しっぽや(No.102~115)
『いきなりあんな事を聞かされて、さぞや呆れたことだろう』
俺がガックリとした気持ちでいると、突然山口さんが笑い出した。
「すげー、そーいやカズハ先輩が『桜さんってビックリするほどのツンデレ』って言ってたっけ
あれ、マジだったのかー、やられた!
カズハ先輩なりのジョークだと思ってたのに」
山口さんは涙目になりながらケラケラ笑っている。
「新郷、おまえの飼い主、超可愛い
あんなクールな顔してギャップ萌の極みとか、マジ可愛いわ
ソウちゃんも強面可愛いと思ってたけど、桜さんってソウちゃんの上をいく可愛さ
マジ、パネェ!」
「だろ?本当にそうなんだよ、ウラってわかってんじゃん
頭良いなー!
ゲンだってそこまで桜ちゃんのこと理解してないのに」
「マジ?俺、頭良いなんて初めて言われた
顔が良いのは散々言われたけどね」
何だかわからないが、新郷と山口さんは俺のことで意気投合し始めていた。
「すんません、これ、寒そうでした?」
山口さんが服の喉元を広げて見せてくる。
似合っているのに失礼だとは思ったが、俺は小さく頷いて
「申し訳ない、見ているだけで風邪を引きそうだと言うか
金属が巻かれているので、余計に寒々しくて」
言い訳がましく口にした。
「金属…?ああ、これ?
こんなん自分の体温で、直ぐに冷たいとか気にならなくなるよ」
彼はシルバーアクセサリーを、キレイな指で弄(もてあそ)んでみせた。
「つか、何なの、この人の可愛さ
俺だってかなりイケてると思ってたのに、ちょっと自信無くすぜ」
山口さんが真面目な顔を新郷に向けると
「いや、ウラも可愛いけどさ、やっぱ桜ちゃんには及ばないよね
年季が違うからな」
もっともらしく新郷が答えた。
「山口さん、化生は飼い主贔屓だから、話半分に聞いてください」
居たたまれなくなった俺が訴えると
「山口さんなんて他人行儀な、ウラで良いッスよ、桜ちゃん」
彼はニッコリ笑ってそう答えた。
年下の彼に『桜ちゃん』と呼ばれても、不思議とバカにされた感じはしなかった。
むしろ、親しい間柄のような嬉しい照れくささを感じてしまう。
「大麻生、お前、良い飼い主に巡り会えたな」
新郷の言葉に大麻生は誇らかな顔で大きく頷き
「ウラは最高の飼い主です」
そうキッパリと宣言した。
「ソウちゃんも最高の飼い犬だよ」
ウラは大麻生に寄り添って、愛おしげに彼の頭を撫でている。
それは絆を感じさせる化生と飼い主の光景であった。
それで俺は読書に興味がないと言いながら、大麻生と一緒にやってきたウラの心情がわかってきた。
ウラはどんな人間と大麻生が親しくしているのか、気になって見に来たのだ。
大麻生のことを知りたがって、理解したがっている、俺にはそう思われた。
大麻生が選んだ飼い主は、やはり真面目な人物のようであった。
「そうだ、大麻生もウラも、家で夕飯食べていきな
俺、カレー作るよ、桜ちゃんの好きな挽き肉と豆のカレー
あれなら今から作っても、直ぐに味が馴染むんだ」
新郷の言葉に
「カレー?俺、カレー好き!挽き肉と豆って、美味しそう」
ウラが顔を輝かせた。
「新郷、作り方を教えてください」
すかさず大麻生が新郷に詰め寄った。
「よしっ!なら、大麻生と俺で買い物に行ってくるか
じゃあ、桜ちゃん、後はよろしく」
新郷は俺にウインクをすると、大麻生を伴い出かけて行った。
ウラと会話が続かず、新郷に丸投げしていたことを見抜かれていたようだ。
「小説は読まないと言っていたが、マンガは読むかな?」
2人きりになった俺は、ウラにそう話しかけてみる。
彼が何を好むのか、少し知りたくなっていたのだ。
「マンガは読むけど…むしろ、桜ちゃん、マンガ読むの?」
ウラは驚いた顔で逆に問いかけてきた。
「読むよ
もっとも、子供の頃のように週刊誌を買ったりはしてないが
コミックになってから読んでいる、続きが気になるのでな」
「え?マンガ雑誌とか買ってたの?」
ウラはさらに驚いた顔になる。
「子供の頃は、誰だって買うと思うが
ゲンと違う雑誌を買って、お互いに読み合ってたよ」
「ああー、ゲンちゃん!ゲンちゃんはいかにもマンガ読みそうだ」
ウラは納得しているんだか感心しているんだか、曖昧な顔で頷いていた。
「良かったら、少し見てみるかい?
古い作品もあるから、若い人にはわかりにくいかな」
何だか年寄り臭い台詞だと思ったが、今はいない弟と一緒に読んだマンガを処分する気にはなれなくて、本棚には発行年月日が30年近く前のマンガも並んでいる。
「マンガならわかるから読みたいけど、真面目なマンガは無理かも」
ウラは難しい顔をした。
「格闘ものとかグルメ的なものもあるが、真面目、と言えば真面目なのか?
判断基準がよくわからないから、取りあえず見てみてくれ」
俺はウラを弟と一緒に使っていた子供部屋に案内する。
マンガ用の本棚は小説とは別にして、子供の頃の思い出の場所に置いているのだ。
「うわー懐かしい、派出所のマンガだ!これ、うちの爺ちゃんも持ってたから、子供の時に読んでたよ
でも最近のは読んでないや、まだ続いてるの?」
「ああ、息の長い作品だな」
ウラは本棚の前で、興味深そうな顔になった。
「俺の爺ちゃんって、犬の訓練士やってたんだ
警察犬も訓練してたから、警察関係者の知り合いも多くてさ
爺ちゃん真面目だしマンガなんて読まないのに、これだけは読んでた
『こんな滅茶苦茶な警官は現実には居ない』とかブツブツ言ってたけど、新刊出ると必ず買ってきてたっけ
そーいや、こんな風に息抜きできる奴だったら、とか言ってたの、ソウちゃんの元の飼い主のことだったのかも」
ウラはマンガをパラパラめくりながら、少し寂しそうな表情を見せた。
そしてウラは、自分の祖父と大麻生、その元の飼い主の話をしてくれた。
それは不思議な運命を感じさせる話であった。
「ソウちゃんの部屋の本棚見たとき、爺ちゃんの本棚に並んでた本と似てるって思った
ソウちゃん、爺ちゃんに影響されてたのかな」
「むしろ、元の飼い主がウラのお祖父さんに影響されて、同じような本を読んでいたのではないか?
大麻生はそれに影響されていたのだろう」
俺は今までに大麻生から借りた本を思い返し、古い作品が多かったのはそのためか、と納得がいった。
「これ、借りてって良い?
久しぶりに最初から読んでみたくなった
ソウちゃんも警察関係者だったから、面白がって読むかもしれないし」
ウラが笑顔を向けてきたが
「貸すのはかまわないが、多分、大麻生にはマンガの読み方がわからないと思う」
俺は苦笑して答える。
「マンガの読み方?」
案の定、ウラは怪訝な顔を向けてきた。
「マンガというのは読み慣れていない者にとっては、どうやって読んだらいいかわからないらしい
どのコマを順番に目で追えば良いのかとか、この人達は皆汗をかいてるけど暑いのかとか、女の人の後ろに花が咲くのは何なのかとか
新郷に読ませてみたら内容を理解する前に、そんな事を言っていてな」
俺の言葉に、ウラは口を開けていた。
「いちいち説明できないだろう?」
「確かに…」
「子供の時から読んでいると、『マンガのお約束』的なことが無意識にわかるようになるんだと思い知ったよ」
「そんなこと、考えたこともなかった
俺、バカだからマンガしか読めないと思ってたけど…
マンガ読むにも、頭使ってたんだ」
ウラは呆然と呟いた。
「化生が読む物は写真が使われている情報系の雑誌や、実用書が多いのも頷ける
何を言わんとしているか、一目瞭然だからな
大麻生のように架空の物語を読んで理解出来る化生は、かなり希有な存在だと思うよ
だから、大麻生と本の貸し借りが出来るのは貴重な体験なんだ」
「ソウちゃんて格好いいだけじゃなく、そんなに凄いのか…
で、ケウって何?」
ウラは照れた顔で聞いてくる。
「レアって感じかな」
「おお!レア化生って激レア感ある!」
ウラとそんなやり取りをしていると、弟に何かを教えているときのような懐かしい感覚が蘇ってきた。
ウラに対して親しみの気持ちがわいてくる。
「会計士、なんてお堅い人種、絶対俺のことバカにすると思ってたけど
桜ちゃんって良い人だね」
ウラがヘヘッと笑って俺を見た。
「俺は、若い者には煙たがられると思っていたよ」
俺も自然に笑って、それに答えていた。
「化生の関係者って、やっぱ良い人なのかな
羽生の飼い主の『高校教師』って奴は、どうなんだろ
皆は爽やか熱血教師だとか言ってるけど、俺、教師って奴とは根っから合わないんだよね」
ため息をつくウラに
「中川先生は自分を知っていて、他人を知ろうとしてくれる人だと思う
ウラが間違ったことをしていなければ、とやかく言う人じゃないさ」
そうアドバイスする。
「げ、俺、テストとか間違ってばっかだったよ」
ウラは顔をしかめて唸ってしまう。
「うーん、そういう事じゃなく
人として間違っていないかどうか、とかかな」
「人として…」
ウラは少し暗い表情を見せた。
「大丈夫、ウラは良い子だから」
俺は思わず彼の頭を撫でていた。
「桜ちゃんほど、可愛くないけどね」
ウラは照れた笑顔を見せてくれた。
その後、買い物から帰ってきた新郷と大麻生が作ってくれた料理を堪能し、賑やかな夕飯を楽しんだ。
「明日、タケぽんに話があるって、中川センセーがしっぽや事務所に来るんだって
俺も同席して会ってみようかな
だってさ、先生と生徒が2人でトイメンで話すって気詰まりそうじゃん」
帰り際、ウラはまだ『教師』に対して不満そうだった。
「会ってみれば、きっと印象が変わるさ」
俺はそう言って彼らに別れを告げた。
「会えば印象が変わる、か」
いつものように居間での新郷と2人のくつろぎの時間、俺は自分で言った言葉を反芻(はんすう)してみた。
きっとウラを見ただけでは、こんな風に親しみの感情を抱かなかったであろう。
問いかけるような視線を向けてきた新郷に
「大麻生は良い飼い主を選んだな、と思ってさ」
俺はそう答える。
「そうだね、でも、俺より良い飼い主を選んで選ばれた化生はいないよ」
新郷は優しく微笑んでキスをしてくれた。
「今日は、一緒にシャワーを浴びようか」
俺は自然とねだるような台詞を彼に言っていた。
「風邪引かせないよう、温まることしながら、とか?」
新郷の手が優しく頬を撫でてくれる。
「明日も休みだから、多少の無茶はかまわないさ」
速まる鼓動に合わせ、俺達は深く口付けを交わす。
冬も間近な秋の晩、俺達は熱い夜を過ごすのであった。
俺がガックリとした気持ちでいると、突然山口さんが笑い出した。
「すげー、そーいやカズハ先輩が『桜さんってビックリするほどのツンデレ』って言ってたっけ
あれ、マジだったのかー、やられた!
カズハ先輩なりのジョークだと思ってたのに」
山口さんは涙目になりながらケラケラ笑っている。
「新郷、おまえの飼い主、超可愛い
あんなクールな顔してギャップ萌の極みとか、マジ可愛いわ
ソウちゃんも強面可愛いと思ってたけど、桜さんってソウちゃんの上をいく可愛さ
マジ、パネェ!」
「だろ?本当にそうなんだよ、ウラってわかってんじゃん
頭良いなー!
ゲンだってそこまで桜ちゃんのこと理解してないのに」
「マジ?俺、頭良いなんて初めて言われた
顔が良いのは散々言われたけどね」
何だかわからないが、新郷と山口さんは俺のことで意気投合し始めていた。
「すんません、これ、寒そうでした?」
山口さんが服の喉元を広げて見せてくる。
似合っているのに失礼だとは思ったが、俺は小さく頷いて
「申し訳ない、見ているだけで風邪を引きそうだと言うか
金属が巻かれているので、余計に寒々しくて」
言い訳がましく口にした。
「金属…?ああ、これ?
こんなん自分の体温で、直ぐに冷たいとか気にならなくなるよ」
彼はシルバーアクセサリーを、キレイな指で弄(もてあそ)んでみせた。
「つか、何なの、この人の可愛さ
俺だってかなりイケてると思ってたのに、ちょっと自信無くすぜ」
山口さんが真面目な顔を新郷に向けると
「いや、ウラも可愛いけどさ、やっぱ桜ちゃんには及ばないよね
年季が違うからな」
もっともらしく新郷が答えた。
「山口さん、化生は飼い主贔屓だから、話半分に聞いてください」
居たたまれなくなった俺が訴えると
「山口さんなんて他人行儀な、ウラで良いッスよ、桜ちゃん」
彼はニッコリ笑ってそう答えた。
年下の彼に『桜ちゃん』と呼ばれても、不思議とバカにされた感じはしなかった。
むしろ、親しい間柄のような嬉しい照れくささを感じてしまう。
「大麻生、お前、良い飼い主に巡り会えたな」
新郷の言葉に大麻生は誇らかな顔で大きく頷き
「ウラは最高の飼い主です」
そうキッパリと宣言した。
「ソウちゃんも最高の飼い犬だよ」
ウラは大麻生に寄り添って、愛おしげに彼の頭を撫でている。
それは絆を感じさせる化生と飼い主の光景であった。
それで俺は読書に興味がないと言いながら、大麻生と一緒にやってきたウラの心情がわかってきた。
ウラはどんな人間と大麻生が親しくしているのか、気になって見に来たのだ。
大麻生のことを知りたがって、理解したがっている、俺にはそう思われた。
大麻生が選んだ飼い主は、やはり真面目な人物のようであった。
「そうだ、大麻生もウラも、家で夕飯食べていきな
俺、カレー作るよ、桜ちゃんの好きな挽き肉と豆のカレー
あれなら今から作っても、直ぐに味が馴染むんだ」
新郷の言葉に
「カレー?俺、カレー好き!挽き肉と豆って、美味しそう」
ウラが顔を輝かせた。
「新郷、作り方を教えてください」
すかさず大麻生が新郷に詰め寄った。
「よしっ!なら、大麻生と俺で買い物に行ってくるか
じゃあ、桜ちゃん、後はよろしく」
新郷は俺にウインクをすると、大麻生を伴い出かけて行った。
ウラと会話が続かず、新郷に丸投げしていたことを見抜かれていたようだ。
「小説は読まないと言っていたが、マンガは読むかな?」
2人きりになった俺は、ウラにそう話しかけてみる。
彼が何を好むのか、少し知りたくなっていたのだ。
「マンガは読むけど…むしろ、桜ちゃん、マンガ読むの?」
ウラは驚いた顔で逆に問いかけてきた。
「読むよ
もっとも、子供の頃のように週刊誌を買ったりはしてないが
コミックになってから読んでいる、続きが気になるのでな」
「え?マンガ雑誌とか買ってたの?」
ウラはさらに驚いた顔になる。
「子供の頃は、誰だって買うと思うが
ゲンと違う雑誌を買って、お互いに読み合ってたよ」
「ああー、ゲンちゃん!ゲンちゃんはいかにもマンガ読みそうだ」
ウラは納得しているんだか感心しているんだか、曖昧な顔で頷いていた。
「良かったら、少し見てみるかい?
古い作品もあるから、若い人にはわかりにくいかな」
何だか年寄り臭い台詞だと思ったが、今はいない弟と一緒に読んだマンガを処分する気にはなれなくて、本棚には発行年月日が30年近く前のマンガも並んでいる。
「マンガならわかるから読みたいけど、真面目なマンガは無理かも」
ウラは難しい顔をした。
「格闘ものとかグルメ的なものもあるが、真面目、と言えば真面目なのか?
判断基準がよくわからないから、取りあえず見てみてくれ」
俺はウラを弟と一緒に使っていた子供部屋に案内する。
マンガ用の本棚は小説とは別にして、子供の頃の思い出の場所に置いているのだ。
「うわー懐かしい、派出所のマンガだ!これ、うちの爺ちゃんも持ってたから、子供の時に読んでたよ
でも最近のは読んでないや、まだ続いてるの?」
「ああ、息の長い作品だな」
ウラは本棚の前で、興味深そうな顔になった。
「俺の爺ちゃんって、犬の訓練士やってたんだ
警察犬も訓練してたから、警察関係者の知り合いも多くてさ
爺ちゃん真面目だしマンガなんて読まないのに、これだけは読んでた
『こんな滅茶苦茶な警官は現実には居ない』とかブツブツ言ってたけど、新刊出ると必ず買ってきてたっけ
そーいや、こんな風に息抜きできる奴だったら、とか言ってたの、ソウちゃんの元の飼い主のことだったのかも」
ウラはマンガをパラパラめくりながら、少し寂しそうな表情を見せた。
そしてウラは、自分の祖父と大麻生、その元の飼い主の話をしてくれた。
それは不思議な運命を感じさせる話であった。
「ソウちゃんの部屋の本棚見たとき、爺ちゃんの本棚に並んでた本と似てるって思った
ソウちゃん、爺ちゃんに影響されてたのかな」
「むしろ、元の飼い主がウラのお祖父さんに影響されて、同じような本を読んでいたのではないか?
大麻生はそれに影響されていたのだろう」
俺は今までに大麻生から借りた本を思い返し、古い作品が多かったのはそのためか、と納得がいった。
「これ、借りてって良い?
久しぶりに最初から読んでみたくなった
ソウちゃんも警察関係者だったから、面白がって読むかもしれないし」
ウラが笑顔を向けてきたが
「貸すのはかまわないが、多分、大麻生にはマンガの読み方がわからないと思う」
俺は苦笑して答える。
「マンガの読み方?」
案の定、ウラは怪訝な顔を向けてきた。
「マンガというのは読み慣れていない者にとっては、どうやって読んだらいいかわからないらしい
どのコマを順番に目で追えば良いのかとか、この人達は皆汗をかいてるけど暑いのかとか、女の人の後ろに花が咲くのは何なのかとか
新郷に読ませてみたら内容を理解する前に、そんな事を言っていてな」
俺の言葉に、ウラは口を開けていた。
「いちいち説明できないだろう?」
「確かに…」
「子供の時から読んでいると、『マンガのお約束』的なことが無意識にわかるようになるんだと思い知ったよ」
「そんなこと、考えたこともなかった
俺、バカだからマンガしか読めないと思ってたけど…
マンガ読むにも、頭使ってたんだ」
ウラは呆然と呟いた。
「化生が読む物は写真が使われている情報系の雑誌や、実用書が多いのも頷ける
何を言わんとしているか、一目瞭然だからな
大麻生のように架空の物語を読んで理解出来る化生は、かなり希有な存在だと思うよ
だから、大麻生と本の貸し借りが出来るのは貴重な体験なんだ」
「ソウちゃんて格好いいだけじゃなく、そんなに凄いのか…
で、ケウって何?」
ウラは照れた顔で聞いてくる。
「レアって感じかな」
「おお!レア化生って激レア感ある!」
ウラとそんなやり取りをしていると、弟に何かを教えているときのような懐かしい感覚が蘇ってきた。
ウラに対して親しみの気持ちがわいてくる。
「会計士、なんてお堅い人種、絶対俺のことバカにすると思ってたけど
桜ちゃんって良い人だね」
ウラがヘヘッと笑って俺を見た。
「俺は、若い者には煙たがられると思っていたよ」
俺も自然に笑って、それに答えていた。
「化生の関係者って、やっぱ良い人なのかな
羽生の飼い主の『高校教師』って奴は、どうなんだろ
皆は爽やか熱血教師だとか言ってるけど、俺、教師って奴とは根っから合わないんだよね」
ため息をつくウラに
「中川先生は自分を知っていて、他人を知ろうとしてくれる人だと思う
ウラが間違ったことをしていなければ、とやかく言う人じゃないさ」
そうアドバイスする。
「げ、俺、テストとか間違ってばっかだったよ」
ウラは顔をしかめて唸ってしまう。
「うーん、そういう事じゃなく
人として間違っていないかどうか、とかかな」
「人として…」
ウラは少し暗い表情を見せた。
「大丈夫、ウラは良い子だから」
俺は思わず彼の頭を撫でていた。
「桜ちゃんほど、可愛くないけどね」
ウラは照れた笑顔を見せてくれた。
その後、買い物から帰ってきた新郷と大麻生が作ってくれた料理を堪能し、賑やかな夕飯を楽しんだ。
「明日、タケぽんに話があるって、中川センセーがしっぽや事務所に来るんだって
俺も同席して会ってみようかな
だってさ、先生と生徒が2人でトイメンで話すって気詰まりそうじゃん」
帰り際、ウラはまだ『教師』に対して不満そうだった。
「会ってみれば、きっと印象が変わるさ」
俺はそう言って彼らに別れを告げた。
「会えば印象が変わる、か」
いつものように居間での新郷と2人のくつろぎの時間、俺は自分で言った言葉を反芻(はんすう)してみた。
きっとウラを見ただけでは、こんな風に親しみの感情を抱かなかったであろう。
問いかけるような視線を向けてきた新郷に
「大麻生は良い飼い主を選んだな、と思ってさ」
俺はそう答える。
「そうだね、でも、俺より良い飼い主を選んで選ばれた化生はいないよ」
新郷は優しく微笑んでキスをしてくれた。
「今日は、一緒にシャワーを浴びようか」
俺は自然とねだるような台詞を彼に言っていた。
「風邪引かせないよう、温まることしながら、とか?」
新郷の手が優しく頬を撫でてくれる。
「明日も休みだから、多少の無茶はかまわないさ」
速まる鼓動に合わせ、俺達は深く口付けを交わす。
冬も間近な秋の晩、俺達は熱い夜を過ごすのであった。