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しっぽや(No.116~125)

買い物を終えた俺はクッキーと分かれ電車に乗り込むと、ひろせにメールをする。
日野先輩の言葉で俺のことを心配したひろせから連絡が入っていたのだが、クッキーの前でそれに応えるタイミングがつかめなかったのだ。

『今日はバイトに行けなくてごめん
 もう具合は良くなったんだ、そんなに大したことじゃなかったみたい
 これからひろせの部屋に行くよ、一緒に夕飯食べよう
 このことは、日野先輩とかバイト組には内緒にしといてね
 今日、けっこーモメてなかった?
 いや、何もなければ良いんだけど、ちょっと気になってさ

 ひろせにお土産買ったから、楽しみにしてて』

ひろせからの返事は直ぐに返ってきた。

『具合、良くなったのですね、安心しました
 でも一応、夕飯はお腹に優しい雑炊にします
 市販の鍋の出汁(だし)を使って野菜を小さめに切れば、直ぐに出来るから
 
 事務所で揉め事は無かったけど、黒谷と大麻生と白久が飼い主にとても誉められていましたよ
 ちょっと、羨ましかったな
 でも、タケシが来てくれるから、もう大丈夫
 お土産、楽しみにしていますね』

健気なひろせの返事が、いじらしい。
俺はスマホを見ながら、ニヤニヤ笑いを抑えるのに必死だった。
しかし、返信にあった『黒谷と大麻生と白久が誉められていた』と言う一文の事を考えると背筋が寒くなる。
『白久も誉められてた、って事は、やっぱ荒木先輩も参戦したんだ
 捜索勝負って危なそうだから白久にはしてもらわなくて良いって、前にこっそり言ってたけど、判定基準が変わったもんな
 犬の格好良い勝負とか、訳分かんねー
 猫の可愛い勝負なら、ひろせの圧勝だけどさ
 とにかくこの先、下手なことに巻き込まれないようにしないと』
今後の対策について考えてみるものの『その場しのぎを頑張る』という、情けないものしか思い浮かばないのであった。


しっぽや最寄り駅に着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
スマホで時間を確認すると、そろそろ業務終了時間である。
『合い鍵あるから部屋で待ってても良いけど、外で会えないかな』
俺はそんな事を考えた。
離れていてもひろせの気配をもっと感じられるようになれないかと、大麻生と黒谷の捜索方法を見て俺は漠然とそう感じるようになっていたのだ。
『市販の出汁で雑炊を作ってくれるってメールにあったけど、ひろせのとこに買い置きなんて無かったはず
 雑炊には野菜の他にツミレか肉団子を入れてくれるんじゃないかな
 これも、買い置きは無さそうだ
 最後に卵で綴(と)じるから、卵を買い足すかも
 となると、コンビニよりスーパーで待ってる方が効率良さそう』
そう推理した俺は、影森マンションには向かわずにスーパーへの道を歩き始めた。


夕方のタイムセールが一段落付いたスーパーは、客の姿はまばらだった。
俺はひろせの気配を探そうと集中し始める。
が、全くもってわからなかった。
『超能力者やら修験(しゅげん)者って訳でもないし、人の気配の区別なんてつくもんじゃないか』
子供じみたことをしてしまったと、俺は心の中で苦笑する。
『早くひろせに会いたいな』
そう思う俺の胸には、自然と笑顔のひろせの像が浮かんできた。
『タケシ』
幻想のひろせが俺を呼ぶ甘い声が聞こえた気がして、思わず振り向いてしまう。
もちろん、そこにひろせの姿は無い。
しかし、何だか甘い匂いがする気がしてきた。

『こんな時間なのに、店内のパン屋で何か焼いてるのかな?
 総菜パン、ってより菓子パン系?
 バニラほど甘々じゃないし、クリームほどこってりした感じでもないや
 爽やかな甘さって感じ
 そういやここのパン屋、シフォンケーキもあったっけ
 あれ、焼きたてより少し置いた方が良いから、明日の仕込みかも』
そんなことを考えながら、俺はその香りに向かって歩いて行った。

「あれ?タケシ?」
「ひろせ?」
スーパーの店内で、お互いの姿に気が付いたのはほとんど同時だった。
「ここで会えるなんて、嬉しい偶然です」
ひろせは華やかな笑顔になった。
気が付くと、あの甘い匂いは消えている。
『もしかしてあれって、ひろせの気配ってやつだったのかな
 菓子パンの匂いに感じたって、俺ってどんだけ甘いもの好きなんだ』
先輩達に散々言われたことであったが、自分で改めて気が付くと我ながら呆れてしまう。
それでもひろせに気付けたことが嬉しかった。

「ひろせと会えないかなーって、ウロウロしてた
 会えて良かった、荷物持ち手伝えるからさ」
「部屋で待っててくれてよかったのに
 でもここで会えたなら、雑炊にタケシの好きな物を入れられるから良かったです
 今食べたい物を教えてください
 一緒に買い物して貰って良いですか?」
「もちろん」
俺達は一緒に買い物をする。
そんな何気ない時間でも、それは恋人同士の幸せな甘い一時であった。



ひろせの部屋に戻り夕食を済ませると、俺は早速マカロンをテーブルに広げて見せた。
「マカロンって、形が可愛い
 確か、卵白で作るんでしたね
 まだ作ったこと無かったけど、今度クッキングパッドで調べて作ってみようかな」
ひろせは色とりどりのマカロンを前に、ハシャいでいた。
「中のクリームに合わせて、生地の色と香りも違うんですね
 これだけ揃えるには、ケーキ屋さんでないと無理か
 一気に作るとしたら、2種類くらいから始めないと収拾つかなくなりそう」
マカロンを前に悩むひろせは、とても可愛らしい。
「良い香りだよね、お菓子って香りでも食べさせる気がする」
俺はそう言いながら、先ほど感じていた香りのことを思い出していた。

「あのさ、化生はよく『気配で飼い主がわかる』って言うけど
 それって具体的にどんな感じなのかな
 匂いみたいなもの?」
そう聞くと
「匂いとは違うのですが、人の感覚で何と言ったら良いのかな
 その場の熱、明るさ、とか?ああ、そう言えば空気の香りが違う気はしますね」
ひろせは一生懸命言葉で伝えようとしてくれた。
「俺の気配、って、どんな感じ?
 ひろせがどんな風に俺のこと感じてるか、教えて欲しいな」
凄く気になっていたことなので思い切って聞いてしまった。
「そうですね、包み込むような明るい初夏の日差しと優しくて爽やかな風…緑の香りを含んだ、草原を吹く風とか
 清々(すがすが)しい、って言うのかな
 ごめんなさい、やっぱり言葉では上手く説明できないです」
『そんな風に感じてくれていたんだ』
ひろせの答えに、俺は照れてしまう。

「今も、そう感じてる?」
俺の言葉に小さく頷くひろせを見て、もう一度ひろせの気配を感じようと意識を集中させてみた。
ひろせの言葉を聞いたせいだろうか、柔らかく暖かな春の日差し、さっき感じたお菓子みたいな優しい甘い香りが自分を包んでいることに気が付いた。
『タケシ』
そして俺を呼ぶ甘い声が聞こえてくる。
『ひろせ』
その声に答えるように、俺もその名を胸の中で囁いた。
『『愛してる』』
お互いの胸の中を谺(こだま)する愛の言葉。
あまりの愛しさに、俺はひろせをきつく抱きしめて唇を合わせた。

舌を絡め合って激しく唇をむさぼり合う俺の胸に
『タケシ、して』
ひろせからネダるような言葉が聞こえた気がする。
甘い香りは熟れた果物が放つような濃厚な物に変化していた。
暖かな日差しは、絡みつくような熱いものに感じられる。
服の下に手を滑り込ませひろせの胸の突起を摘むと、合わせた唇から甘い吐息がもれだした。
唇を耳に移動させ
「まだ、俺の気配って同じ様に感じてる?」
そう囁くと、ひろせは潤んだ瞳で俺を見つめてきた。

「真夏の暑く激しい日差しに照らされているようです
 それに照らされると、僕の体もどんどん熱くなっていく
 そして、むせかえるような濃い緑を含んだ夏の風
 生命の息吹を感じさせる力強い風に包まれて、とても安心できます」
俺の与える刺激に酔いながら、喘ぎ混じりの掠れる声で答えてくれた。

「ひろせからは、酔いそうな程の甘い香りと熱を感じるよ
 行ったこと無いけど、エキゾチックな南国の空気みたいだ」
ひろせを刺激していると、彼の興奮が胸に流れ込んできて俺も益々興奮してしまう。
きっとひろせも俺の興奮を感じているのだろう。
俺達はお互いを興奮させながら、早く一つになりたくてたまらなくなっていた。


ベッドに移動して、俺は服を脱がせたひろせの足を抱え上げ、顔を見ながら自身を彼に埋めていった。
唇を合わせゆっくりと動き始めると、さっきよりも甘い気配が濃厚に漂ってくる。
俺の動きに合わせるよう、ひろせも体をくねらせていた。
1度の繋がりでは燃える炎は収まらず、俺達は何度も体を重ね合った。
重ねるたびに何かが俺の中に満ちていく気がする。
『そうか、これが俺が感じるひろせの気配なんだ』
ひろせの甘い体の感触を、俺は胸に刻み込んだ。
それはどんなに高級なお菓子だってかなわない、極上のスイーツであった。


欲望の果ての安らぎの時。
胸に抱いたひろせに
「俺、ひろせの『気配』ってゆーの、わかるようになったかも
 今度事務所に行ったとき、ドアを開ける前にひろせが居るかどうか感じるようにしてみるよ」
俺は優しく話しかけた。
「正解のご褒美はキスとお菓子、どっちが良いですか」
ひろせが悪戯っぽい笑顔を向けてくる。
「甘い方」
俺が答えると
「お菓子?
 じゃあ、生クリームには砂糖を多めに入れておきましょうか
 他の人には『甘過ぎる』って言われそうだけど、タケシの好きな物を作ってあげたいから」
ひろせは俺の胸に甘えるように頬をすり付けた。

「ひろせより甘いモノなんてないよ」
俺は胸の中のひろせの髪に口付けする。
ひろせは不思議そうな視線を向けてきた。
「お菓子より、ひろせのキスの方がうんと甘いんだ
 正解のご褒美はキスでお願い」
俺の言葉に、ひろせは華やかに笑って頷いた。

一段と甘い香りが鼻孔をくすぐり、俺は果てしなく幸せな気分に包まれるのであった。
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