だったら、もちっと勉強頑張れたかも』とか言い出してて驚いたぜ
 中川ちゃんはしっぽや関係者、皆に必要とされる存在なんだ」
俺は彼にそういいながら、自分に向けてもその言葉を発しているようであった。

そうだ、化生のために尽力しているのは秩父先生だけではない。
飼い主たちは皆、少しでも化生が幸せになるようにと尽力している。
やってきたことの結果の大小は関係ない、皆が化生のことを大事に思っている、その気持ちが大切なのだ。
そして俺のやってきたことだって化生の役に立っている、それは自負(じふ)して良い事だと気が付いたのであった。


「ありがとうございます、愚痴聞いてもらって、スッキリしました
 本当に、ゲンさんが居てくれて良かった」
中川ちゃんはいつもの明るい顔に戻り、爽やかな笑顔を見せる。
「俺だけじゃない、皆がここに居て良かったんだよ」
俺がニヤリと笑うと
「ですね」
彼はサバサバした顔で頷いた。

「ほら、飲も飲も
 つまみも食った食った
 今日の〆は、ナガトが用意しといてくれた豪華『鯛の漬け茶漬け』だから、その分は胃袋開けといてくれよ
 羽生、ナガトにレシピ習って帰りな
 鮭茶漬けはいつものホッとする味、鯛茶漬けはリッチで特別な味だ
 この使い分けがミソ
 中川ちゃん、羽生の料理のレパートリー、また増えるぜ」
俺がウインクすると
「それは、楽しみだ
 羽生の料理の腕、凄く上がってるんですよ
 いつも美味しいものを食べさせてもらってます」
彼は羽生に優しい笑顔を向けた。

「長瀞、後でレシピ教えて!サトシに喜んでもらいたいから色々覚えたい!」
「ええ、豆乳ヨーグルトを教えてもらいましたし、そのお返しに
 そういえば、今回の出来合いお総菜アレンジメニューは羽生が作った唐揚げ親子丼からヒントをもらいました」
「え?そうなの?これ、お総菜使ってたんだ
 こんなにいっぱいの種類作る長瀞、凄いって思ってたのに」
「たまには時短メニューを活用しないとね
 ゲンと過ごす時間を多く作りたいので」
猫達のそんな微笑ましい会話に、俺達飼い主の顔はゆるみっぱなしになるのであった。



ナガトの作った上手い茶漬けで〆ると、今回の家飲みはお開きになった。
「また何かあったら来いよ
 近所だから外で飲むより部屋の方が効率良いもんな
 終電気にすることもないし、持ち寄りすれば安上がり
 たまにゃ、『千鳥』にでも行きたいとこだが」
別れ際、中川ちゃんにヒヒッと笑いかけ
「何かちょっと思ったんだが、俺達の関係って三銃士みたいなとこあるんじゃねーか」
俺は悪戯っぽく言ってみた。
「ああ、そうすると『化生は飼い主のために、飼い主は化生のために』って感じになりますかね」
中川ちゃんはすぐに反応してくれる。
「一人で頑張ることはねーんだ、皆が皆のために頑張ろうぜ」
「はい」
爽やかな笑顔を残し、中川ちゃんと羽生は自分たちの部屋に帰って行った。


「お疲れさま、今日はありがとうございました」
部屋に戻ると、ナガトがお礼を言ってきた。
「どうした?」
俺はナガトを抱き寄せて、髪を優しく撫でてやる。
「中川様、何かお悩みだったのでしょう?
 最近、浮かない顔をしていると羽生が心配していたんですよ
 でもゲンと話して、さっぱりしたお顔で帰って行きました
 これで羽生も安心できるでしょう
 ゲンの存在は、いつも私の誇りです」
ナガトは俺の胸に身を預け、うっとりとした顔になった。
「それは、嬉しいね」
俺はナガトに口づけを繰り返す。
「ゲンも、何か悩んでいましたね
 最近、どこか遠くを見つめている気がしていました」
触れ合っている刺激で荒くなっていく息の下から、それでもナガトは少し心配そうに聞いてきた。

「遠く、か…、ナガトにはお見通しだったんだな
 少し、過去を見過ぎていたかもしれない」
俺は思わず苦笑してしまう。
「過去の先には現在があり、現在の先には未来がある
 過去を振り返るのも大事だが、きちんと未来を見ていかないとな
 過去が敷いてくれたレールには乗っかって、俺達はまた次のために新しいレールを敷かないといけない
 皆の存在が今のしっぽやを支えている、それは未来のしっぽやを支えていることになるんだ
 皆がしっぽやに必要な存在
 中川ちゃんと話してて、それに気が付けてさ
 1人で考えてると、煮詰まっちまってダメだな
 せっかく支えあえる仲間がいるんだから、頼らないと」
そう言いながら俺はナガトのシャツのボタンを外し、服を脱がせていく。
そして彼のすべらかな肌に指を這わせ、その感触を楽しんだ。
興奮するナガトの肌がキレイなピンクに染まっていく様は、たまらなく色っぽい眺めであった。

「ええ、ゲンはいつも頼られる側ですから
 たまには皆さんに頼ってください
 私では…、頼りになりませんから…
 もっと、貴方を支えてあげられる存在に、なれれば…良いの…に…、ん…」
併せた唇から漏れるナガトの吐息は甘く、俺の欲望を刺激していく。
触れている彼の肌には、熱が生じていた。

「いいや、俺はいつもナガトに頼りっぱなしだ
 ナガトが居て支えてくれるから、俺はここまでやってこれた
 俺を支え、願いを叶えてくれるのはナガトだけだよ
 今は、ナガトとしたくてたまらない
 頼って良いかな…?」
舌を絡め合う濃厚なキスを交わし、ナガトの胸の突起を摘んで弄びながら、俺は反応してきている自身を彼の太股に擦り付ける。
俺の太股に当たる彼自身も、とっくに固くなり熱い反応をみせていた。

「もちろんです…ゲンを支えることが出来るなら…、何でもします…
 ゲン…、あ…、んん…」
頬を上気させ潤む瞳で見つめてくるナガトにそんな大胆な事を言われ、俺はますます興奮してしまう。
「この状況で何でもしますって…、期待させるようなこと言ってくれるね
 大胆なポーズ、とらせちゃおうかな
 それとも、一晩中可愛く鳴かせてみるか
 お預けは、あんまりさせると可愛そうだし、俺の方が我慢できそうにないから無理だな」
俺はククッと笑ってしまった。

「んじゃ、いつもみたいに1日の〆にナガトを美味しくいただくとするか
 今夜はいっぱいお代わりしちゃうぜ」
俺はナガトの耳朶を軽く噛む。
彼はビクリと身を震わせ、熱い吐息とともに
「お好きなだけ…、お召し上がり…ください…
 何度でも…」
途切れ途切れに答えてきた。

可愛いナガトの肩を抱き、甘い期待に満ちた俺達は寝室に向かう。
他の化生と飼い主のために出来ることは、明日考えれば良いことだ。
今はナガトのために出来ることだけを考えよう。
ナガトに飼い主として選んでもらえた優越感を、思う存分満喫しよう。

今の俺には、腕の中の飼い猫に愛情を注ぐことが最優先事項である。

それは俺だけにしか出来ない、幸せな使命なのであった。
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