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しっぽや(No.116~125)

side<ARAKI>

「俺って、今まで贅沢だったのかな」
昼休みの教室で、パンを食べ終えた俺はため息を付いた。
「うーん、コンビニのサンドイッチもけっこう高いしな
 おばさんが朝忙しくて弁当作る時間無いんだったら、自分でパンにハムとキュウリでも挟んで持ってくれば安上がりなんじゃないか?
 ゆで卵だと面倒くさから、卵焼き挟むのも有りだぜ
 荒木、卵焼きくらいは作れたよな?
 後、ツナマヨは鉄板」
机を合わせ向かいに座っている日野が、おにぎり(本日6個目)を頬張りながら答えてくる。
「いや、ランチの話じゃなく」
俺はパックのカフェオレを飲むと声を落とし
「白久とのことだよ」
そう囁いた。

「あー、うん、まあ、贅沢と言えば贅沢だったよな、俺達」
日野は周りに気を配り、こっちに注目してる奴が居ないことを確認すると
「受験終わるまで泊まりに行ける回数減るから、やっぱ寂しいもんな
 前はちょいちょい行けたのにさ
 俺は部活引退して夏休み中よりバイトに行ける時間は増えたけど、泊まりは流石にな」
苦笑気味に告げてくる。
「俺は、ちょいちょい泊まりになんて行けなかったよ
 それでも今よりは行けてたなー、って今更気が付いた
 せっかく白久に対する親父の態度を軟化させることに成功したのに、イマイチ生かしきれなくてもったいないや」
腹いせ、とばかりに俺は飲み終わったパックをグシャッと潰す。
椅子の背もたれに体を預け
「早く受験終わんないかなー」
もう100回以上は呟いている文句を、また口にしてしまった。

「お前、そんなに予備校の授業取ってんの?」
少し驚いたように聞いてくる日野に
「最初はそうでも無かったんだけどさ
 弱いとこ克服しといた方がいいのかな、とか考えてるうちに増えてきちゃって
 お前みたく頭良くないから」
俺はつい僻(ひが)みっぽくグチってしまう。
「煮詰まってんなー
 1週だけでもコマ数減らして、白久のとこに泊まりに行けよ
 んで、スッキリして、次の週からまた頑張りゃ良いだろうが
 受験って言っても試験の日はまだ先だし、間にご褒美挟んで息抜きしないと逆に効率悪いぜ
 しっぽやに行くのもご褒美にはなるけどさ
 バイトとして事務所で会うのと恋人として部屋で会うの、違うだろ?」
日野が語る甘い誘惑に、俺の心がグラツいてくる。

「でも、良いのかな…、また模試あるのに授業取らないなんて」
グラツきつつも煮え切らない俺を後押しするよう
「俺で良けりゃ、自習に付き合うって
 俺の指導でタケぽんはうちの高校に受かったんだぜ
 講師として、けっこー優秀だろ?俺
 ちなみに俺は、先週黒谷のとこ泊まりに行ってリフレッシュ済み」
日野は悪戯っぽく笑った。
こーゆー風に余裕があるとこ、変に大人っぽいんだよな、と俺は日野に対してコンプレックスを感じてしまうが提案は魅力的だった。
早速スマホを取り出して、スケジュールを確認する。

「こことここをズラして、こっちを翌週に回すとどうかな
 …あ、そうすれば、ここの週末空けられそう」
それに気が付いて思わず笑みがこぼれてしまった。
「良かったじゃん
 きっと白久も寂しい思いしてるだろうから、決まったら連絡してやれよ」
「うん」
俺の心は早くも少し先の週末に飛んでいた。

「黒谷が捜索頑張ってるから、俺も頑張らないとって思ってさ
 予備校行かない日は、家で勉強してんだ」
日野が照れた顔をして、そんなことを言いだした。
「そういや最近、黒谷が所長直々(じきじき)に捜索出てるよな
 何かあったの?」
気になっていたので聞いてみると
「黒谷、大麻生と捜索勝負してるんだ
 俺とウラで言いだしたことだったんだけど、本人達も楽しくなってきたのか乗り気でさ
 白久も混ざる?
 優勝賞品とか別に無いから、本当に遊びみたいなもんだけどな」
日野からそんなことを誘われた。
「黒谷と大麻生の捜索勝負…」
そこに白久が混じるって、土佐犬とグレートデンの闘犬勝負にトイプードルが参戦する痛々しいイメージがわいてしまう。

『いやいや、実際は甲斐犬とシェパードの勝負に秋田犬が入るから、互角なんだろうけど』
いつの間にか自分が白久のことを愛玩犬のように感じてしまっていることに驚いた。
『これ、カズハさんの影響かも…
 あの人、本気で空のこと愛玩犬だと思ってるから』
そう気が付いても、やはり白久を勝負事には参加させたくなくて
「白久は黒谷の代わりに電話番頑張ってるから、それで良いんだ
 白久、所長代理もやってるからさ
 やっぱ事務所には責任者が居ないとね」
俺は曖昧な笑顔で答える。
「まあ、そっか
 猫達だと責任者っぽく見えないし、空は論外だからな」
日野は勝手に納得してくれた。

「とにかく、休み作って白久のとこに行くから、事務所で自習する時とか、ちょっと教えて」
俺が拝む真似をすると
「まかせとけ」
日野は笑顔で答えてくれるのだった。




白久の部屋に泊まれる週末、俺の心は軽かった。
「俺は今日は予備校あるからバイト行けないんで、黒谷のことよろしくな」
少し寂しそうな顔の日野と別れ足早に駅に向かう途中、大きな後輩の後ろ姿が見えた。
荷物が多いところを見ると、タケぽんも泊まりらしい。
同じ場所でバイトしていることを他の奴に悟られないよう普段は校外でしゃべることは無いのだが、浮かれていた俺は小走りで近づいて背中を小突いてやった。
「泊まりか?」
小声で聞くと、タケぽんの顔が緩む。
その顔は雄弁に『泊まりです』と答えていた。

「俺、パン屋寄ってから行くんで、先輩より電車2、3本遅くなります
 あそこのパン屋の新作菓子パン、ひろせが興味あるみたいだったからお土産にしたくて
 遅れるって、黒谷に言っといてください」
周りを気にしながら小声で囁き返すタケぽんに
「パン屋寄るの?じゃあ、ホテルブレッドも買ってきてよ
 あの店、食パンも美味いよな
 多分白久がエビとアボカドのサラダ作ってきてくれるから、のせて食べたいんだ」
俺はそう頼んだ。
「了解っす」
親指を立てるタケぽんと別れ、また足早に駅に向かう。

『俺も何か買っていこうかな』
ひろせのために買い物するタケぽんを見て、手ぶらの自分が気になってきた。
『ワンパターンだけどハズレがないメンチにするか』
そう決めると、到着した駅から肉屋に向かう。
丁度揚げたてのメンチを買うことが出来て、俺は意気揚々としっぽや事務所に向かうのであった。



コンコン

ノックして事務所のドアを開けると、すぐに笑顔の白久が駆け寄ってきた。
ノックの前から俺の気配を察してくれていたのだろう。
『大きくたって、愛玩犬は愛玩犬だよな』
白久が可愛くてたまらなくなり、カズハさんの気持ちが理解出来るような気がした。
お土産のメンチを渡すと、白久はとても喜んでくれた。
まだ温かな袋を胸に幸せそうな笑顔を見せる白久に、胸が熱くなる。
『スケジュール調整して良かった』
自分に甘いかなと思いつつも、やっぱ息抜きって大切だよなー、と痛感した。

遅れて事務所に到着したタケぽんも交え、楽しいランチが始まった。
思った通り、白久は俺の好きなものばかり詰め込んだスペシャル弁当を作ってきてくれていた。
もちろん、エビとアボカドのサラダもある。
タケぽんに頼んでおいたホテルブレッドをトーストし、それにのせて食べると、久しぶりの白久の味が体中に染み渡るようであった。
白久は俺の買ってきたメンチを美味しそうに食べている。
「手作りじゃなくてごめんね」
それでも買ってきて良かったな、と白久の笑顔を見ると素直にそう思えるのであった。


今日の業務として、俺は黒谷に名刺作りを頼まれた。
以前に遊びで作ってみた化生と同じ犬種の写真入り名刺の評判が良く、追加することになったのだ。
前は適当に作ってしまったので、今回はもう少しちゃんとした物を作ろうと、俺はやる気になってくる。
「しっぽやのロゴデザインとかも出来ると格好良いんだけどなー」
勉強はそんなに得意じゃないけど、美術的なことは嫌いではない。
卓越したセンスや技術、表現力があるわけではないが、犬や猫よりはPCを使ってデザイン的な事が出来るとは思っていた。
しっぽやのロゴについて熱く語り出した俺とタケぽんを、白久と黒谷とひろせが頼もしそうに見つめてくれるのが照れくさくも嬉しい気持ちにさせられる。
しっぽやで、自分に出来る仕事があることが嬉しかった。

やる気になっていた俺達は、ランチの後の仕事を頑張った。
フリー素材を漁り、写真とイラストバージョンの名刺を色々とデザインしてみる。
白久の毛色は白なので、白い紙に印刷するとシンプルになり過ぎてしまうのが悩みどころであった。
「可愛く、でも格好良く、うーん難しい…」
ブツブツ呟く俺に
「先輩、ひろせは『可愛く、でもゴージャス』をイメージしてください
 そだ、周りに花を散らしましょう、花
 あ、いや、お菓子やケーキも可愛いかも
 待って、ジュエリーでゴージャス感を出すのも有りですね
 しかし、鉄板は肉球?猫なら魚?」
タケぽんも呟き半分で話しかけてくる。

「取りあえず、黒谷と大麻生と空は格好いい系で良いかな
 となると、白久も格好良い系でいくか
 長瀞さんとひろせは長毛だから、ゴージャス系にして
 双子と羽生は可愛い系にしてみるか
 まあ、双子はどっちかと言うとゴージャスなんだけどね」
「忙しいときとかたまに手伝ってもらうから、新郷とジョンの分も作っておきますか?
 臨時職員扱いで」
「そっか、その方が依頼人に分かりやすいもんな
 新郷とジョンは、可愛い系の方が似合うかも」
タケぽんとアイデアを出し合いながら作業するのは楽しかった。

その後、俺達は皆の分の名刺を印刷する。
「印刷所とかに頼んだ方がきちんとした物になるんだけど、半分宣伝目的のチラシみたいなもんだから
 また、いろんなバージョン考えてみるよ」
俺は出来たばかりの名刺を皆に配っていった。
皆とても喜んでくれて、ちょっと得意な気分になる。

「今日はもう上がって良いよ」
と言う黒谷の言葉に甘え、いつもより少し早く仕事を終えた俺と白久は、これから始まる2人の楽しい時間に心弾ませるのであった。
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