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しっぽや(No.116~125)

side<TAKESI>

俺にとって初めてのしっぽやでの捜索業務は、人探しになった。
同時に出動する大麻生は元は警察犬なので人探しのプロ、と言えなくもない。
しかも、探す相手と面識があるようだ。
これは幸運なことに思われた。

電車から降り依頼人である久喜の家に行く道は、すっかり暗くなっていた。
この辺は住宅街からは少し外れているようで、駅から少し離れただけで街灯の数も民家の数も俺の家の方より少なかった。
小学生がこの時間外にいるなら、きっと心細い思いをしているだろう。
小学生の妹が居る俺としても、心配になってくる。
『自分に何か出来ないだろうか』と必死になってペット探偵に依頼してきた久喜の気持ちが分かるような気がした。

久喜の家に着くと両親と近所の人達が表に出ている。
「まだ帰ってこないのよ」
母親らしき人がオロオロしながら久喜に話しかけてきた。
「学校の友達と先輩が、探すの手伝ってくれるって」
久喜が俺達を手早く紹介すると
「わざわざありがとうございます」
母親は俺に頭を下げてきた。
当然のように俺を『学校の先輩』と思ったようだ。
非常事態なので、流石に日野先輩もこちらを睨んではこなかった。
「俺の兄貴も丁度仕事上がりで合流したんで、探すの手伝います
 こんなとき、人出は多い方がいいから」
『ペット探偵に依頼した』なんて怪しいことを言えないので、事前にそういう風に設定を決めておいたのだ。
これで、しっぽや所員が加わっても『俺の兄貴の同僚』として大手を振って捜索に加われる。
不振な目を向けられることもないだろう。
俺達は早速捜索を始めることにした。


「それでは、この家を起点に捜索を開始します」
大麻生がそう宣言すると、自然に緊張が高まっていく。
「家を出た時刻は3時半頃ですね、現在は7時過ぎ
 やはり散歩にしては長すぎます
 途中で何かあった可能性がありますね
 自分は、まだ彼がムスと一緒にいると仮定し、犬の捜索と同じ方法をとります」
「黒谷と合流するときの連絡役として、俺も大麻生と一緒に行くよ
 人間側からも探した方が良い
 タケぽんはクッキーと一緒に、いつもの散歩コースなんかを探してみてくれ」
「わかりました、何か動きがあったら先輩のスマホに連絡入れます」
俺達は素早く分担を決める。
足早に歩き出した大麻生を追って、日野先輩の姿はあっという間に夜の闇に消えていった。

「俺達も行こう、よく行く散歩コースとかあったら案内して」
俺は久喜に向き直った。
「うん、こっちだよ」
彼は慌てたように歩き出した。
俺はその後を追いながら
「クッキーって呼ばれてんの?何か、美味しそう」
ついそんなことを聞いてしまう。
「そう呼ばれると、犬の名前みたいだろ
 武川もそう呼んで良いよ」
彼は照れたように頭をかいた。
「じゃあ、俺のことはタケぽんでいいよ
 俺『武川 丈志(たけかわ たけし)』って、タケがくどい名前だから」
俺はヘヘッと笑ってみせた。
「本当だ、タケがくどい
 俺は、久喜 孝一郎(くき こういちろう)、長男だから『一郎』
 で、弟が次男だから『礼二』
 今時数字が入った名前って、古風と言うか古臭いよな」
「分かりやすくていいじゃん」
俺達は顔を見合わせて笑ってしまった。

「タケぽんって、日野先輩と仲良いんだ
 全然知らなかった」
「仲が良いというか、いつもこき使われてると言うか…
 一応、学校ではあんまり先輩としゃべらないようにしてるから
 日野先輩と同じとこでバイトしてんの、黙っといてくれるとありがたいかも
 変に騒がれたくないからさ」
俺が頼むと、クッキーは素直に頷いてくれる。
「ペット探偵でバイトしてる、なんてバレたら根ほり葉ほり色々聞かれそうだもんな
 守秘義務、とか何とかあるんだろ?」
神妙な顔で聞いてくるクッキーに、俺は曖昧に頷いてみせた。

「こっちの雑木林、散歩でよく通るんだ
 でも夜は暗くて怖いから、夕方以降は行かないんだけど
 暗くなる前だったら来てる可能性があるかも
 この辺って休耕田とかあって、ちょっと田舎で寂(さび)れた感じなんだよ」
クッキーは少し恥ずかしそうに言う。
「確かに、ちょっと怖いな」
俺は辺りを見回して身を竦ませた。
そんなとき前方の雑木林から枯れ葉を踏む音がガサガサと響き、俺もクッキーもビクリと身を震わせてしまった。

『いや、怖がってる場合じゃないだろ、弟(おとうと)君(くん)かもしれないし』
気を取り直して闇に目を凝(こ)らすと、遠くの街灯に照らされたデコボコした人影が見えた。
「何だ、大麻生と日野先輩か」
ホッとする俺をよそに
「何であの人達、散歩コース知ってるんだ?
 どこから回り込んだんだろう」
クッキーは驚いた顔で2人を見つめていた。
大麻生と日野先輩の姿は、またしてもあっという間に遠ざかっていく。

『ヤバい、俺、捜索員として機動力無さ過ぎる…』
俺は将来に対して少し不安を感じてしまうのであった。


「あの2人が付近を探さなかった、ってことは、この辺にはいないのかもしれない
 俺達も移動しよう
 散歩の時、こっからどっちに向かう?」
俺が促すと
「何パターンかあるけど、どうかな…
 明るいうちに回ったんだったら、街灯の有る無しは関係ないか」
クッキーは思案顔になる。

「川に、魚か水鳥を見に行ったかも」
その言葉に、俺はゾッとする。
「まさか…落ちたりしてないよな」
「住宅街を流れてるから、落ちるような場所はないと思うけど
 ここんとこ雨降ってなくて、増水もしてないし」
そうは言うものの、クッキーは不安そうな顔になった。
「ちょっと行ってみよう」
俺達は足早に移動した。


「ここでエサやってる人がいるみたいで、魚も水鳥もよく集まってるんだ
 さすがにこの時間だと、どっちもいないか」
川にかかった橋の袂で、クッキーは辺りを見回している。
雑木林より街灯が多く多少は明るい場所ではあるが、辺りに人影はなかった。
「あと、弟が寄りそうなところ…」
考え込むクッキーを見守る俺の耳に、足音が聞こえてきた。
『もしかして』と期待を込めて目をやると、大麻生と日野先輩の姿が近付いてくる。
大麻生は的確に、散歩中立ち寄りそうな場所を察知していた。
「え?また?何でわかるの?」
驚くクッキーに
「まだ見つかってないみたいだな
 俺達はまた別の方向を探してみるよ」
日野先輩はそう告げて、大麻生と共に疾風のように去っていった。

「早!さすが、陸上部のエース
 俺だったら絶対、大麻生に置いてかれてるな…」
あっという間に小さくなっていく人影を見ながら、俺は呆然と呟くしかなかった。
「タケぽん、日野先輩が走ってるとこ見たことないの?
 早いんだぜ!小柄だけどスタミナあるから、長距離もいけるし
 フォームもきれいで、見てて気持ちが良い走り方なんだ」
クッキーは日野先輩の去った方角に憧れの眼差しを向ける。
「日野先輩みたいに走りたくて頑張ってるけど、中々上手くいかなくてさ
 夏休み以降、部活と自主練やりまくってたから、ムスの世話、ずっとレイジに押しつけてた
 2人で面倒みるから、ってムスを飼う時に約束したのに
 最後に俺がムスの散歩に行ってやったの、いつだったかもう思い出せないや」
クッキーの声は震えていた。
「俺が一緒に散歩に行ってれば、こんなことにはならなかったのに
 俺が…、一緒に…」
彼の目から涙が流れ、言葉に嗚咽が混じる。

クッキーは責任を感じて、何かせずにはいられなかったのだろう。
駅に貼ってあるしっぽやのポスターを頼りに、ペット探偵にすがりつくような気持ちで依頼に来たに違いなかった。
「大麻生は、すごく優秀な捜索員なんだ
 大抵は捜索に出てて、事務所にいる時間の方が短いんだよ
 黒谷も『僥倖だ』って言ってたけど、大麻生が事務所にいる時に依頼に来るなんて、クッキーは本当、運が良い
 きっと、大麻生が見つけてくれるよ
 それとも、後から来る黒谷が日野先輩に良いとこ見せたくて、超本気出すかも」
俺は彼を安心させようと明るい声で話しかけ、その背をバシリと叩く。
「それとも、俺達で先に見つけちゃおうか
 内情分かってるクッキーがいるんだから、条件的には1番有利だと思うしな」
クッキーは涙を乱暴に拭い
「そうだな、俺が先に見つけたら、依頼、チャラになるかな」
無理に笑ってみせた。
「俺のバイト代のために、相談料だけは払ってもらうぜ
 それが、世の中のルールってやつだ
 コンビニの限定スイーツよろしくな、でっかいプリン希望」
俺はニヤリと笑う。
「日野先輩に奢るより、安く済むだろ」
声を潜めて囁くと
「確かに」
彼は恐ろしそうに頷いた。
それだけでクッキーが見たという『陸上部のレジェンド』の壮絶さが伺え、俺も絶対に日野先輩に奢ることだけはしないでおこう、と胸に刻み込んだ。

「タケぽんって、スゲー良い奴だな」
感謝の瞳を向けられ、俺は照れながらも申し訳ない気持ちになる。
『しっぽや所員になったときの練習』みたいなノリで人探しをしようとしていた自分が恥ずかしく感じられた。
さっきの『川に落ちたかも』と思ったときの恐怖が蘇る。
人間相手でなければ、発見が遅れると最悪の事態に陥っている可能性が高いことに今更ながら気が付いた。
『ひろせは、この不安と戦いながら捜索してるんだ』
アニマルコミュニケーターの能力をもっときちんと延ばし、ひろせに協力したい。
悲しい思いをしている飼い主に、笑顔を取り戻させたい。
今回の人探しで、俺はそれを痛感した。

「じゃあ、捜索再開!道案内よろしく」
「オッケー、後はどこに行きそうかな
 近所の鶏小屋でヒヨコ孵(かえ)ってたから、見に行ってるかも」
「弟君、本当に動物好きなんだなー
 よし、行ってみよう」
俺達は勇んで歩き出す。

きっと見つけだして、クッキーに笑顔になってもらいたいと俺は強く望むのであった。
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