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しっぽや(No.102~115)

捜索から戻ってきた大麻生にウラがミルクティーを用意するのに併せ、おやつ休憩をとることになった。
「カズハ先輩のアドバイスで、紅茶淹れるの上手くなったろ」
ウラはフフンと笑ってみせた。
確かに、パックの紅茶と牛乳を適当に混ぜるだけだったウラのミルクティーは茶葉から淹れるものに進化している。
「ソウちゃん、茶葉はフレーバーよりオーソドックスな方が好きなんだよね
 ミルクティー向けのセイロンとかアッサムとかウバとか
 ミルクは、低温殺菌の方が甘みがあって美味いんだ
 日持ちしないのが難点だけど、この事務所ならあっと言う間に飲みきっちゃうもんな」
ウラは得意気に語っていた。

「ウラ、カズハさんと親しくしてるんだ、ちょっと以外
 ってか、何でカズハさんが『先輩』で俺が『ちゃん』なんだよ
 ここでは俺の方が先輩なんだぞ」
俺が顔をシカメると
「だってカズハ先輩は、ペットショップの先輩だもん
 しっぽやは家族経営みたいなもんだから『先輩』って感じじゃないじゃん」
ウラはシレッと答える。

「それにカズハ先輩、洋犬の化生飼いの先輩だし
 だって空を飼えるって凄くね?
 空、カズハ先輩の言うこと素直に、っつーか真面目に聞いて従ってるもんな
 プロの訓練士だった俺の爺ちゃんだって、ハスキー従わせるの無理だったんだぜ
 マジ、尊敬」
その点は、俺も同じ事を感じていた。
お茶の席に同席している黒谷と大麻生も、大きく頷いている。
いつも空気を読まない空だけど、カズハさんに対してだけは一挙手一投足に気を払い『何をして欲しいのか』という事を常に意識しているように見えた。

「ウラは新郷や桜様とも仲良くしております」
大麻生が嬉しそうに告げた言葉に、俺は驚いてしまう。
「ウラが桜さんと?」
こう言っては何だか、几帳面で真面目な桜さんとチャラ男のウラは異色の組み合わせに思えた。
「そうそう、俺、今、桜ちゃんにマンガ借りてんの
 あのお巡りさんの長いやつ
 30巻まで読んだけど、まだ半分以下の巻数ってパネェ
 大人になって読み返すと、ガキの頃には気づかなかったこと分かって深いなアレ」
ウラはウンウンと頷いているが
「桜さんて、マンガ読むの?」
俺はさらに驚いていた。
「読む読む、大予言に基づいたオカルトチックな怪しいレポートマンガとかも持ってたから、今度借りてみようと思ってんだ」
ウラはニッヒっと笑った。

「そだ、こないだ爺ちゃん家行ったとき、中川先生にゴジラのビデオ何本か借りてきたんだ
 羽生に言っとかなきゃ
 今時ビデオ使ってる奴なんかいるのかと思ってたけど、DVDで揃え直す程じゃない作品専用で案外使われてるのな」
ウラの台詞に、俺はまた驚いた。
「ウラ、中川先生と会ったの?」
何となくウラは『教師』に反発しそうなタイプだと思っていたのだ。
「階違うけど同じマンションに住んでるし、ご近所さんだよ
 俺、兄弟いないけど『兄貴』ってのがいたら、あんな感じかなー、とか思ってみたり」
ウラは照れた笑顔を見せる。
ウラは俺が思っていた以上に、ここに馴染みまくっているようだった。
『そういや、強請られてた時もファミレス誘ったら付いてきたっけ
 基本、人懐こいんだな、こいつ』
俺は改めてウラの顔を見た。
彼はかいがいしく大麻生にミルクティーのお代わりを作っている。
「ウラって、実は可愛いんだね」
思わず漏らした俺の呟きに
「実はって何だよ、俺が可愛いのは生まれつき」
ウラは楽しそうに笑っていた。

「何か、もうウラの歓迎会なんてしなくて良いんじゃないの?」
俺が笑うと
「ダーメ、俺の歓迎会はお前らの大学合格祝いパーティーと合同なんだぜ
 お前らが合格しないと、ここでの俺の居場所無くなるんだからな
 絶対合格しろっての」
ウラは指先をビシっと俺に向ける。
これが、ウラなりの俺への励ましなのであろう。
「頑張りまーす
 合格祝いは、虎やの印籠杉箱入大型羊羹4本セットお願いします
 デカい羊羹、丸ごと食うの憧れなんだ」
俺は可愛らしく見えるよう、小首を傾げてさりげなく言ってみた。
「爺ちゃん育ち舐めんな、その値段知ってるわ
 今のカズハ先輩だったら『羊羹で良いの?それでやる気が出るなら』ってホイホイ受けてたとこだぞ
 お前も悪だなー」
ウラは俺の予想通りの返事を返してきた。
きっとウラなら分かるだろうと思っていたので、少し嬉しくなってしまう。
荒木やタケぽんとは出来ない会話をウラと楽しむことが出来ている状況が、何だか楽しかった。

和銅の周りには同じ境遇の者は居なかった。
きっと彼もこんな風に秘密を笑い合える友達が欲しかったんじゃないかと気が付いて、また少し切なくなる。
黒谷が用意してくれていた場所で、俺は確実に人生をやり直すことが出来ているのだ。
それは俺と和銅にとって、この上ない幸せであった。


「合格祝い、俺はその金額分、大人のキスを教えてやるよ
 プロの技、ありがたく思え」
ウラはニヤリと笑ってウインクしてきた。
「いや、ウラのキスって黒谷のより価値ないからいらない」
俺がキッパリと断ると
「犬に顔舐められるより下だと思われてるとか、傷つくなー
 黒谷、飼い主のしつけ、なってないよ」
ウラは顔を歪めてみせた。
「すみません、日野は正直なので」
黒谷が笑いながら謝っている。
「ウラのキスは、自分がして欲しいです」
取りなすような大麻生の言葉で
「ソウちゃん、今夜また新しい技教えてあげるからね
 そうだ、せっかくだから新しい首輪も使おう
 あの鋲の付いたワイルドなやつ」
ウラはたちまち機嫌を直して、うっとりとした目になった。
「お子さま達には、小道具はまだ早いかな」
大麻生にしなだれかかりながら、ウラが怪しく笑っている。
ウラの言葉を受けて黒谷が伺うように俺を見た。
「俺達はそんなの無くても燃えるから良いの」
そう言いながら
『首輪…黒谷なら赤か黒だよな』
俺は心の中で黒谷に首輪を付けドキドキするのであった。



業務終了後、黒谷と別れ難かった俺は急遽彼の部屋に泊まることに決めた。
せっかくなのでウラ、大麻生と一緒にファミレスで夕飯を食べていくことにした。
「この面子(めんつ)でファミレスって、何か懐かしく感じるな」
ウラが少し感慨深げに呟いた。
「こーゆーの、歴史は繰り返すっての?
 歴史ってのは、ちょっとオーバーか」
舌を出して笑うウラに
「良いんじゃない?俺達だけの秘密の歴史だよ」
俺はそう答えた。
あの先輩とのことは、俺とウラだけの秘密だ。
それが暴かれる日は無いだろうと思うと、あれだけ辛かった過去に対し、少しだけ心が軽くなった。

「ウラは今回もナスミートスパ?」
「いや、あの時はナスが食いたかったんだ
 塩サバも美味そうだけど…今はトンカツって気分かな、後、ほうれん草
 よし、今日はトンカツ定食とほうれん草ベーコンにしよう」
ウラは満足げにメニューから顔を上げる。
「ウラって、チョイスが何気に古いよね」
横文字の何だか分からないようなメニュー頼みそうなチャラ男なのに、と俺は思わず笑ってしまう。
「言ったな、で、お前は何にするんだよ」
「俺はオムライス
 後、カレーとハンバーグとミートスパ」
「ガキの頃のテンションマックスメニューばっかじゃねーか
 ザ・婆ちゃんの考える子供の大好きメニュー」
俺とウラは顔を見合わせて笑い合った。

「日野、唐揚げもあった方がそれらしいのでは」
「ウラ、ソーセージもいかがでしょうか」
空気を読める化生達がそう言い添えてくれる。
「うん、色々頼んで皆で食べよう」
「じゃ、デザートはソフトクリームな」
俺達は、少し懐かしいメニューを囲み夕飯を楽しんだ。
それは気兼ねなく楽しめる、俺の大事な居場所の一つになるのであった。


影森マンションの黒谷の部屋に帰り着いた時は、遅い時間になっていた。
「ウラ、すっかり皆と打ち解けてるんだね」
初めて会った時にはこんな未来がくるとは、思ってもみなかった。
「大麻生も一安心、と言ったところでしょうか
 どちらかと言うと、大麻生に良い飼い主が出来てくれて、皆の方が安心しているんですけどね
 日野のおかげです、本当にありがとうございました」
黒谷は優しく微笑んでいる。
「大麻生が頑張ったからだよ」
俺はそう言って黒谷に抱きついた。
黒谷は抱きしめ返してくれる。
安心できる彼の腕の中で、俺は幸福感に満たされていく。
「でも、いつも1番頑張ってるのは黒谷だね
 ご褒美」
俺は黒谷の唇に自分の唇を重ねた。
黒谷の俺を抱く腕に力が入り、強く抱きしめられる。
俺達は舌を絡ませ、深く、浅く、唇を合わせあった。

「黒谷、して」
合わせた唇の間から囁くようにねだった言葉を黒谷が聞き逃すはずもなく、俺を抱き上げてベッドに運んでくれた。
服を脱がされ、自分も衣服を脱ぎ捨てる黒谷の逞しい胸元から喉元に視線を向け
『首輪…』
ウラに言われた言葉が脳裏に蘇ってきた。
確かに首輪が似合う首だと思った。
黒谷が俺の視線に気が付いて、命令を待つ犬のように動きを止める。
「大学合格したら首輪買ってあげる
 そしたら、それ付けて、して
 首輪した黒谷にしてもらうの、自分へのご褒美にするよ」
俺の言葉に黒谷の顔がほころんだ。
「楽しみです」
「俺も」
俺達は再び唇を合わせあった。

彼の指が、唇が、舌が俺の体に触れていく。
触れられたところから甘いしびれと疼きが絶え間なく襲ってくる。
彼に貫かれ、その確かな存在感を感じる幸福な瞬間が訪れた。
「黒、谷…」
掠れた声で名を呼ぶと
「日野…」
逞しく動きながら、優しく呼び返してくれる。
俺達は何度も繋がりあい想いを確かめ合った。

行為の後、飼い犬の腕の中で幸福なまどろみから深い眠りに落ちていく。
俺にとって苦しかった人生の終着がここであるよう、祈らずにはいられない。

この安らぎの腕の中に帰ってこれるならどんな苦難も乗り越えられる、俺は愛しい犬に抱かれ幸せを感じながらそんな事を思うのであった。
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