しっぽや(No.102~115)
side<HINO>
『やりきった!』
ゴール直後の乱れた息を整えつつ歩きながら、俺は爽やかな達成感でいっぱいになっていた。
毎年夏に体調を崩していたので出場した事がなかった秋の大会に、俺は高校生活最後にして、やっと挑むことが出来たのだ。
受験勉強としっぽやでのバイト、それにプラスして大会に向けての調整。
この夏は目が回るほど忙しく、それでいて今までにないくらい充実した夏休みであった。
結果は自己ベスト更新、とはいかなかったが良いタイムを出せた。
それは初めて出場した大会での成果としては、満足感を覚えられるものであった。
「先輩、お疲れさまです!」
仲の良い後輩がタオルを持ってきてくれる。
それを受け取って流れる汗を拭いていると、今は引退している同学年の元部員が集まってきた。
「日野、お疲れー
ラストスパート凄かったけど、前半抑えすぎてたんじゃないか」
「でも日野ちゃんチビだし、スタミナは温存しとかなきゃ後半バテるだろ」
「お前、後、10cmくらい身長ありゃなー」
「背は関係ないだろうが」
友人のそんな言葉に俺は苦笑する。
「チビでも食べる量は5人前」
「それって、燃費悪いの?」
「しかし、気持ちよさそうに走ってたよな、俺もこの大会出てから引退すりゃ良かった」
もちろん、この中に俺をレイプした奴らは居ない。
仲の良い部員達とワイワイやっている時間が、俺は好きだった。
『陸上、やってて良かったな』
色々あったけど、今は素直にそう思える。
黒谷や空やウラが俺の代わりにやってくれたことが、大きな支えになったのも事実であった。
「お、2年が戻ってきた
あいつらも良く頑張ったよな」
「1年の時なんか、フォームも覚束なかったのに」
「それは、俺達もだろ」
「喉元過ぎれば何とやらだ」
俺達は笑いあいながら新たに戻ってきた部員を激賞しに行く。
「今日はファミレスで打ち上げしようぜ」
「よっし!割り勘!食うぜー」
「日野ちゃんは倍額な」
「ダメだよ、こいつ倍額でもぜってー勝つもん」
「日野は山盛りポテト3皿食ってから、他の皿に手を付けること!」
「ひでー、せめて2皿にしてくれよ、それなら何とか」
「先輩、マジで2皿なら1人でいく気ッスか」
黒谷達が取り戻してくれた俺の日常。
ささやかだけど大切な日常。
同年代の友達などいなかった和銅が送りたいと思っていたであろう、当たり前の日常。
『お前の代わりに、俺がちゃんと楽しんで生き抜いてやるからな』
今の俺は和銅に対しての蟠(わだかま)りが和らぎ、和銅であったときの夢を見る回数が減っていた。
俺は俺として『寄居 日野』としての幸せを追求して生きていこうと素直に思えるようになっていた。
『部活引退するから、これから予備校のコマ数増やしても黒谷に会いに行く時間作れるな』
この大会を最後に部活を引退しようと決めていた俺は、黒谷のことを考えて顔が緩んでしまう。
「何、日野ちゃんヤらしい笑顔浮かべちゃって」
「あ、こいつ、ポテト食っても高い皿頼むつもりだな」
「ステーキ、いっちゃおっかなーって」
「ちょ、肉は均等に分けようぜ」
「日野ちゃんの肉は唐揚げで十分だろ」
「引退する世代じゃなく、現役世代に良い肉食わしてくださいよー」
部員達とバカ話をするのも、後もう少しの事になるだろう。
俺は今この時の輝きを胸に刻み込んだ。
「良いか後輩達、陸上部で後の世にまで語り継がれる伝説を、今日はその目に焼き付けて帰るんだぞ」
芝居掛かった俺の台詞で、その場がドッと沸いた。
「よっ、けっして奢ってはいけない伝説の先輩!」
「日野ちゃん、かっけー」
「てか、その伝説、陸上関係ねー」
そして俺は自分の宣言通り、陸上部最強(もちろん陸上関係なし)伝説を打ち立て、部活動のラストを華々しく飾るのであった。
そんな事があったのが先々週の話。
あれからバタバタしていて、今日は久しぶりにしっぽやにバイトに来ていた。
荒木は予備校で、タケぽんは風邪でダウンしているため、バイト員は俺1人である。
と思っていたら
「タケぽんの代わりに、俺、参上ー」
いきなりドアを開け、華々しい顔と衣装のウラがしっぽやにやってきた。
大麻生がタケぽんの不在をメールで知らせたようだ。
ペットショップでのバイト帰りではないらしく、フェイクファーの付いたゴージャスなコートを着て長い金髪をなびかせている。
ウラは室内を見回し
「お約束のように、ソウちゃんは捜索か
さすが、有能すぎるペット探偵」
腕を組んでウンウンと頷いていた。
そのまま俺を見て、少し勝ち誇ったような顔になる。
「あー、はいはい、大麻生は凄いよね
今日、2件目の依頼に行ってるんだって
まあ黒谷は、午前中だけで2件片づけたらしいけどね」
俺の言葉でウラが慌てたように所長の椅子に座る黒谷に目を向けた。
黒谷は俺を見ながらコクコクと頷いている。
頑張る黒谷は以前にも増して格好良くて可愛らしかった。
「きっと今日のソウちゃんはスロースタートなんだ
勝負はこれからだぜ!
あ、そう言えば、日野ちゃんにはまだ払ってもらってなかったな」
ウラはそう言うと、俺に向かって手を差し出してきた。
「?」
訳が分からず訝しげな顔を向ける俺に
「ほら、いつぞやのキスの代金」
ウラは当たり前のことのように言ってのけた。
「はあ?何で?」
思わず、大きな声が出てしまう。
「日野ちゃんが俺のキスは『高い』って言ったんじゃん
荒木少年は払ってくれたぜ」
ウラは頬を膨らませる。
『マジか…荒木、どんだけお人好しなんだ
ウラのこと甘やかすなよ』
俺は頭を抱えてしまった。
「本当に1万も払ったのか?」
俺は疑いの目でウラを見てしまう。
「荒木少年からはチョコ貰った
ほら、五円玉みたいなチョコあるだろ、あれ2個くれて『大麻生とこれからも十分ご縁がありますように』って
後は出世払いでツケにしといてくれってさ
あのチョコ、ソウちゃんと1個ずつ食べたんだ、これで俺達の縁は深まったかな」
無邪気に笑うウラを見ながら
『荒木、グッジョブ!』
俺は心の中で荒木を讃える。
「んじゃ俺は、とっときの飴あげるよ」
婆ちゃんに頼まれていた物であったが後で買い直せばいいかと、俺は封の開いていない飴の袋を鞄から取り出した。
「お、純露じゃん!舐めるの久しぶり!」
ゴネられるかと思ったが、ウラは純粋に喜んでいる。
ゴージャスなチャラ男が渋い飴の袋を抱きしめるという、シュールな光景がそこにあった。
「これさ、気を付けて舐めないと先が尖ってくるんだよな
ガキの頃、よく口の中刺してたわ」
そんなウラの言葉に、俺は少なからず驚いてしまう。
「ウラ、そんなの口にしてたんだ」
呆然と呟くと
「俺、爺ちゃん婆ちゃん育ちだから
つか、高校生に純露貰うとは思わなかった、渋いな、お前
それとも今ってこれが流行ってんの?」
今度はウラが驚いたような視線を向けてくる。
「あ、俺も婆ちゃん育ちなんだ」
俺が答えるとウラの顔が少し曇った。
「もしかして…親、離婚してる?」
戸惑い気味の問いかけで、俺も察しが付く。
「ウラのとこも…?」
彼は苦笑しながら頷いた。
「親の離婚なんて、そんな珍しいことでもないけどさ
でも…
珍しくないはずなのに、俺の周りにそんな境遇のやつ居なかったんだ」
ウラの言葉が心に突き刺さる。
「…だね、俺も同じ」
俺は以前にも感じたことのある親近感を、再びウラに感じていた。
「もし、黒谷と出会えてなければ、俺もウラと同じ様になってたかもしれない
初めてウラに会ったときそう思って…怖くなった」
ウラから『男娼』と言う言葉を聞かされたとき、誰かに体を任せて屈辱にまみれながら生きるしかなかった和銅の記憶が蘇り、ものすごい嫌悪感に襲われたのだ。
初めて会ったウラに対する反感は、そこからきていたのだろう。
「まあ、あの仕事は資格もいらないし、稼げるから手軽ではあるよな」
ウラがあっけらかんとした感じで語るので、俺は少し驚いてしまった。
親に売られた和銅と、自分からその道を選んだウラは感覚が違っているのかもしれなかった。
「でもお前は、頭良いんだろ?
親が離婚してたって、大学行って普通に就職できたんじゃねーの?」
不思議そうなウラに
「どうかな…」
俺は暗い顔で答えた。
何となくだけど、進学してもまた、ろくでもない先輩にひっかかって弄ばれそうな気がしたのだ。
ウラもその辺を察してくれたのか
「あー、写真に写ってた日野ちゃんって、ちょっと加虐心を煽る顔してたもんな」
困った風に頭をかいていた。
「でも今は、くそ生意気な面構えだ」
ウラは俺の頬をグイッと両手で引っ張った。
「ひてて、あにふんらよ」
俺が慌てると
「黒谷に愛されてるって、幸せ面ぶらさげてるって言ってんの
そんな可愛くない奴、相手にされないぜ
客の好みに合わせた演技出来なきゃ、稼げるってもたかがしれてるしな
俺みたいに器用じゃないとさ」
ウラは艶然と笑ってみせた。
「ま、今となっては、俺もソウちゃん以外と寝るのはごめんだけど
だってソウちゃん、超テクニシャンなんだもん
毎回頭真っ白になっちゃうんだ
ソウちゃんが言うには、俺の教え方が良いんだって
俺が教えた通りに、こっちの反応見ながらしてくれんの
昨夜だってさ…」
頬を染めうっとりとした顔になったウラが、得々と夜の情事を語り出したので俺はその口を両手で塞ぐ。
「いいから仕事しろっての
これ、未入力分の報告書
40秒で入力しな」
「目がー」
俺達は有名なアニメ映画の台詞を真似、笑いながら仕事に精を出した。
ウラとこんな風に一緒に働くなんて、初めて会ったきには思いもしなかったことだ。
しっぽやにいるといつも前向きで明るい気持ちになれる。
その気持ちに、周りの状況が付いてきてくれるようであった。
『やりきった!』
ゴール直後の乱れた息を整えつつ歩きながら、俺は爽やかな達成感でいっぱいになっていた。
毎年夏に体調を崩していたので出場した事がなかった秋の大会に、俺は高校生活最後にして、やっと挑むことが出来たのだ。
受験勉強としっぽやでのバイト、それにプラスして大会に向けての調整。
この夏は目が回るほど忙しく、それでいて今までにないくらい充実した夏休みであった。
結果は自己ベスト更新、とはいかなかったが良いタイムを出せた。
それは初めて出場した大会での成果としては、満足感を覚えられるものであった。
「先輩、お疲れさまです!」
仲の良い後輩がタオルを持ってきてくれる。
それを受け取って流れる汗を拭いていると、今は引退している同学年の元部員が集まってきた。
「日野、お疲れー
ラストスパート凄かったけど、前半抑えすぎてたんじゃないか」
「でも日野ちゃんチビだし、スタミナは温存しとかなきゃ後半バテるだろ」
「お前、後、10cmくらい身長ありゃなー」
「背は関係ないだろうが」
友人のそんな言葉に俺は苦笑する。
「チビでも食べる量は5人前」
「それって、燃費悪いの?」
「しかし、気持ちよさそうに走ってたよな、俺もこの大会出てから引退すりゃ良かった」
もちろん、この中に俺をレイプした奴らは居ない。
仲の良い部員達とワイワイやっている時間が、俺は好きだった。
『陸上、やってて良かったな』
色々あったけど、今は素直にそう思える。
黒谷や空やウラが俺の代わりにやってくれたことが、大きな支えになったのも事実であった。
「お、2年が戻ってきた
あいつらも良く頑張ったよな」
「1年の時なんか、フォームも覚束なかったのに」
「それは、俺達もだろ」
「喉元過ぎれば何とやらだ」
俺達は笑いあいながら新たに戻ってきた部員を激賞しに行く。
「今日はファミレスで打ち上げしようぜ」
「よっし!割り勘!食うぜー」
「日野ちゃんは倍額な」
「ダメだよ、こいつ倍額でもぜってー勝つもん」
「日野は山盛りポテト3皿食ってから、他の皿に手を付けること!」
「ひでー、せめて2皿にしてくれよ、それなら何とか」
「先輩、マジで2皿なら1人でいく気ッスか」
黒谷達が取り戻してくれた俺の日常。
ささやかだけど大切な日常。
同年代の友達などいなかった和銅が送りたいと思っていたであろう、当たり前の日常。
『お前の代わりに、俺がちゃんと楽しんで生き抜いてやるからな』
今の俺は和銅に対しての蟠(わだかま)りが和らぎ、和銅であったときの夢を見る回数が減っていた。
俺は俺として『寄居 日野』としての幸せを追求して生きていこうと素直に思えるようになっていた。
『部活引退するから、これから予備校のコマ数増やしても黒谷に会いに行く時間作れるな』
この大会を最後に部活を引退しようと決めていた俺は、黒谷のことを考えて顔が緩んでしまう。
「何、日野ちゃんヤらしい笑顔浮かべちゃって」
「あ、こいつ、ポテト食っても高い皿頼むつもりだな」
「ステーキ、いっちゃおっかなーって」
「ちょ、肉は均等に分けようぜ」
「日野ちゃんの肉は唐揚げで十分だろ」
「引退する世代じゃなく、現役世代に良い肉食わしてくださいよー」
部員達とバカ話をするのも、後もう少しの事になるだろう。
俺は今この時の輝きを胸に刻み込んだ。
「良いか後輩達、陸上部で後の世にまで語り継がれる伝説を、今日はその目に焼き付けて帰るんだぞ」
芝居掛かった俺の台詞で、その場がドッと沸いた。
「よっ、けっして奢ってはいけない伝説の先輩!」
「日野ちゃん、かっけー」
「てか、その伝説、陸上関係ねー」
そして俺は自分の宣言通り、陸上部最強(もちろん陸上関係なし)伝説を打ち立て、部活動のラストを華々しく飾るのであった。
そんな事があったのが先々週の話。
あれからバタバタしていて、今日は久しぶりにしっぽやにバイトに来ていた。
荒木は予備校で、タケぽんは風邪でダウンしているため、バイト員は俺1人である。
と思っていたら
「タケぽんの代わりに、俺、参上ー」
いきなりドアを開け、華々しい顔と衣装のウラがしっぽやにやってきた。
大麻生がタケぽんの不在をメールで知らせたようだ。
ペットショップでのバイト帰りではないらしく、フェイクファーの付いたゴージャスなコートを着て長い金髪をなびかせている。
ウラは室内を見回し
「お約束のように、ソウちゃんは捜索か
さすが、有能すぎるペット探偵」
腕を組んでウンウンと頷いていた。
そのまま俺を見て、少し勝ち誇ったような顔になる。
「あー、はいはい、大麻生は凄いよね
今日、2件目の依頼に行ってるんだって
まあ黒谷は、午前中だけで2件片づけたらしいけどね」
俺の言葉でウラが慌てたように所長の椅子に座る黒谷に目を向けた。
黒谷は俺を見ながらコクコクと頷いている。
頑張る黒谷は以前にも増して格好良くて可愛らしかった。
「きっと今日のソウちゃんはスロースタートなんだ
勝負はこれからだぜ!
あ、そう言えば、日野ちゃんにはまだ払ってもらってなかったな」
ウラはそう言うと、俺に向かって手を差し出してきた。
「?」
訳が分からず訝しげな顔を向ける俺に
「ほら、いつぞやのキスの代金」
ウラは当たり前のことのように言ってのけた。
「はあ?何で?」
思わず、大きな声が出てしまう。
「日野ちゃんが俺のキスは『高い』って言ったんじゃん
荒木少年は払ってくれたぜ」
ウラは頬を膨らませる。
『マジか…荒木、どんだけお人好しなんだ
ウラのこと甘やかすなよ』
俺は頭を抱えてしまった。
「本当に1万も払ったのか?」
俺は疑いの目でウラを見てしまう。
「荒木少年からはチョコ貰った
ほら、五円玉みたいなチョコあるだろ、あれ2個くれて『大麻生とこれからも十分ご縁がありますように』って
後は出世払いでツケにしといてくれってさ
あのチョコ、ソウちゃんと1個ずつ食べたんだ、これで俺達の縁は深まったかな」
無邪気に笑うウラを見ながら
『荒木、グッジョブ!』
俺は心の中で荒木を讃える。
「んじゃ俺は、とっときの飴あげるよ」
婆ちゃんに頼まれていた物であったが後で買い直せばいいかと、俺は封の開いていない飴の袋を鞄から取り出した。
「お、純露じゃん!舐めるの久しぶり!」
ゴネられるかと思ったが、ウラは純粋に喜んでいる。
ゴージャスなチャラ男が渋い飴の袋を抱きしめるという、シュールな光景がそこにあった。
「これさ、気を付けて舐めないと先が尖ってくるんだよな
ガキの頃、よく口の中刺してたわ」
そんなウラの言葉に、俺は少なからず驚いてしまう。
「ウラ、そんなの口にしてたんだ」
呆然と呟くと
「俺、爺ちゃん婆ちゃん育ちだから
つか、高校生に純露貰うとは思わなかった、渋いな、お前
それとも今ってこれが流行ってんの?」
今度はウラが驚いたような視線を向けてくる。
「あ、俺も婆ちゃん育ちなんだ」
俺が答えるとウラの顔が少し曇った。
「もしかして…親、離婚してる?」
戸惑い気味の問いかけで、俺も察しが付く。
「ウラのとこも…?」
彼は苦笑しながら頷いた。
「親の離婚なんて、そんな珍しいことでもないけどさ
でも…
珍しくないはずなのに、俺の周りにそんな境遇のやつ居なかったんだ」
ウラの言葉が心に突き刺さる。
「…だね、俺も同じ」
俺は以前にも感じたことのある親近感を、再びウラに感じていた。
「もし、黒谷と出会えてなければ、俺もウラと同じ様になってたかもしれない
初めてウラに会ったときそう思って…怖くなった」
ウラから『男娼』と言う言葉を聞かされたとき、誰かに体を任せて屈辱にまみれながら生きるしかなかった和銅の記憶が蘇り、ものすごい嫌悪感に襲われたのだ。
初めて会ったウラに対する反感は、そこからきていたのだろう。
「まあ、あの仕事は資格もいらないし、稼げるから手軽ではあるよな」
ウラがあっけらかんとした感じで語るので、俺は少し驚いてしまった。
親に売られた和銅と、自分からその道を選んだウラは感覚が違っているのかもしれなかった。
「でもお前は、頭良いんだろ?
親が離婚してたって、大学行って普通に就職できたんじゃねーの?」
不思議そうなウラに
「どうかな…」
俺は暗い顔で答えた。
何となくだけど、進学してもまた、ろくでもない先輩にひっかかって弄ばれそうな気がしたのだ。
ウラもその辺を察してくれたのか
「あー、写真に写ってた日野ちゃんって、ちょっと加虐心を煽る顔してたもんな」
困った風に頭をかいていた。
「でも今は、くそ生意気な面構えだ」
ウラは俺の頬をグイッと両手で引っ張った。
「ひてて、あにふんらよ」
俺が慌てると
「黒谷に愛されてるって、幸せ面ぶらさげてるって言ってんの
そんな可愛くない奴、相手にされないぜ
客の好みに合わせた演技出来なきゃ、稼げるってもたかがしれてるしな
俺みたいに器用じゃないとさ」
ウラは艶然と笑ってみせた。
「ま、今となっては、俺もソウちゃん以外と寝るのはごめんだけど
だってソウちゃん、超テクニシャンなんだもん
毎回頭真っ白になっちゃうんだ
ソウちゃんが言うには、俺の教え方が良いんだって
俺が教えた通りに、こっちの反応見ながらしてくれんの
昨夜だってさ…」
頬を染めうっとりとした顔になったウラが、得々と夜の情事を語り出したので俺はその口を両手で塞ぐ。
「いいから仕事しろっての
これ、未入力分の報告書
40秒で入力しな」
「目がー」
俺達は有名なアニメ映画の台詞を真似、笑いながら仕事に精を出した。
ウラとこんな風に一緒に働くなんて、初めて会ったきには思いもしなかったことだ。
しっぽやにいるといつも前向きで明るい気持ちになれる。
その気持ちに、周りの状況が付いてきてくれるようであった。