しっぽや(No.116~125)
side<KUROYA>
今まで犬と猫の捜索依頼しか受けたことがないしっぽやにとって、前代未聞の依頼が舞い込んできた。
『人探し』
依頼人は日野の後輩で、以前に学校で会ったことのある方であった。
飼い犬との絆が強い方なのでよく覚えている。
頼み込むような日野の視線、縋(すが)るような依頼人の目に負け、僕はその依頼を受けることに決めた。
元警察犬の大麻生がその場に居てくれたのも、僕の決意を後押ししたのだ。
しっぽやの業務終了時間が迫っていたため、先に大麻生、日野、タケぽんに現場に向かってもらった。
僕は事務所を閉めてから応援に行こうと思っていたのだが、事情を知った白久が後片付けをかって出てくれたので日野に連絡を入れる時間も惜しみ、押(お)っ取(と)り刀(がたな)で駆けつけることにした。
最寄り駅までの行き方は依頼人から聞いている。
駅から家までの道は住所をスマホに入力し、地図で確認した。
しかし
『この地図見て、現場に行けたこと無いんだよね…』
一抹の不安があるものの、今回は先に日野が現場に行っている。
愛する飼い主の気配を辿って行けば何とか行き着くだろう、僕はそう考えていた。
依頼人に教えて貰った駅で電車を降り、日野の気配を辿りながら歩いていくと、捜索モード全開であったせいか助けを求める子犬の切ない気配に気が付いた。
『ああ、これ、迷子っぽい』
僕は暗鬱な気分になる。
波久礼のように片っ端から気になる者を保護していたら、パンクすることは分かり切っていた。
僕たちが保護するのは飼い主が探し求めている行方不明のペットだけ、と線引きしないと大変なことになってしまうのだが、その線引きは傲慢なのではないかと悩むことがしばしばあったのだ。
『これだけはっきり分かるって事は、甲斐犬、だよね
甲斐犬って、今時珍しいから野良ってことは無いと思うけど
依頼がないのに勝手に保護して、探してる飼い主とすれ違っても何だし
何より今は礼二君を探すのが先だから』
自分に言い聞かせるようにして、僕は子犬の気配を無視して歩き出す。
『そうだ、日野に連絡を入れないと』
やっとそのことに思い至り、僕はスマホを取り出すと日野の番号に電話をかけた。
愛する飼い主の声に、僕は落ち着きを取り戻す。
日野達もまだ礼二君を見つけてはいなかった。
日野と大麻生は川に近い場所に居ると伝えられた。
日野の気配を辿ってすぐに追いつきます、と伝えている最中、先ほどの子犬の気配が母親を求めるものに変わっていることに気が付いた。
『母親の元に帰りたがっている?
迷子じゃなく里親にでも引き取られて、心細い思いをしているだけかな
まさか、誘拐?最近、和犬って人気あるらしいし
悪質な業者の手に渡って売れ残りでもしたら、最悪の未来が待ってるってニュースで観たことあるよ』
僕はそう気が付いてドキリとする。
少しだけ子犬の気配を深く探り、問題がないようなら礼二君の捜索に戻ろうと僕は日野との通話を一端切ることにした。
子犬の気配はゆっくり移動しながら川沿いを進んでいるようであった。
淀んだ水の臭い、草と土の臭いを感じる。
どうやら土手のような場所にいるらしい。
日野も川縁(かわぶち)にいると言っていた。
上手くすれば直ぐに合流できるかも知れないと、僕は小走りで子犬の気配を追いかけていった。
僕が前方を歩く人影に気が付いたのと、相手の連れている犬が僕に気が付いたのはほとんど同時であるようだった。
ガルルルルルッ
いきなり現れた僕に犬は大変警戒し、飼い主を守ろうと吠え立ててきた。
『ごめん、怪しい者じゃないんだ
子犬を探しててね』
僕は何とか犬を宥(なだ)めようと想念を送るが、興奮している相手には通用しなかった。
『この、化け物め!妖(あや)しの存在がレイに近寄るのを、許しはしないぞ』
相手からの攻撃的な想念は、聡明なものであった。
僕が化け物であると分かっていながら飼い主を守るために立ち向かう姿に、尊敬の念を覚えてしまう。
しかし今はそんな場合ではなかった。
「すいません、いつも大人しい子なのに
ムス、ムスどうしたの?大丈夫だよ?ムス」
犬を連れている男の子が、僕に謝ってきた。
「ドーベルマンのムス…これ、依頼達成っぽい
君、久喜 礼二君?お兄さんに頼まれて、君のこと探してたんだ
っと、日野に連絡しなきゃ」
訳が分からずキョトンとしている礼二君、相変わらず僕に敵意を向けてくるムス、そんな彼らの側で僕は日野に電話する。
直ぐに日野と大麻生が駆けつけてきてくれた。
大麻生の説得のおかげでムスは大人しくなり、礼二君の隣にきちんと座っている。
『勘違いとは言え、申し訳ないことを言ってしまいました
すみません』
『いいえ、僕が化け物なのは本当のことだから気にしないで
君の勇気には感動するばかりだよ』
ムスはとても礼儀正しく聡(さと)い方で
『どこぞのバカ犬に見習わせたい…』
僕は思わずそんなことを考えてしまうのであった。
「ボンヤリと感じていた小さな気配は、この子のものでしたか」
大麻生は礼二君が抱っこしている甲斐犬の子犬の頭を撫でていた。
「僕は逆に、この子の気配しか感じなかったよ
だからムスに気が付けなかったんだ」
僕が子犬に顔を寄せると
『ママどこ?オジチャン、ママのとこ連れてって
ママー』
母親を恋しがってキュンキュンと泣き出してしまう。
「この子ね、雑木林で見つけた迷子なの
僕も探偵さんみたいに、この子を家に帰してあげようと思ったんだ
誰に聞いても家が分からないし、暗くなってきて人が通らなくなったから話聞ける人が居なくなっちゃって
この子、最初は機嫌良くハシャいでたのに、夜になったら泣き出しちゃうし
僕、どうしたら良いのかなって」
礼二君は緊張が解けたのか、涙ぐんでいる。
「大丈夫ですよ、自分には無理ですが黒谷が見つけてくれます
彼はうちのペット探偵の所長をしていますからね
優秀なんですよ」
大麻生に話しかけられ、礼二君は期待に満ちた瞳で僕を見つめてきた。
輝く瞳の重圧に耐えきれず、僕は大麻生に耳打ちをする。
「えーっと、ごめん、ちょっと無理
この子、小さすぎて自分の家の場所わかんないんだ
ワクチン接種もまだじゃない?外の散歩に連れ出されたこと無いんだよ
本当に、何かの間違いで家を出ちゃったんだね
『茶色と追いかけっこしてた』って言ってる
枯れ葉を獲物に見立てて遊んでたんだ
将来、良い猟犬になりそうだよ」
大麻生は僕の言葉に顔を強(こわ)ばらせた。
「…どうしましょうか」
僕達は2人して、母親を恋しがって鼻を鳴らす子犬を見つめるしかなかった。
「よし、飼い主発見っぽい!」
スマホを操作していた日野が、明るい声を出す。
「甲斐犬、子犬、迷子で検索したら、それらしい情報が出てきたんだ
不明になった場所もこの近くだし、ちょっと連絡してみるね」
日野は呆然としている僕達を余所に、スマホに何かを打ち込み始めた。
「最近はSNSで迷子のペット探しする人も増えてるんだよ
うちとしては、商売上がったりって感じだよね
荒木はSNSは面倒くさそう、って登録してないけど、情報収集ツールとして使えるから俺はアカウントだけ作っといたんだ」
日野が何を言っているのか全く分からないものの
「今回の1番の功労者は日野ですね」
僕は飼い主に笑顔を向けた。
「ううん、1番最初に見つけたのは黒谷だから、黒谷のお手柄」
日野は優しい瞳を向けてくれる。
「今回、黒谷は実働1時間程度で解決したし必要経費の電車賃入れて、請求額は3000円くらいにしといてあげて
あいつ、部活頑張ってるからバイトしてないんだ」
「かしこまりました」
僕と日野の会話を、礼二君とムスは首を傾げながら聞いていた。
「レイジ!こんな時間まで何やってたんだよ、皆、心配してたんだぞ」
連絡を受けたタケぽんと共に、依頼人のクッキーが慌てて駆けつけてきた。
「ごめんなさい、僕、この子をお家に帰してあげようと思ったの
直ぐ見つかると思ったのに…
ごめんなさい、ごめ…なさ…」
礼二君は身内の姿を見て安心したのか、また泣き出してしまった。
クッキーは礼二君を抱きしめて
「ごめんな、ごめん
俺もちゃんとムスの面倒見るから、一緒に散歩に行こう」
涙ぐみながら謝っていた。
その後、子犬の飼い主と連絡が付き僕達は全員で送り届けに行った。
甲斐犬のブリーダーである子犬の飼い主に僕はやたらと気に入られ、商売上手な日野が僕の名刺(写真入りの方)を手渡すと
「次に迷子が出たら、直ぐに連絡します」
と言ってくれた。
ペット探偵の押し売りのようになってしまったが
「SNSでの捜索が主流になっちゃったら困るもん」
日野は悪戯っぽく笑って舌を出してみせた。
「今日は本当にありがとうございました
タケぽんに聞いたんですけど、そちらは犬のしつけ教室も開催してるんですってね
今度、ムスと一緒に参加してみて良いですか?」
駅での別れ際、クッキーはそんなことを言ってくれる。
しかし僕は
「悪いけど、それは認められないんだ」
きっぱりとそれを断った。
その場の全員が、驚いた瞳で僕を見つめてくる。
「うちの講師の方がバカだからね
ムスをしつけるとか、おこがましいにも程がある」
僕の言葉に、しっぽや関係者は深く長い息を吐いて
「確かに…」
力なく呟いた。
「むしろ、大麻生に警察犬としての訓練を受けた方がムスのためになるんじゃないかな?
この方の勇気は称賛に値するよ
大麻生はうちの主力だからあんまり時間が取れないけど、プロ的訓練教室を考えてみるのも良いかなって思ってさ」
「それ、良さそう!」
僕の提案に日野は直ぐ同意してくれた。
「あのお方の教えを、後世に伝える…」
大麻生も興味深そうな顔をしている。
『コウとレイを守れる訓練であれば、是非教えていただきたい』
ムスが僕達の会話を察し、一声吠えた。
しっぽやが人とペットのより良い関係を築く手伝いが出来るような場所にしたい、僕は改めてそう思うのであった。
今まで犬と猫の捜索依頼しか受けたことがないしっぽやにとって、前代未聞の依頼が舞い込んできた。
『人探し』
依頼人は日野の後輩で、以前に学校で会ったことのある方であった。
飼い犬との絆が強い方なのでよく覚えている。
頼み込むような日野の視線、縋(すが)るような依頼人の目に負け、僕はその依頼を受けることに決めた。
元警察犬の大麻生がその場に居てくれたのも、僕の決意を後押ししたのだ。
しっぽやの業務終了時間が迫っていたため、先に大麻生、日野、タケぽんに現場に向かってもらった。
僕は事務所を閉めてから応援に行こうと思っていたのだが、事情を知った白久が後片付けをかって出てくれたので日野に連絡を入れる時間も惜しみ、押(お)っ取(と)り刀(がたな)で駆けつけることにした。
最寄り駅までの行き方は依頼人から聞いている。
駅から家までの道は住所をスマホに入力し、地図で確認した。
しかし
『この地図見て、現場に行けたこと無いんだよね…』
一抹の不安があるものの、今回は先に日野が現場に行っている。
愛する飼い主の気配を辿って行けば何とか行き着くだろう、僕はそう考えていた。
依頼人に教えて貰った駅で電車を降り、日野の気配を辿りながら歩いていくと、捜索モード全開であったせいか助けを求める子犬の切ない気配に気が付いた。
『ああ、これ、迷子っぽい』
僕は暗鬱な気分になる。
波久礼のように片っ端から気になる者を保護していたら、パンクすることは分かり切っていた。
僕たちが保護するのは飼い主が探し求めている行方不明のペットだけ、と線引きしないと大変なことになってしまうのだが、その線引きは傲慢なのではないかと悩むことがしばしばあったのだ。
『これだけはっきり分かるって事は、甲斐犬、だよね
甲斐犬って、今時珍しいから野良ってことは無いと思うけど
依頼がないのに勝手に保護して、探してる飼い主とすれ違っても何だし
何より今は礼二君を探すのが先だから』
自分に言い聞かせるようにして、僕は子犬の気配を無視して歩き出す。
『そうだ、日野に連絡を入れないと』
やっとそのことに思い至り、僕はスマホを取り出すと日野の番号に電話をかけた。
愛する飼い主の声に、僕は落ち着きを取り戻す。
日野達もまだ礼二君を見つけてはいなかった。
日野と大麻生は川に近い場所に居ると伝えられた。
日野の気配を辿ってすぐに追いつきます、と伝えている最中、先ほどの子犬の気配が母親を求めるものに変わっていることに気が付いた。
『母親の元に帰りたがっている?
迷子じゃなく里親にでも引き取られて、心細い思いをしているだけかな
まさか、誘拐?最近、和犬って人気あるらしいし
悪質な業者の手に渡って売れ残りでもしたら、最悪の未来が待ってるってニュースで観たことあるよ』
僕はそう気が付いてドキリとする。
少しだけ子犬の気配を深く探り、問題がないようなら礼二君の捜索に戻ろうと僕は日野との通話を一端切ることにした。
子犬の気配はゆっくり移動しながら川沿いを進んでいるようであった。
淀んだ水の臭い、草と土の臭いを感じる。
どうやら土手のような場所にいるらしい。
日野も川縁(かわぶち)にいると言っていた。
上手くすれば直ぐに合流できるかも知れないと、僕は小走りで子犬の気配を追いかけていった。
僕が前方を歩く人影に気が付いたのと、相手の連れている犬が僕に気が付いたのはほとんど同時であるようだった。
ガルルルルルッ
いきなり現れた僕に犬は大変警戒し、飼い主を守ろうと吠え立ててきた。
『ごめん、怪しい者じゃないんだ
子犬を探しててね』
僕は何とか犬を宥(なだ)めようと想念を送るが、興奮している相手には通用しなかった。
『この、化け物め!妖(あや)しの存在がレイに近寄るのを、許しはしないぞ』
相手からの攻撃的な想念は、聡明なものであった。
僕が化け物であると分かっていながら飼い主を守るために立ち向かう姿に、尊敬の念を覚えてしまう。
しかし今はそんな場合ではなかった。
「すいません、いつも大人しい子なのに
ムス、ムスどうしたの?大丈夫だよ?ムス」
犬を連れている男の子が、僕に謝ってきた。
「ドーベルマンのムス…これ、依頼達成っぽい
君、久喜 礼二君?お兄さんに頼まれて、君のこと探してたんだ
っと、日野に連絡しなきゃ」
訳が分からずキョトンとしている礼二君、相変わらず僕に敵意を向けてくるムス、そんな彼らの側で僕は日野に電話する。
直ぐに日野と大麻生が駆けつけてきてくれた。
大麻生の説得のおかげでムスは大人しくなり、礼二君の隣にきちんと座っている。
『勘違いとは言え、申し訳ないことを言ってしまいました
すみません』
『いいえ、僕が化け物なのは本当のことだから気にしないで
君の勇気には感動するばかりだよ』
ムスはとても礼儀正しく聡(さと)い方で
『どこぞのバカ犬に見習わせたい…』
僕は思わずそんなことを考えてしまうのであった。
「ボンヤリと感じていた小さな気配は、この子のものでしたか」
大麻生は礼二君が抱っこしている甲斐犬の子犬の頭を撫でていた。
「僕は逆に、この子の気配しか感じなかったよ
だからムスに気が付けなかったんだ」
僕が子犬に顔を寄せると
『ママどこ?オジチャン、ママのとこ連れてって
ママー』
母親を恋しがってキュンキュンと泣き出してしまう。
「この子ね、雑木林で見つけた迷子なの
僕も探偵さんみたいに、この子を家に帰してあげようと思ったんだ
誰に聞いても家が分からないし、暗くなってきて人が通らなくなったから話聞ける人が居なくなっちゃって
この子、最初は機嫌良くハシャいでたのに、夜になったら泣き出しちゃうし
僕、どうしたら良いのかなって」
礼二君は緊張が解けたのか、涙ぐんでいる。
「大丈夫ですよ、自分には無理ですが黒谷が見つけてくれます
彼はうちのペット探偵の所長をしていますからね
優秀なんですよ」
大麻生に話しかけられ、礼二君は期待に満ちた瞳で僕を見つめてきた。
輝く瞳の重圧に耐えきれず、僕は大麻生に耳打ちをする。
「えーっと、ごめん、ちょっと無理
この子、小さすぎて自分の家の場所わかんないんだ
ワクチン接種もまだじゃない?外の散歩に連れ出されたこと無いんだよ
本当に、何かの間違いで家を出ちゃったんだね
『茶色と追いかけっこしてた』って言ってる
枯れ葉を獲物に見立てて遊んでたんだ
将来、良い猟犬になりそうだよ」
大麻生は僕の言葉に顔を強(こわ)ばらせた。
「…どうしましょうか」
僕達は2人して、母親を恋しがって鼻を鳴らす子犬を見つめるしかなかった。
「よし、飼い主発見っぽい!」
スマホを操作していた日野が、明るい声を出す。
「甲斐犬、子犬、迷子で検索したら、それらしい情報が出てきたんだ
不明になった場所もこの近くだし、ちょっと連絡してみるね」
日野は呆然としている僕達を余所に、スマホに何かを打ち込み始めた。
「最近はSNSで迷子のペット探しする人も増えてるんだよ
うちとしては、商売上がったりって感じだよね
荒木はSNSは面倒くさそう、って登録してないけど、情報収集ツールとして使えるから俺はアカウントだけ作っといたんだ」
日野が何を言っているのか全く分からないものの
「今回の1番の功労者は日野ですね」
僕は飼い主に笑顔を向けた。
「ううん、1番最初に見つけたのは黒谷だから、黒谷のお手柄」
日野は優しい瞳を向けてくれる。
「今回、黒谷は実働1時間程度で解決したし必要経費の電車賃入れて、請求額は3000円くらいにしといてあげて
あいつ、部活頑張ってるからバイトしてないんだ」
「かしこまりました」
僕と日野の会話を、礼二君とムスは首を傾げながら聞いていた。
「レイジ!こんな時間まで何やってたんだよ、皆、心配してたんだぞ」
連絡を受けたタケぽんと共に、依頼人のクッキーが慌てて駆けつけてきた。
「ごめんなさい、僕、この子をお家に帰してあげようと思ったの
直ぐ見つかると思ったのに…
ごめんなさい、ごめ…なさ…」
礼二君は身内の姿を見て安心したのか、また泣き出してしまった。
クッキーは礼二君を抱きしめて
「ごめんな、ごめん
俺もちゃんとムスの面倒見るから、一緒に散歩に行こう」
涙ぐみながら謝っていた。
その後、子犬の飼い主と連絡が付き僕達は全員で送り届けに行った。
甲斐犬のブリーダーである子犬の飼い主に僕はやたらと気に入られ、商売上手な日野が僕の名刺(写真入りの方)を手渡すと
「次に迷子が出たら、直ぐに連絡します」
と言ってくれた。
ペット探偵の押し売りのようになってしまったが
「SNSでの捜索が主流になっちゃったら困るもん」
日野は悪戯っぽく笑って舌を出してみせた。
「今日は本当にありがとうございました
タケぽんに聞いたんですけど、そちらは犬のしつけ教室も開催してるんですってね
今度、ムスと一緒に参加してみて良いですか?」
駅での別れ際、クッキーはそんなことを言ってくれる。
しかし僕は
「悪いけど、それは認められないんだ」
きっぱりとそれを断った。
その場の全員が、驚いた瞳で僕を見つめてくる。
「うちの講師の方がバカだからね
ムスをしつけるとか、おこがましいにも程がある」
僕の言葉に、しっぽや関係者は深く長い息を吐いて
「確かに…」
力なく呟いた。
「むしろ、大麻生に警察犬としての訓練を受けた方がムスのためになるんじゃないかな?
この方の勇気は称賛に値するよ
大麻生はうちの主力だからあんまり時間が取れないけど、プロ的訓練教室を考えてみるのも良いかなって思ってさ」
「それ、良さそう!」
僕の提案に日野は直ぐ同意してくれた。
「あのお方の教えを、後世に伝える…」
大麻生も興味深そうな顔をしている。
『コウとレイを守れる訓練であれば、是非教えていただきたい』
ムスが僕達の会話を察し、一声吠えた。
しっぽやが人とペットのより良い関係を築く手伝いが出来るような場所にしたい、僕は改めてそう思うのであった。