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しっぽや(No.116~125)

side<TAKESI>

昼休みの教室で俺が友達と弁当を食べてるとガラリと扉を開けて、クッキーこと久喜が入ってきた。
他のクラスからの侵入者に、教室内の好奇の視線がさりげなく向けられる。
クッキーは特に気にした様子もなく俺の席に近付いて来た。
そして手にしていたコンビニのビニール袋を俺にズイッと差し出すと
「まだ食ってる最中?
 良かった、デザートに間に合った
 これ、こないだのお礼
 今買ってきたばっかだから、まだ冷たいぜ」
そう言って笑顔を見せる。
袋の中を確認し
「『俺達のビッグプリン』じゃん!俺が帰る頃って、いっつも売り切れてて買えたためしがないんだ
 すげー、超ボリュームの400gカップ、伊達じゃねー
 ずっしり重いや
 良いの?俺が1番活躍してなかったのに」
俺は思わず顔が笑ってしまった。

「タケぽんには世話になったし、みっともないとこ見せちゃったからな
 他の人達は何が良いかわかんなくてさ
 日野先輩はこれ1個じゃぜってー足りないし、下手すると呼び水になって恐ろしいことになるから…」
クッキーはブルッと身を震わせる。
彼が目撃した『陸上部レジェンド』の日野先輩は、トラウマレベルの事をやってのけたようだ。

「今買ってきたって…そっちのクラス、授業早く終わったの?」
クッキーの言うとおり、袋から取り出したプリンはヒンヤリとしている。
まだ昼休みになってから20分と経っていなかった。
「そんなわけないじゃん、授業終わってからひとっ走り行ってきたんだ
 なるたけ揺すらないよう気を付けてたし、それってミッチリ入ってるから崩れてないだろ?」
「ひとっ走り…」
うちの学校の陸上部ってレベル高いんだな、と俺は戦慄と共に思ってしまう。
そして、体育会系のクラブには絶対に入らないようにする決意を固めた。

「じゃあ、ありがたくちょうだいするよ
 また何かあったら、声かけて
 俺に出来そうなことなら駆けつけるから
 でも、部活の助っ人とかは無理だけどな」
「運痴に助っ人頼むほど、うちの部は人員に困ってないって」
クッキーの返事で、俺はありがたいようなバカにされているような、複雑な気分になった。
「今日もバイト?頑張れよ」
クッキーは周りを見渡しながら声をひそめて応援してくれる。
「頑張るぜ、って、俺は普段捜索には出てないんだけどさ」
俺も声をひそめて返事を返す。
他の奴が知らない秘密を共有する関係は何だか楽しくて、俺達は意味ありげに笑ってしまう。
「じゃあ、また」
クッキーは自分のクラスに帰って行った。

「タケぽんって、久喜と仲良いんだ」
同じクラスの陸上部の友達が、意外そうな顔で話しかけてくる。
「うん、最近ちょっとね
 あいつ、ドーベルマン飼ってるじゃん
 うちは猫だけど、同じペットと暮らす者同士として話が合うってゆーかさ」
俺のビミョーに曖昧な返事に
「ああ、ペット自慢しあえる関係ってやつ?
 3年の先輩が、古文の先生が何かっつーと授業中に猫自慢ねじ込んできてウゼーって言ってたっけ」
友達はすんなり納得してくれた。

冬でも教室内はそこそこ暖かかったので、俺は貰ったプリンを弁当のデザートとして堪能した。
『俺の、初めての捜索の報酬』
そう思うと美味しさも一際(ひときわ)だった。
『でもこれ、貰い過ぎだよな、俺、何にも出来なかったのに…
 来年の夏休みにはミイちゃんとこで、修行させてもらおう
 んで、俺の仕事は今は捜索に関係なくても、今日もバイト頑張ろう』
俺は心にそう誓うのであった。


授業が終わった放課後、荷物をまとめ終わって教室を出るとクッキーと日野先輩が立ち話をしていた。
部活関係の話らしく、日野先輩がクッキーにプリントの束を渡している。
日野先輩は俺に気が付くとクッキーに手を振って、こちらに近付いてきた。
「今から出勤か?
 今日はちょっと頼みたいことがあるんだよ
 黒谷と大麻生が勝負してるの知ってるよな
 その判定して欲しいんだ」
先輩が言い出した言葉を、俺はイヤな予感とともに聞いていた。
「確か、捜索勝負でしたっけ?
 荒木先輩が、2人の捜索状況プリントアウトしとけって言ってました
 2人とも最近頑張ってますよね」
俺は予感を押し殺し、当たり障りのない返事を返す。
「いや、捜索勝負だと判定基準に不公平が出るじゃん
 黒谷は所長だから、何だかんだ言っても大麻生より事務所空けられないしさ
 『どっちが格好良いか』って勝負に変更になったから」
日野先輩は神妙(しんみょう)な顔をして、とんでもないことを言い出した。

「まあ、黒谷の圧勝が目に見えてるから、大麻生には可哀想だけどな」
もっともらしく頷く日野先輩を見て
『今日って、ウラも荒木先輩も出勤じゃん
 予知能力とか無いけど、これ、俺にとって不幸な未来しか見えてこない』
俺は目の前が暗くなり、倒れそうな気分になった。



「あ、痛ててて」
俺は腹を抱えて大げさに呻き始めた。
「ん?どうしたタケぽん」
日野先輩は訝(いぶか)しげな顔を向けてくる。
「すんません、何か、腹が痛くなってきちゃって
 急で悪いんですけど、今日は休んで良いですか
 荒木先輩とウラが居るから、人数的には足りてますよね」
俺はヒキツった作り笑いを浮かべた。
俺達の様子を窺っていたのか、クッキーが慌てて近寄ってきた。
腹を抱える俺に
「どうしたタケぽん、腹、痛てーの?
 ごめん、寒いのに俺がプリンなんて買ってきたからかな
 冷たいうちに食ってもらおうと思ったのが仇(あだ)になった?」
クッキーは心配そうな顔をする。
「プリン?」
日野先輩の問いかけに
「こないだのお礼にと思って、昼休みにコンビニでビッグプリン買ってきたんです
 すいません、タケぽんにだけ」
クッキーは叱られるのを恐れる子供のように、オドオドしながら返事を返す。

「一気食いしたのか?タケぽんらしい理由だよ、まったく」
日野先輩は呆れた顔を見せるものの
「黒谷には俺から言っといてやるから、帰って暖かくして寝てな
 ひろせには自分で連絡入れてやれよ、いつもお前が来るの楽しみにしてるんだからさ
 勝負の判定は、荒木にでも頼むか」
そう言って納得してくれた。
「ほんと、すいません
 今度ひろせがキッシュ焼いてみるって言ってたから、日野先輩の好きなモノ入れてもらいますんで、それ差し入れで持って行きます」
俺は腹を抱え、呻くように答える。
「悪くない交換条件だ、なら、今日はタケぽんの分まで頑張ってくるか
 じゃあな」
日野先輩は機嫌良くその場から去っていった。

「保健室行って休んでから帰る?付き合うよ」
責任を感じているのか、クッキーはまだ心配そうな顔をしていた。
「ありがとう!ナイスフォロー!
 クッキーの証言のおかげで、リアリティ出た」
俺は大きく息を吐き、彼に笑顔を向けた。
「今日は絶対、ゴジラ対ギドラ対モスラみたいな事になるって俺の予感が告げてるんだ
 巻き込まれたら、死、あるのみ」
自分で言っていて、鳥肌が立ってしまった。
ポカンとしていたクッキーの顔に苦笑が浮かび
「何だよ、俺、サボリの口実に使われたのか」
そう言って、肘で小突かれた。
「そーゆーこと、でも、マジで助かった」
俺はヘヘッと照れ笑いでこたえ、頭をかいた。

「あ、じゃあ、せっかくだし駅まで一緒に帰ろうぜ
 俺も今日は部活無いから、早く帰ってレイジと一緒にムスの散歩に行くんだ
 自主練は暫く日曜だけにする
 これ、ロッカーにしまってくるからちょっと待ってて」
そう言って、クッキーは軽やかに自分のクラスに戻っていき、直ぐに鞄を持って引き返してきた。
その姿を見て
『機動力…』
俺は以前も感じていたことを、また考えてしまうのであった。


校門を出て駅へ向かう道
「そう言えば、クッキーの家の最寄り駅って、側にケーキ屋があったよな
 いかにも『味自慢の手作り』って可愛い感じの店構えだったけど、あそこって美味い?」
俺はこの間捜索に行ったときのことを思いだし、そう聞いてみる。
「うん、ケーキとマカロンが評判良いんだ
 マカロンって値段が高いから滅多に買ってもらえないけど、色んな味があって美味いぜ
 ちっこいのに、1個300円くらいするんだもんなー
 今でこそスーパーが出来たけど、ちょっと前まで駅前の店ってあのケーキ屋しかなくってさ
 うちの方、田舎だから
 正直あの店、よく潰れないなと思ってた
 固定客ついてんだよ、きっと」
クッキーはそう教えてくれた。

「マカロン…」
そういえばひろせは作ったこと無いな、と思い至る。
『評判の店のマカロン、買っていったら喜んでくれるかも』
そんなことを考えると、俺はそれを実行したくてたまらなくなった。
「今日はバイト無いから、せっかくだし行ってみようかな
 1人だと店に入りづらいから、クッキーも一緒に行ってくれない?」
そう頼んでみると
「マジか、お前本当に甘い物に目がないんだな
 確かに、あの店って男子高校生が1人で入るの勇気いるか
 俺もレイジと一緒に行って、いかにも『お使いです』って感じじゃないと入りにくかったりするしな
 良いよ、一緒に行こう
 つか、俺達が2人で入ると何に見えるんだ?」
クッキーは笑いながら頷いてくれた。
「部活帰りの飢えた男子高校生?」
「店の人、デカい方が運痴だとは思わないだろうな―
 俺も背は低くないと思ってたけど、お前には負ける
 スポーツに使わないなら、その身長分けてくれ」
「クッキーに分けるより、日野先輩に分ける方が先じゃん」
「違いない」
友達とのバカ話は、しっぽやに居るときとは違った楽しさがあった。


浮かれていた俺はケーキ屋でかなり散財してしまったが、ひろせへの土産と思うと気にならない。
やはり俺にとって、ひろせは1番特別な存在なのであった。
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