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しっぽや(No.116~125)

いつもより2時間ほど早く仕事から上がったけれど、外に出てみるとすでに辺りは暗くなり始めていた。
「日が落ちるのが、本当に早くなりましたね」
「うん、風も出てきたし、寒いや」
荒木は小さく震えて寄り添ってくる。
「でも白久とくっついてると、温かい
 風除けありがとう」
ヘヘッと笑って、荒木が額を私の腕にすりつけた。
「荒木が側にいてくださると温かいです」
「俺じゃ風除けにならないと思うけど
 カイロ代わりって感じなのかな」
うーん?と首を捻る飼い主の愛らしさに、また幸せな気持ちがわき起こってくる。

「ええ、常に荒木を懐(ふところ)に入れて持ち運びたいくらいですよ
 カイロは漢字で書くと『懐炉』ですからね
 そういえば秩父先生は冬になるとベンジンを使う懐炉を携帯しておりましたっけ
 いつも親鼻と一緒にいるから懐炉が無くても温かいんだけど、子供の頃の冬が懐かしくてね、とおっしゃっていました」
私が荒木の手に『懐炉』の字をなぞると、荒木はくすぐったそうに笑う。
「カイロって、そんなに昔からあるのか
 そういや親父はホッカイロを使うとき、揉んでたな
 んで、『今のは揉まなくていいのに、昔のクセでまたやっちゃった』とか言ってんの
 わけわかんない」
荒木は肩をすくめてみせた。

「私は北国の犬なので今までちゃんと使ってみたことはないのですが、色々と新しいものが出ているのですね
 使う機会がありましたら、使い方を教えてください」
私が頼むと
「うん、それくらいなら任せて
 雪の日とか冬の雨の日とか、北国の犬って言っても外回りは寒いでしょ
 服に貼るタイプのだったら捜索の邪魔にならないと思うんだ
 大きさも色々あるし、あると便利だよ」
荒木は得意そうな顔で頷いてくれた。

「今日はこれからどういたしますか?
 少し早く帰れたので、どこかに寄っていきますか
 荒木の行きたいところ、どこにでもお供いたします」
私が尋ねると、荒木は考え込んでしまった。
「そうなんだよなー
 久しぶりにゆっくり出来るから映画見たり美味しいもの食べたり買い物したり、外でちょっと贅沢なデートしたい
 でも、白久の部屋で2人っきりで思いっきりイチャイチャしたい
 どっちも満喫するには、時間が足りなすぎるよ
 早く受験終わんないかな
 当たり前みたいにずっと一緒に居られた去年が懐かしいや」
不満顔の荒木も可愛らしく、私は思わず笑ってしまう。
そして、荒木も私と似たようなことを考えているのだと知って嬉しく感じていた。

「それではレンタル屋さんに寄って、私の部屋で映画のDVDでも見ますか?
 今日は寒くなりそうだったので、おでんを作っておきました
 『美味しいもの』に入ると良いのですが
 それとスーパーかコンビニに寄って、荒木が欲しい物を片っ端から買い込むのも贅沢な気分になれますでしょうか
 部屋では思いっきり2人でイチャイチャいたしましょう」
私の提案に荒木の顔が輝いた。

「うん!贅沢時短デートコースだ!
 DVD見るとき用にコンビニでお菓子とジュース買おう
 映画見るときは、炭酸飲みたくなるんだよね
 あ、でも白久はお茶が良い?
 贅沢デートだから、新しいやぶきた茶開けよっか」
まぶしい笑顔を向けてくれる荒木に
「私も、映画を見ながら荒木と同じ物が飲みたいです
 やぶきた茶は食後に開けましょう
 この間、クロが虎やで通販をすると言うので一緒に羊羹を買ってみたのです
 食後のおやつとして、贅沢デートに相応しいでしょうか」
私はそう尋ねてみた。

「虎やの羊羹って高いんだろ?日野が言ってたよ
 何か贅沢!今日のデート、益々楽しみになってきた」
頬を紅潮させる荒木を見て、彼の役に立てているんだと私も気分が高揚してくる。
「そうだ、贅沢な買い物って程でもないけど、帰ったら通販サイト見てみよう
 白久の捜索用に、カイロ探してみたいからさ
 ネットなら便利な物がみつかるかも
 よし、じゃあ今からデート開始!
 まずはDVD見に行こう、映画館で見そびれてたやつがあるんだ
 確か今日からレンタル開始だった気がする」
「はい、お供いたします」
私達はこれからの楽しい時間を思い、買い物をする。
荒木とこのような時を過ごすのは久しぶりで、家の近所での買い物ではあったがとても満ち足りた時間に感じられた。


大量の荷物を持って部屋に帰り着き
「変なのー、コンビニで買い物しただけなのに凄い楽しかった」
「いつも行っているスーパーなのに、意外な商品を発見できました」
そんな事を言い合って、私達は顔を見合わせて笑ってしまった。
「白久が居てくれたからだ」
「荒木が居てくれたおかげです」
同時に同じ事を口にして、また笑ってしまう。
飼い主が同じ思いを感じてくれている事が、とても嬉しかった。
心が通じ合っている実感が胸に溢れ、会えなかった時間の寂しさが溶けて消えていくのであった。


「早速、DVDをご覧になりますか?」
買ってきた荷物を整理しながら話しかけると
「うん、白久も一緒にゆっくり観よう
 夕飯の準備は観た後で良いからさ
 俺も手伝うよ」
荒木は制服を脱いで私の部屋に置いてある服に着替えつつ、答えてくれた。
「映画用のジュースとお菓子は俺が準備するから、そっちの荷物お願い」
飼い主の命令に私は張り切って荷物整理をする。
買ってきた物を棚や冷蔵庫にしまい終わり荒木の元に向かうと、テーブルの上にお菓子の準備が整っていた。

「荒木、暖房のスイッチを入れたばかりなので、まだ部屋が暖まっておりません
 寒くありませんか」
荒木の隣に腰を下ろし尋ねると
「ちょっと寒い、だから白久とくっついてDVD観ようかなって」
悪戯っぽく笑って舌を出してみせた。
「白久のカイロになってあげる」
荒木はそう言うと、座る私の股の間に身を滑り込ませてきた。
「可愛らしく温かい、極上のカイロですね」
私は後ろから胸の中の荒木を抱きしめた。
「俺も温かいや、映画館じゃ絶対こんな風に映画観れないもんな
 贅沢な映画鑑賞」
荒木は幸せそうに私の胸の中に身を預けている。
そして、私達はDVDを観始めた。

飼い主の鼓動を間近に感じ、スナック菓子を食べながら炭酸でノドを潤して観る映画はとても面白く感じられた。
今までは作り物の話を観ても今一ピンとこなかったが、荒木と一緒に観ると分かったような気になれた。
飼い主の感情を感じ取っているせいなのであろうか。
それは自分でも不思議な感覚であった。

やがて、画面はエンドロールと呼ばれる画像に切り替わり、音楽が流れ始める。
荒木はまだ食い入るように画面を見つめていた。
「面白かったー!これ、デカい画面で観たかったな」
ほう、と息を吐き荒木が呟いた。
「そうですね、きっと迫力が違っていたでしょう」
私が答えると荒木は振り返って驚いたように私を見つめたが
「もし続編が公開されたら、今度は映画館に観に行こう」
笑って誘ってくれる。
「はい、荒木と映画館デートが出来る日を楽しみにしております」
飼い主と交わす未来の約束は、宝物のように感じられた。

その後、温め直したおでんを食べながら、荒木が私のためにスマホでカイロを通販してくれた。
「買う物が決まっているのなら、ネット通販とは便利なものですね」
感心しきりの私に
「実物見て買う方がハズレがないけど、時間無いと何件も回ってられないからさ
 これで今年の冬は、捜索中の白久に寒い思いをさせなくて済むよ」
荒木は満足そうな顔で頷いた。

ゆっくりと食事をし食後のお茶と羊羹を楽しむと、時刻は10時を回っていた。
「もうこんな時間だ」
時計を見た荒木は残念そうな顔になる。
「まだ、今日という時間は残っておりますよ
 残り時間で温泉デートなどはどうでしょうか」
私の提案に、曇っていた荒木の顔が晴れやかになった。
「そっか、さっきスーパーで入浴剤買ったんだった
 贅沢デートの最後に温泉なんて、まさに贅沢!」
「一緒に入ってもよろしいですか」
笑顔の荒木に期待と共に問いかけると
「もちろん
 …入ったら、気持ちよくしてくれる?」
艶やかな笑みを浮かべ、逆に問い返された。
「もちろんです
 贅沢な時を過ごせそうですね」
私は荒木に口づけをする。
体がこれからの期待に熱くなっていくのが感じられた。


暖かなシャワーに打たれながら、私達は唇をむさぼり合う。
湯船に溜めたお湯には入浴剤が入れてあるため、シャワールームには温泉の香りが立ちこめていた。
「あっ…ふ…」
合わせた唇の間から、荒木の甘い喘ぎが漏れ出してくる。
久しぶりの触れ合いに、お互いの体は激しく反応しあっていた。
私が荒木を後ろから貫くと
「ひっ、ああっ!」
彼の口から悲鳴が漏れる。
しかしそれが苦痛から出たものでは無いことを私は知っていた。
手を伸ばして触れた先にある荒木自身が、激しく反応していたからだ。
体の動きに合わせ刺激すると、荒木は更に甘い悲鳴を上げる。
私達はほとんど同時に熱い思いを解放した。

しかし1度の繋がりだけでは体の熱は収まらず、シャワールームからベッドに移動した後も何度も繋がり合った。
会えない時間がお互いに対する愛を、より育(はぐく)んでいたのだろうか。
熱い想いは冷めることを知らず、何度も蘇ってきた。
その想いのままに私達は求め合う。
熱い想いが治まってきたのは、深夜を回ってからのことであった。

「今日は少し遅い時間に出勤しましょう
 クロに許可はとってありますので」
腕の中の荒木の髪を撫でながら伝えると
「うん」
彼は少しうっとりとした感じで答えた。
「また、こんな風に、贅沢なデート、しよう…ね…」
眠りに落ちる寸前の飼い主の囁きに
「はい、とても楽しみです」
私は万感の想いで応じる。
荒木は満足そうに微笑むと、意識を夢の中に手放していった。

飼い主の笑顔につられるように、私の意識も夢の中に落ちていく。
そんな中にあっても、腕の中の温もりだけは確かな物に感じられる。
私はその温もりを縋(すが)るように抱きしめ、飼い主と共に存在できる奇跡に感謝しながら意識を手放すのであった。
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