しっぽや(No.102~115)
ウラと言う存在はすぐに、しっぽやに溶け込んでいった。
俺にとっては美しい先輩(しっぽやでは俺の方が先輩なのだが、後輩気質が身に付いてしまっている…)が出来た感じであった。
「ウラって、ちみっこ先輩達よりも人生の先輩だもんな」
電灯を拭きながら、俺は独り言を呟いてしまう。
今日は日曜日だけど先輩達は予備校の模試があるとかで、2人ともバイトには来ないのだ。
それでも高所の掃除を欠かさずしてしまう俺は、すっかり2人に飼い慣らされている感じであった。
「よっ、頑張ってんじゃん」
そんな声と共に、午前中の事務所にウラがやってきた。
「あれ?今日はカズハさんとこでバイトじゃないの?」
ウラはしっぽやでバイトをしながら、カズハさんの勤めるペットショップでもバイトをしているのだ。
「俺、今日は遅番なの、夕方までこっちにいるから」
ウラはヘヘッと笑ってみせた。
「だからなの?いつもより、ちょっと地味だね」
いつも派手に着飾っているウラだけど、接客のバイトの日はそれでも少しは地味な格好を心がけているらしい。
「ん?まあな
つかさ、今日、学校のセンセーが来るって言ってたじゃん
あんま舐められたくねーし」
ウラは少し顔をシカメてみせる。
「センセー?ああ、中川先生のことか
うん、何か俺に話があるって言ってたっけ
学校だと話しにくいことかも、何となく想像つくけど
うちの学校色々自由だけど、さすがに受け持ちでもない先生と生徒が校内で話し込んでると目立ちそうだからなー」
「わざわざ羽生に伝言頼んでタケぽんと話したいことがあるって、ヤバい話なんじゃないかって気になってさ
心配すんな、俺も一緒にいてやるからな
イヤミ言われても落ち込むなよ
教師って奴は、いつだって見下す相手が欲しいだけで、生徒のことなんかマジで考えてくれねーんだ」
ウラは俺にウインクをして、親指を立ててみせた。
「いや、中川先生はウラが考えてるような先生じゃないから大丈夫だよ
前に荒木先輩も聞かれたって言ってたし、多分話って猫のことだと…」
「俺だったらホラ、内申とか関係ないし、言いたいこと言ってやるからさ
こんな時は日野ちゃんや荒木少年より頼りになるぜ」
ウラは俺の話を聞いてなかった。
それでも、今日は俺のことを心配して来てくれたようで、ちょっと嬉しくなってしまう。
「先生、ランチに寿司買ってきてくれるらしいよ
きっと多めに買ってくるから、ウラも一緒に食べよう
あ、緑茶用意しとかなきゃ
やっぱ寿司には、ちょっと濃いめが良いよね」
「俺は寿司なんかでカイジューされないからな
そういや、カイジューって何だ?ゴジラ?モスラ?イメージ的にはメカゴジラっぽいか」
ウラはまだブツブツと呟いていた。
コンコン
「こんにちは」
爽やかな挨拶と共に、中川先生が大荷物を持ってしっぽや事務所にやってきた。
「いやー、見てたらどれもこれも美味しそうでさ、沢山買いすぎちゃったよ
皆で食べてくれ」
先生は事務所のテーブルに寿司の入った袋を置いて、照れたように頭をかいた。
「すみません、ありがたくいただきます」
「先生、こんにちは」
「羽生はさっき捜索に行ってしまったんです
先生と一緒にお昼を食べるの楽しみにしてたんですが、子猫の依頼だったもので『サトシに良いとこ見せるんだ』って張り切っていて」
「先生、新しい文章書いたから、また今度採点してよ」
化生達に親しく声をかけられている先生を見て、ウラは少し首を傾げていた。
きっと、ウラの想像していた『教師』とイメージが繋がらないのだろう。
今日の先生のジーンズとジャケットというラフな服装が、『爽やかで気さくなお兄さん』を演出していた。
「武川、バイトの日に悪いな
ちょっと田中先生に頼まれて、聞きたいことがあってさ
まあ、まずは腹ごしらえしよう」
先生は俺に話しかけた後
「もしかして大麻生の飼い主の方ですか?初めまして
ゲンさんが『猫の化生みたいな美形』って言ってましたよ
うん、納得!」
ウラにも爽やかな笑顔を向けていた。
「俺は羽生の飼い主の、中川 智(なかがわ さとし)です」
あまりにも自然に握手を求める手を差し出されたためだろうか
「あ、ども、大麻生の飼い主の山口 浦です」
ウラは毒気を抜かれた顔で素直にその手を握っていた。
「山口さんも、お昼まだだったら食べてください
いやー、最近の持ち帰り寿司、レベル高いですね
このところ回転寿司にしか行ってなかったから、知らなかった
回転寿司、寿司が流れて来るのが楽しいって羽生が喜ぶんで、よく行くんです」
デレデレした顔の中川先生に
「知らなかった…?教師なのに?」
呆然とウラが呟いた。
「いや、教師にだって知らないことはありますよ
これで案外、世間知らずだったりするんです」
中川先生が苦笑すると
「教師が『知らないことがある』って、あっさり認めた…」
ウラは珍獣を見るような目で中川先生を見つめていた。
「武川は動物の心が分かるんだってな
最近古文の田中先生が『チャーちゃんは家に来て幸せなのかな』と悩んでてさ
俺も羽生に会う前は『ハニーは俺と会えて幸せだったのか』凄く悩んだから、その気持ちはわかるんだ
羽生に再び会って当時の気持ちを聞けて、泣けるほど嬉しかったな
チャトランの写真を見て、幸せかどうかわかるかな」
寿司を食べながら、先生は真剣な顔で俺にそんなことを聞いてきた。
やはり話とは猫のことであった。
「確かに、写真からでも動物の想いを感じ取れるほど能力が強い人もいるみたいだけど、俺にはまだまだ無理ですよ
今までそんなことやったことないし
…でも、試してみようかな
けど先生、田中先生の猫の写真なんて持ってるの?」
「ああ、羽生にも見せてるから、沢山送ってもらってるんだ」
先生はスマホを取り出して操作する。
そんな俺達のやり取りを、ウラは寿司をつまみながら面白そうに見ていた。
「これが保護直後で、この辺は最近のものだな」
先生に見せられた写真は、けっこうな枚数があった。
田中先生のスマホには、この5倍以上の写真と動画が入っているらしい。
暫く写真を見ていたが、俺は思わず笑ってしまった。
「これ、中川先生だってわかることじゃん」
俺の言葉に、ウラが不思議そうな顔になる。
「ウラにもわかると思うよ、ホラ」
「いや、俺は特殊能力とかないし」
最初は慌てていたウラだが写真を見るうちに
「本当だ、俺でもわかるわ」
呆れたように呟いた。
「最初の方は表情死んでるけど、ほとんど笑ってる顔ばっかじゃんこれ
犬もよく笑うけど、猫もこんなに分かりやすく笑うんだ」
「うん、幸せじゃなきゃこんな顔見せないよ」
俺とウラの言葉で
「だよな」
中川先生の顔もほころんだ。
「田中先生には『心配ない』って伝えておくよ
ありがとうな、一応、能力者の意見も聞いておきたくてさ」
中川先生は晴れ晴れした顔でお茶を飲んでいる。
「先生、羽生に聞けばすぐ分かったのに」
そう言うと
「まあそうなんだが…、人間からの意見が聞きたくてな」
中川先生は苦笑した。
「俺がハニーにしてしまったことは、悔やんでも悔やみきれない
正直、当時のことを羽生から聞くのは怖かったよ
それなのに羽生は至らなかった俺のことを好きでいてくれた」
遠くを見るような顔の中川先生に
「羽生と…、あいつが生きてるときに、何かあったの…?」
ウラがオズオズと問いかけた。
中川先生が羽生との過去を教えてくれると、ウラも自分と大麻生の関係や過去に面倒を見ていた犬の事を中川先生に話していた。
「教師でも、後悔ってするんだ」
「自分の選んだことは正しかったのか、やはり考えてしまうよ
間違っていると気付いたなら、せめてその後どうするべきか、より深く考えないとな」
中川先生の言葉を、ウラは真剣に聞いている。
「取り繕うことばっか考えてる訳じゃない?」
「そういう人もいるが、それじゃ事態は悪くなる一方だと俺は思ってるんだ
体面を保とうとする同僚には、煙たがられてるよ
うちの学校が自由な校風じゃなかったら、俺なんて直ぐに辞めさせられてたんじゃないかな」
苦笑する中川先生を見て
「やっぱ、頭良いやつが行く学校は違うわ」
ウラはため息をついていた。
「中川先生、良い先生でしょ?」
俺が聞くと
「だな、これってカイジューされたの?」
ウラは照れた顔で笑っていた。
「そうだ、中川先生、カイジューって何?
俺的にはメカゴジラっぽいんだけど」
「怪獣?やはりゴジラかな?しかしガメラも捨て難いな
最近は田中先生がチャトランの顔をキュッと上げるとギャオスに似てる、なんて言うもんだから映画を見直してしまったよ」
「そう言われると、ギャオスって猫顔かも
爺ちゃん家にまだビデオ残ってたっけ、俺も見直してみよっと」
「お祖父さんがビデオをお持ちなのか
俺は学生の時の友人が特撮好きで、よく仲間内で集まって鑑賞会をしたんだ」
中川先生とウラは古い怪獣映画の話で盛り上がり始めていた。
俺もゲンちゃんに見せてもらったことがあるから会話にはついていけるのだが
『先生、ウラの言ってるのは「懐柔」だから』
と突っ込みたくてしかたなかった…
「サトシ!」
控え室の扉を開けて、瞳を輝かせた羽生が入ってくる。
「俺ね、すぐに子猫保護できて、もう飼い主のとこに送ってきたんだよ!」
「凄いね、羽生は本当に偉いよ」
中川先生に誉められた羽生は、得意満面の笑みを浮かべていた。
「お腹空いただろ、寿司を買ってきたんだ
玉子にイクラ、ネギトロと中トロもあるよ」
「好きなものばっかりだ、ありがとうサトシ」
幸せそうな2人を見るウラの瞳は優しかった。
「中川先生って、良い飼い主だな
ほんと、ここの関係者って良い奴ばっか
ちぇっ、ソウちゃん、早く帰ってこないかなー」
俺を見てヘヘッと笑うウラに
「ひろせはそろそろ帰ってくるよ、今、捜索終了のメール来たから」
俺はスマホを見せてやる。
「じゃあ、お茶煎れといてあげなよ
猫舌用に、ヌルめになるようにさ」
「うん、出涸らしじゃなく新しい茶葉で煎れよっと」
茶葉を交換しながら、ひろせの笑顔を想像して思わずニヤケてしまう。
「おい、いつの晩のこと思い出してんだ?
うちに挨拶に来た晩も、それを口実にお泊まりしたんだろ?」
ウラが俺を見ながら、ニヤニヤと問いかけてきた。
『この人、自分のことバカだって言ってるけど、こーゆーとこ本当に鋭いよな』
ウラの洞察力にドキリとするが
「…内緒です」
俺は火照る頬をさすって答えるのであった。
俺にとっては美しい先輩(しっぽやでは俺の方が先輩なのだが、後輩気質が身に付いてしまっている…)が出来た感じであった。
「ウラって、ちみっこ先輩達よりも人生の先輩だもんな」
電灯を拭きながら、俺は独り言を呟いてしまう。
今日は日曜日だけど先輩達は予備校の模試があるとかで、2人ともバイトには来ないのだ。
それでも高所の掃除を欠かさずしてしまう俺は、すっかり2人に飼い慣らされている感じであった。
「よっ、頑張ってんじゃん」
そんな声と共に、午前中の事務所にウラがやってきた。
「あれ?今日はカズハさんとこでバイトじゃないの?」
ウラはしっぽやでバイトをしながら、カズハさんの勤めるペットショップでもバイトをしているのだ。
「俺、今日は遅番なの、夕方までこっちにいるから」
ウラはヘヘッと笑ってみせた。
「だからなの?いつもより、ちょっと地味だね」
いつも派手に着飾っているウラだけど、接客のバイトの日はそれでも少しは地味な格好を心がけているらしい。
「ん?まあな
つかさ、今日、学校のセンセーが来るって言ってたじゃん
あんま舐められたくねーし」
ウラは少し顔をシカメてみせる。
「センセー?ああ、中川先生のことか
うん、何か俺に話があるって言ってたっけ
学校だと話しにくいことかも、何となく想像つくけど
うちの学校色々自由だけど、さすがに受け持ちでもない先生と生徒が校内で話し込んでると目立ちそうだからなー」
「わざわざ羽生に伝言頼んでタケぽんと話したいことがあるって、ヤバい話なんじゃないかって気になってさ
心配すんな、俺も一緒にいてやるからな
イヤミ言われても落ち込むなよ
教師って奴は、いつだって見下す相手が欲しいだけで、生徒のことなんかマジで考えてくれねーんだ」
ウラは俺にウインクをして、親指を立ててみせた。
「いや、中川先生はウラが考えてるような先生じゃないから大丈夫だよ
前に荒木先輩も聞かれたって言ってたし、多分話って猫のことだと…」
「俺だったらホラ、内申とか関係ないし、言いたいこと言ってやるからさ
こんな時は日野ちゃんや荒木少年より頼りになるぜ」
ウラは俺の話を聞いてなかった。
それでも、今日は俺のことを心配して来てくれたようで、ちょっと嬉しくなってしまう。
「先生、ランチに寿司買ってきてくれるらしいよ
きっと多めに買ってくるから、ウラも一緒に食べよう
あ、緑茶用意しとかなきゃ
やっぱ寿司には、ちょっと濃いめが良いよね」
「俺は寿司なんかでカイジューされないからな
そういや、カイジューって何だ?ゴジラ?モスラ?イメージ的にはメカゴジラっぽいか」
ウラはまだブツブツと呟いていた。
コンコン
「こんにちは」
爽やかな挨拶と共に、中川先生が大荷物を持ってしっぽや事務所にやってきた。
「いやー、見てたらどれもこれも美味しそうでさ、沢山買いすぎちゃったよ
皆で食べてくれ」
先生は事務所のテーブルに寿司の入った袋を置いて、照れたように頭をかいた。
「すみません、ありがたくいただきます」
「先生、こんにちは」
「羽生はさっき捜索に行ってしまったんです
先生と一緒にお昼を食べるの楽しみにしてたんですが、子猫の依頼だったもので『サトシに良いとこ見せるんだ』って張り切っていて」
「先生、新しい文章書いたから、また今度採点してよ」
化生達に親しく声をかけられている先生を見て、ウラは少し首を傾げていた。
きっと、ウラの想像していた『教師』とイメージが繋がらないのだろう。
今日の先生のジーンズとジャケットというラフな服装が、『爽やかで気さくなお兄さん』を演出していた。
「武川、バイトの日に悪いな
ちょっと田中先生に頼まれて、聞きたいことがあってさ
まあ、まずは腹ごしらえしよう」
先生は俺に話しかけた後
「もしかして大麻生の飼い主の方ですか?初めまして
ゲンさんが『猫の化生みたいな美形』って言ってましたよ
うん、納得!」
ウラにも爽やかな笑顔を向けていた。
「俺は羽生の飼い主の、中川 智(なかがわ さとし)です」
あまりにも自然に握手を求める手を差し出されたためだろうか
「あ、ども、大麻生の飼い主の山口 浦です」
ウラは毒気を抜かれた顔で素直にその手を握っていた。
「山口さんも、お昼まだだったら食べてください
いやー、最近の持ち帰り寿司、レベル高いですね
このところ回転寿司にしか行ってなかったから、知らなかった
回転寿司、寿司が流れて来るのが楽しいって羽生が喜ぶんで、よく行くんです」
デレデレした顔の中川先生に
「知らなかった…?教師なのに?」
呆然とウラが呟いた。
「いや、教師にだって知らないことはありますよ
これで案外、世間知らずだったりするんです」
中川先生が苦笑すると
「教師が『知らないことがある』って、あっさり認めた…」
ウラは珍獣を見るような目で中川先生を見つめていた。
「武川は動物の心が分かるんだってな
最近古文の田中先生が『チャーちゃんは家に来て幸せなのかな』と悩んでてさ
俺も羽生に会う前は『ハニーは俺と会えて幸せだったのか』凄く悩んだから、その気持ちはわかるんだ
羽生に再び会って当時の気持ちを聞けて、泣けるほど嬉しかったな
チャトランの写真を見て、幸せかどうかわかるかな」
寿司を食べながら、先生は真剣な顔で俺にそんなことを聞いてきた。
やはり話とは猫のことであった。
「確かに、写真からでも動物の想いを感じ取れるほど能力が強い人もいるみたいだけど、俺にはまだまだ無理ですよ
今までそんなことやったことないし
…でも、試してみようかな
けど先生、田中先生の猫の写真なんて持ってるの?」
「ああ、羽生にも見せてるから、沢山送ってもらってるんだ」
先生はスマホを取り出して操作する。
そんな俺達のやり取りを、ウラは寿司をつまみながら面白そうに見ていた。
「これが保護直後で、この辺は最近のものだな」
先生に見せられた写真は、けっこうな枚数があった。
田中先生のスマホには、この5倍以上の写真と動画が入っているらしい。
暫く写真を見ていたが、俺は思わず笑ってしまった。
「これ、中川先生だってわかることじゃん」
俺の言葉に、ウラが不思議そうな顔になる。
「ウラにもわかると思うよ、ホラ」
「いや、俺は特殊能力とかないし」
最初は慌てていたウラだが写真を見るうちに
「本当だ、俺でもわかるわ」
呆れたように呟いた。
「最初の方は表情死んでるけど、ほとんど笑ってる顔ばっかじゃんこれ
犬もよく笑うけど、猫もこんなに分かりやすく笑うんだ」
「うん、幸せじゃなきゃこんな顔見せないよ」
俺とウラの言葉で
「だよな」
中川先生の顔もほころんだ。
「田中先生には『心配ない』って伝えておくよ
ありがとうな、一応、能力者の意見も聞いておきたくてさ」
中川先生は晴れ晴れした顔でお茶を飲んでいる。
「先生、羽生に聞けばすぐ分かったのに」
そう言うと
「まあそうなんだが…、人間からの意見が聞きたくてな」
中川先生は苦笑した。
「俺がハニーにしてしまったことは、悔やんでも悔やみきれない
正直、当時のことを羽生から聞くのは怖かったよ
それなのに羽生は至らなかった俺のことを好きでいてくれた」
遠くを見るような顔の中川先生に
「羽生と…、あいつが生きてるときに、何かあったの…?」
ウラがオズオズと問いかけた。
中川先生が羽生との過去を教えてくれると、ウラも自分と大麻生の関係や過去に面倒を見ていた犬の事を中川先生に話していた。
「教師でも、後悔ってするんだ」
「自分の選んだことは正しかったのか、やはり考えてしまうよ
間違っていると気付いたなら、せめてその後どうするべきか、より深く考えないとな」
中川先生の言葉を、ウラは真剣に聞いている。
「取り繕うことばっか考えてる訳じゃない?」
「そういう人もいるが、それじゃ事態は悪くなる一方だと俺は思ってるんだ
体面を保とうとする同僚には、煙たがられてるよ
うちの学校が自由な校風じゃなかったら、俺なんて直ぐに辞めさせられてたんじゃないかな」
苦笑する中川先生を見て
「やっぱ、頭良いやつが行く学校は違うわ」
ウラはため息をついていた。
「中川先生、良い先生でしょ?」
俺が聞くと
「だな、これってカイジューされたの?」
ウラは照れた顔で笑っていた。
「そうだ、中川先生、カイジューって何?
俺的にはメカゴジラっぽいんだけど」
「怪獣?やはりゴジラかな?しかしガメラも捨て難いな
最近は田中先生がチャトランの顔をキュッと上げるとギャオスに似てる、なんて言うもんだから映画を見直してしまったよ」
「そう言われると、ギャオスって猫顔かも
爺ちゃん家にまだビデオ残ってたっけ、俺も見直してみよっと」
「お祖父さんがビデオをお持ちなのか
俺は学生の時の友人が特撮好きで、よく仲間内で集まって鑑賞会をしたんだ」
中川先生とウラは古い怪獣映画の話で盛り上がり始めていた。
俺もゲンちゃんに見せてもらったことがあるから会話にはついていけるのだが
『先生、ウラの言ってるのは「懐柔」だから』
と突っ込みたくてしかたなかった…
「サトシ!」
控え室の扉を開けて、瞳を輝かせた羽生が入ってくる。
「俺ね、すぐに子猫保護できて、もう飼い主のとこに送ってきたんだよ!」
「凄いね、羽生は本当に偉いよ」
中川先生に誉められた羽生は、得意満面の笑みを浮かべていた。
「お腹空いただろ、寿司を買ってきたんだ
玉子にイクラ、ネギトロと中トロもあるよ」
「好きなものばっかりだ、ありがとうサトシ」
幸せそうな2人を見るウラの瞳は優しかった。
「中川先生って、良い飼い主だな
ほんと、ここの関係者って良い奴ばっか
ちぇっ、ソウちゃん、早く帰ってこないかなー」
俺を見てヘヘッと笑うウラに
「ひろせはそろそろ帰ってくるよ、今、捜索終了のメール来たから」
俺はスマホを見せてやる。
「じゃあ、お茶煎れといてあげなよ
猫舌用に、ヌルめになるようにさ」
「うん、出涸らしじゃなく新しい茶葉で煎れよっと」
茶葉を交換しながら、ひろせの笑顔を想像して思わずニヤケてしまう。
「おい、いつの晩のこと思い出してんだ?
うちに挨拶に来た晩も、それを口実にお泊まりしたんだろ?」
ウラが俺を見ながら、ニヤニヤと問いかけてきた。
『この人、自分のことバカだって言ってるけど、こーゆーとこ本当に鋭いよな』
ウラの洞察力にドキリとするが
「…内緒です」
俺は火照る頬をさすって答えるのであった。